ブルーマーメイド

= 王子様と人魚姫 =



− 6-2 −

 *

「もうっ。何度も言うけど、あかねはあげないって言ってるでしょ。それに友雅さん、フィリッパーの商談に来たんじゃなかったの?」
 だから面会を受けたのに。と、詩紋は嘯く。実家の後ろ盾を背に脅されては話があべさかである。
「ふふ。お忙しいエリアマスターに、時間の無駄をさせるのは忍びなくてね。商談を一つまとめるのも、二つまとめるのも変わらないだろう?」
 いずれ、あかねは友雅のものになる。いや、すでに少女の心は友雅のものだ。
 でも、今現在のところ、あかねの心は友雅のものでも、法律上は身体は不愉快なことにエリュシオンのものだったりする。
「私の人魚姫に値をつけるなど愚かしいことだが、その愚かなセレモニーをくぐらなければ、姫はここから出られないようだからね。私も、君たちの流儀に会わせてあげているのだよ?」
 クスリ…と、友雅は薄く笑う。
「感謝……をしなければいけませんかね?」
 少年も、友雅に負けないほどの不敵な笑みを浮かべて受けて立つ。
「あの子に対価などない。だから、売買契約など成立しない。それほど、人魚が欲しいなら『あかね』以外でご都合しますよ?」
 あかねでないと意味がない。あかね以外はいらない。友雅の顔色は変わらずに、カケラも笑っていない瞳ままで満面の笑顔を浮かべる。
「エリュシオンの運営は、連邦の管轄でしたね」
「運営に関しては、独立しています。外からの声が公平の原理を著しく乱しますので。目の前にもいますしね」
 友雅の存在を揶揄る(見た目)少年に、男は動じた様子もみせない。
「なるほど。だが、運営費のほとんどは連邦持ちだったねえ。ここは言うほど利益を上げていない」
「…………………………マーメイドの育成は金と時間がかかるものです」
 金の卵たちは不安定で、安定に供給できない。エリュシオンが、客たちに支払う違約金も莫大なもの。どれほど天文学的な対価で人魚を売ってもおいつかない。
「連邦に貸している『カナル』のレアメタル採掘権だけど、そろそろ契約期間が終わるのだよ。次の契約者は、別に連邦でなくともいいと思っているのだがねえ」
「そんな大仰な話、一介のエリアマスターごときでは、何のことやら?」
「私は、グランドマスターに話しているのだよ?」
 すっと詩紋の目が細められた。
「……………あなた、何をご存知です?」
「なにも。ただ、少しだけ勉強したのですよ。あかねと共にいるためには、人魚のことを学ばなくてはなりませんからね。ドクター・詩紋・流山・ファースト」
「ボクはサードですよ。ファーストは、祖父です」
「そういうことにしておこうかねえ」
 そう言いながら、友雅は悠然と足を組み替えた。
「嫌な客だな。伯爵でさえ可愛く思えてくる」
「誉め言葉として受けておくよ」
 嘆息する詩紋が、致し方なく交換条件をかざした。
「あかねに子供を二、三人こしらえさせて、然る後に中央の許可を取って、連邦法を照らし合わせ譲渡契約を結び、定期的に番いのマーメイドに種付けをさせるということなら、こっちも考慮してもいいですよ?」
 もちろん、そんな条件に対する友雅の返事は決まっている。
「却下」
 憮然と友雅は呟いた。
 あかねに番いなんて以ての外! というより、自分こそが番いなのだ。彼女が他の雄を伴侶にできるはずもない。人魚は、ただ一人の伴侶に一生添い遂げる。心と身体が別々のエリュシオンのマーメイドたちは、だからこそ不安定なのだ。
「それじゃあ取引にならないよ」
 まったくこのおぼっちゃまはワガママなんだから…と、詩紋はこめかみを引きつらせる。
「『あかね』にはね、金も労力も気も使ってるけど、それだけのことをしてなお余りある能力があるんだ。いくら、『橘』の圧力を掛けても無駄だよ。エリュシオンもあかねは手放したくないんだよ。あなたのところのグループを敵に回してね」
 こちらの最低ラインの条件を飲まない相手に譲れるマーメイドではないのだ。
「よしんば、あかねの以外のマーメイドなら、あなたの家ほどの格があれば、すぐにも譲るんだけどね。だが、相手が悪い。あの子はエリュシオンの至宝だ。人魚の希望なんだよ?」
「エリアマスター」
「金なんかで、あの子を手に入れられると思っているのは、あなたの方だよ」
 小悪魔的な笑みが、詩紋の唇にうかぶ。そして、侮蔑と挑戦がないまぜになった視線を友雅に向けていた。
「さて、ボクの役目も終わったかな?」
「役目?」
 訝しげに、友雅は小さく顔を上げた。表情が読めないのは、友雅も同じだが、狡猾さは目の前の少年が勝ったようだった。
「貴方がいると、あかねを引き剥がせないみたいなんですよ」
 天使めいた顔が、困った表情を作って笑う。その瞳の奥には、勝者の余裕があった。
 ガタリと友雅が立ち上がる。
「ご名答。ボクはエサです」
 余裕の仮面がはがれ、友雅の目が大きく瞠られる。
「余裕なんて曝していると、いつでも出し抜かれますよ?」



