ブルーマーメイド

= 王子様と人魚姫 =



− 5-1 −
5 海よりも深く 空よりも高く





 パレスの自室に場を移し、少女の身体を寝台に横たえる。
 恥かしげに震える少女は、今、綻びようとしている匂やかな蕾。
 色事に長けた男であったが、友雅はその初々しさと妖艶さに、思わず喉を鳴らしてしまう。これではまるで、少年のようだと、わずかに自嘲する。
 友雅はあかねを抱き抱え直し、自分の方へ顔を向けさせる。
「あかね……」
 久方ぶりのマーメイドの顔。友雅はあかねの顔を覗き込んだ。
「…………ばか……」
 頬を染め、上目使いに睨んでくるあかね。それが途方もなく可愛い。発情期に入ったかのごとく、仕草そのものに艶がある。瞳は潤み、その唇は誘うように薄く開いて。
 まるで、自分を待っているかのような錯覚に友雅は陥った。たまらなくその唇を貪りたい衝動に駆られる。自然に抱き締める腕の力を強めて自分の胸に閉じこめた。そうされてもあかねは抵抗することなく、友雅の腕に身を預け、彼の胸にコツンと頭を乗せた。
 寄り添うのが当然のことのように、あかねは友雅の身体に自分の身を預ける。
 本能が命じるのだ。シーズン中のマーメイドが一夜の相手を誘うのは自然な行為。自分のパートナーに甘え、戯れ付き、愛をねだるのは生殖本能そのもの。だが、まだあかねは繁殖期(シーズン)に入ったわけではない。でも、友雅を見つめると、身体の奥が熱くなる。
(…ああ、……こんなの……はじめて……どうして?)
 こんなあからさまなアプローチをしたのは初めてだった。他のリーダーと床を供にした時だって、こんな風に本能むき出しで挑んだことはない。
 しかし、分かっていても、本能が理性を食い破り、あかねは友雅の耳たぶを甘く噛む。
「あかね………」
 友雅はマーメイドの生殖本能に憧憬が深くない。だから、これがアプローチの一貫だなんて知識はない。
 だから、悩ましいあかねの仕草の一つでしかないのだ。
「あかね……可愛いことをするね……」
 目を細め満足気に友雅は呟くと、友雅はあかねがしてくれたように少女の耳たぶを甘噛みする。
「…ぁ………」
 唇を首筋に落とし、小刻みに自分を刻み込む。途端にあかねは嫌々と首を振って友雅の顔を両手で包み、上向かせて唇にとそれをねだった。
 啄ばむような口吻けを何度も何度も繰り返し、友雅の舌に戯れる。あかねは彼の熱い舌先を食み、吸い、舐め遊んだ。決して、口腔内に深入りすることはせず、悪戯をしかけるみたく、唇と舌先で友雅に戯れかかる。
「…あかね………」
 唇からチラリと覗く可愛い赤い舌を、友雅は捕らえた。先程から悪戯なキスを仕掛けるあかねが可愛い。そして同時に小憎らしくもある。
「悪戯っ子だね。私に挑んできているのかな?」
 深く、あかねの口を侵略する。
「…ん…………」
 少女は甘い声を上げる。目眩がするほど甘美な口吻けにあかねは酔う。
 あかねの唇を擽るように舐めると、嬉しそうにほころびる唇が愛しい。あかねが積極的になってくれるのは嬉しい。おかげで煽られすぎて、すぐにもあかねを征服したがる意識を友雅は押さえ込まねばならなかった。今も、もっともっとと少女の唇が友雅のそれを啄ばむように追いかけてくる。
「あかね………」
