ブルーマーメイド |
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= 王子様と人魚姫 = |
− 7-2 − |
* 肌を合わせたベッドの中で、あかねは友雅の腕を枕に、甘やかな時間をまったりとすごしていた。 肌と肌の触れ合いを、これほど慕わしく感じたのは友雅だけ。彼の腕の中以外では、こんな時間は過ごせない。 あかねは極上のクリームを舐めた仔猫のように、満足げに瞼を閉じようとしていた。 夢路を辿ろうとする少女の目尻に、友雅は口付ける。 「もう眠るの?」 「まだ寝ちゃダメなの?」 「一人置いていかれるのは寂しいのだよ。もう少し、ね」 「じゃあ、ご本…」 本を取りに行こうと上体を起こしたあかねを、友雅は長い腕を絡ませて閉じ込める。 「たまには、こんな風に言葉を交し合うのもいいだろう?」 情けなくてもロマンス小説に嫉妬しながら、友雅は少女を腕の中に捕らえる。 「天真がね」 「ん?」 「ルゥークの検診をするから、PD−2のプールに彼を連れて来てほしいと言っていたよ」 友雅の望むままに、あかねは抵抗せず男の腕に身を預ける。 「わかった。でも、そんなところでするの初めてね」 友雅の腕にすりすりと頬を擦り寄せ、あかねは小さく呟いた。 「ねえ、友雅さん……」 「なんだい?」 あかねは友雅の腕をかかえるように抱く。こうやって守られていても、この不安からは逃れられない。いや、ますます強くなっていた。 「わたしたち、いつまで一緒にいられるのかなぁ?」 しみじみとした少女の呟きの中には、隠しきれない不安があった。寂しさもあった。友雅はあかねの不安ごとその身体を抱きしめた。 「ずっと一緒にいるよ」 決して、離さない。その想いをこめて、あかねを抱きしめる。あかねも友雅の腕に縋りながら、頷いた。 「そうだといいな……」 「私を信じなさい」 背中から抱きしめ、不安にゆれるあかねの頬に頬を寄せる。 「……………うん」 小さな生返事に、友雅は嘆息した。次いで、ムクリと起き上がるなり、あかねの頬を両手に包み込む。 「信じていないな、この人魚姫は!」 友雅はあかねの上に覆いかぶさりながら、少女をシーツに沈めた。 「私は、君を海の泡にするつもりはないよ」 人魚姫を手放す愚かな王子になるつもりもない。 「二人は幸せに暮らしました……。それ以外のエンディングは認めるつもりはないのだよ」 不安に揺れるあかねの瞳が、友雅の焦燥を煽る。が、少女の不安は当然のものだろう。彼女は希望を持てずにいるのだから。 「そうそう。あかねに教えてあげようと思っていたのだよ」 ことさら明るく振舞い、あかねの気持ちを盛りたてる。 「ハッピーエンドの人魚姫の話もあるそうだよ」 「え? どんなっ?!」 沈み込んでいた人魚姫は、すぐさま飛びついてきた。 「さて。私も知らないのだよ」 「なに、それ。酷い。わたしをからかったのね」 あかねの頬が拗ねたように膨れた。 「からかってなどないよ。本当にあるそうだよ。私も知らないから、一緒に観るのが楽しみだね」 「どこにあるの?」 「今は、清香のところだね。この話も、彼女が教えてくれたのだよ」 「清香さんが? で、いつ届けてくれるの?」 「さて?」 友雅は、しばし考え込んだふりをして、誘うような視線を恋人に向けた。 「いっそ、二人で取りに行こうか?」 「……………友雅さん……」 戸惑う人魚に、友雅はなおも希望を植えつける。 「その王子はね、人魚姫との間に子供まで儲けるそうだよ」 「ええっ?!」 あかねは驚きに目を見開いている。少女の瞳には、期待と羨望が映る。 「読みたい……」 「ああ。読んであげるよ。いくらでもね……。お願いだよ、あかね。私を信じておくれ」 今は何も告げられない。 けれど、永遠の夜の海へ漕ぎ出したなら、君に未来への希望を贈ろう。 * 湖を、甘い風が渡る。 