次回土曜遙か洋画劇場 八葉友雅とあかねの事件簿 異世界京ミステリー
「友雅の牛車の中で」猟奇誘拐事件

= リレーde次回予告 =



−1−



どうして
どうして

どうして…

なぜあなたは 消えてしまったのですか──




+++





京に舞い降りた尊き天女。 龍神の神子が住まう土御門殿の房室には、重苦しい困惑と焦燥が漂っていた。
平素ならばそんな雰囲気を払拭しようと明るく振る舞うことを忘れない神子や、年若い八葉たちまでもが、俯き放心したように座り込んでいる。
まるで時を止めてしまったかのような場に、さわりと穏やかな風が吹き込み、そして几帳を揺らしていった。



それが事件として認識されたのは、いつ頃のことだっただろうか。
人知れず姿を消していく民。
はじめは、廃墟や崩れかけた寺などに隠れ住む、身寄りのない子供達だった。
誰も気に掛けることもない。行方を捜すこともない、幼子。
ひとり、またひとりと消えていく内に、それが噂になっていったらしい。

曰く、子攫い鬼が出る、と。

しかし、いつしか被害者は子供だけではなくなっていた。
貧困に耐えかねて春を売る女。野良仕事から帰る男。家でくつろぐ家族が、竈の火も落とさずに丸ごと消えたことさえあった。
やがて、夜歩きをする貴族の従者が消え、随身が消え、牛車の中にいたはずの主さえ消え──
そして何の痕跡もない。

人の仕業では無いのだろう。
隣にいたはずの人間が。数人の警護に囲まれていたはずの人間が。ほんの刹那、目を離した隙に掻き消えているのだから。
唯一残されたものは、数匹の蝶。
濡れたように黒く光る、美しく怪しげな蝶がはらはらと舞い、大気に溶けるように消えたという。
そして撒き散らされた鱗粉のように、微量の穢れが残されていた。

神子と八葉は、鬼や怨霊の仕業であると判断し、攫われた人々の救出と、事態の収拾に乗り出したのだが──
その矢先、突如友雅が黒蝶の大群に襲われて瀕死の傷を負ってしまった。
共にいたあかねと頼久が、昏倒した彼を牛車に乗せ、急ぎ泰明の元へと運んでいる最中。様子を見ようと簾の奥を覗いてみた時には、忽然と友雅の姿が消えていたのだった。



「──私がついていながら…申し訳ございません」
苦しげに呟かれた頼久の言葉は、静寂の中に溶けて消える。
暗く沈み込んだこの場にそぐわない、朗らかな小鳥の佳音が響くが、耳に届く者などなかった。
「頼久さんのせいじゃ、ありません。だって、だって…牛車の外には私だってついていたのに。それなのに、何も気づけなかった…」
かの男がそこに座していたならば、その声に苦笑を漏らしたことだろう。


 ──君にはそんな声は似合わないよ、姫君。


いつだって笑っていて欲しいと、そう、男は言った。
だが、あかねが今紡ぐ言の葉は、苦悩と悔恨で歪んでいる。


 ──ほら、笑って。 君には…そう、笑顔が一番よく似合う。


自身に向けられる怨嗟とも取れる感情の刃は、どれほど心を傷つけても止まることがない。
自責に沈む頼久を思いやることさえ出来なくなっていることに、彼女が気付く余裕はなかった。