 *

 扉が開くと同時に、待望の少女の姿が視界に入ってきた。
「おお……ミューズ」
 感極まったように、マンゾーニが入ってきたあかねを見詰めて呟いた。
「素晴らしい」
 貌を縁取る柔らかな薄紅の髪。瞳は極上の翡翠よりも尊い二対の硬玉。瞳に影を差す睫は煙るように長く豊かで、肌は琥珀を溶かしたかのように輝く象牙色。
「益々、美しくなったね、私のミューズ」
 友雅を愛し、友雅に愛されたせいか、ここ最近であかねは花開くように美しくなった。
 翡翠の瞳が釣り上がって、キッとマンゾーニを睨む。
「おお……」
 目も眩むような芸術作品に、マンゾーニの鼓動は少年のように高鳴った。
(この世に二つと無い、私の宝石)
 スッと、あかねの側に滑るように近付いてその足元に跪く。そして、あかねの服の裾を恭しく手にして、それに口付けた。
 ゆっくりと立ち上がり、あかねの前に立つ。
「息災にしていたかい? 私のミューズ」
 その言葉と共に、あかねを抱擁して抱き寄せた。だが、その手は激しく拒絶された。
「触らないで」
 そう叫んで、あかねは壁際に逃げた。壁を背にあて、じっとマンゾーニを睨んでいる。
「あかね」
 背後から官吏の叱責が落ちる。
 驚いたあかねは後ろを振り向き鷹通の表情を見て、目を見開いた。
 本気で怒っている。
「おお、ドクター。そんなに怒らないでやってくれたまえ」
 萎縮したあかねを庇ってマンゾーニが鷹通を笑って窘める。
「申し訳ございません。甘やかしたせいか、ワガママに育て過ぎました」
「なに、構わないよ。ミューズの『ワガママ』など、気にするほど私は狭量でない。むしろ、ミューズはワガママなくらいがいい」
 これもまた魅力なのだよ……と、マンゾーニは呟いてあかねを抱き寄せた。
 今度は、唯々諾々とあかねは抱き寄せられる。
「さあ、ミューズ、おいで。今度もお土産を沢山持ってきたのだよ……」
 うな垂れてマンゾーニの為すがままに彼の手を取ってあかねはエスコートされた。
 クラシカルなソファーに座らされ、隣には当然のようにマンゾーニが座りあかねの肩を抱き寄せる。
 触れられたくない。
 肌が泡立つような悪寒に苛まれても、あかねはその腕を振り払うことは許されていない。以前は我慢できた。けれど、
「イヤ。やっぱり放してっ」
 パシッとマンゾーニの手を叩き落としてあかねはソファーから立ち上がる。
「鷹通さん。もうイヤ、お部屋に帰るっ」
 一秒だってこんなところに居たくない。
「頼久さん、帰ろう……」
 縋るような目であかねは二人に頼んだ。
「な、何を言うのだ。あかね、まだ来たばかりではないか」
マンゾーニがあかねを追い掛けてソファーを立ち、腰に手を回して自分に引き寄せて手を取った。
「さ、土産があると言ったろう。一緒に見よう。それに今度は趣向を凝らしてみたのだ。きっとおまえも気に入るだろう」
 マンゾーニの言葉を補強するように、鷹通が自分をずっと気にしているあかねに向かって言い付ける。
「あかね。見せて頂きなさい。君の為に伯爵がわざわざ持って来て下さったのだから……」
 その言葉は重い重石になってあかねの行動を制限する。今は逆らうな! と。
「……………帰りたい」
 友雅の許に。
 小さく囁かれた言葉は、唇の動きだけで鷹通には伝わった。しかし、彼は首を左右に振って諦めろとあかねを諌める。