あかねは、水の匂いが大気に浸透したこの風が大好きだった。 薄紅色の髪を風になぶらせながら、湖の水際の水段に腰掛けて、湖沼群のパノラマを見つめる。 半水棲の樹木が湖にせり出し、青々とした葉を抱えた枝が、湖面を覆いつくさんばかりに伸びていた。沼沢地には野生のゆりや水芭蕉が群生し、水鳥たちも生活の場として水辺に集う。 一羽の青いかわせみが、あかねの傍らを風をきって飛び立っていく。 蒼穹へと溶け込むような青い翼。あかねは手を広げて空を仰ぐ。指の間から零れる太陽光をまぶしげに見つめ、まったりと微笑んだ。 美しい水の惑星。あかねは、ここ以上に美しい場所を知らない。 少女の足が、水段に打ち付けるさざ波を蹴る。楽しげな水しぶきが舞い散り、小さな虹を描いていた。 友雅が帰ってくるまでのしばしの間、あかねはおだやかな湖水の風情を楽しむ。 少女の供のフィリッパーの姿はない。彼はとあるプールで拘束中である。 「友雅さん……………遅いなぁ」 いつまで待たせる気だろう? 何か、あったのだろうか? いつもは時間に正確な男であるがゆえに、あかねは段々と不安になってくる。 天真に用事があるとかで出かけてしまったが、よくよく考えれば、天真はルゥークの検診に付き添っているのでは? と、あかねは小首を傾げた。 「わたしも一緒に行くって言ったのに」 苦笑を浮かべながら、友雅はあかねに留守番を強いた。お土産を約束されても、一人きりにされるのは面白くない。 天真のところへ行く前に、パレスに寄ると言っていたので、あかねもさすがにそこにはついていけない。パレスは人魚は立ち入り禁止なのだ。 あかねは立てた膝に頬杖をついて湖を見渡しながら、ポソリと呟いた。 「…友雅さんのバカ………寂しいじゃない」 拗ねてため息を何度も繰り返すあかねの許に、来訪者が訪れたのはそんな時。 湖で黄昏れるあかねのもとへ、管理人が来訪者の訪れを報せてきた。 「シーニャが? どうして?」 「ぞんじません」 今、このコテージの主たる友雅は留守にしている。 他にシーニャが用がありそうな人間は鷹通くらいしか思いつかない。だが、彼に会うなら、あかねのフラットへ行けば会えるはずだ。 少女は小首を傾げた。 あかねは水段を立ち上がり、パタパタと中庭の回廊を駆けながら玄関へと向かった。 カチリと扉を開けて、あかねは顔を出す。 そこに居たのは、鮮やかなオレンジ色の髪を束ねた美女。華やかな印象を受ける背の高い彼女からは、鋭利な色気を感じられた。 「しばらくぶりね。あかね、元気にしていた?」 あかねはこくりと頷く。 「何か、用? 友雅さんはおでかけよ? 鷹通さんはまだ来ていないわ」 お部屋で待つ? と、あかねが扉を大きく開いた。それに対して、シーニャは緩慢に首を振る。 「二人に用があって来たわけではないわ。あかねに用があるの」 「わたし?」 あかねの瞳は驚きに丸くなる。 「お願いよ、私と一緒に来てくれない?」 少し困り果てた表情を浮かべたシーニャが、腰を屈めてあかねに視線を合わせながら問いかけてきた。 お願いされた少女も、シーニャに負けないほど困った表情を浮かべる。 「一人でお家を出てはいけないと言われているの」 友雅か、鷹通が同行してくれるならと、あかねは素直に告げる。 「フィラーラの様子がおかしいの。あなたは、あの子ととても仲が良いから……」 「フィラーラ姉様が?」 あかねの戸惑いが驚愕に変わる。 「病気なの?」 迫りながらシーニャに問いかける。あかねは大事な姉の具合を心配して、心がせぜめいていた。 「違うわ。とても塞ぎこんでいるの。口もきいてくれないのよ。私、心配で心配で……。あかねになら、フィラーラも何か話をしてくれるのではないかと思ったのだけど」 「姉様は、シーニャが一番好きよ?」 自分よりもシーニャが側にいればいいわと、あかねは伝える。 「それが駄目なの。だから、あなたを頼ってきたのよ。ねえ、あかね。