はーとの気持ち

= ふふ…大丈夫。君の方が…甘いからね?(微笑) =





はーとの気持ち



  「はぁあ〜・・・詩紋君が居ればなぁ」


  夕日が射し込む橘邸の北対で暦とにらめっこをしながら、あかねは思わず呟いた。


  「詩紋殿ですか?」


  側に控えていた綾は、懐かしい人物の名を思わず聞き返した。

  元々彼女は藤姫付きの女房、当然八葉とも多少なり面識があった。
  特に詩紋は、金髪碧眼という鬼と同じ容貌であるがゆえに、
  最初は恐れられていたのだが、その優しい心根と笑顔であっと言う間に
  皆と打ち解けていった少年。

  そして総てか終わった時、彼は友人と共に元の世界へと帰って行った。

  今にして、何故その少年の名が出てくるのか?
  もしや、密やかな想いが!?
  などと少々深読みをしている彼女に、あかねは思わず想いの丈を吐き出した。


  「だって、明日はバレンタインなのに!
   折角『義理チョコ』じゃなくて、生まれて初めての『本命チョコ』が渡せるのに
   ここには、チョコレートないし!!
   お菓子を作ろうにも、砂糖も、ベーパウも、コーンスターチも、重曹さえもないし!!!
   小麦粉と卵だけでどうしろって言うのよぉ!!!!」

  「?????」

  
  半分以上の言葉は綾には理解できず、目を白黒させていると
  不満を吐露して、多少はスッキリ出来たのだろう
  あかねは、バツが悪そうに微笑んだ。

  
  「ごめんね、綾さん
   無理な事は分っているんだけど・・・多分、詩紋君なら何とか出来ただろうなぁって」


  綾は思い出す。
  そう言えば、詩紋は色々な菓子を作って見せた。
  唐菓子や自分の世界の菓子なども作って、女房達を驚かせたものだ。
  

  「・・・要は『ばれんたいん』とやらで、御方様が『菓子を作りたい』のですね」

  「うん『好きな人にお菓子を渡して、告白できる』大切な日だから。
   でも私が作れるお菓子って限られてるし、材料も足りないし」


  本来貴族の奥方が台盤所に立つなど考えられない。
  だが、あかねの世界では違うし、綾もそれは十分理解していた。
  あかねの世界で出来て、京でも出来る事なら助力を惜しむつもりは無い。


  「何が足りませんか?」

  「・・・せめて牛乳があれば、焼き菓子ぐらいは何とか・・・」

  「牛乳?」

  「えっと、牛のお乳なんです」

  「それは、難しいでかもしれません。
   帝に献上される品の一つで、鮮度が保てませんので・・・他で代用は出来ませんか?」

  「じゃぁ、甘い物・・・そうだ『甘葛』ってありましたよね」

  「今からでは、明日までに手に入るかどうか」

  「そうか、そうですよね」


  あかねが、我侭を言う事は殆どない。
  だからこそ、ここまで懸命になっている事を何とか叶えたかった。
  そんな思いが、綾に一つの打開策を気付かせる。


  「甘味のある汁が必要なのですよね」

  「えっ、ええ、そんなのがあれば」

  「・・・甘酒などいかがです?」

  「あるんですか?」

  「今から作れば、明日の朝には出来ます」

  「そんな簡単に作れるものなんですか!?」

  「はい、お任せ下さいませ」


  綾はニッコリ微笑んだ。
  そして詩紋が菓子を作っていた時の事を思い出し、色々と耳打ちをした。
  あかねは嬉しそうに何度も頷き、二人して目配せを一つ。


  「友雅さんには、内緒でね」
  「殿には、内密なのですね」






  夕方、邸に帰ってきた友雅は、いつもと違う雰囲気に首を傾げる。
  何やら、ざわついている様な感じがするのだ。
  少々の違和感を覚えながらも、最愛の幼妻の房に足を向けた。


  「ただいま、白雪」

  「お帰りなさい、友雅さん」


  どうやら、あかねの様子もいつもと違う。  
  ただ、それは決して悪い物ではなく御機嫌だった。
  ここ数日、何やら思い悩んでいる様だったから、その笑顔は友雅にとって嬉しい物だ。

  ・・・もしもう少し悩んでいる様子が続いていたら、少々強引な手段を使っても
    調べるつもりでいたのだが・・・

  この様子では、解消されたか、悩みがなくなったのだろう。
  あかねが心から微笑んでくれるのなら、それはそれでいいのだが
  再び同じ様な悩みを抱えないとも限らない。
  友雅はあかねを背後から優しく包み込んだ。


