ブルーマーメイド

= 王子様と人魚姫 =



− 5-2 −

 *

「お願いがあるのだがね」
 リカバリーの合間に、友雅が天真に問う。
「この子を、私だけのものにするにはどうしたらいいのだろう? 教えておくれでないかね?」
 あかねの眠るカプセルの前で、友雅は語りかける。少女からその視線を外すことなく。
 ずっと少女の心を手に入れてから考えていた。そして、彼女をただ一人の恋人と定めるならば、避けては通れない問題。それを解決するには、力強い味方が必要だった。
 ぴゅーっと、天真が口笛を吹く。
「話が早えーや。そいつは、オレも提案しに行こうと思っていたところだしな」
 頼久は別室の端末を操作し、あかねの回復数値と奮戦中である。天真はその雑用として、機器の微調整を行っている最中だった。
 巨大なパイプの上に腰を下ろし、天真は友雅を振り返る。男は、じっと愛しい少女を見詰めたまま。その熱いまなざしは、優しさと愛しさに溢れている。
 見てはいられない熱さに、天真は肩を竦めながらも、端的に必要なものを口にする。
「さしあたりは金だな。天文学的な金が必要だ」
「造作もない」
 涼しげに、友雅は答える。
「それ以上に大事なのは、あかねを大切にするって気概だが……………」
 もはや、愚問のような気がする天真である。さきほどから、友雅は少しもこちらを見ないで、あかねだけを見つめている。
「もう二度と泣かすな? でないと、殺すぞ」
「それも了解したよ。私がこの子を泣かしたなら、いつでも殺しにきておくれ」
 友雅を生かすも殺すも、あかね次第。少女が望むなら、この命すら差し出す。
「もっと具体的に言ってくれないかね? すぐにでも準備に入りたいのだよ」
 友雅の言葉に、天真は上等と呟く。
「まずは、弱水精製機一基。フィリッパーを二三匹に、リカバリー再生装置。あと、とっておきのカウンセラーが二人」
「三人じゃないのかい?」
「たぶん、鷹通は付いてこねーよ」
 ここでようやく友雅の視線が青年に向かう。
「……………それはどうして?」
「あいつの性格だ。ここで事後処理に回ることを選ぶだろ」
 機構に背信する性格ではないし、何よりも、彼はあかねのことを考えるだろう。
「それに、エリュシオンから完全に背を向けるのは不味いから、後方支援としてこっちに残るほうを選ぶと思う。どうしても、ここから取り寄せなきゃならない物資もあるんだよ」
 だから、どんなに背反しても、エリュシオンとマーメイドは切り離せない。
 エリュシオンと友雅たちの間を取り持つ緩衝材が必要なのだ。
「もう一つ、聞いてもいいかね? どうして、フィリッパーがいるのだい? ルゥークだけでは足りないのかい?」
「ああ。あんたは知らないんだったな。成人したマーメイドとフィリッパーって、共生関係にあんだよ。まあ、そのうちに奴らの生態についてはレクチャーしてやるさ」
 そう言いながら、天真はポケットから抜き出したマイクロディスクを友雅に投げた。
 飛来するケースを、友雅は片手で受け止める。
「これは?」
「オレと頼久で設計したコロニーの図面が入っている」
「ほう……手際がいいね」
「しばらくは、あんたの家のプールでも過ごしていけるとは思うが、長くは無理だ。マーメイドとフィリッパーにストレスをかけすぎる」
「コロニーに湖を造れと言うのかい?」
 それに対し、天真はニヤリと笑った。
「その通り。コロニーごとアクアウィータの気候を模写させる。ここの気候はあんたの身体に負担はかかるだろうが、大丈夫。慣れるさ。それに、あんたが病気になっても、あかねがなんとかするだろ」
「そうだね」
 友雅は否定もしない。
「一年以内に完成させてみせるよ」
「それまで、ここにあかねを預けておく気か?」
「まさか」
 友雅は不敵な笑みを浮かべ、天真を一瞥する。
「すぐにも連れて帰るよ。一年間、この子を小さなプールで守ってもらえるのだろうね?」
「この野郎……」
