クリスマス追想抄 |
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= もう、待たないよ / 強引でも卑怯でもなんでもいい。それで愛しい君が私の傍にいて、私と一緒にいてくれるなら。 = |
<2> 「――――――はぁ・・・・・・退屈」 穏やかな冬の昼下がり。 手習いや歌、香合わせ、裁縫に琴の練習などいろいろするべきことは山のようにあるのだけれど、どうにも集中できない。 今日も藤姫は早い時間から北の方のお見舞いに出かけたきり、まだ戻ってこない。 友雅は先月の新嘗祭からこっち、宿直やらなにやらで、ほとんど内裏に出かけたままだ。 鬼の脅威が去ったためか、その年の祭事はやけに盛大になったり、また行幸も増えたりしたので、友雅が毎日通ってきて、毎日泊まっていってくれたのは、実際は新婚の三ヶ月にも満たない間だけだった。 それでも結構頻繁に抜け出して顔を出してくれたのだけれど、やはり内裏にとんぼ返りなことも多くて、あかねとしては寂しくてしょうがない。 藤姫によれば、年末年始は宮中でも行事のオンパレードで、当然左近衛も繁忙を極める、らしい。大晦日の大祓や追儺の打ち合わせや準備、新年の行事の打ち合わせや準備があるから、本当にいつ泊まりに来られるのでしょうね・・・と言うことだった。 とりあえず三日ほど前には「お仏名」は終わっている。 “これが終われば少しゆっくりできるよ”、って言っていた行事だったのに。 なのに。突然の呼び出しで出かけたまま、あれから三日。まだ戻ってこられないのだ。 ・・・・・・すでに、今日は二十四日。 少しばかり恨めしくもなるというものだ。 「はぁぁ〜・・・・・・お仕事だからね〜、しょーがないんだけどねー・・・・・・」 文机にかくん、とあごを載せ、ぼんやりと宙を見つめながら、誰に言うともなく呟いてしまう。 盛大な溜息は次から次から溢れてきて、なんだか吐き出した息とともに辺りにどんよりと凝っている気さえする。 ずいぶん前から、どうして最初から友雅と一緒に住む、と言わなかったのか、ホンの少し後悔し始めていたのだ。 ・・・・・・友雅はたまにしか来られない。 せめて一緒に住んでいたら・・・・もう少し顔も見れたし、長い時間一緒に過ごせたはず。 でも、やっぱり。こちらの常識や教養が何一つ身についていない自分が、そのまますんなり『友雅の北の方』をやるにはためらいがあったことは事実だし―――と、悶々としていたところだった。 それでも、藤姫やあかね付きの女房たちと手習いやお稽古をしている間は気が紛れていたのに。 最近は一人になる時間が多くて・・・・・・・・少々自分の気持ちを持て余し気味になっている。 もちろん友雅からは「寂しい思いをさせてすまない」と、日に一度と言わず、二度も三度も文が来る。一昨日は1時間ほどだが会いに来てくれた。 それはそれで嬉しい。 でも、やっぱり会えないのは、寂しい。 ―――わがまま、かな。・・・・・わがまま、なんだよね。 ましてや、藤姫もいない。 最近は藤姫だけじゃなく、西の対の主だった女房もあかね付きの女房も、である。 みんな、北の方のお見舞いや祈祷に来る方の対応に忙しいあちらの手伝いにいっているのだ。 特に一昨日の夜からはあかね付きの女房にも声がかかった。 別にあかねは女房たちの世話を特に必要としないので、“朝餉がすんだらこっちはいいよ”、と言うと、次の朝からは本当に一人になった。 遠くからお経や祈祷の声が流れてくる。 ぺたぺたと几帳の林を抜け出し簀子縁まで出てくると、静まり返った西の対とは反対に、北の対からは大勢の人の気配がここまで伝わってくる。 「病気なのに・・・・・あんなに人が出入りするってどうなんだろうねぇ・・・」 心配はもちろんしているのだが、やはり少々呆れてしまうのも事実で。 また、ぼんやりと外に目を移し、ふぅ、と溜息を零すのであった。 師走――――12月・・・・・・24日・・・・・・・。 クリスマス――――目に映る、庭の樹形の整った針葉樹が、懐かしい記憶を呼び起こした。 あちらへ還った天真や詩紋、蘭。 彼らがいてくれてたらきっとクリスマスの話も出て、こっちでもそれっぽいことができたかもしれないなぁ・・・と、ふと思った。 ・・・・・・ツリーにリース、いろんなお店のクリスマスデコレーション。 あちらにいたら、と、溢れんばかりの勢いで鮮やかに思い浮ぶ懐かしい故郷の冬の風物詩。 懐かしい、家族で過ごしたクリスマス。 サンタさんのプレゼントもお母さんの作るごちそうもすごく楽しみだった。 楽しかった、お友達とのクリスマスパーティー。 わいわい騒ぎながら「恋人ができたらこんなパーティーじゃなくて、彼と一緒に素敵な特別なクリスマスを過ごすんだ〜」と、やたら盛り上がっていたっけ・・・。 ・・・・・・恋人と過ごすクリスマス・イブ。 今なら、間違いなく、堂々と友雅と過ごすのだ。 きっと、イルミネーションのツリーとか、一緒に見に行ったりしたんだろうなぁ。 あと――――ケーキを焼いて・・・や、美味しいお店のケーキを買ってきて、二人で食べたり。 プレゼントも交換するの。友雅さんには・・・んー、なんでも似合いそうだから困るのよね〜・・・あ、でもやっぱり・・・買うのは・・・・きっとバイトをしても難しい、かな?・・・・・・じゃあ、手編みのセーターとか、マフラーとかかなぁ・・・で、友雅さんからもなにか貰っちゃうの。花束とかアクセサリー・・・・・かなぁ・・・・・・・・・・・指輪とか、貰ったりして。 ・・・・・・指輪・・・・・・・・結婚、指輪・・・。 既に友雅の妻である。 左手をすっと伸ばし。なにもない薬指を目の前にかざして、そこにあったかもしれない銀色に光る指輪を眩しそうに煌めかせてみる。 乙女の夢がどんどん膨らんでいく。 大きなクリスマスツリーを一緒に飾りつけたり。 子供ができたら、こっそり枕元にプレゼントを置いて。翌朝びっくりする子供に“サンタさんからだよ”なーんて言ったりするんだろうか。 ・・・子供・・・・赤ちゃん。友雅と自分がパパ、ママ・・・いや、父親や母親になった姿を想像してみる。 「きゃーーーん、やぁ〜だ〜〜〜〜もぉ!ぃやぁーーーん」 盛大に顔を赤らめてもじもじしたり、袖で顔を覆ってみたり。 首をうち振り、手足をバタバタさせながらすっかり顔も緩んでいる。 傍から見るものがいたら、もうそれは可愛らしいを通り越してかなり滑稽に映っただろうほどに妙な声を上げて、ひとしきり妄想に耽っていた。 でも・・・それも一息ついてしまったら。 ・・・・先ほど以上に寂しさがまとわりついて離れなくなった。 ―――――クリスマス・・・・・・したいなぁ・・・ぱぁ・・・って。 けれど今は――――自分、ひとり。 振り返れば、そこは馴染んだはずの自分の部屋。 豪奢な装飾に溢れたそこが、どこか今日はよそよそしく感じられる。 そんなに広くはないはずの、自分の房も、この西の対も。まるで体育館のような、がらんとした寒々しい空間に感じられた。 外の、うらうらとした陽射しは、ここまで届かない。 ひんやりとした空気が頬や肩、背を撫でる。 ・・・・・・・・・誰か、一緒にいて欲しい。 「―――――――――ともまささ・・・ん」 しんみりと、俯きそうになる気分を追い払うように、あぁあーーっと冷たい簀子縁に手足を大きく投げ出して床に伸びてみる。 ここしばらくは、おとなしやかな生活をしていたので、そんなことがなんだかやけに気持ちよく感じて、更に大きく伸びた。 「はぁ〜・・・・」 外はここ数日にないくらいの小春日和。 家の中でぐずぐずしているのはもったいないくらいの陽気である。 ――――身体を動かしていたら、もうちょっとはこのもやもやしたのがどこかに行ってくれないだろうか。 「どっか・・・出かけようかなぁ・・・・・・・」 と、言っても一人で出歩くなど貴族の姫としてはもってのほか、と散々言われ続け、友雅からも藤姫からもきつくきつく禁止されていた。 ――――お庭、ならいいかな・・・。 土御門の邸は広い。もちろん、庭もかなりの広さである。 西の対と池の回り、中島くらいまでしか歩いたことはないけれど、北の対、東の対にも同じようにそれぞれの美しい庭があるのだろう。寝殿の前に広がる広場のような南庭も、池の中島、その向こうの築山だって庭の一部だ。 