ブルーマーメイド

= 王子様と人魚姫 =



− 1-3 −

 *

 その頃、南エリュシオンのブロックに住むスタッフたちがよく使うカフェテリアで、天真と頼久は向き合って食事を摂っていた。
「ちい姫のリーダーが、誰になったか知ってるか? 天真」
 リーダー。マーメイドの一夜、もしくはシーズン中のパートナーをエリュシオンではリーダーと呼ぶ。
「ああ……」
 マスの香草焼きを口に放り込み、咀嚼したあとにボソリと応える。
「誰なんだ?」
 聞きたくはないが、聞いておかなければいけないという強迫観念に駆られて、頼久は先を促した。
 そんな頼久の問い掛けに天真は眉を顰め、飲みかけのお茶をテーブルに戻して視線を頼久に向けた。
「聞かねえ方がいいと思うぞ」
「どちらにしろ、いずれは分かる。さっさと教えろ」
「そりゃ、いずれは耳に入るだろうさ。でも、ムカツクのは後であれば後である方がいい」
「その割りには、さっさとちい姫の相手を調べていたな」
 頼久は、天真の行動を見透かしていた。相手が悪かったとばかりに、青年は肩を竦めながら口を開いた。
「いっそ、毒を盛ってやれたらなぁ」
 どうせ、ロクなリーダーなどいやしないのだ。ろくでなしが一人死んだところで、問題ないのではないかと、天真は思う。
「即死させねば、そのままちい姫が癒してしまうだけだな。殺すときは、致死量を盛れ」
「おっとろしいことを真顔で言うヤツだな」
「おまえが先に言ったんだろう」
「まあな。できるもんなら、本気でそうしたいぜ」
「それは、奇遇だな。私と同じだ……」
「じゃあ仲良しになったよしみで、教えてやるかな」
「さっさと言え」
「へーへー」
 天真はチラリと頼久の方を見て、忌ま忌ましげに呟いた。
「ユーグ・ローライデ」
 パチクリ。頼久の瞬きが、文字通り擬音をはなつ。
「ユーグ・ローライデ殿?」
 頼久は控えめに同僚に尋ねる。できれば否定の言葉が欲しかったが、あっさりと肯定の返事で首を縦に振られてしまった。
「……あのヘンタイが、ちい姫の……………?」
「そう」
 あの変態ではない。かなりイカレた変態なのだ。
「ちょっと待て。鷹通殿は何を考えておいでだ?!」
「これは、鷹通に言っても仕方ないだろう。あの人に、リーダーを選ぶ権限はないからなぁ」
 どのパーソナルカウンセラーだって、あの男の相手を自分のマーメイドにさせるのは忍びないと思っている筈だ。
「そんな権限を持っているのはエリアマスターくらいだ」
「詩紋殿は何を考えていらっしゃるのだ?」
「南の利益を考えてるんだろ。とりあえずは……………な」