 むしろ、相手の実力を測っているのは、友雅の方だ。天真たちが友雅の財力や政治力を測るように。いや、それ以上にシビアに。
「水深八メートル。水量六千トン。最低でも、それだけの容量のプールをよこせ」
 一般的なプールの約四倍におよぶ容量を求めたが、友雅は涼しい顔で頷いた。
「あとは、あんたの政治力と、交渉力で、ここのエリアマスターからあかねを譲り受けるだけだ」
「手強いねえ、あのエリアマスターは」
「ちなみに、あかねを買いたがっているのは、あんただけじゃねーからな」
「…………………………」
 初耳だ。友雅の顔から表情が落ちていく。冷たい視線が、天真へと向けられ、それ以上の情報を無言で強いてきた。
「アイツのシンパなんて、両手の指じゃ数えられねえからなぁ」
 えーとと、天真は指折り数えだす。
「確か、この間のアーヴィングもそーだろ。パク・ヨンス、アブドゥル・ディムネリ、それにソールズベリ公に、李蘭虎、デュタン、ヴァレファール、ダシエ、アル・ハーディン」
 天真の口から零れる名前に、友雅も聞き覚えがある。
「まあ、一番面倒なのがマンゾーニ伯爵だな」
 渋い表情を浮かべて、天真は続ける。
「あのオッサン、来るたんびに、山ほど贈り物を持ってくるんだぜ。しかも、あかねの為にわざわざオーダーメイドして。成長期のアイツにゃ、そんなモンいらねーって鷹通が何度言っても聞きゃーしねーの」
 あかねの瞳と同じ宝石を星系中さがさせて、自分のカフスやタイピンに填めてみたり。同じ宝石であかねの為にはピアスなんかを作らせてみたり。ちなみに、あかねは耳に穴を開けるのを嫌がって贈り物を身につけもしない。だが、あかねが少しでも気に入ったお土産は次の訪問にはまた必ず入っていたりする。あかねの誕生日には必ず大粒の真珠が贈られて来る……等など。数え上げていればきりがない。
「おまけにあのオッサン、ベストオブナルシーだしよぉ。アイツ、来るたんびに俺、もー笑いが止まらなくなる」
「ほう。彼が人に笑われることを許容しているとは初めて聞いたね」
「知ってんの?」
「名前だけならね。この世界も、広いようで狭いのだよ」
 社交会とはそういった世界だ。
「で、お前は、彼のことを面と向かって笑い飛ばせた勇者なのかね?」
 からかうように問う友雅に、天真は渋い表情を浮かべた。
「いっぺん、失笑を零してから、次からはアイツの前に立たせてもらえなくなった」
「笑ったのかい?」
「だって、笑える男だったんだぞ! しかも、あかねがデビューした頃からぞっこんなんだぜ? 筋金入りのロリコンだ」
 天真の言い分に、友雅がくすくすと失笑を零す。
「彼のその手の趣味は有名だからねえ」
「ったく。テメーも腹が立つが、まあ、アイツほどじゃねえ」
 面と向かえば殴りたくなってしまう。あの男があかねにどんなことをしているかを考えれば、さらにその衝動は激しくなる。
「ここを訪れる奴は、どいつもこいつもど変態ばかり揃ってやがる」
「私もその一人なのだがね」
「おーだな」
 それに対しては、天真は否定はしない。友雅が他の男たちを一線を画するとすれば、それは、少女の愛を勝ち得ていることだけだ。
「二ヵ月後にあかねに新しい『仕事』が入るが、相手はその伯爵だぜ……友雅」
 タイムリミットは、おそらく二ヶ月。それまでにあかねを手に入れることができなければ、少女の変化は赤日のもとに曝される。それは、マーメイドとしての廃棄を意味する。
不吉な未来をみて、天真は身震いした。だが、ここで震えていてもなんの解決にもならない。ここまできては、前進するしかない。
 時間はない。焦るままに、天真は友雅を見上げた。そこにあった男の横顔は、うそ寒い笑みを浮かべている。
「なるほど……」
 友雅の表情を見て、天真は背筋にぞっとするものを感じた。
「では、私がその男を殺さぬように、エリアマスターには譲歩していただかなくてはいけないね」
 艶冶に微笑む友雅。男の底の知れなさを初めて感じ取った瞬間だった。



