今日はごろごろデー

= 15.今日はごろごろデー =



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「おや?今日も神子どのはお出かけなのかい?」
主のいない部屋を見ながら、友雅は藤姫に尋ねた。
「はい、本日も京を散策しに行っておりますわ」
「やれやれ」
藤姫の答えがいつもと同じパターンであったので、友雅はため息をついた。
「何か神子さまにご用がおありだったのですか?」
藤姫が尋ねると、友雅は苦笑しながら答えた。
「ある、といえばあるのだがね…。最近の神子どのの張り切りぶりが心配でねぇ」
「それで様子を見にこられたのですか?」
「ええ。神子どのは京にとって大事な身。お役目も大事ですが、その為に体を壊してしまったらもともこもないですからね」
友雅がそんな事を言うので、藤姫は思わずクスクスと笑ってしまった。
「…何かおかしな事を言いましたか?」
笑い続ける藤姫の様子に、友雅は困ったような顔をして尋ねた。
「いえ、友雅どののおっしゃる通りか、と。でも、真面目とは少し縁遠い友雅どのが、そんな事をおっしゃっても、神子さまは信じてくださいますかね?」
「そうですか?」
「ええ、友雅どのがもう少し八葉としてのお勤めをなさってくだされば、神子さまの負担も大分違ってくるのでしょうが」
幼い姫にそこまで言われてしまい、友雅は首をすくめた。
「やれやれ、とんだ薮蛇だ。これ以上足元を掬われないうちに退散しますか」
友雅はそう言うと、あかねの部屋を出ていった。
そして、帰る道すがら、今も元気に京の街を走り回っているあかねを想った。
小さな体に、とてつもない力を備えていて。
それが、この暗雲たちこめる京を救う力である事は十分承知している。
だが、だからといって、彼女に負担を強いてはいまいか?と考える。
きっとあかねは、大変でも大丈夫だと答えるだろう。
でも、そんな言葉でじゃあ、とあっさり引き下がれない。
せめて、そんなあかねが、これ以上無理を重ねないように。
「さて、どうしようかねぇ」
友雅はそう呟きながら、計画を練りはじめた。


「神子どの」
翌日、友雅は外出するまえのあかねに会うべく、早めに左大臣邸を訪れた。
「こんなに早く来るなんて、どうかしたんですか?」
今まで友雅が誰よりも早くあかねを訪ねてくるなんて事はなかった。
だから、あかねはあかねは尋ねたのだが。
「私は君の八葉だからね。たまには真面目にその役目を果たそうと思っただけだよ?」
そうはぐらかれてしまった。
いや、言葉自体を額面通りに受けたい気持ちはある。
だが、今まで不真面目が代名詞だった友雅が、いきなりそんな事を言い出すのだ。
更におかしいと思ってしまうのは、あかねのせいではない。
そんな複雑な心境を素直に現すあかねを見て、友雅は苦笑してしまう。
「だからね、今日は私を外出の供にしてくれまいかい?」
「…はあ」
まだ釈然としないものを感じていたが、あかねは、友雅の言う事に頷いた。
そして、それをみた友雅はニッコリと笑うとあかねの手を取った。
「では行こうか」
「…ってちょっと待ってください。まだもう一人選んでないです」
何かあった時の為に、散策には二人以上の八葉を連れていくのが習慣となっているのだ。
今日はそのもう一人をまだ決めていない。
あかねは戸惑ったように友雅にそう言ったのだが。
「今日は二人きり。いいね?」
と、友雅はあっさり二人目同行を断ったのだ。
「…え?」
どうして?
そう聞きたいあかねの言葉を遮るように、友雅は更に話を続けた。
「私と二人きりは、不安かい?」
「…え?い、いえっ」
あかねは慌てて首を横に振った。
武官で、帝の右腕を称される友雅がいて不安がある訳ではない。
…いや、別の意味で不安はありそうだが、あかねはそれには全く気付いていない。
それはともかく、あかねの返事に友雅は納得したように更に笑みを深くした。
「なら二人きりで出掛けよう。君をどうしても連れていきたい所があるのだよ」
友雅はそう言って、あかねの手を取り、引っ張った。
そして、自分の乗ってきた車に半ば強引にあかねを押し込み、出発させたのだった。





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真琴のふる  ふらわ〜 / 北条真琴 様