※この作品には、軽度ですが明確な性的表現があります。ご注意下さい。
魔女の呪いを解く方法

= エイプリルフール =



−2−



「──────  そこまでだよ、あかね。」

静かな声がして、あかねの手首を大きな手が留めた。

「友・・・王子っ!いつ起きて・・・!」

あかねの手を握ったまま、ゆっくりと友雅は身を起こす。

「君が部屋に入ってきた時からね。昼からちっとも姿が見えないからおかしいとは
思っていたのだけれど・・・・魔女に、会ったの?」

咎めるような声音に、びくん、とあかねの体が竦む。
躊躇いながらもこくっと小さく頷くと、友雅が静かにため息をついた。

「どうせ城から何か言ってきたのだろう?それでせっぱ詰まって魔女に会いに行って・・・
私をその気にさせる秘術でも習ってきたのかい?」

再び、頷く。

「あのね、あかね。」

 友雅はあかねの手首を離すと両手であかねの両手を包み込んだ。

「君の気持ちは嬉しいけれど、私は別に王座に拘ってはいないのだよ。
確かに昔は色々馬鹿な遊びもしたけれど、魔女のおかげで目も覚めた。
元々『子を成さないと王座につけない』などという掟がばかばかしくて
逆らっていたようなものだしね。私が王座に相応しくないというのなら、
私は喜んで国を去るよ。君がこんなムリをする必要はないんだ。」
「無理じゃありません!」

あかねはぽろぽろと涙をこぼす。まだあのお茶が効いてるのだろうか。

「王子が国を追われるなんて、私はいやです。王子は誰よりも
王座に相応しい人なのに。私、知ってます。」

ぽたり、ぽたりと涙がシーツにしたたり落ちる。

「ふらふら遊び回ってたって、王子は誰よりも民のことを見てました。
王子がいつ来るか分からなかったから、誰もズルや悪いことを出来なかったし、
役人達も橋を直したり学校を整備したり、必要なことをすぐやってました。」

 そう、それは世話係の母から聞いたこと。
自分が彼を『友雅さん』と誰憚ることなく呼んで慕っていた頃のこと。

「女の人とそういうことしてたって、友雅さんはその人達から困ったことがないか
聞き出して、ちゃんと助けてあげてました。母はちゃんと知ってたんです。
友雅さんがただ遊んでるんじゃないんだってこと。」

友雅は苦笑した。あかねの母は実の母よりも近くにいて友雅を可愛がってくれた。
実の両親ですら気が付かなかった友雅の真意を、彼女は知っていてくれたと?

「だから私、悔しいんです。本当の友雅さんはすごく国のことを考えて
色々出来る人なのに、子供を作れないくらいで『役立たず』だの『穀潰し』だの
『国の恥さらし』だの・・・!」
「そこまで言われてたのかい?やれやれ。」
「ご、ごめんなさい!でも私は・・・っ!」

しまった、と慌てて顔を上げたあかねの頬を、友雅はそっと撫で上げた。

「わかってるよ、あかね。いつだって君は私のことを思って怒ってくれてるってね。
でも、だからこそ君にこんなコトをして欲しくないよ。」
「え・・・・。」

友雅は寂しそうに微笑んだ。

「君は、私の価値が子供を作れるかどうかなんてことには関係ないって
思ってくれているのだろう?なのに今君がしようとしてることは、私にその能力が
あることを証明させることだ。他ならぬ君が、私の子作りの能力に拘るのかい?」

微かな非難の響きを感じてあかねははっとする。
周りに友雅が非難されることが悔しくて。
なりふり構わず王子の寝込みを襲おうとしたけれど、確かにこれでは城の大人達と
同じコトだ。友雅にその能力がないとダメだと思っているようなものだ。
あかねはするりと友雅の手から自分の手を引き抜いた。

「・・・・申し訳ありません、王子・・・。私が、浅はかでした。
あなたの価値はそんなこととは関係ないのに。例え誰が何と言おうとも、
例え王子の座を追われても・・・あなたが優しくて素敵な人だってこと、私は小さい頃から
ちゃんと知っていたのに・・・。」

あかねはベッドから後ずさった。

「あかね?」
「ごめんなさい。もう二度と、こんなことしません。・・・・・身分も弁えず、無礼なことをして・・・・
申し訳ありませんでした。」

ぺこり、とあかねは頭を下げた。

 今夜のうちに城を出よう。
友雅と床を共に出来なかった以上、先ほど飲んだ薬は、夜明けと共に
自分の息を止めるだろう。
もしそれを友雅が知れば、勘のいい彼のことだ、魔女のことを・・・・
あかねが何かしたことを知って、自分自身を責めるだろう。