  「ふふふ、私の北の方は、たいそう御機嫌な様子だねぇ。
   その花のかんばせを咲き綻ばせた要因は何なのか、教えて頂けまいか?」

  「内緒です」

  「おや、背の君である私に隠し事とは攣れないね」

  「明日になったら、分りますから」

  「おやおや、姫君はいつの間に男心を擽る様な手管を覚えたのだろうね。
   私の忍耐力を試しているのかな」

  「二月十四日じゃないと、意味が無いんですよ」


  腕の中で楽しそうにクスクス笑いながら、何事かを企んでいる幼妻の様子に
  『まぁ、明日分るなら、それでもいいかねぇ』と一人納得し
  取り合えず、今日のお楽しみに食指を伸ばそうとした。
  あかねの弱点である耳に、自身の最大の武器である艶声を駆使し様とした
  その瞬間、幼妻からの言葉に耳を疑った。


  「だから、今日は・・・駄目です!」 

  「えっ、一体どうして!?
   体調が悪いのかい? それとも『月の物』が始まった?・・・いや、それはないか」

  「何で、周期まで知ってるんですか!(///)

  「あかねの事だもの
   だからこそ、何で駄目なのかが分らないねぇ。
   私は、君の機嫌を損なうような事でも仕出かしたかい?」

  「・・・朝起きられないから・・・
   明日は朝から忙しいんです、だから駄目です」

  「・・・・・・・・・・・手加減するから」

  「絶対に駄目ですっ! 強引にしようとしたら、土御門に行っちゃいますよ」


  流石にそこまで言われてしまうと、友雅としても引くしかない。
  あの、神子敬愛の星の姫の所に行かれたら、何やかんやと理由を付けられて
  逢う事も出来なければ、取り返すのにかなりの日数を要するだろう。
  それだけは、絶対に避けなければならなかった。


  「やれやれ、仕方が無いね。
   明日になれば『隠し事』も分るようだし、お楽しみは後に取っておくかな」

  「はい! 明日、期待してて下さいね」


  意外とあっさり引いてくれた事に、あかねは素直に喜んだ。
  友雅も笑顔を返して、物分りの良い夫を演じているが
  
  『さてはて、明日の宵はその笑顔をどう淫らに染め上げようかねぇ。
   この私に『御預け』を食らわした代価は『御仕置き』で払って頂こうか。
   覚悟は良いのだね、あかね』

  脳内は完全な狼モードになっている様だ。    






  日がな一日、全く仕事など手に就かなかった友雅は、早々に邸に帰り着いていた。
  北対に足を運びながら、昨日とは違う微かな甘い香りが鼻腔を擽る。

  
  「ただいま、白雪」

  「お帰りなさい、友雅さん」

 
  迎えるあかねの顔は、昨日よりも更にご機嫌だ。


  「さて、密事の正体を教えて頂こうかな?」

  
  友雅は艶やかに微笑んで見せると、あかねははにかんだ様子で 
  几帳の後に隠しておいた台盤を友雅に差し出した。


  「・・・あかね、これは?」


  友雅は台盤の上に沢山乗ってある、不思議な形の菓子を一つ手に取る。
  桃の実を模った様な、薄く掌の半分ほどの大きさの物。
  唐菓子と違い手にべとつかないので、揚げた物ではなさそうだが
  香ばしい焼き色と微かな甘い香り。

 
  「私の世界のお菓子で『パンケーキ』って言うんです。
   ここで手に入る材料で、私が作れるのはそれ位しかなくて」

  「作った? 君が!?」

  「バレンタインだから、どうしても手作りしたくて」

  「ばれんたいん?」

  「二月十四日は、好きな人に
   『チョコレート』って言うお菓子を贈るんです。   
   でもここにはチョコが無いから、自分でお菓子を作って」

  「・・・私の為なのかい・・・」

  「綾さんに、色々手伝ってもらっちゃい」


  その言葉を言い切る前に、あかねは友雅に強く抱締められた。
  『贈られた』と言う行為自体も嬉しいが、ここ数日思い悩んでいた物が
  自分に関っていたと言う事実が幸福以外の何者でもない。
  京に慣れていない幼妻を苦悩させるなんて、夫の風上にも置けないかも知れないのだが
  優しく慈しんでくれた気持ち、唯その事実が嬉しかったのだ。


  「嬉しいよあかね、嗚呼この嬉しさをどう表現したらいいか分らない」

  「ちょっ、大袈裟ですって、友雅さん(///)

  「大袈裟なものか、出来るならこの胸を切り裂いて、君に見せたいくらいだよ」

  「一々、胸を切り開かれても困りますっ!
   ・・・それより、食べてみてもらえません?
   甘酒の甘味だけだから、そんなに甘くないですよ。
   だから、友雅さんの口にも合うんじゃないかなぁ」

  「じゃぁ、頂こうかな」


  友雅が尖った方から口にしようとした手をあかねが止めた。


  「友雅さん、反対です。 コッチから食べて下さいね」

  
  そう言って、丸い方を上に持ってくる。
 

  「不思議な形だねぇ・・・桃の実じゃないのかい?」

  「『ハート』って形なんです」

  「はーと?」

  「直訳すると『心臓』心の臓って意味なんですけど
   『心』とか ・・・『愛』・・・ って意味もあります」

  「成る程」


  友雅はハートのパンケーキを一口で食べると、軽く指を舐めながらニヤっと笑う。


  「コレで、あかねの『心』の『愛』を頂けた訳だね

  
  態々、あかねが小声で言った台詞を強調しながら、もう一つ摘む。
  唐菓子などとは違う、しっとりした食感が珍しい。
  菓子としては甘味が足りないかもしれないが、友雅の味覚には丁度良かった。