 *

 カプセルの柔らかな照明が消え、リカバリー溶液が抽出されていく。コポポ……と水の流れる音と共に、浮力を無くしたあかねの身体がカプセルの底に沈んでいく。
 リカバリー溶液が抜け切ったところで、洗浄液のシャワーが流れ出し、あかねの身体の上に勢い良く降ってくる。
 リカバリーが終わるまで、友雅は一歩もカプセルの前から動かなかった。
 その間、約八時間。
 飽きもせずにずっと凝視めていたのだ。
 友雅の執着心の強さに、天真と頼久は舌を巻いて感心しつつも、同時に辟易もしていた。
 天真は、友雅にバスタオルとあかねの着替えの白衣を渡してやり、あかねの世話を頼んだ。そして、黙々とカプセル機器を操作して、あかねを洗い清める。
 温かなシャワーに叩かれて、カプセルの中のあかねの目蓋がゆっくりと持ち上がった。そして、トロンとした瞳をさ迷わせて、友雅を見付けると嬉しそうにガラスに擦り寄った。
 リカバリーから目覚めたばかりのあかねは、半覚醒の上、泥酔状態に陥っているので、大抵は目覚めた時のことは覚えていない。
 リーダーたちが決して知る事の無い、マーメイドの素顔がそこにある。
 天使のように無垢で素直で、だが、同時に悪魔のように淫らで艶かしい。
 濡れた舌をチョンと出して、あかねは友雅の口元の映るガラスを舐める。何度も何度も角度を変えながら舐め続ける。だが、友雅に触れられない悔しさからか、じわりと涙を浮かべて瞳を燻らせた。
「カプセルを開けておくれ」
 今にも泣きそうなあかねの表情を見て、友雅は焦れたように天真を促す。
「へいへい……」
 天真はコンソールに指を滑らせて、言われた通りに蓋を開けた。
 カプセルから出てくるなり、あかねは友雅に抱きついた。友雅もそれを難なく受け止め、渡されていたバスタオルであかねの身体を包み、抱き締めた。
 抱き締められた格好で、あかねは友雅の首に腕を回して思い切り口付ける。
 口吻け……と言うより初めは、口元をこってりと舐められて、時々思い出したように唇を噛まれる。そして、思わず口を開いた友雅の口内にあかねは舌を滑り込ませてピチャピチャと音をさせながら掘るように舐め上げる。
「困った子だね」
 そう言いながらも、まんざらでもない友雅もあかねの口吻けに受けて立った。
 あかねの舌を捕らえて、強く吸い上げる。あかねの逃げる舌を追い掛けては、捕らえ。そしてまた解き放ち、今度は自分が逃げてみる。忙しい口付けは、濃密で淫らだった。
 互いにもっともっとと望んで、エスカレートしていく行為。
 乗り気なあかねが大変嬉しい友雅は、ギャラリーがいることなど問題にせず、いっそ見せ付けるように次の行為へと移っていく。
 そんな不埒な友雅の背に、容赦のない蹴りが入る。
「時と場所を選んで、犯れ!」
 天真は容赦が無い。たとえ、相手がリーダーだろうとエリアマスターだろうと同じことをするだろう。
「犯るならベッドへ戻ってからしろ!」
「駄目だッ、リカバリー酔いが覚めるまで手は出すな! また体調を崩すッッ」
 頼久が慌てて天真の命令に補足を入れた。
「意識がしっかりと目覚めるまでは、淫らなことは禁止!」
 だが、この時、二人のカウンセラーの厳命を一番聞こうとしなかったのは、あかねだった。
 不意に友雅の口吻けが止んでしまったのを、あかねは喉を鳴らして抗議する。友雅の首にしがみ付いて彼の首筋とか頬、そして、耳の中を舐め上げる。
「あかね……」
 友雅は困りながらも、愛しいあかねのお誘いにグラッとくる。
「ちい姫!」
 バキッ!
「ぴっ」
 頼久の拳があかねの頭に直撃する。
 出来たたんこぶを撫で擦りながら、あかねは頼久に恨みがましげな視線を投げた。
「そんな目で見てもいけません。大体、貴女が誘ってどうするのです」
 泥酔したまま行為に耽って、その後、熱を出して苦しむのはあかねなのだ。苦しむのは、友雅ではない。
 だが、頼久の心配を振り切って、あかねは友雅に縋り付いて甘えるようにしなだれかかる。
「ともまさ…さぁ…ん」
「あかね」
 可愛いあかねを友雅が抱き返さない筈がなく。
「この……エロオヤジ!」
 人があかねの身体を心配して止めてやっていると言うのに!
「まーまー、頼久。熱くなるな………」
 何を言っても無駄になるから。余計な体力は使わないに越したことはない。
 それなのに、頼久は諦めない。
 友雅からあかねを放そうと、躍起になってあかねを引っ張る。
(あーあ……)
 だが、引き離されようとして嫌がっているのはあかねの方で、友雅は困ったように両手が浮いている。あかねを抱き締めることも出来ず、かと言って頼久の手助けをして引き離すこともできない。
 そして、引き離されようとすればするほど、あかねはイヤイヤをして友雅に更にしがみ付く。
(凝りねーな……頼久も……。友雅なんて喜んでるぜ)
 躍起になっている同僚を天真は宥めながら、あかねから手を放させた。
「ほれ、さっさと帰れ、おまえら」
 天真がシッシと二人を追い払うように手を振る。
 寝込むのも、寝込まないのも、本人たちの意志にまかせればいい。たとえ、今のあかねの意志が目覚めたあかねの意志ではなくとも。
(ま、一応、本人の本能だし………)
 責任は、本人に取って貰うにやぶさかではない。