 焦れったいくらい拙い愛技は友雅を煽るだけ煽って、肝心の熱を燃え上がらせない。燻られるだけでは友雅も辛い。
「まったく、君は私の余裕を奪うのが上手だね」
 深く侵略しようとすれば、逃げ。逃げようとしたら、追い掛ける。まったく、罪作りなマーメイドだ。自分を暴かれることには臆病なのに、友雅を暴くことには熱心なのだ。
「…あかね………」
 友雅が手を差し伸べる。自分を陥落しようとするマーメイドに。
 あかねの視線がゆっくりと友雅に流れた。
 男の目の前で、スローモーションで画面を見るごとくあかねは変化する。子供から大人へと。さながら、蛹が蝶に生まれ変わるように。
 チロチロと赤い舌を出してあかねは友雅の胸の突起を舐め始める。乳首から腹筋を伝って腰骨の辺りにまで悪戯な口吻けは下りていく。
「あかね……」
 際どい所まであかねの唇が下りていき、友雅はギョッとする。
 だが、あかねは躊躇いもなく友雅のペニスを口に含んで扱き始める。
「うっ………」
 主導権は完全に少女に奪われた。友雅は生まれて初めてセックスの相手に翻弄される。
「あかね、止め…なさい………」
 気持ち良いけれど、ここで達かされたくない。友雅の雄としてのプライドがそれを許さない。
 あかねの頭を退けようと、友雅は腕を伸ばす。
「ん、ヤッ!」
 パンッと友雅の手を振り叩いて、あかねは執拗に友雅を煽る。柔らかく舌の裏で亀頭をなぞり、零れる蜜を舐め啜る。そして、唇を窄めて上下に扱き、大きく友雅を育てていく。
 限界だった。こんなに丹念なフェラチオを友雅はどんな女にも施されたことがなかった。
「…まったく、君にこんなことを教えた男たちを殺してやりたいね………」
 もう我慢できない。
 あかねの頭を自分のペニスに押しつけて、友雅は容赦なくあかねの口腔内に精を迸しらせる。
「!ッ」
 喉の奥に吐き出された青臭い精。友雅の全てを飲み下すようにあかねの喉が鳴った。そして、唇に残る残滓を舌で舐め取り、艶やかに友雅を見下ろす。
 そして、精が残る唇で友雅の唇を奪い、宛然とねだる。
「友雅さん……大好き……」
「…………あかね……」
 水底に誘うセイレーンの声。
 友雅は魔法にかかった漁師のごとく、あかねの前に跪いた。そして、おかえしとばかりに、少女の花びらに顔を埋めようとした。が、その行為は嫌いらしく、少女が身じろいで嫌がる。
「どうしたの、あかね? 私にも、君を愛させてほしいよ?」
 戸惑う瞳をさ迷わせながら、あかねが大人しく身を友雅に預ける。男は芳しげに綻びる花びらに、舌を這わせた。
「ん……」
 うっとりと蕩けるような瞳であかねは友雅を見下ろした。今、この躰を貪るのは己が番い。なんの羞恥があろうや。欲望を曝すことを、あかねは厭わない。
「あぁ……とも…ま…ささん……」
 快楽にざわめく腰。底無しの欲に濡れる身体。潤んだ瞳。芳しい吐息。愛らしい睦言を紡ぐ唇。体中全てであかねは友雅を誘う。
「あっ…あっ、あああぁぁ………」
 クンニリングスに併せて、友雅の手があかねの躰を弄る。悦びに素直になったあかねはどこを触れられても快楽に鳴く。
「も…も、ダメ……あぁ……」
「いっていいのだよ…あかね………」
 赤い真珠を強く吸い上げて、あかねの絶頂を誘発する。
「ああーっっっ」