 *

 ざわざわと胸の上で何かが蠢めいているみたいだった。そして、とても息苦しい。胸の上に何かが伸しかかっているようで、あかねは眠いのをこらえて薄めを開ける。
「ン………?」
 コシコシと目を擦っても中々焦点が合わない。ぼやけた視界の中、あかねは誰かが側に居るのを認識する。しかも、その人は自分の上に伸しかかっている。
「だれ…? 鷹通さん?」
「やっと起きたか…。しかし、なんと声が愛らしいことよ……」
 汗ばんだ手で顎を引き寄せられてあかねは初めてその男の顔を正面に見た。
「!ッ」
 見たこともない老人が、我が物顔であかねの身体を弄んでいる。
 なぜ自分はこんな男に組み伏せられ、彼の身体の下にあるのか? しかも、何故この男は当然のように自分の身体を弄くり回すのか? おまけに無礼にも口吻けを迫るのだ。
「なに? やだっ。放してっっっ」
 さすがに、あかねもいっぺんで目が覚めた。
「鷹通さん、どこ?」
 結局、朝食のときにした約束を守ることができず、あかねは部屋の片付けもそこそこのところで湖に出かけてしまった。
 人魚が水に放たれたら、もはや、鷹通にはどうすることもかなわない。あかねが戻る気になるまで待つしかないのだ。
 あかねは、時間を忘れて仲間やフィリッパーたちと遊んだ。帰りついたときは、すっかりお腹をすかせていたし、ご飯を食べ終わると話を聞く暇などなく、寝てしまった。そう、テーブルに突っ伏して寝てしまった。
 少女にあるのは、そこまでの記憶だけ。それ以降のことは覚えていない。というよりも、目が覚めたらこんなところに居て、見知らぬ老人にヘンなことをされようとしている。
「鷹通さんっ、鷹通さんっっ、鷹通さーんっっっ!」
 身体をバタ付かせて懸命にあかねは逃げようと身体を捩る。
 だが、体重差が思いの外大きく、その脂肪に満ちた身体をあかねは退けることができなかった。
 自棄になったあかねが、手加減無く自分の上に乗っている男に蹴りをかました。
「ぐッ!」
 相手が怯んだ隙に、彼の下から這い出て、あかねはベッドから飛び降りると周りを見回した。
「ココ、どこ?」
 知らない部屋。知らない男。これまで感じたこともない悪寒と恐怖が、あかねを不安にさせる。
 そして、恐怖をさらに際立たせる存在が、少女の背後に迫っていた。
「この愚か者ッッ! 儂を誰だと心得ておるッ!」
 いきなり見知らぬ男に怒鳴られてあかねはびっくりした。何しろ、怒鳴り付けてやりたいのはこちらの方なのだから。侵入者で、おまけに自分にヘンなことをしようとしている相手に、怒鳴られる謂れは無い。
「おじいちゃん、だれ?」
 行儀も礼儀もへったくれもないあかねの物言いは、ユーグの顔を歪めさせた。
「おまえ、何も教えられておらんのか?」
「なにを?」
 あかねは、ユーグのことなどどうでもよかった。むしろ、こんな場所から早く出て行きたいし、庇護者のもとへ戻りたくて、出口を探すことに一生懸命だった。
「ふぉほっほっほ。成る程な。面白い趣向じゃて…」
 いきなり高笑いを始めた男に、あかねは心底驚いた。その笑いたるや、ヒキガエルが腹から笑っているようだった。それに、自分を捕らえるその男の視線が獣じみていて恐いのだ。足が竦む。あかねは本能で怯えていた。この男が自分に害を為すものだと本能で気づいたのだ。
「ちっ、近寄らないでっ」
 ユーグは自分の唇を舐め上げ、あかねを凝視める。その目には恐いくらいの欲望に満ち満ちていた。
 あかねは、無意識にユーグから距離を取るように後退していく。だが、竦んでいる足は少女の思うように動かない。
 ユーグの腕があかねの肩を掴み、力任せにあかねの身体をベッドに投げ付けた。
「うっ……」
 あの鈍重そうな体型からは想像しがたいくらいの俊敏さでもって、あかねを捕らえ、なおかつ少女の髪を鷲掴み、強引に寝台に縫い付ける。
「いったーい! なにするのよっ」
 あかねは苦痛に顔をしかめるものの、抵抗は止めない。ここで屈したら恐ろしい目にあいそうで、屈せないのだ。しかし、力の差はあまりに歴然で、男の手から逃れることはできずにいた。
 ユーグがあかねの唇をゾロリと舐めた。キスするわけでもなく、ただ、舐める。唇を、顔を、頬を、首筋を。
「やっ、止めてっっっ」
 あまりの気色悪さにあかねは鳥肌を立てて、ユーグの肩を叩いて退けさせようとした。が、あかねの抵抗はユーグを楽しませるだけだった。
「ほっほ。よく鳴く小鳥じゃな」
「わたしは鳥じゃいわ」
「ならば、魚か……。なるほど。波に打ち上げられし魚じゃな。陸に上がれば何もできんところは確かに」
 そう言って、ユーグは楽しげに笑う。
「ふざけてないで、放してよっっっ」
 あかねは果敢に抵抗を繰り出す。だが、渾身の鉄拳をお見舞いするが、たいした威力もスピードもなく、空を切った拳は捕らえられて頭の上に縫い付けられてしまった。