お願いよ、フィラーラの様子を少しだけでもいいの。見てやってくれないかしら? どうして気が塞いでいるのかを、聞いてやってほしいの」 あかねは戸惑いながら迷った。 フィラーラのことは心配。でも、友雅との約束もある。 心の中の軍配は、少しずつ姉の人魚へと傾いていた。 「ほんの少しでいいのよ。お願い、あかね」 「少しでもいいの?」 シーニャの妥協案に、あかねの心は揺れる。 「友雅さんが帰ってくるまでに帰ってこられる?」 「もちろんよ。遅くなるようなら、連絡を入れるわ。彼に迎えにきてもらえばいいし。なんなら、鷹通にでもいいわね」 シーニャは両手を合わせて頼み込む。その懸命な様子に、あかねも頷きたくなる。 「それでも来てもらえない?」 失望を浮かべるシーニャ。その後ろに、あかねはフィラーラの失望を重ねていた。もう、居ても立ってもいられない。 次の瞬間に、少女は供に行くことを決意していた。 「わかったわ。いくわ」 * 「ほい。格納完了」 「こんな狭い水槽で大丈夫なのかい?」 巨大なカプセルとはいえ、ルゥークにとっては手狭なワンルームだろう。友雅ですら、フィリッパーに哀れを感じる。 「大丈夫。コンパクトに見えるが、内槽は合理的に設計されてる。水流運転させてっから、運動性はそれなりに確保してるからな。まあ、ジャンプはできねえけど」 密閉型の移動用巨大水槽の中で、ルゥークは悠然と泳いでいる。 「まさか、あかねもこの中に?」 「無理。ルゥークだけで満員御礼」 「いや、あかね用にこんな水槽があるのかと聞いているのだが?」 「あるわけねーだろ。まあ、あいつ専用に、風呂場は一つ確保させてもらうけど」 そこの水は弱水しかでないように、少々手を加えるつもりでいる。天真の腰には作業用エプロンが巻かれ、並んだポケットにはナットやボルトに各種の釘。スパナやレンチやドライバー、あげくにエアーネイラーやらがぶら下がっていた。 天真の出で立ちに、友雅は感慨深く呟く。 「君は精神科医と聞いたのだがね?」 「開店休業中。もともと、そっちの方面は向いてなかったみたいだな。今はもっぱら工学系の免許を片っ端から取ってる。将来は、あかねが嫌がらないリカバリー用のカプセルを開発するつもりだぜ。使用溶液は、頼久の奴が研究するとかゆってたな」 ワガママで可愛い人魚のために、父たちの努力はたゆまない。そして、その恩恵にあずかる男もまんざらでもなかった。 「それはぜひにお願いしたいね」 「テメーのためじゃねーよ」 「もちろん。君らの可愛いあかねのためにだよ」 ひいては、友雅のためになる。 「やらしー顔してるぞ」 「いいのだよ。やらしいことを考えているからね」 ぬけぬけと口を開く男に、天真は毒ずく。 「……………どーして、あかねはおまえがいいんだ? オレは理解に苦しむ」 天真が沈痛な面持ちで頭を抱えるのを、友雅はどこか面白げに見ていた。 笑われてるようで、面白くない。憮然としていた天真だが、携帯の呼び出しにすぐさま反応する。 「森村だ」 しばしの対応。だが、段々と青年の語調が荒くなる。しかも、言葉の中にあかねの名前が混じれば、友雅としても見過ごせない。 「どうしたのだね?」 天真は携帯を倉庫にある端末のドライブに繋いだ。コンソールを操作し、パネルを開くと、そこには鷹通の姿が映る。 『友雅殿、あかねがシーニャに連れ去られました』 切羽詰まった鷹通が、画面に食い付きながら友雅に告発する。 「なんだって……」 『すみません。あかねのもとへ行くようにとご依頼がありましたが、先にフィラーラのところへ行っておりました』 約束の時間を少し過ぎたところで、鷹通は友雅のコテージに到着した。だが、そこにはあかねの姿はなかった。 管理人を問い質したところ、シーニャがあかねを迎えにきて、そのまま出かけてしまったと伝言されたのだ。 『シーニャと連絡をとっておりますが………』 「まったく応答がないというところなのだね?」 