  
  「うん、美味しいよ・・・我妻が菓子作りの名人だとは思わなかったねぇ」

  「名人なんかじゃないですけど、良かった美味しいって言ってもらえて
   あっ、甘味が足りないなら、少しですけど甘葛と蜂蜜もありますよ!
   甘酒もまだありますけど、飲みます?」

  「・・・よく、甘葛と蜂蜜なんて手に入ったねぇ」

  「私じゃないですよ、綾さんが持ってきてくれたんです」

  「ふ〜ん」

  「友雅さん?」

  「んっ、いや…所で白雪は此れを食べたの?」

  「味見だけはしましたけど」

  「じゃぁ一緒に食べよう、甘葛と蜂蜜は白雪が頂きなさい。
   私は、甘酒を貰おうか」

  「はい、持ってきますね」


  あかねはそう言うと、房から出て行った。
  一人残された、友雅はもう一つパンケーキを摘みながら呟いた。


  「甘葛と蜂蜜ねぇ・・・って事は、藤姫に打診したのだろうね  
   ヤレヤレ、星の姫に一つ貸しを作ってしまったかな」







  暫くして戻ってきたあかねは、何やらニコニコしながら甘酒を勧める。
  器を持って、友雅は驚いた。


  「・・・温かい?」

  「私の世界では『甘酒』って冬場の温かい飲物なんです。
   でも京では、夏場の冷たい飲物なんですね、初めて知りました!
   だから、今日はお互いに反対のを飲んでみませんか?」


  見ると、あかねも器を持っている。
  その中には冷した甘酒が入っているのだろう。

  
  「面白いね」

  「じゃっ、乾杯!」


  器を合わせ、初体験の甘酒を飲んで一言。


  「温かい甘酒もいいね」
  「冷した甘酒も美味しいですね」

  
  ほぼ同時の同じ様な言葉に、互いに顔を見合わせて同時に笑った。






  宵も進み、二人だけの酒宴もそろそろ終わりに近付いていた。
  アルコール度数などほぼ無いに等しい甘酒では、友雅が酔う事は皆無
  だが、あかねにとっては0%ではない、アルコールが少々きている様だった。
  目はトロンとし、口調は舌ったらずになり、肌は桜色に染まっている。
  その総てが、友雅を煽るには十分過ぎて
  最後のパンケーキを口に入れると、少々大袈裟にあかねに尋ねた。


  「折角の、甘葛と蜂蜜が残ってしまったねぇ
   ・・・本物のはーとに掛けて、私が食べてもいいかな?」

  「ほんもろのハート?」

  「いいかな?」

  「ん〜、良く分かりまれんが、食べらいのなら、どうぞぉ」
  
  「そう、じゃっ、頂こうかな


  友雅はそう言うと、その場であかねを組敷き袷口を大きく開き
  露わになった胸元に甘葛と蜂蜜を合わせて塗りたくった。


  「ひゃっ! 友雅さん、何するんれすか!?」

  「だって、本物のはーとに掛けて、私が食べてもいいのだろう?」

  「そっ、そう言うイミじゃっ・・・ひゃうぅっ!!」

  
  冷たかった蜜が、あかねの体温で温まり房内に甘い香りが漂う。
  いつもと違う、ヌル付く様な友雅の舌の動きに、あっと言う間に脳髄が
  甘い痺れに犯されていく。
  それでも、最後の【無駄な】抵抗を試みる。  
  

  「とっ、友雅さん・・・甘いの、嫌いらはずじゃぁ」


  息も絶え絶えといった感じの、幼妻の可愛らしい抵抗もどこ吹く風
  性質の悪い夫は、微笑しながら平然と答えた。


  「ふふ・・・大丈夫。君の方が・・・甘いからね?」 



おまけ


御題 〜ふふ・・・大丈夫。君の方が・・・甘いからね?(微笑)〜

え〜っと、この御題を見て、脳裏に浮んだのが
「あかねちゃんに蜜塗ったくって、舐めまくる友雅氏」Σ( ̄ロ ̄lll)
かなりセクハラ度合いを下げてみました・・・最初、友雅氏のセクハラが酷くてorz


後、この時代の材料で作れそうなお菓子も実験!
詩紋君、凄いよ!!マジで!!!

結局、発酵を促すものが無いから、蒸パンやケーキは無理
パンケーキが精一杯でした。
(甘酒入ると若干膨らむんですが、発酵には程遠く、潰れた潰れたw)

唐菓子も、作ってみたんですが面倒な上、見た目がサーターアンダギー
甘酒は結構上手に出来ました・・・てかコレは温度管理さえすれば簡単!
当時は、ソレが大変だったんだろうケド(^_^;) 
姫君主義 / セアル 様