 友雅に導かれて、あかねは最初のオルガスムスを極める。
「ンッ、あはぁ…ン……」
 ガックリと肩を落としてあかねはシーツに崩れ落ちる。背をマットに預け、あかねは下肢に指を探らせた。
「あかね……?」
 熱に眩んだあかねは本能と身体が命じるままに、自分の秘口に指を這わせる。
「………ここ……友雅さん、ここ……」
 指を折り曲げて、ツプ……と中に侵入させる。
「んッ………」
 華蜜と唾液がたっぷりと流れ落ちて秘口をしとどに濡らしている。
 クチュリと鳴く、あかねの秘口。いくら、快楽に酔っていても恥ずかしいのか、あかねは目元を赤く染めて自慰に耽る。
「……ここ、イヤ? ……友雅さん…イヤ?」
 視線を上げて、息も絶え絶えにあかねは友雅に尋ねる。 
「……あかね………」
 恥ずかしげにねだるあかねの色香が、友雅の雄の本能を刺激していることをあかねは知らない。ただ、欲しくて、恥ずかしいけれど欲しくてたまらなくて、友雅を誘い、ねだる。
「…君は………」
 こんなに熱く燃えさせるのはあかねだけだ。他の誰にもこんなに欲情したことはない。
 体重をあかねの身体にかけ、しっとりと重ねる。
「……すまない。手加減は、どうやらできそうもないよ…………」
 愛しげに口吻けを落とし、あかねの足を抱える。あかねは満ち足りたように微笑んで両手を友雅の首に回した。
 友雅の切っ先があかねの秘口に触れ、啄ばむように入り口を行き来する。
「あン……とも…ま…」
「焦れている君が可愛いのだよ………」
 意地悪をしたくなるほど、今のあかねは可愛い。もっともっと焦らして、牝の顔を曝け出したくなる。
 だが、焦らされている方はたまったものではない。こんな焦らさなくても……と、あかねは恨みが増しく友雅を見つめる。
「…ヤ……ちゃんと、して………」
 友雅がきちんとしてくれないから、こんな風に醜態を曝してしまうのだ。
 無意識に腰が友雅の雄を啣え込もうと彼の腰に擦り付けられる。それを友雅が面白がっているのが、憎たらしい。
「ともまさ…さん…」
 今にも泣きそうなあかねに、友雅はさすがに罪悪感にかられた。
「すまない………」
 こんなときでさえ、自分の性格の悪さが覗く。
「もう苛めないよ。力を抜いていなさい……」
 ゆっくりとあかねの身体に負担が掛からないように友雅は身を沈める。
「…くふ………」
 満足気に細められるあかねの瞳に口付けて、友雅は収めた剣を引き抜いた。けれど、搦められるあかねの中は、友雅を逃がすまいと絡み付き絞り上げる。本能の命ずるままに、激しい抽挿を繰り返す。
「あかね……」
「ぁあッ……」
 あかねの身体と声と表情に溺れながら、友雅は少女の身体に悦びを刻み付けていく。
「あっ、あ、あ、あっ……」
 歓喜と至福とが海のように満ちていく。あかねは友雅の律動に併せて腰を振り、彼の腰に足を搦めて溺れていった。
 激しい雷が背筋を抜け、一度目よりもさらに深い悦びが極まる。
「あぁーーーっっっ!」
 魂が吸い込まれるような絶頂感にあかねは包まれる。
 力が抜け落ちるあかねの身体を友雅はきつく抱き締めて掻き抱いた。
「あかね!」
 二人の夜はまだ始まったばかり。
 互いに手を延べ合って、また熱の饗宴へ向かう。
 夜明けはまだ遠い。