『シーニャは、本日の正午をもって退官しております』 もはや、彼女はエリュシオンの官吏ではないのだ。 友雅は腕を組んだ。そして、目を閉じてしばしの沈思のあと、瞼を開いたその瞳に表情は拭い捨てられていた。 「先を越されたようだね。存外あの男も気が短い」 「おい、余裕をぶっこくなよ」 「余裕?」 クッと友雅の喉が鳴る。嘲笑するような重々しいバリトンが空間を圧した。 「そんなものがどこにあると?」 友雅の視線が、天真を見据える。 青年は、無意識のうちに足が後退していた。 声と眼差しが凶器になることを、天真は生まれて初めて知った。 傍らの青年の動揺を完璧に無視して、友雅は自分の世界に入っていた。顎に手を当てて、こまれでの経過と、これからの未来図を、脳内の図面に記していく。 「伯爵も以前から準備を始めていたからねえ」 準備のほどの推測はつく。彼は、準備が整った最後の仕上げにカウンセラーを手に入れたのだろう。 「では、あかねを連れ去っても問題はないということだね?」 冷静に問う友雅に、天真は思い切り憤った。 「大ありだろうが!」 「もちろん。私からすれば大ありだよ。だが、今、考えているのは伯爵の状況だよ。私のことは関係ない」 「なんで、そんなに冷静なんだよ? あかねが攫われたんだぞ?!」 狼狽えまくりの父親に、友雅は小さく嘆息する。 「慌てても仕方ないよ。あちらは略奪する気が十分のようだ」 「んなのわかってるよ」 「よろしい。では、冷静に考えよう。頭を沸騰させていては、勝てる戦いも勝てないよ?」 思考は冷静に。態度は沈着に。そして、行動は大胆に。 「目の前からあかねをひっ攫おう。彼のお膳立てを利用して、ね」 さぞかし伯爵は腸が煮えくり返ることだろう。その様子を思い浮かべる友雅の笑みは、いっそ猟奇的ですらある。 「……………あの、物騒な笑顔を浮かべてるんだけど、戦争をやらかす気か?」 「ああ。それに近いね」 そう言って、友雅は笑みをさらに深くする。 「まあ、止めはしない」 それくらい天真も怒り心頭に達している。が、 「おまえさ。施設護衛団とか連れてきているわけ?」 戦争をするにしても、手駒というものが必要になる。今、友雅の陣営には、彼と、自分と、頼久と、そして鷹通しかいない。 「どれくらいの規模のを連れて来てるんだ?」 「そんな面倒なもの連れてくるわけがないだろう? まあ、ボディガードは多少はいるがね。どちらにしろ、彼らは使わない。焼け石に水ほどの戦力差があるからねえ。それに、恋人を奪還しに行くのが、雇われたボディーガードでは絵にならないよ」 友雅はどこまでも彼らを使う気はない。船の守りに徹していてもらうつもりだ。 「絵になるとか、ならないとか、このさい関係ねーだろっ! その枯れ木も山の賑わいな奴らがいないと、さらに戦力差が広がるってわかんねーのか?!」 戦争は数だ。ケンカは気合だ。 「相手はプロだぞ!」 「そうだねえ」 確かに、戦争屋を相手に真正面からどうこうしようという気はない。 「なんとかならないものかね?」 真面目な顔で、天真を見やる。青年は怒りに顔が真っ赤になっている。だが、己を落ち着けようと、熱が上がりかけている額に手を当てた。 「戦争が一人でできるか! テメーが無謀なことを言ってやがるんだろっ」 いっそ、その問いは天真が友雅に向けたい。 「そうだろうか? 私には戦力はないが、エリュシオンにはあるだろう?」 べつに、伯爵の自警団を相手にするは自分でなくても構わないのだ。 「エリアマスターを巻き込もう」 「おい」 大胆な友雅のアイデアに、天真は目を丸くした。 「まずは、エリュシオンの自警団のご登場を願うために、伯爵の船で非常事態宣言をしてもらうとしようか?」 そのための工作をし、さらにあかねを助けに伯爵の船の奥に潜り込む。 「ドクター、あなたはエリアマスターを引きずり出して来なさい」 鷹通はこくこくと頷く。