 *

 鷹通のラボラトリに藤と詩紋が訪れたのは、西日が窓から差し込む夕暮時だった。
 あかねの新しいパーソナルデータを作成するのに忙しい鷹通だったが、二人の訪問を快く迎えた。
「藤姫、先日は申し訳ありませんでした。結局、貴女を振り回してしまった」
「もうよろしいですわ。友雅殿を引き取ってくれたおかげで、ういもノイローゼにはならなかったし」
 もし、あのまま友雅のパートナーをさせていたら、遅かれ早かれ確実に重度の神経症に掛かっていただろう。
「そう言ってくれると助かります」
「ですが、貸しは貸しです。いつか、返していただきますわ」
 頷きながら鷹通はもちろんだよと笑った。
 賓客と珍客の為に鷹通は手を止めて、お茶の準備をする。午前中からずっとラボに隠り切りだったので、ちょうど良い気分転換になる。
 詩紋の前にティーカップを置いたのを皮切りに、彼がカップを受け取りながら尋ねてきた。
「そうそう、あかねの調子はどう?」
「いいですよ。この間のリカバリー効果も上々ですし」
 当日、二人が無理をした所為で、あかねが丸一日熱を出して寝込んでしまったが、それ以外は何事もなく過ぎている。
「それ、今回の検査結果ですの?」
 鷹通が手にしている資料に藤が手を伸ばすと、鷹通はニコリとほほ笑みながらその資料を手渡した。
「まあ。素晴らしい結果ですわ」
 精神バランスがすこぶる良い。気力も体力も充実しているし、何よりストレスが少ないのが一番いい。
「ういのストレスのパラメータが、最近少し高くて困ってますの」
 近い内にリカバリーの予定を入れようかと思っていた矢先だけに、あかねのステータスが羨ましい。
「このプログラムを組んだのは、天真殿ですの?」
「そうです」
「これだけの結果ですもの。天真殿のプログラムが高く評価される筈ですわ」
 エリュシオン広しと言えども、これだけの数値を出せるカウンセラーは少ない。
「今度のリカバリーですが、天真殿にサポートに入ってくれるように言っていただけませんこと?」
 藤のチームにもマインドカウンセラーはいる。だが、ここまで論理的で効果的なプログラムを立てるには少々力不足な面が否めない。
「蛍のいい刺激になると思いますの」
 天真のノウハウを盗むことが出来たら、彼女にとって大きな財産になるだろう。
「ええ、構いません。伝えておきましょう」
 大恩ある蘭のリカバリーの助っ人ならば、天真も否とは言えない。
「ありがとうございます」
 詩紋も散らばった資料を拾いながら、感心して頷いた。
「ホント、鷹通さんのチームは成績いいよね」
「ありがとうございます。ですが、貴方に誉められると何かあるような気がするのは、私の気のせいでしょうか?」
「あー、そうゆう風に言う?」
 折角、誉めてやってるのに、失礼な男だと、詩紋は不愉快げに拗ねた。
「まったく、そーゆーコトを言う人には、もっと仕事をして貰いましょう。うん。期待しているんだから、いいよね?」
 そう言って、詩紋はオレンジ色のファイルを鷹通の前に差し出した。
「誰も期待なんてしておりません」
 それを鷹通は受け取りながら、開く。
「ああ。とうとう来るのですね」
「そう。一ヶ月後にアクアウィータの宙港に『インウィ』が入港する」
 その後、適性検査を済ませたとしても、遅くとも二ヶ月後にはヒーリングが開始される。
「詩紋殿のお得意の交渉術で、煙に巻けませんでしょうか? 今回はお帰りいただくということで」
「甘い! あのオヤジは自分の聞きたいことか、都合のいい言葉しか耳に入らないんだ。僕の三枚舌をもってしてもムリ」
 究極のお貴族様。自分の価値観以上の物は存在しない生きた化石。
「仕事でなければ、近づきたくもない」
「あ、わたくしも苦手ですの………」
 どんなにオイシイ条件を付けられても、伯爵の仕事は肩代わりしたくない。藤も早々に拒否権を発動していた。
「それに、よしんば他のマーメイドを都合つけたとしても、伯爵はあかね以外のマーメイドなんて認めないさ」
 第一、この仕事を引き受ける条件でイロイロと融通してやった筈だと、詩紋は聞く耳をもたない。