 *

「友雅さんッ! いつもいつもいつもっ、不埒なことばっかりしてこないでくださいっ」
 あかねは友雅の顔面に蹴りを入れ、ベッドから叩きだす。朝っぱらから自分を押し倒してきたケダモノには当然の報復だ。
「お行儀の悪い足だね。お仕置きしなきゃいけないかな?」
「節操のない友雅さんにもお仕置きだわ」
「ほう。それは楽しそうだね。ぜひに、ここにお仕置きしていただきたいね」
 そう言って、友雅が指し示すのは自身の男性器。
「恥かしいことを真顔で言わないでっ」
「だって、ここが一番節操がないだろう?」
「んもうっ。もう口を開かないで。あっちへ行って!」
 そういう気分になっていないときのあかねは、とても恥ずかしがり屋なのだ。そして、実際のところはセックスはあまり好きでないのだ。この少女をその気にさせるのは、友雅もかなり苦労をする。コレまで培ってきたノウハウを駆使して、少女にその気になってもらうのだ。ちなみに、苦労はするが、その過程を友雅は楽しんでもいる。
「あっちへ行く前にね、君のこの行儀の悪い足にお仕置きをしなければならないのだよ」
 そう言って、友雅は少女の足の指に舌を這わせる。感度の良い少女は、ビクリと身体を震わせ、小さく甘い声を上げてしまう。
 二人の怒涛のような初エッチ以降、友雅のあかねに対する執着心と淫心は磨きがかかり、誰も友雅を止めだてることが出来ないくらいに激しく燃え盛っていた。しかし、友雅にこんな風に盛られてもあかねの手には余ってしまう。
 何しろ、凄まじいの一言。
 今までの遅れを取り戻すかのように、友雅は執拗に所構わず情熱的にあかねを押し倒すのだ。毎夜、毎夜、あかねは友雅の腕に抱かれ、朝の爽やかな一時も、昼さがりの穏やかな時間も、友雅が盛った暁には淫らな夢に付き合わされるのだ。
「いい加減にしてーっっっ! わたしは、エッチばっかりしたくないのーっ」
 おかげで、このところ友雅の肌ばかりを褥にしているあかねは、いい加減、シーツでゆっくりと眠りたいと切望していた。
 安全なのは、湖の中にいる時だけ。さすがに友雅はあそこまで追ってこない。いや、追ってこれない。水の中では友雅に勝ち目はない。
 だが、あかねにいくら拒まれても友雅はものともしない。力付くであかねに覆い被さろうと伸し掛かってくる。
「あかね……抵抗されると興奮してしまうのだよ……」
 まるで、あかねが悪いとでも言わんばかりの言い分だ。
 ここで押し倒されたら、また朝から元気にエッチに耽らねばならないのだ。
「昨日の夜もたっぷりしました!」
「昨夜は昨夜。今朝は今朝だろう」
 あかねの言い分も分かる。分かるが、頭とココは別物なのだ。
「朝日の中の君はね、また一際可愛いのだよ」
 勝手なことばかりをほざく男に、あかねの拳がわなわなと震える。
「んもーっ。こんなのヤダーっっっ」
「すぐに慣れるよ」
「慣れたくないーっっっ。どうして、こんなにいつもいつも盛っていられるの?!」
「どうしてと言われてもねえ……」
 生憎、あかねと違って友雅は人間だ。発情期なんてものは存在しない。
「君と違って、私はそんなに器用に盛れないのだよ。だから、ね?」
 折れなさいと、当然のように迫ってくる男から、あかねは逃げ出す。だが、簡単に逃がしてくれない。
「おっと」
 自分の小脇をすり抜けようとする少女を捕らえ、ベッドに縫い付ける。
「あの夜の君はどこへ行ったの?」
「……………あれは。なんか、シーズンに入ったような、でも、シーズンじゃないのに……」
「シーズン?」
 友雅が訝しげに呟く。
「ああ。君たちの繁殖期のことだね」
 自然な状態では、一年に一度だけ訪れる人魚たちの恋の季節。だが、あれはアクアウィータの暦で、新年を迎える一週間前後あたりの頃。今は、盛夏を迎えようとしている。シーズンの間逆にある季節だ。
「あの夜、シーズンに入れたということは、今も入れない道理はないだろう? ねえ、頑張ってその気になっておくれ」
「そんな器用なことできませんっ。友雅さんこそ、少しは大人しくしてください」
 手のかかる男に、あかねは半泣きで懇願する。
「だが、困ったことに、今が、私のシーズンのようなのだよ」
 シーズン中とオフシーズンがこんなにも落差があるなんて、マーメイドとはなんと不便な生きものなのだろうと友雅の中に身勝手な思考が渦巻く。
「ウソよーっ。人間にシーズンなんてないはずよ!」
「そんなことはない。人間はね、年がら年中シーズンなのだよ」
「そ、そんな節操のない……………」
「そう。節操のない生物なのだよ。哀れだろう? 哀れと思って、諦めておくれ」
 あの初めての夜が夢を再びと、友雅は今朝も頑張って少女をその気にさせていく。
「大人しくしておくれ、あかね」
「冗談!」
 大人しくしたら友雅の思う壷ではないか。
 右手で友雅を払い、渾身の蹴りでもって止めを刺す。
「………あかね……」
 友雅は身体を二つに折って腹を抱えた。こんな時のあかねの応酬は手加減がない。避けそびれた自分が悪いが、少しは手心を加えてくれてもバチは当たらないような気がする友雅である。
 そんな友雅を見捨ててあかねはバスルームに入る。もちろん、鍵を掛けるのを忘れたりはしない。
 ケダモノの前ではそうそう無防備になれないのだ。
 今朝の勝負はあかねに軍配があがり、友雅は指を啣える。
「やれやれ。今朝は私の黒星というところかな?」



 *

 閑かな午後の昼下がり──────────。
 こんな日は、湖に出て思い切りルゥークと遊びたい。とあかねは思いながら、頼久の研究室で窓の外をボーッと眺めていた。
 あかねの背後では、天真と頼久が忙しく立ち働いている。
(別に、いーのに………)
 あかねは声にしないでぼやき、ふぅっと大きなため息を落とす。
 聞きたくないけれど聞こえてくる二人の会話で、準備が着々と進んでいるのが分かる。