彼は戦うことにまったくといっていいほど適正がなかった。会話のほとんどが、右耳から左耳へと抜けようとしている。 「オレは?」 「天真と頼久は、私の従者にでもなってもらおうかな。ドン・キホーテにもサンチョパンサがいたように、ね」 「ドン・キホーテ……って、めっちゃ弱い気がするんですけど」 天真でも知っている古い小説だが、あまりに主役がイケてない。 「おや、そうかね? 彼ほど素晴らしい狂言回しはいないよ。それに、私の役どころにぴったりだろう? 私が戦争をするわけではないし」 愛しの姫を求めるために槍を手にいざ旅に出て、周囲に騒乱を巻き起こす希代のトラブルメーカーだ。 ドン・キホーテを気取り、伯爵の陣地にエリュシオンの介入の種を蒔いてやればすむだけ。あとは、エリアマスターである詩紋が片付けるべきこと。 「おまえ、そんなに上手くいくと思ってんの?」 どうやって、伯爵の懐へ飛び込むというのだ? 彼の船の警備を考えれば、友雅の計画は妄想に近い。天真が当然のように指摘すると、友雅は人の悪い笑みを浮かべてニヤリと笑う。 「なに。彼の使う金の力はね。私にもあるのだよ」 「けど、今から始めて遅いだろっ」 天真も冷静に突っこむ。賄賂で敵を釣るにも時間がいる。 「ああ、そのことね。もうとっくの昔に始めているよ。適当に脅迫ネタを掴んだところで、自分の意志であかねの相手をご辞退していただこうと思っていたのでねえ」 計画は台無しだが、布石はまだ役に立つ。 「まあ、情報収集活動のほとんどは姉に頼んでいたのだがね。ここで手に入る情報など高が知れているだろうから」 だが、それでも、打てるだけの布石は打っておく。保険は多いほどよい。実際、それは今夜、それはとても役に立つだろう。 「おま、性格悪すぎ……………」 「おや。全身全霊であの子を守ろうとしているのだがね?」 手段など選ぶ余地はないのだ。友雅が恋した人魚は、愚かな人間たちを魅了しすぎる。自分一人のものにするためには、多少の卑怯技は必要悪だ。 「さしあたっての問題は、あの男を殺さずに我慢をしなければならないということかな? 今頃、あの子は泣くほど怖がっているだろうねえ。まったく、殺しても飽き足りないよ」 「責任もって止めてやるよ」 「頼むよ」 呆れ半分に、投げやりに天真がフォローを約する。もしかしたら、目の前の男はあかねよりも手がかかるかもしれない。そんな不安が、青年の心に芽生えていた。 「では、ドクター。エリアマスターに連絡を。そして、エリアマスターに伯爵の船から入る離陸許可を、できるかぎり引き伸ばすように伝えておくれ」 『分かった……』 非常事態だと、鷹通は己に言い聞かせる。今、ここで彼らを嗜めたところで、意味はない。いや、有害ですらある。あかねを取り戻したあとに小言を告げても遅くはない。 「奴らを買収してるってことは、いまさら、伯爵の船の資料を拾い出す必要もねーってことだな?」 友雅は静かに頷く。 そんなものは、遠の昔に手に入れている。 「んじゃ。オレと頼久は友雅について、『インウィ』へだな」 天真はピクニックに行くかのように、暢気だった。 「あ。その前にサウスポートに寄るぜ」 伯爵の船はエリュシオンの大宇港であるガレオン湖に浮かんでいる。ガレオン湖とサウスポートに関連性はない。 「そんなところに、何か用があるのかい?」 「丸腰で行ってどーする。センターの武器庫にゃ、最新兵器が山と積んでるんだぜ……」 手加減する必要なんて無し。思い切り暴れましょうと、天真は悪戯っぽく舌なめずりをする。 「成程……」 良い反撃のチャンスを手に入れた。 『余り、無茶はしないでください……二人とも』 「相手次第かな」 ニッコリと笑って友雅は通信を切った。 「では、行こうか?」 |
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Cream Pink / 狩谷桃子 様 |