神子時代には気安くどこへでも行くことができたから、さほど意識しなかったのだけれど、 “土御門の邸の中“という、藤姫にも友雅にも、誰にも心配を掛けずに自由に歩きまわれる安全圏には、まだまだこんなに未知の空間があるのだ。 ・・・・・・これは、なんだかものすごい大発見ではないだろうか? 間違いなく家の中だし、お庭の散歩くらいならこれまでだってなんの問題もなかった。 「なんで今まで気がつかなかったんだろ・・・。―――うん。ちょっとだけ、行ってみようかな」 そんな、ホンの軽い気持ちで、あかねは庭に出ることにした。 * * * 西の対の外れから南庭にそのまま続く庭は、玉砂利が敷き詰められ掃き清められ、どこか寒々しいまでに整っていた。庭先の萩や藤、楓など季節の趣のある木々はすでに落葉し、細く優美に伸びた枝にはそれぞれ硬い冬芽が蹲るようについていて、どこか寂しげにも映る。 あかねは庭の奥の奥、まだまだ緑の濃い空間に引き寄せられるように中島を越え、築山を巡り、ついに行き当たった邸の土塀。 「わぁ・・・・・・初めてここまで来たけど・・・なんだかすごい・・・」 冬枯れた木々もある中で、この塀沿いの辺りは常緑の木々が勢いよく伸び、背の高い針葉樹や常緑樹は、どこか、昔、友雅と歩いた双ヶ丘や糺の森を思い起こさせた。 ゆっくりとした歩みで初めての空間を楽しむ。 視線の上の方には松や、杉、香りの良い針葉樹。 少し足元に目をやると、ひっそりとした藪柑子や千両の赤い実、柊の蒼い実が見える。名も知らない薄灰色の木の実をつける木を眺め。時おり、落ちている松ぼっくりを拾ったり。針葉樹の葉陰についている乾いた実をつついてみたり。 ―――――かわいいなぁ。 これ・・・・集めてクリスマスのリースとか作っても可愛いよね・・・・・・うん、そうしよう♪ なかなか良い考えが浮かんだものよね、と、自画自賛の満面の笑みを浮かべたあかねは、景気よく、思いつくままにクリスマスソングを歌いながら足を伸ばしていく。 やがて。塀のそばの緑が途切れがちになれば、緑の濃い方に方向を変え。 足の向くまま気の向くまま、と、歌を歌い、木の実や木の枝を集め、ご機嫌に散策を続けたあかねだったが、もう散策も集めるものもこのくらいで充分だろう、と、ばかりに西の対に戻ろうと、再び来た方向に足を向けた、まさにその時。 「そこにいるのは誰だ?!何をしている!」 怒声とともに見知らぬ大男たちが飛び出してきた。 きつい口調で問うてくるのはおそらく格好から、武士団のものなのだろうが、あかねの知らない顔ばかりである。 「え・・・、あの・・・」 なにか、言おうとするのだが、その剣幕に圧倒された。 その瞬間、その男があかねの手をねじりあげ、勢い、ばらばらと零れ落ちたものを無造作に検分する。 「や・・・っ、痛っ!なにするの?!それ、私の・・・」 「お前の、なんだ?」 「え?」 「先ほどから、怪しい声がする、なにやら呪のようなものを唱えてうろうろしている者がいる、と端下者が言っていたぞ。貴様か?!どこの者だ?!」 「怪しい女め」 右腕は肩が抜けそうなほどに高く持ち上げられ、自由が利かない。左手はそれでも集めた木の実をまだ離すことなく抱えていた。 それが更に男たちの不審を煽ったのか、ますます声は荒げられるし、腕を掴み上げる手もますますきつくなる。 「さては北の方様の障りは貴様の仕業か?!」 「他に何を持っている?出さぬか!」 状況がよくわからない、とはまさにこのことで、身に覚えのないことを、男たちに次々と責められ、頭の中ががんがんと鳴っている。 ―――――怖い 怨霊や鬼と対峙した時とはまた違った、本能的な恐怖だった。 思考まで真っ白になりながらも、なんとか口を開こうとするのだが、うまく声が出ない。 「そ・・・んな、知らない!私は、西の対の、藤姫の・・・」 「知らぬな。大体このようなところを普通の女人が歩くわけがない。」 「こんな醜い髪の女房などいるわけがないだろう!もう少しマシな嘘を言ったらどうだ」 「西の対の女房殿たちは今日はすべて北の対にきているというぞ。正直に言え!」 全く聞く耳を持たない彼らに、両腕を後ろ手にとられ、縄を打たれようとした、その時。 「どうした」 「頼久さん!」 「神子殿?!」 |
katura 様 |