 ハッとユーグを見上げると、男は淫猥そうな笑みを浮かべてあかねを見下ろしていた。
「大人しくしておれ。でないと、手加減してやれんぞ? 言うことを聞いておれば、優しくしてやろう」
 あかねは無意識に嫌々と首を振っていた。力ない抵抗は、男を喜ばせていた。
「人魚の在るべき姿を、わしが教えてやるからのぅ………」
 愛撫とは名ばかりの責め苦。体中をいやらしいほどにユーグに舐められ続け、あかねの全身が総毛立つ。
「どいてーっっっ」
 あかねは叫びながら藻掻いた。
 どうして、自分がこんな目にあわなければならないのだ? 信じられない。あかねは助けを求めるように叫んでいた。
「鷹通さんっっっ、助けてっっっ」
 呼べど叫べど、助けの来る気配はない。
 ユーグは、あかねが藻掻き叫んでいる間ずっと少女を舐め上げている。むしろ、少女が嫌がるほどに、老人は嬉々としているようだった。
 あかねの不快感は募る一方で、あまりの気色悪さに瞳に涙が浮かんできた。
「天真くんっ、頼久さんーっっ、助けてぇ……」
 煩いあかねの口を塞ぐかのように、ユーグの唇があかねのそれに重なった。
 舐めながら何度も吸い付いてくるユーグの唇。あかねは、歯を食いしばってそれに耐えていたが、顎を強く掴まれ、自然と口が開いた。その隙をついてユーグの舌が無遠慮に侵入してきた。
「んっ、んっ、ん……っっっ!」
 まさしく、なぶられるかの如く、口腔内を犯される。
 あかねは一生懸命に、そのぬめる侵入物を追い払おうと、首を振って逃げる。
 だが、ユーグはいくら首を振ってもその動きについてくるし、おまけに顔を固定されてしまって首さえも振れなくなってしまった。
 ユーグは、口吻けを解くと、一生懸命逃げようと藻掻くあかねを見下ろし、ニタリと笑う。
「無駄なことを。おまえは人魚じゃろう。おまえはこうされる為だけに飼われてきたのじゃ。逃げることはできんよ。大人しく可愛がられるしかないんじゃ」
 あかねはそんなユーグをキッと睨み付けた。
「ウソよ! 触らないで! あなた、キライ!」
「嫌いか。ふふふ。そのような口を叩く人魚は初めてじゃな。まったく、口のきき方から教え込まねばならぬとは面倒な………」
 そう言いながらも、老人の顔は喜色に彩られている。
「退いてっ。放してったらぁっ!」
「活きの良い人魚じゃのぅ。カウンセラーに教えられなかったのか? 人魚は人間に奉仕する生物だと? ん?」
「なに、それ?」
 確かに、人間に従わねばならないとは教え込まれた。でも、理不尽なことに屈するようにとは教えられたことはない。
「大事なお仕事があるとは聞いたわ……でも」
 それは、大人になった人魚は、病んだ人間を癒す仕事があると。どんなことをするのかは、知らない。だが、その仕事に従事するために、色々な検査を幼い頃から繰り返してきた。
 そして、今日からその仕事が回ってくると鷹通は言っていた。
 あかねは、迷子になった子供のような途方にくれた表情を老人に向けていた。
「……………いや……いやぁ。ウソよ、鷹通さん……………」
 少女の恐怖と嫌悪感が強くこの行為を拒絶している。こんなことが仕事であってたまるものかと、現実を否定する。だが、これは紛れもない現実で、少女に絶望を運んでくる。
「可愛い顔じゃな。かわいそうに。辛いのか? 大丈夫。すぐに、慣れるからのぅ。それに、気持ち良くもなる。怖がることはない」
「いやいや。鷹通さんっ、助けてっ!」
「どれほど叫ぼうと無駄じゃ、無駄。ほっほっほ」
「ウソっ、ウソっ、ウソ! あなたは、ウソを言ってるのよっ。鷹通さんっ、助けてっ。助けてっ」
「嘘だと思いたいなら、そう思っておればよい。好きなだけ、助けを呼べ。まあ、誰も来んがな」
 従順で人形のような人魚を抱くのは飽き飽きしていた。もはや、自分に奇跡の寿ぎを与えてくれないのなら、せめて、昏い愉しみを与えてもらってもいいではないか。高い代価に見合うだけの愉しみを。
「元気な子供じゃ、ほれっ、こうされてはどうかのう」
 ユーグの淫猥な手があかねの幼い花びらをまさぐった。
「あぁっ…」
 ダイレクトな性的刺激は、幼いあかねには刺激的すぎる。
「やめ…」
「おう、おう。可愛いのぅ……」
 まだ濡れるにはほど遠い身体。硬い青い花から蜜を零させるには、そうおうの愛撫が必要なもの。閉ざされたあかねの花びらに、ユーグは躊躇いもなく舌を這わせる。
「いやぁっっっ」
 身も竦む嫌悪感に、あかねは悲鳴を上げた。だが、それは老人を喜ばせただけで、なんの解決にもならない。
「やめてっ。やめてぇ………」
 身を捩ってあかねは逃げる。けれど、老人とは思えないほどの力が幼い少女を束縛した。
 執拗にユーグはあかねの花びらをぺちゃぺちゃと舐めた。美味そうに、溢れる雫を零すまいとすちゅすちゅ吸い取っていく。
「やめてっ。やめっ……きもちわるい……」
「ほれ、動くな。零してしまうわい……」