 まだ、早い。
 あかねが友雅に執着しているのを知られるには。
 そして、反抗的になっているのを知られるのも。
 鷹通の悲痛なまでの思いは、あかねに伝わらない。
 ただ、ただ、帰りたい。在るべき場所へ帰りたいと、その燃えるような瞳を懲らし、彼の人の許へ想いだけを飛ばすのだった。
 膨大な量の布がマンゾーニのプライベートリビングに所狭しと広げられている。
 光沢のある天然シルク素材の生地から、化学繊維の人絹他多数の生地たち。あかねの為に最高級の生地が、特殊な染めや織りで加工された物を厳選して持ち込まれていた。
「おお、この色はあかねの髪と瞳の色に映える」
 あかねの薄紅色の髪と黒絹の光沢を対比させながら、マンゾーニは満足気に呟いた。そして、それを手にとって確かめるように手を滑らせる。
「それに、この手触りは最高だ。素肌に吸い付くような滑らかさだ。ふふ……服ではなくシーツにしてみたいね……」
 意味深にマンゾーニは笑ってあかねの髪を梳きながら一房手に取って口付ける。
「この髪がこの絹の上で波打つのを見てみたい………。光沢ある黒絹の上で髪だけではなく、この若く美しい肢体が乱れるのは、さぞ鑑賞しがいのある絵画のようだ。想像するだけで心が乱れる」
 うっとりと自分に酔い痴れる男を見ていると、同じ部屋にいた頼久の魂は天国へと飛び立ちたくなる。
(なんと哀れな……ちい姫)
 頼久は鳥肌がたった腕を思わず擦ってしまった。
 マンゾーニの言葉を聴いているだけで、気が遠くなる。
 しかし、頼久も気が滅入っているが、本当の意味で一番滅入っているのはあかねだった。いつ果てるともつかないマンゾーニの遊びに嫌々付き合い、そして気もそぞろにしていると、嫌応なく鷹通の非難がましい視線に諌められる。
 マンゾーニは、抵抗も肯定もしないあかねの身体に、その黒絹を巻きつかせて腰を引き寄せて抱き寄せる。
「よく、似合う。素晴らしい………」
 ウットリと熱に浮かされたように、マンゾーニが呟く。そして、あかねの顎をクイと持ち上げて口吻けようとした。けれど、あかねの手で唇は押しやられて、顔を背けられた。
「もう、疲れたの…………」
「ああ。確かに顔色が良くないな……。なに、少し休めば気分も良くなる」
 寝室を用意させるから少し休みなさい…と、マンゾーニがあかねをエスコートして寝室へ案内しようとした。
「もう、イヤ。帰る。帰るのっ」
 マンゾーニから逃れて、あかねが出口へと走った。だが、そこには屈強なマンゾーニのSPが控えていて、あっけなくあかねの逃亡を阻止した。
「イヤっ! 離してっ! 触らないでっ!」
 闇雲に暴れるあかねを男たちが押さえ付ける。
「ヤダヤダ。もう帰るのっ」
 心の中では、強く友雅の名を呼んでいる。けれど、ここでは決して口にしてはいけない言葉。
 あかねの喉がヒクリとしゃくりあがる。翠の瞳から、ぽろぽろと真珠の涙が零れ始める。
 マンゾーニは、ゆっくりとあかねの許へ歩み寄る。床に押さえ付けられている少女の側に膝を付いて、屈辱に唇を震わせている姿を見下ろした。
「どうしたのだ? 今日の私のミューズは、聞き分けのない子供のようだ」
 威嚇して自分を睨み付けるあかねの顎を取って、上向かせる。
「離してっ! 離すようにこの人たちに言って!」
 三人もの大男たち相手では、当然のごとく、あかねは簡単にねじ伏せられてしまう。
