今日はごろごろデー

= 15.今日はごろごろデー =



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訳が分からないといった様子のあかねが更に複雑な表情になったのは、車がある屋敷の前に到着した時だった。
左大臣邸程ではないが、趣味のいい家の車宿に牛車が乗りつけると、友雅さくさくと車から降りていった。
「さ、おいで?」
友雅は自分の手をあかねに差し延べた。
あかねは戸惑いながら、その手を取り、辺りを見回した。
「あのー、ここって何処なんですか?」
車を降りながら、あかねは尋ねた。
すると友雅は、しれっと言い切るように答えた。
「私の屋敷だよ」
「…はい?」
あかねにとっては信じがたい事を聞いたような気がして、聞き返してしまった。
「うん、だから私の屋敷」
ぽかんとするあかねに、友雅はもう一度答えた。
「でも、友雅さん、連れていきたい所があるって…」
「うん、だから私の屋敷に連れてきたのだよ」
友雅はそう答えると、まだ訳が分からないといった様子のあかねの手を取り、屋敷の中に入っていった。
そして、西の対屋の一室に入ると、あかねを半ば強引に座らせた。
「あのー?」
やっと質問できる状況になり、あかねは呆然としながら、友雅にたずねた。
「一体これはどういう事ですか?」
「今日はここで使命を忘れてゆっくりしなさい。ごろごろするのもいいし、何か遊びたいなら用意をさせよう。ああ、甘いものも欲しいかい?」
友雅は女房を呼び、何か甘いものを、と告げた。
朝から友雅の調子に合わされ、あかねはかなり戸惑った。だが、そうは言っていられない。
「あのっ、私遊んでいる暇なんてないんですが?」
今こうしている間にも、鬼の脅威が迫っている。
のんびりしている暇はないのだ。
あかねは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
だが、不意に友雅に腕を掴まれてしまった。
「遊び、ではないよ?今日は君を休ませる為にここに連れてきたのだから」
「休むって…だから、そんな暇なんてないじゃないですか?!」
あかねが呆れたように答えると、友雅は深いため息をついた。
「君の無理を止めたいのだよ」
「…え?う、うわっ」
友雅は掴んだ腕を強引に引っ張って、あかねを自分の懐に押し込めるように抱きしめた。
あかねは一瞬何が起きたのか分からなかった。だが、友雅の侍従の香りが鼻孔をくすぐると、自分が何をされているのか気付き、パニックを起こしてしまった。
「はっ、離してくださいっ」
「却下」
友雅はあっさりと言った。
「離したら、君はここから出ていってしまうのだろう?だからダメ」
「だ、だって…」
「確かに君の崇高な役目は大事だ。だけど、時には休む事も仕事だよ」
「でも…」
「ずっと休んでいい、なんて言わない。せめて一日くらい、ね?」
「だけど…」
「無理をして、後で倒れたりしたら、君の代わりは誰もいないのだよ?」
あかねは友雅の言葉き声を詰まらせた。
「そう、龍神の神子は君だけなのだから。この世界を救うつもりなら、少しは自分を大事にしなさい」
「…はい」
あかねはしゅんとして頷いた。
そんなあかねを見て、友雅は苦笑した。
「まあ、私が説教なんて似合わないね。…さて、つまらない話はここまで。神子どのは今日は何をしたいかい?」
友雅はあかねを撫でながら尋ねた。
あかねはずるずると友雅の腕から逃れ、隣にちょこんと座り直しながら答えた。




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真琴のふる  ふらわ〜 / 北条真琴 様