Twinkle Twinkle Silent Night |
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= ホワイトクリスマス = |
<3> 「それじゃ、せっかくだから…これから二人でもう一度、聖夜のパーティーでもしようか?」 「あ、賛成。プレゼント交換もしましたもんね。」 友雅が立ち上がって、キッチンに向かった。そのあとを、あかねは着いて行く。 簡単なオードブルくらいなら、作れる食材はあるだろう…と棚を開けてみると、その隣で冷蔵庫を開けていた友雅が、黒いシックなケーキボックスを取り出した。 「クリスマス用は予約のみだけど、1 カットずつならOK と言うんでね。せっかくだからイベントに便乗してみようかと、2 つほど買ってみたよ。」 開いたパッケージの中は、真っ赤なフランボワーズムース。あかねが大好きなケーキだ。 シーズンに合わせて、添えられた緑の柊とフランボワーズのコントラストが、小さいながらもクリスマスらしい。 ふと、あかねは開いている冷蔵庫の中を、友雅の腕の下から覗き込んでみた。 「……絶対に狙ってたでしょう?」 中で横たわるシャンパンのボトル。生ハム、サラダ、カットフルーツ。いつもの友雅の部屋ならば、せいぜいシャンパンくらいの常備が良いところなのに。 ケーキだって、あかねの一番好きなショップの、一番好きなケーキを選んで。 「詮索は、あとでゆっくりね。取り敢えず、パーティーを始めよう。」 背中を軽く押されて、ま、いいか…なんて気になったりして。そんな聖夜の過ごし方を、少しだけ期待していたから。 ケーキに添えてあった、小さなアロマキャンドルに灯をともした。 水を張ったガラスのプレートに、船のように浮かべると、炎もゆらゆらと水面に沿って動く。 「二人だけで過ごすには、これくらいの光が丁度良いよ。」 シャンパンを注いだグラスを片手に、ソファへ身体を投げ出してくつろぎながら、薄い明かりの中で友雅が言う。 そんな彼に膝を貸しつつ、自分の胸に揺れるリングと同じものが、友雅の胸に輝くのを何となく見ていた。 時は静かに流れる。雪は更に積もり続けて、キャンドルの炎は形を変えながら燃え続けている。 「ねえ、友雅さんは小さい頃にサンタさんに、プレゼントのお願いとかしました?」 「…そんな昔のこと、すっかり忘れたな。そういうあかねは?」 フルートグラスを揺らして、下から手を伸ばして彼女の頬を撫でる。 「子供でしたからねー…おかしなことばっかり言ってましたよ。シンデレラのガラスの靴とか、おかしの家が欲しいとか、そんなのばっかり」 二人同時に笑い声が上がった。小さいころは、そんな他愛もないお願いばかり。 でも、楽しいクリスマスだった。 いつしか、友達と賑やかにパーティーを楽しむ事を覚えて、そしてまた…新しい聖夜の楽しみ方を知ろうとしている。 「今は、どんなプレゼントが欲しいんだい?」 友雅が尋ねると、あかねは小さなダイヤが彼に見えるように、首にぶらさげたリングをつまんで微笑んだ。今の二人をつなぐ、細くて小さな銀色の指輪。 ゆっくりと友雅は彼女の手を取って、自分の方へと引っ張ってみる。 「でも…どうせなら私は、この指輪を身に付けた姫君が欲しいね」 彼がこの手を引く理由が分かるから、そっと目を閉じて顔を下げると、うなじに手を回されて、そのまま友雅の上へと倒れ込んだ。 お互いの首に絡む、指輪の冷たさがわずかに肌を冷やした。 幾度か唇を重ねたあとに、彼の胸に耳を当てて心音に意識を傾ける。静かだけれど、その音に自分の鼓動が揃っていくのが分かる。 こうして黙っていても、ひとつに溶けていく鼓動が嬉しい。 「そうだ…。いっそのこと、私もサンタクロースにねだってみるとしようかな」 「何を?」 用のなくなった空になったグラスを、友雅は床下に転がす。あかねは、飲みかけのグラスをテーブルに戻した。 そして、彼に抱きしめられたまま、キャンドルの明かりに照らされている友雅の輪郭を目で辿る。 「さっきの話。指輪の主が手に入りますようにってね。」 少し笑ったあとに、あかねが答えた。 「…明日の朝になったら、枕元に置いてあるかもしれませんよ?」 きっと、それは彼のそばにあるはず。この雪の中、家に帰ることは不可能だし……帰りたくない。 「あ、何…っ?どうしたんですか?」 突然起き上がった友雅が、今にも消えそうな小さいキャンドルライトを、軽く息で吹き消した。 一瞬で広がる、暗闇。窓の外の雪明かりが、わずかに夜を照らしている。 「サンタクロースがプレゼントを届けに来てくれるなら、早く眠らないとね」 甘い声が耳の側で聞こえた。 静かな夜だから、その声はいつもよりも深く響く。あかねの、胸の奥まで。 「大丈夫ですよ。朝までずっと起きていても、きっと枕元には…友雅さんが欲しかったもの、ちゃんとあるはずですから。」 彼の背中に手を回して、あかねだけの特等席である、その胸に身を預けて、目を閉じた。 いつでも、それは友雅のそばにある。離れずに、そこにいる。 二人をつなぐ指輪の輝きは、確かにそれを証明しているのだ。 「あのね…朝日に照らされた雪景色って、きらきらして…すごく綺麗なんですよ」 ひとつひとつの結晶が集まった白銀の世界に、降りそそぐ光が反射して輝く。溶けた氷は雫となって、宝石のかけらをこぼしたようにきらめく眩しい世界。 子供の頃は、真っ先に足跡を付けたくて飛び出したけれど、今はそんな光景を静かに眺めていたい。 できるなら…大切な誰かと一緒に。 「じゃあ、明日の朝は早めに起こしてくれるかい?そんなに綺麗な景色なら、君と一緒に眺めてみたいからね」 「分かりましたよ。ちゃんと起きてくださいね。一人で眺めるのはイヤですからね。」 笑いながら友雅の頬に手を伸ばすと、彼が微笑んで抱きしめてくれた。 「一人になんか、させるわけないだろう…?」 彼女にはじらされてばかりだけれど、心はすでに一つになっているから焦ることはない。 外に降りしきる雪が溶けても、聖なる夜が明けても、想いは消えることはないから。 -----明日の朝、目覚めたときはきっと、そこに彼女の手があるはず。 サンタクロースは、自分にとって最高のプレゼントを与えてくれたから、明日は彼女よりも先に起きて、今度は自分がサンタクロースを気取ろう、と友雅は思った。 隠していた秘密の贈り物を、その指先に。胸元ではなく、その薬指に。 気付かれないように、一足早く………こっそりと、ハートの指輪に誓いを込めて。 彼女の瞳と同じような輝きを持つ、その指輪にあかねが気付いたら………抱きしめて、もう一度愛を誓おう。 +++++THE END+++++ |
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右近の桜・左近の橘 / 春日 恵 様 |