私が勝手にやったことだ。彼には負担を掛けたくない。 




 第一、媚薬を飲んでいるにもかかわらず、友雅はあかねに対する態度を
変えなかった。
どうやら自分は魔女の媚薬を飲んですら、友雅に女とは認識されないらしい。
例えこうして引き下がらなくても、友雅の精を受けることなど自分には出来なかったのだ。
あかねは零れそうになる涙を堪え、精一杯微笑んでみせる。

「私、お城に戻って王子の気持ちを王様に話してきます。
掟を変えることは不可能でも、きっと分かって貰います。
だから・・・・国を出るなんて、言わないでください。
あなたの大切なこの国を・・・守ってください。」

再び頭を下げて、あかねは身を翻した。
限界だ。泣いてしまう前に、立ち去らなければ。

「待ちなさい!」

友雅がすかさずその腕を掴み、がっちりと抱き寄せる。
とても着替え一つ面倒くさがるぐーたら王子とは思えない身のこなしだ。

「何を隠してるの、あかね?言いなさい。」

ぎゅっと抱きしめ、背後から耳元で囁かれて。思わずあかねの体が熱くなる。
友雅は自分のことを何とも思っていないのに、どうして自分ばっかりがこんなに
熱くなってしまうのだろう。
 あかねの目から涙が溢れた。

「・・・・・なんですか・・・。」
「・・・・あかね?」
「どうして私ではダメなんですか?」

 いったん口から零れてしまうと、思いはもう止まらなかった。

「私、友雅さんが女の人と仲良くしているのを見るのがいやでした。
でもあなたは王子だし、所詮私はこんな子どもで身分も低いし、仕方ないって。
友雅さんのためになるのならって一生懸命お妃になれそうな女の人を探しました!」

 涙は後から後から溢れて止まらない。

「でも友雅さんちっとも協力してくれないし、私はどんどん他の女の人を
探さなくちゃならなくて、その度に私はすごく惨めな気持ちになって・・・
お城から手紙が来たとき、もうどうしようもないって思ったんです。」

魔女に会いに行くなんて、とても恐かった。でももう他に方法を思いつけなかった。
魔女に自分で友雅を誘惑しろと言われたときは無理だと思う反面、ひょっとしたらと思った。
 だが、そんな淡雪のような望みもあっさりと絶ち切られて。

「・・・・どうして私、もっと大人じゃないんだろ・・・・どうしてもっと・・・
友雅さんの好みに合うような・・・大人の・・・女性じゃないの・・・?」

自分を拘束する腕に縋り付くようにしてあかねは泣き続ける。
熱い雫を腕に受けながら、友雅はそっとあかねの髪に頬を寄せた。

 こめかみに、宥めるようなキスを贈る。そして頬にも。

「あかね・・・手を貸して?」

跡がつくほど強く自分の腕にしがみついていた少女の右手を外し、
そっと自分の体のある場所に押しつけた。
まだ涙を溢れさせながらも、あかねはきょとんとした顔で友雅を見上げる。
自分の掌に触れる、温かな、しかし随分固いモノの正体にあかねが思い至るまで、数秒。

 ぼん!と音がしそうな勢いで赤面した少女を見て、友雅はくすぐったそうに笑う。

「どうして君ではダメだなんて思ったの?それに、私の好みがもっと大人の女性だなんて?」
「だ、だって、昔友雅さんが相手にしてた女性は、皆・・・・!」

慌てて引っ込めようとした右手はがっちり押さえられ、無駄な抵抗をして
もぞもぞ動く手の中で、それはますます大きさと硬度を増しているような気がする。

「ようやく私に掛けた呪いを解く気になってくれたんだね、あかね。うれしいよ。」
「は?呪い?」

 素っ頓狂な声に男は切なそうなため息をつく。

「やれやれ。私はずっと待っていたのに、肝心な君は忘れてしまっていたのかい?
私には、2人の魔女から魔法が掛けられていたというのに。」

10数年前、恐れ知らずにも西の魔女に手を出してしまった友雅は確かに
「男として役に立たなくなる」呪いを掛けられた。
だがあの魔女はそういつまでも根に持つタイプではない。
実のところ、あの呪いは半年ほどで自然に解けたのだ。
だが、もう一つの呪いはタチが悪い。今この瞬間まで友雅を拘束していたのだから。