「おまえが大人しくすると誓うなら、命じてもよいが………」
「誓わないわっ、そんなこと!」
 ぷいっと、あかねはそっぽを向いた。
「では、その願いは聞けんな。この駄々っ子を寝室に案内して差し上げろ。丁重にな……」
 マンゾーニがSPのリーダー格の男に、目配せしながら深い意味を込めて命じた。
「そういう訳だ、ドクター。今夜はあの子は私が預かろう。なに、一晩ゆっくり休めば体調も機嫌も治っているよ。私の用意したカウンセラーも素晴らしく優秀な人物だ。安心して預けたまえ。スカール! ドクターたちがお帰りになるそうだ。お見送りを」
 マンゾーニが執事を呼び付けて、二人にお帰り願えと命じる。傲慢なほど尊大に。
「なっ……!」
 そんなマンゾーニの態度に頼久は、異論を唱えようとしたが、鷹通に制された。
 頼久を諌めると鷹通は、マンゾーニに対して穏やかにだが、キッパリと拒否の意を示した。
「申し訳ありませんが、それは許可できません」
 鷹通は、マンゾーニの言葉を正面から跳ね返す。
「マーメイドの健康管理は我らカウンセラーが掌握するものです。部外者の方に見てもらう訳にはまいりません」
「スカール、ドクターのお帰りだ」
 マンゾーニの命令に、スカールは従う。
「こちらへ、ドクター」
 心得た執事は、鷹通を扉口へと案内しようとした。
 従わない鷹通に、SPの一人が手を貸すように、肩を掴み強引に動かそうとした拍子に、彼の眼鏡が落ちた。
 鷹通はゆっくりと眼鏡を拾って、埃を拭き取ってからそれを掛け直す。そして、顔を上げ、静かにマンゾーニを見据えた。その瞳には、いつもの穏やかさや温かさは欠けらも残っていなかった。
「返した方が貴方の為ですよ」
 いつものように鷹通は微笑みながら忠告する。だが、その笑みはゾッとするほど冷たく、感情が無い。
「ドクター?」
「エリュシオンのルールに従えないと仰るのなら、どうぞ、お帰り下さい」
 それに……と、鷹通は微笑みを絶やさずに続ける。
「伯爵が無茶をなさってエリュシオンのルールを侵し、強制退去になるとこちらも大変都合が良いと言うもの。何しろ、あかねは今現在大変マインドバランスを崩しておりますので、仕事がキャンセルされるのは願ってもありません。なんと申し上げましょうか、あなたは少々……悪戯がすぎる。パートナーの人魚への負担が大きいのですよ」
「ドクター」
 鷹通の暴言がマンゾーニの神経をヤスリで逆撫でしていく。
「伯爵、あまりおいたは感心致しませんね。エリュシオンは慈善事業ではありません。そして、ただのメディカルセンターでもありません」
 いつでも伯爵くらいなら、切って捨てる事が出来る…と、鷹通は暗に脅しを掛けた。
「それでもよろしければ、どうぞ勝手になさって下さって結構です……」
「今日の君はどうかしているッ!」
 マンゾーニは憤慨しながら、鷹通を怒鳴り付けるが、相手は全然堪えていない。
「伯爵が無茶をなさらなければ、私はいたって平和にすごすことができますがね。さて、私に退去命令申請書を提出させたいのであれば、どうぞ。この場で、私はエリュシオンの警備を呼びましょう」
 多勢に無勢。どちらがより有利であるかは自明の理である。
「私の言っていることが解りますね?」
 それでは……と、声を掛け止めに微笑んで冷たく言い放つ。
「さっさとあかねを放しなさい!」