「…ゃあ、痛……」
 舐められながら過剰なまでにチュウチュウと吸い付かれて、あかねはのた打つ。その行為には、心では悪寒しか覚えないはずなのに、身体の機能が悦びを覚え始めていた。人魚は、人間以上に快楽に弱い生物だった。人魚の花蜜がしっとりと零れ始める。
「もっと、出せ。もっとたくさん出せるじゃろ」
「放してっ、放してよっっっ」
 恐怖があかねに力を貸した。下肢に吸い付くユーグを振りほどいて、あかねはベッドから脱出しようと両足を懸命に動かす。だが、片足をユーグに捕らえられ、引きずられながら彼の腕の中へと引き戻される。
「いやぁっっっ」
「聞き分けが悪いのぅ……」
 キュッとあかねの尻を掴んで強引にあかねを俯せに転がした。そして、尻の両の果実を割って、熱り立った自分の肉棒をなんの準備も施されていないあかねの秘口に突き刺した。
「───────────  っっっ!」
 声にならないあかねの悲鳴が上がった。
 あかねは首を打ち振って痛みに耐えようとするが、ユーグが動く度に恐ろしいまでの激痛があかねを襲い、もはや、少女には泣き叫ぶことしか残されていなかった。
「あぁぁぁぁっっっ」
 シーツを強く掴んで引き千切る。
「…たすけ…て、たすけてーっっっ!」
 だが、どんなあかねの懇願にもユーグは耳を貸さず、己の欲望の赴くままにあかねを犯し続けた。その熱情をあかねの内に叩きつけるまで。
「いたぁいっ。いたいのーっっっ」
「まだまだじゃ……」
 言葉通り、これだけでは終わらなかった。
 人魚の両足を強引に開かせ、花蜜溢れる場所を睨むように老人は見つめる。小さな花びらからは、破瓜のしるしと男の淫水が混じるものが零れていた。老人は、舌先を尖らせて、それを丁寧に舐めとっていく。
「いやいやぁっ」
 あかねは生理的嫌悪感の命じるままに暴れたが、男の手を振り解くことはかなわない。
 あかねが暴れるほどに、放してなるものかと、老人はさらに少女の淡い花びらに鼻先までも押しつけて、血も、蜜も、自らの精液すらも吸い上げていく。
 花芯の壺がからっぽになると、ふたたび自分の凶器であかねの内を打ち付ける。
「ひっ……やめ、てっ。いたいーっっっ」
 嗚咽と悲鳴とで、あかねの声は枯れかけていた。いくら呼んでも助けは来ない。ユーグの下肢への攻めは止まることを知らずに、幼い身体を痛め付ける。
 叫べば叫ぶほどに、老人は力を得るかのごとく、少女を獣のように犯していく。
「ううぅっ!」
 老人が達すると同時に、カクリとあかねの頭が落ちた。
 グッタリと四肢を投げ出しているあかねの内から、老人は殊更ゆっくりと自分を引き抜いた。そして、秘所を傷つけられ、血で汚れた下肢を覗き込み満足気に笑みを浮かべた。
 命の泉は、ふたたび壺いっぱいに溢れている。
 濡れる下肢に舌を差し出し、精液と血で汚れた花びらを舌で綺麗にしていく。
 ユーグは流れ出た血を貪るように舐め始め、抵抗する気力さえ失ったあかねは嫌悪感を覚えつつも、ユーグにされるがままになっていた。
 その夜、ユーグは、あかねが流す体液の一滴をも残すまいというかの執拗さでもって、あかねを舐め、精を啜った。
 あかねはこれが大人になることなのだと、漠然と感じ取る。
 居なくなった天真と頼久。様子が変だった鷹通。
 一筋の涙と共に、あかねは子供である事に決別をした。誰が悪い訳でもない。これが、マーメイドの運命なのだと。
 知らずに、育ったのは、多分、彼らなりの親心。
「………たかみ…ちさん…てん……まく…ん…よ……りひさ……さ……ん」
 幸せだった子供時代は終わった。
 人魚は人間に喰いつくされていく─────── 。


 翌朝、朦朧とした意識の中で、鷹通が自分の身体を清めてくれているのを感じ取った。あかねは微笑んでいた。長い夜が終わったことを聡ったのだ。安心するかのように、すぐさま意識を眠りの淵に落としてあかねは眠る。
 鷹通は、あかねの微笑に驚いた。
 打ちひしがれているだろうに、どうして笑えるのだろう? 自分が少女を裏切ったことは、昨夜のうちに知ったはずだ。もはや、少女からの笑みなど望めぬと諦めていた青年は、感動に近い喜びを得ていた。
 自分が思っているよりもずっと、あかねは強くてしなやかな獣であることに今さらながら気づかされる。
 一筋の涙があかねの頬に落ち、滑った。鷹通は知らずに涙を零していた。
 まだ、大丈夫。あかねは壊れてはいない。きっとこんなことで負けたりなんてしない。
 もっと、もっとあかねは強くなる。
「あかね………」
 疲れ切ったあかねの身体を清潔なシーツに包んで、鷹通は忌まわしい部屋を出た。
 連れて帰ろう。この子の家に。自分たちの家に。




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Cream Pink /  狩谷桃子 様