「A溶液とB溶液の準備完了。カプセルのバルブも確認済みだ。浸透圧値もブルーラインまで上がってきてる。端末とのシンクロ巧くいってるか? 天真」
「もう、ちょい。すぐにマザーとコンタクト取れる。端末の遺伝子計算が済めばそっちとシンクロさせる」
「β波を少し弱めに設定。γ波はα波と平行させて流してくれ。詳しい設定は端末に打ち込んである」
「オーケー。っと、やっぱ今回は殆どマインドセラピー重点だな」
 コンピュータから資料を引き出しながら、天真が独り言のように呟いた台詞に頼久が答える。
「そう。今回は、子守歌を聞きながら安眠してください」
 腕によりをかけて準備したと、頼久はあかねに伝えるが、少女はすでにご機嫌ナナメだった。
「リカバリー中に安眠なんて出来ないわ!」
 見るのも嫌だと言わんばかりに、あかねの視線は相変わらず外に向いている。
「こないだしたばっかりなのに!」
 前回のリカバリーからそんなに経っていないのに、もう受けなければならないなんて!
「………サギだわ……」
 イロイロと紆余曲折はあったが、友雅はあかねのリーダーとして帰ってきた。鷹通の身の置き所がないくらい、場所、時間、状況を考えずに、友雅はあかねを押し倒し、あかねも嫌よ嫌よと言いながらも愛しい友雅に流される。そんな幸せな日々を過ごしていたというのに、いきなり友雅と引き離され、研究室に押し込められたのだ。
「別にリカバリーなんてしなくて大丈夫よ」
 あかねはちっとも必要に迫られてないので、口を開けばしたくない! を連呼して、二人を困らせる。
「ダーメ。目に見えてないだけで、おまえの身体はボロボロなの」
 天真が端末を操作しながら、あかねの希望を却下し、頼久もうんうんと首肯いて天真の意見に同調した。
「でも、ヤダ」
「デモも、ヤダも無し」
 いつものことだが、リカバリーから逃げようとするあかねは駄々を捏ねてる子供以外の何者でもない。
「ほら、んなに駄々を捏ねてると友雅に笑われるぞ」
「……………」
 天真にからかわれて、あかねは唸りながら傍らに立つ友雅を見上げた。
 背を壁に寄りかけて、友雅は愛しげにあかねを見つめている。
「どーして、友雅さんまでここに居るのよ……」
 あかねは頬を膨らませて、プーとふくれる。
「友雅が、見てみたいって言うからな」
 それと、友雅があかねと離れたがらなかったから。
「関係者以外立入禁止のココに入り込んでいるのは、天真の所為」
「おいッ、頼久!」
「天真が憧れの『スーパースター』のサイン入りCDで買収などされるから」
 神聖なリカバリーをなんと心得る?! と、頼久の機嫌も悪い。
 バツが悪そうに頭を掻いてあかねの方を見た天真に、少女は指を突き付けて怒鳴る。
「セキニン取って、天真くんが入ってよ!」
「俺が入ってどーすんだよ…バカ」
 言ってることが、あべさかだ。友雅の代わりに出ていけなら話は分かるが、この子供は何でもいいからリカバリーから逃げたいらしい。
「ハイハイ、そんなコト言ってないで、ちゃっちゃと服を脱げ」
 もう、準備は出来ているのだから。
 ていていと手を振って、天真はあかねの言うことを取り合わなかった。そして、頼久の方もカプセルの蓋を開けて、あかねを呼んだ。
「こちらです、ちい姫」
 手を手招きされても、困る。
「うぅー……」
 理不尽だ! 不公平だ! あかねの不満は尽きることが無い。
 そして、ちらりと壁にもたれる友雅を見やり、首を振る。
「やっぱ、ヤダーっっっ。恥かしい!」
 友雅が居るなら入らないと、あかねは一目散に扉に向かって逃げる。
「友雅ッ、捕まえろ」
 天真に怒鳴られたと同時に、友雅はあかねの腰を攫って抱き上げた。
「よーし、よし。そのままこっちへ連れて来てくれ」 天真が親指を立てて、友雅の健闘を讃えた。
「だめっ。いやっ。離してーっっっ」
 友雅の肩に担がれて、あかねはジタバタと暴れる。本気で暴れているので、友雅も捕らえているのが一苦労である。
「友雅、服脱がしといてくれ」
「君たちの前でかい?」
 愛しの人魚姫を、他者の目の前で裸体にするのは気が引ける。そんな男の背中を、天真は容赦なく蹴りつけた。