 *

 コテージに戻った友雅を待っていたのは、あかねが不在だと告げる管理人だけだった。
 あかねを探しに行こうとしたが、どこに連れて行かれたのかわからない。まず、天真に連絡を取るべきだと、携帯に手を伸ばした矢先に、玄関が慌しく開いて駆けてくる足音が耳に届いた。
 友雅は慌ててリビングを出る。
 玄関ホールから駆け上がってくるあかねの姿を見つけ、心が安堵に緩む。そして、少女のもとへ友雅も駆けつけ、彼女が飛び込んでくるままに抱きとめてやった。
「友雅さんっ。友雅さんっ」
「すまない。君を一人にしたばかりに」
 胸に擦り寄る少女を抱きしめ、震える背中を撫でて落ち着かせる。
「頼久、これはどういうことだろうね?」
「申し訳ありません。エリアマスターからの指示で、どうしても……」
 平身低頭で答える頼久。彼は基本的にでしゃばったことを決してしない。その意図を知るのは、一人だけだろう。
「で、ドクターは?」
 諸悪の根源の片棒を担いだ男の所在を問う。
「エリアマスターのところへ」
 けれど、こちらに寄るよりも、先にしておくことがあるらしい。
「やれやれ。こんなときに、私やあちらの神経を逆撫でることに何か意味があるのかねえ?」
 詩紋の行動の意図がつかめない。友雅は忌々しげにしたうちしながら、戻ってきたあかねに心を砕いた。
「あかね。落ち着こう。何か、温かいものでも飲むかい?」
「では、私がいただいてまいります」
 頼久が踵を返してキッチンへと向かう。
「友雅さん……」
 腕の中から見上げてくる小さな少女。
「どうしたの?」
 優しく労わると、あかねは身を摺り寄せて友雅の胸に縋ってきた。
「……………」
「ん? すまない。よく聞こえないのだが」
「……………また嫌われちゃうのかと思ったの」
 口も利いてもらえなくなり、抱きしめてももらえないと、あかねは恐怖していた。
 あかねの恐怖は友雅が植えこんだもの。男は小さな少女を強く抱きしめる。
「怖がらないで。二度と、君を傷つけたりしない。絶対に守るから。もう、二度と離れたりしない」
 目を離したりもしない。


 同じ頃、エリアマスターの執務室で、二人の男たちが顔を尽きあわせていた。
「ん、もうって。鷹通さんったら、面倒なことをしてくれちゃって!」
 後始末をする方の身にもなって欲しいよなぁーと、詩紋は鷹通にネチネチと嫌味をぶつける。
「だから、申し訳なかった言ってます」
「ゴメンの一言で問題解決するなら、裁判所なんていらないんだよ、鷹通さん……」
 ジトリと、詩紋が鷹通を恨めしげに見上げている。
「本性しっかり曝け出してきたみたいじゃーん。あかねなんてビビッて涙が退いちゃったみたいだし、頼久なんて別人を見たみたいな顔してたって。あーあ、そんなオモシロイ見世物があったんなら、そっちへ行けば良かった。ボクなんて、友雅さん脅すなんてツマンナイことしちゃったしー」
「エリアマスター、どこでそれを?!」
 ついさきほどのことだ。耳に入れるにしても、早すぎる。
 詩紋はペロリと舌を出して、こともなげに答える。
「変態伯爵のスタッフにね」
 搦め手でくるならば、こちらもそれなりの対応はする。
「エリアマスター、それは違法です!」
「向こうも同じことをしているんだ。別にかまわないよ」
 すでに、カウンセラーやエンジニアたちの数人が彼の足下に参入している。ちなみに、官吏たちの中にも買収されているものも少なくない。
「どうして、私たちを、今、このときに伯爵のもとへ行かせたのです?」
「ちょっと知りたいことがあってね。君らにエサになってもらっただけだよ」
 自分自身が友雅のエサになったように、あかねや鷹通も目的の情報を入手するためのエサでしかなかった。
「で、手に入れられたのですか?」
「おかげさまでね」
「もちろん、私たちにそれを提示してくださる気はないと?」
「必要があれば回すよ。ただ、君には必要ないね」
 天使の甘い笑顔が浮かぶ。彼に悪気など、カケラもない。そして、普段と変わりなく、鼻歌交じりに仕事をてきぱきと片付けていく。
「さてと、今回、友雅さんをおちょくったお詫びに、このあたりまで融通してあげとこうね」
 電子決済画面に上がっているのは、友雅から申請のあった、フィリッパー二頭の購入と、リカバリーポット二基。
「ルゥーク、弱水精製機、システムエンジニア……………は、すでにそろえてあると。それに、あとこれだけ加われば、いつでもマーメイドと暮らせるね」
「あかねを譲って差し上げるのですか?」
「そんなわけないじゃん」
 電子決済でサインをすませ、すました表情で詩紋は答える。
「さて、誰が最後に笑うのかな?」



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Cream Pink /  狩谷桃子 様