Twinkle Twinkle Silent Night

= ホワイトクリスマス =





<1>




ジングルベルが街を賑わせて、ホワイトクリスマスがムードを盛り上げる。
雪のような真っ白の生クリーム、クラッカーの音とグラスを掲げてパーティーの開始。
きらきら輝くツリーのライト、お楽しみのプレゼント交換。
クリスマスパーティーは、いつだって楽しいことばかり。

でも本当は、ロマンチックなクリスマスにも、少しだけ憧れ始めたりしている。

+++++

玄関のドアを開けると、暗い夜空から白いものが降り注いでいた。
「わあ、ホワイトクリスマス!すごいね、この辺りじゃあまり雪多くないのに、イブの夜に限って降り出すなんてロマンチック!」
カーディガンも羽織らずに、蘭が最初に外へ出た。寒そうに肩をこわばらせた天真が続き、コートとマフラーを着終えた三人が家から出て来た。
時計の針だけを見れば、夜もすっかり更けている。
だが、家々の窓からこぼれる明かりとともに、この白い雪の結晶が辺りを照らしていて、それほど暗くはない。
それに今夜はクリスマス・イヴ。早めに眠るなんて勿体ない。サンタクロースの
プレゼントを待つ、幼い子供たち以外は。
「それじゃ、今度逢うのは年明けだよね。良いお年を!」
「まだイブだってのに、何か変な挨拶だな」
天真の言葉に笑うそれぞれの口元から、白い息が綿菓子のように浮かび上がった。

エンジン音が近付き、赤いゴルフが門の前で止まる。詩紋の母の、迎えの車だ。
シャンパンの泡のような髪に白い雪を散らして、助手席のドアを開けて乗り込むと、詩紋はウィンドウを開けて顔を出した。
「また来年逢おうねー!」
中から手を振りながら、彼はその場を去って行った。
今年最後の、楽しい時間はこれでおしまい。クリスマスパーティーも、THE END。
賑やかな空気は、静けさに変わる。

「それじゃ…私達もそろそろ帰るね。今度は新年会もしようね。」
そう言って天真たちを見て笑ったあかねの背中を、そっと友雅の手が支えた。
「二人とも帰り道、足下に気をつけてね。」
「っていうか、隣の送りオオカミの方に気をつけろよー!」
蘭が天真の頭を軽く小突くのを見ながら、あかね達は笑いながら森村家を後にした。

「いいなあ、やっぱり彼氏付きだとクリスマスって違うよねえ」
白い雪の降る街に消えて行く二人の背中を、眺めていた蘭が羨ましそうにつぶやく。
飲みかけのシャンパンと、食べ残しのチキン。--------祭りのあとの静けさ。
ツリーに飾られた白い綿と同じように、外の庭木を本物の雪が彩り始めている。

+++++

降り注ぐ白い雪は、雑音さえも吸収してしまうようで、足音も分からないほどに静寂を作り出す。
「雪、止みそうにないですね。天気予報、雪のマークなかったのにな。」
「まあ、そういうのは当たらないものだよ。でも、その方がサプライズっぽくて楽しく感じられるんじゃないかい?」
「そうですよね。聖夜に雪なんて最高なシチュエーションですもんね。」
出来るだけゆっくりと、夜道を歩いて行く。その方が、変わりゆく景色を眺めていられるから。
二人寄り添って、そっと彼の腕に手を絡ませて。

「どれくらい降るのかな…一面真っ白になるくらい降ると良いな。」
見上げると、頬の上で溶ける冷たい結晶。暖房で少し熱くなった肌には、小さな氷の粒が気持ち良い。
「これ以上寒くなっても平気なのかい?いつもは寒がってばかりなのに。」
「雪の時は別なんです。いろいろ楽しいことが出来るもの。雪合戦とか雪だるま作ったりとか…」
それより何より、純白で覆われた世界の美しさ。
目に見えないほどの細かい欠片が、宝石みたいに輝きながら降り注ぐ。天使の羽根が舞うような、幻想的な冬の風景。
「でも、そういう雪の日の楽しみ方は卒業して、今度はもっとムードのある雪の夜の過ごし方とか、考えてみないかい?」
腕を絡ませた彼の顔を見上げると、自分だけを見てくれる瞳がそこにある。
笑顔をくれると、自然と微笑みたくなるのは、ささやかな幸せを感じられるからだろう。
あかねだけに提供してくれる、その腕にそっと顔をすり寄せて、ちょっと甘えた感じで雪道を歩く。
どんなに雪が降り続いても、一緒にいられれば寒くなんかない。


公園通りまでやって来たが、雪はまだ止む気配を見せない。天気予報は完全に外れて、このままだと大雪になる可能性もあるのではないか。
あかねがさっき願ったように、フェンス越しの植木や街灯のかさも、真っ白な化粧を施されつつある。
「そういえば、例のあれ…どうなりました?お店から、連絡ありました?」
思い出したようにあかねが尋ねる。首に結んだタータンチェックのマフラーは、まるで大きなリボンのように見える。
「ああ。こんなに忙しいシーズンだろうに、そういうところはさすがに商売上手だね。昨日の帰りに受け取って来たよ。」
「わぁ!じゃ、クリスマスプレゼントにはぴったりでしたね!」
この上ない幸せいっぱいの笑顔は、雪の冷たさなんて本当に感じていないようだ。
そんな素直な表情が、また愛しく思えて来る。

「見て行く?」
「そりゃ当然ですよ!せっかく二人で選んだんですもん。早く出来上がりが見たい!」
無邪気に笑いながら言うけれど、それがどういう意味なのか分かっているのなら、なかなか強かだと思う。
「天真が言っていた"オオカミ"が出て、食べられてしまうかもしれないのに?」
なんて、そんなことを言ってはみたけれど、彼女の笑顔は何一つ変わらなかった。
それよりも、更にきらきらと輝いて見える。
「構いませんよ。今更"オオカミ"なんて、怖くなんかないですよー」
「度胸のある赤ずきんちゃんだねえ…。まあ、そういうところも好きだよ。」
友雅は自分から彼女の肩を抱くと、コートのポケットにあるマンションのキーを、鈴のように軽く鳴らしてみせた。




NEXT⇒







右近の桜・左近の橘 / 春日 恵 様