Twinkle Twinkle Silent Night

= ホワイトクリスマス =





<2>




彼の部屋ではあるけれど、一緒に過ごした時間が長いだけに、そこに流れる空気はあかねに馴染んでいる。
二杯分のアールグレイを、二つのカップに注ぐ。
彼の黒いカップと、常備してあるあかね用のオレンジのカップ。白い湯気が、ベルガモットの香りと共に立ち上った。
まだ、暖房は効き始め。屋内とは言えど、決して暖かいとは言えないからこそ、ちょっと熱いくらいの紅茶が良い。

先にテーブルに着いていると、リビング以外のカーテンを閉め終えた友雅が、白い紙袋を持ってやって来た。
「はい。お待ちかねのクリスマスプレゼント。」
そう言って、ブランドネームの入ったバッグを、あかねの目の前に置く。待ちかねたように彼女はそれに手を伸ばし、中に入っている小さな箱を取り出した。
シルクサテンで包まれた、特別製のジュエリーボックスには、バラの模様と共に縫い取られている愛の言葉。

そっと、蓋を開けてみる。ネイビーブルーのベルベットの上で、輝くものが二つ。
「わ、ちゃんと綺麗に出来てるー!」
あかねの嬉しそうな声が響いて、友雅は隣に腰を下ろした。彼にも見えるように、あかねは中身を差し出してみる。
きらりと光る、銀色の輪。二人分の、指輪。
「ちゃんとイニシャルも刻印されてるし、石もきらきらしてて綺麗!。」
小さいけれど、立派なダイヤモンド。星のかけらか、または外で降り続いている雪の結晶みたいな、ささやかな輝き。
「もっと可愛いデザインの方が似合うのに、本当に良かったのかい?こんなシンプルなリングで…」
「うん、良いんです、こういう指輪の方が。だって、おそろいって感じがしますもん。」
きちんとケースの中で並んだ二つのリングを、満足そうに眺めながらあかねがつぶやいた。


一ヶ月程前のことだった。
付き合い始めて、二回のクリスマスを通過して、そして今年三度目のクリスマスの足音が聞こえ始めた頃。
毎年展開されるシーズンギフトの話題に便乗して、グラビア雑誌のアクセサリーページを眺めていたあかねに、友雅が手渡してくれたのはいつもと違うカタログだった。
白いバラに埋め尽くされた中に、寄り添うような二つのワイングラスの表紙。その中央に赤い文字が記している言葉は------"Bridal"。
「どうせアクセサリーを選ぶのなら、そのカタログから選んでもらえないかな?」
言葉は遠回しだけれど、それは結構ストレートな告白。少し鈍いかも…と自覚しつつあるあかねでも、その意味はすぐに分かった。
クリスマスプレゼントという、季節限定のものではなくて、これから永遠に続く約束の証を刻む指輪。
そろそろ同世代の友達も、そんな指輪を輝かせる人が増えて来ていたけれど、思い掛けないプロポーズの申し出に驚いて…そして、舞い上がるほど嬉しくて。
……迷わず、その場でOK した。それ以外の答えなんて、なかったから。