「わかっています」
 なんとかあかねを説得してみなければならない。限りなく、無理に近いけれど。おまけに、今度は友雅の強固な反対にも合うだろう。
 果てしなく見渡しの暗い未来に、鷹通はガックリと肩を落とした。
「そうだ!」
 いきなり詩紋が思い出したように声を上げた。
「伯爵もそーだけどさ、この前、友雅さんの方からもあかねを譲ってくれって打診がきたけど、鷹通さんってば、友雅さんから聞いてた?」
 鷹通は、紅茶を一口含んで、頷いた。
「ええ、聞いてます。限りなく不可能に近いとは、釘を刺しましたが。これもまた一つの方法ではありますね。どうするのですか?」
「考える必要などないよ。悪いけど、ウチの一番の稼ぎ頭はくれてやれないね。そうでなくてもウチのマーメイドは数が揃ってないのに。成人前のマーメイドを出してくる訳にもいかないし、元々子供の数もそんなに多くないし……」
 エリアマスターの悩みの種を愚痴って、詩紋がブツブツ呟く。
「そのことですが、そろそろ『うい』に卵を生ませてみようかと考えていますの。どうでしょう?」
 詩紋の反応を藤は窺った。
「そりゃ、悪くないね。今から準備をすれば、半年後のシーズンに間に合うしね」
「ただ、キルスティンの準備が整っていないことが」
「もともと、キルとういは二巡期も年令が違うからね。せっかくういが受胎可能になったのに勿体ない」
 まして雌の数はおそろしく少ない。受胎可能な雌のマーメイドを二巡期も遊ばせるのはエリュシオンの損失になるのだ。
 それに、雌がまともに客を取るのは、受胎可能になるまでの三巡期から五巡期の間だけ。それ以外は、子供を受胎しなかったシーズンのみ。
 出来るだけ、長く、多くの子供を作らせたいゆえのシステムなのだ。
 だからこそ、エリュシオンは雌が番う相手を慎重にセレクトしていく。
 より優秀な子供を残すために。
 そんな理由の為に、それぞれのエリアの所有する人工湖に雌のマーメイドたちは隔離される。他の雄たちは中央の管理するエリュシオン最大の人工湖に集められている。
「キルスティンの能力は捨て難いのですが、ういの二巡期を逃すのはもっと損害になるのでは?」
「さて、どうするかな? 年齢的にいえば、あかねもそろそろだけど、そっちはどう?」
「すみません。あかねはまだ幼すぎます。それに、イノリの準備も整っていない」
「そう? あかねの準備は整ってきているみたいだよ。この数値を見るかぎりはね。報告書には注釈されてはいないみたいだけどね」
 詩紋はあかねの生殖数値にいたく満足の様子だった。
「ですが、イノリが」
「イノリもあかねよりも、二巡期年齢が違うんだよね。今なら、アーウィスと紫金蘭と季史を用意するけど?」
 能力はそこそこ高い。しかし、何と言っても三人とも稀に見る美形なのだ。さぞや、綺麗な子供が生まれるだろう。
「あら。いいお話ですこと」
 あかねの高い能力を子に継がせてこそ、エリュシオンはさらなる発展を遂げていける。
 アーウィスが東のエリュシオン出身。紫金蘭が西のエリュシオン出身。季史が北のエリュシオン出身である。
「その場合、初めに生まれた子供は父方のエリュシオンに譲らなきゃ何ないんだけど、次子からはウチのマーメイドになるし、夫となったマーメイドも貰えるのなら、万々歳だしね。ちょっとこの話が美味しすぎて断れない」
「………確かに、美味しいですわ」
 詩紋の言い分もよく分かる。
「これと言うのも、あかねの能力が桁違いに高いからだね。でなければ、西と東と北のエリュシオンが雄とはいえマーメイドを手放す訳無いし、それらと引き替えにしてもあかねの二世の能力が欲しいんだ」
「…………………」
「ま、考えといて、鷹通さん」
 詩紋は意味ありげな視線を、鷹通へと向けていた。
「まあ、あかねのことも当然ですが、ういはどうなっていますの?」
「ああ。ごめん。ごめん」
 話は振り出しに戻る。



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