「い、いつ掛けられたんですか、友雅さん!いったい誰に!」

あかねの若葉の瞳が転がり落ちそうな勢いで瞠られる。

「今、私の目の前にいる魔女さ。いや、小悪魔かな?
自分のしでかしたことに気が付いていないなんてね。」

少し恨みがましい目で見られてもあかねにはさっぱり心当たりがない。
おろおろとするばかりのあかねに友雅は懐かしそうに語ってくれた。



 若い頃の彼は、あかねの母が気が付いた通り、遊興に耽る振りをして
国のあちこちを見て回っていた。だが『振り』を楽しんでいたことも確かな事実で。
 あの日もいつも通り、どこかで美女に会えることを期待して出掛けようとしていたのだ。
つん、と上着の裾を引っ張られて、振り向くと。

「やぁ、あかね。私の小さな姫君は、何かご用かな?」

しゃがみ込んでその瞳を覗き込むと、ようやく母親のお手伝いが出来るようになったばかりの
幼いあかねは今にも泣き出しそうに瞳を揺らして友雅を見つめ返した。

「・・・ともまささんは、きれいなおんなのひとがすきなの?」

思いがけない質問に思わず苦笑する。

「おしろのひとがいってたの。ともまささんはきれいなおんなのひとといっしょに
ねんねするのがすきなんだって。
あかねみたいなおチビとあそんでるヒマなんかないんだよって。」

 傷つきやすい若葉から朝露のような雫が零れる。

あかねを泣かすようなことを言った『お城の人』に友雅は殺意を覚えた。
だが、言った内容の半分はあながち間違いではない。さて、幼いあかねに
どう説明しようか、と思案しているとあかねが友雅の首にぎゅっと抱きついた。

「・・・・そんなの、やだ・・・。」
「あかね・・・?」
「ともまささんがほかのおんなのひととなかよくねんねするなんて、やだ。
ともまささんはあかねとなかよしなんだもん。ずっとずっと、あかねとなかよしなんだから!」

 友雅の心がじんわりと温かくなる。そっとあかねの小さな体を抱きしめた。

「そうだね、私とあかねはずっと仲良しだよ。」
「じゃあともまささん、もうほかのひととねんねしない?あかねいがいのひとと、
いっしょにねんねしちゃダメだからね?」

ませた言い様に思わず笑った。

「わかった。約束するよ、あかね。君以外の女性と仲良くねんねはしない。
だから早く大きくなって私とねんねしておくれ?」

約束の証に桜の蕾のような柔らかな唇に触れるだけのキスをして。
こうして友雅には現在に至るまでの呪いが掛けられた。

「────ね?思いだしたかい?」

あまりのことにあかねの涙はすっかり乾き。口はぱっくりと開けられたまま。

「じゃ・・・・じゃ、今まで・・・友雅さんがいくら女の人が誘っても
子作りをしなかったのって・・・・。」
「君と約束したからねぇ。君以外の女性とベッドで仲良くしないって。
でも実は少し心配していたのだよ。君はどうやらすっかり約束を忘れているようだし、
率先して私の閨に女性を送り込んでくるし?」

このまま一生呪いを解いてもらえなかったらどうしようか、と。そろそろ真面目に
『呪いを解いてもら』えるようにアプローチをかけようかと思っていたのだ、と。
あかねの膝から力が抜け、がっくりと絨毯に蹲る。

 何だったのだ。この10年余りの自分の、いや国中の人間の苦労と心配は。
それが全て(いや最初は確かに西の森の魔女のせいもあるのだろうけれど)
自分のせいだったなんて!
あまりのショックに動けないでいるあかねを、友雅はひょいと抱き上げた。
そして躊躇いなくベッドへ向かう。

「あ、あの、友雅さん?」

訳がわからずあかねはうろたえる。

「全てが分かったのだから、もういいだろう?あの時の約束を果たそうね、あかね。」

大切な宝物のようにそっとシーツに下ろして。愛しさを込めて、桃色の髪に指を絡める。

「君が大人になるのをずっと待っていたよ、可愛いあかね。私を望んでくれるね?
私が主だという忠義からではなく、もちろん王子という地位のためでもなく。
私自身を愛して欲しいのだよ。」

頬を包んだ掌に熱い滴が掛かる。再び溢れた涙は、しかし先ほどとは
色合いが異なっていた。

「愛して・・・ます。ずっと、ずっと、友雅さんだけを愛してました・・・今も、これからも、
あなたが王子でなくたって、子どもが作れなくたって、ずっと・・・。」

言い募るあかねの唇はそっと塞がれる。

「私も君をずっと愛しているよ。私の小さな姫君。これからもずっと私の傍にいておくれ・・・。」

2つの影が一つに、溶け合う。



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夢見たい / koko 様