そんな事があって、例年以上にプレゼント選びには苦労してしまったけれど…結局の所選んだのはシンプルなプラチナのペアリング。
「最初の店で見た、小さいハートのピンクダイヤが付いたリングだったかな。あれが気に入ったみたいだったから、それかと思ったのに。」
「ああ…うん、あれ可愛かったですよね。でも、あれはー…ちゃんとしたエンゲージリングでしょ?」
クリスマスコーナーじゃなく、ブライダルコーナーに連れて行かれて見せられた指輪は、どれもこれも眩しいくらいのダイヤモンドが輝いていた。
定番のラウンドブリリアンカットや、最近流行っているというファンシーカラーのダイヤなど。
ハートシェイプなんて可愛くて、友雅やショップの店員にも似合うと薦められたし、気に入っていたのだけれど…。
「値段、半端じゃないでしょう?桁違いですもん。友雅さんにあげられる私のプレゼント予算なんて、比べ物にならないんですよ?」
せいぜいその半分…いや、三分の一くらいが良いところ。社会人ではないあかねにとって、それでもバイトに日々明け暮れながら、やっとかき集めた大切な資金なのだ。
「だったら、もうちょっと安くて良いから…おそろいのが良いなと思ったんですよ。そうすれば、二人で予算を出し合えるし。」
あかねのリングの分は友雅が、友雅のリングの代金はあかねが…となれば平等だ。
エンゲージでは、もらうだけになってしまう。クリスマスだから、あかねだって友雅にプレゼントを贈りたい。相手が居るのだから、形にした想いを交換したい。
選んだ指輪はプラチナと言えど、何とかあかねの予算内で支払える金額だったから、ちょっと安心。
但し、レディース用だけは小さなダイヤのおかげで、少し上乗せしたスペシャリティな価格になってしまったけど…そこは遠慮なく甘えさせてもらって。
「あ、だめですよ!まだ指にははめないって約束じゃないですかー!」
リングを手に取って、自分の指に通そうとした友雅を、慌ててあかねが止めた。
そして、ギフトバッグの中に入っていた、もう一つの細長い箱をすぐに取り出して開ける。
中に納められていたシルバーのボールチェーンを、彼の手のひらに置いて…あかねはもう一本のチェーンに自分のリングを通した。
あっという間に、リングがペンダントに早変わりする。
「これは…その時が来るまで、指輪としては使わないって決めたじゃないですか。」
あつらえて作ってもらったリングは、指先にしっかり馴染むサイズだ。このまま充分に、マリッジリングとして通用する。
でも、まだその時まで時間があるから…それまでは二人だけしか分からないように、そっと胸の中に約束を隠す。

「よくもまあ、そんな遠回しな事を考えるね…。早く、本来の使い方をしてあげないと、指輪も可哀想だよ?」
「良いじゃないですか、こういうリングの使い方も斬新でしょう?それに、こうしていれば誰も気付きそうにないから…みんなを驚かせることも出来そうだし?」
一足先に選んだ、お揃いの指輪。こっそり二人だけの秘密にして、実は…なんて言った時、天真たちのびっくりした顔が思い浮かぶようだ。
そんなあかねを見ながら、友雅は彼女のチェーンを手に取った。コネクタを外して、広げたそれをあかねの首に回して止める。
「そういう楽しい事を考えるのも良いけれど、私としてはロマンチックな事だけを考えて欲しいんだけれどねえ…」
彼女の胸元で揺れるリングを手に取って、冷たいそれに口付けをしてあかねを見る。
見つめ合ったお互い顔が、どちらも笑顔で、ついおかしくて吹き出してしまった。
絡めた指先が一つに見える。二つの木が、交じり合って一つになるように、その手はどちらも離れようとはしない。
まだ、その薬指に輝きはないけれど、誰よりもそばにいるあなた以外に、目に映る人なんて…どこにもいないと分かっている。


「あ、外…」
唇を離して、あかねが窓の外を見た。雪を眺めようと、カーテンを開けておいたリビングの窓から、降り続ける雪の景色が映画のように映し出される。
「さっきより、強くなってないですか?粒も大きくなって…ベランダも真っ白。結構積もってるみたい。」
「ああ、本当だ。ここまで降っていたら、もう外に出ることは無理だねえ…」
………背後から、友雅の腕が伸びて来て抱きしめられて、ふとあかねは顔を上げる。
「狙ってました?コレ」
「天気まで左右できる力が、私にあるわけないよ。出来ていたら、もっと早く仕掛けていたかもしれないがね。」
勿論そんなことはあたりまえなのだけど。もし、そんな力が彼にあったとしても、文句なんて言わない。




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右近の桜・左近の橘 / 春日 恵 様