「医者の前で服を脱がないで診察するヤツがどこにいる? 文句があるなら、お前をたたき出すぞ」
 ちなみに、あかねが恥らっているのは、友雅の前だから。頼久や、天真の目など、少女はフィリッパーの視線の延長にしかない。
 実際、腕の中のあかねは、友雅の視線だけを気にしている。その反応に、男はまんざらでもなかった。
 外野の視線はあるが、友雅はあかねが着ていた白衣を解いて、半裸になったあかねを天真のところまで連れて行った。
「サンキュ。しっかし、暴れが足りないな、あかね。ベビーザラスの名前は返上か?」
 友雅相手に恥らっているのか、いつもの半分も抵抗していないのを、天真はからかう。
「失礼なこと言わないでよ、天真くんっ!」
「事実しか言ってねーよ。あ、ここに放り込んでくれ、友雅」
 天真がココに落としてくれと、カプセルの中を指差す。
「友雅さん! 天真くんの言うことなんて聞かないでーっっっ」
「だがね、あかね。これは君に必要なことなのだろう? 確かに、最近……少しスタミナが足りないようだし」
 ベッドの中で強く感じている不満を、友雅が零す。
「友雅さんっ!」
 こんなところで口にしていい話題ではない。あかねは慌てて男の唇を塞いだ。
 それを聞き流すカウンセラーたちは、半ば機械的にカプセルを指し示す。
「ハイハイ。ちゃっちゃとしよーな、あかね」
 リカバリーの相乗効果を知っている友雅が、あかねの肩を持つ筈がないだろう。
(……まーまー、嬉しそうな顔しちゃって……)
 心なしか、友雅の鼻の下が伸びているような気がする天真である。
「ばかぁっ!」
 あかねが入ったと同時にカプセルの蓋を閉めて、天真はバルブを緩めた。
 聞こえなくなってしまったが、あかねはカプセルの中からガラスを叩いて、怒鳴っている。
 多分、友雅を罵っているのだろう。
 しかし、罵られても、友雅はカプセルの前から離れようとせず、じーっとあかねを見つめている。
 段々と水位が上がってくるリカバリー溶液をあかねは嫌そうに見下ろし、益々激しくカプセルを叩いて叫んでいる。
 さて、出せ! と言っているのか? バカ! と言ってるのか?
 カプセル内にリカバリー溶液が満たされ、あかねの髪が水中で揺らぐ。
 さすがに、もう怒鳴りはしないが、それでもあかねは友雅をカプセルの中から睨んでいる。
 そんなあかねに友雅はカプセルごしに口付けた。
「ゲッ!」
 それを見ていた天真は一瞬にして凍り付き、頼久は運良く見ていなかった。
 そして、あかねはと言えば、怒っていたのだが、長く口付けてくる友雅のキスに頬を染めて恥じらい、次いで自らもガラスごしに口付けた。
 目を開けたまま、身体が硬直しているので、天真は見たくもないのにその光景が視界に入ってくる。
「……………見たくなかったぜ」
 父親気分が胸に満ちる。天真は同僚の幸運を羨んだ。まったく、娘の恋人ほど憎たらしい存在はいない。
 あかねは眠りに引き込まれるまで、友雅を見詰めていた。友雅も、カプセルの側から離れずにあかねを見守っている。
 瞳を閉じる前に、あかねは友雅を見てほほ笑み何かを呟いた。友雅もあかねの笑みに応えるように目を和ませてカプセルに額を付けてあかねに愛を囁いた。
 二人が何を通じ合っているのか、また話し合っているのか、内容が聞き取れなくて天真は本当に良かったと思う。
 これ以上、ここに居たら自分は石化してしまうだろう。身体が何とか動くようになったとき、天真はすごすごと部屋を出て行く。隣からでも、もう操作できるだろう。 部屋の扉を閉める前に、天真はもう一度だけ二人に視線を流した。
 そこに居るのは、幸せそうな恋人たち。
「……良かったな、あかね……」
 天真は二人に背を向けて扉を閉めた。

 残されていたのは、恋人の目覚めを待つ一人の男と、見守られて眠る一人のマーメイド。


 好き…………は、呪文。
 愛している…は、約束。



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展示室≫
Cream Pink /  狩谷桃子 様