 ──君の笑顔に、惹かれたんだ。 その、清浄で温かい心に…


今ここに、かの男の姿はない。

「──あんな身体なのに…っ!! どこに…なんで…っ!!」
細く吐き出された悲鳴じみた言葉は、無力に打ちひしがれた男達の心までも斬りつけ、そして血を流す。
「どうして…っ! 友雅さんっ!!」
いつも隣で微笑み、そして路を指し示してくれる男の名を呼ぶ。応えられることなどないと知りながら。
素足の膝を握りしめる指先がぶるぶると大きく震え、食い込んだ爪が皮膚を裂いても、気に留めることなどなかった。
「あかねちゃん」
「どうして、友雅さんが…っ」
歯を食いしばる。そうでもしていないと、泣き崩れてしまいそうだった。
「あかねちゃん、落ち着こう? 焦ったって何も良いことはないよ」
そっと白いてのひらが伸びて、あかねの指をやんわりと包んだ。
力が入って固まってしまっていた一本一本を丁寧に膝から剥がし、そして両の手でそっとそっと包み込む。
虚ろな視線を彷徨わせてその先を探れば、疲労に顔色を白くした詩紋が、それでも穏やかに微笑んでいた。
その青く澄んだ瞳に、幽鬼のような自分が映り込んでいことに気付いて、ハッと息を飲む。
「大丈夫。 友雅さんなら、きっと大丈夫だよ」
言い聞かせるように繰り返される言葉に、全身を覆っていた負の感情が少しずつ剥がれ落ちていくのを感じた。
「そうですよ、神子殿。 友雅殿の強靱さは類を見ない程なのですから、少々のことでどうにかなるとは思えません」
「強靱、ってーか往生際が悪いってーか。 鷹通の言う通り、アイツは殺したって死なねぇよ。 なあ、イノリ?」
「あはは、そだな。 ああ、ホントそうだぜ! どうせ『心配して損した!』ってことになるに決まってらぁ」
緩慢な動作で見渡した先、三人は詰めていた息をそっと吐き出しながら、自らの言葉に頷きつつ苦笑を漏らす。
それまでは、いつも以上に落ち込んだ様子を見せていた永泉でさえ、小さく笑みを浮かべていた。
「…そうですね。 あの方の事ですから、すぐにお戻りになるでしょう。 その時、重苦しい空気を漂わせていようものなら…」
「『おや、私がいなくて寂しかったのかい?』とか、スカしたツラで嫌味ったらしく笑うんだぜ、絶対!!」
「天真はもう、何回も言われてるもんな!」
「おうよ!…ってうるせぇぞイノリ!!」
「うわ!待て、待てって!!コラ、こんな所で術を出すな術を!!」


「──ぷ…っ」


幾度も友雅にからかわれている天真の逆鱗に触れてしまったらしいイノリが、反撃しようと腰を浮かし。
足を踏み鳴らしながら迫り行く相棒を、頼久と詩紋で羽交い締めにしつつ。
歳に似合わない深い深い溜息を零す鷹通と、それを苦笑混じりの愛想笑いで返す永泉。
いつものごとく、泰然自若の態で微動だにしない泰明。


「くっ、くふふふふふふ…」


「あ、あかね?」
「ど、どうしました、神子殿?」
唐突に騒然となり始めた房に、怪しげな笑い声が響く。その発生源である彼女は、俯いたまま肩を小刻みに震わせている。
大喧嘩に発展しそうになっていた男達も、静観を決め込んでいた彼らも、一様に口をつぐんで様子を窺っていた。
「ん、ふふふふ…っ。 だって、だって…友雅さん、散々な言われようなんだもん。 何だか、気が抜けちゃった」
無理に笑いを飲み込みながらの答えは、所々引きつっていたが、それはこれまでのような悲壮な音を含んだものではなくて、周囲はホッと息をついた。
「うん、ごめんなさい。 私だけが心配してる訳じゃないのに、取り乱しちゃって、本当にごめんなさい。 もう大丈夫」
「──神子…」
「あかねちゃん…」
肩に入っていた力を改めて抜くように軽く首を回すと、大きく深呼吸をふたつ。
「よしっ! 対策を考えましょう! ともかく、友雅さんの捜索と救出です!」


その宣言に、思い雰囲気を払拭された彼らは、大きく頷いて同意を示した。





+++





鷹通と永泉は内裏を。他の者は市井に散り、人々の失踪に関わる目撃者や、情報を集めていた。
彼らの仲間、友雅が姿を消してから、すでに二日が過ぎている。
夜明けから宵の口まで足を棒にして聞き込みを続けているにもかかわらず、大きな収穫がない状況では、疲労と焦燥は蓄積されていくばかりだ。
薄汚れた頬もそのままに、得た情報を交換しつつ天真や詩紋と夕餉を共にしていたあかねは、箸を持ち上げるのも億劫だという様子で緩慢に咀嚼を続けている。
「──って言っててさ。全然話しになんねぇんだよ。最初の頃に消えた奴らには目撃者もないし…言いたかないが、これで手詰まりかもしんねぇな。 ってあかね、聞いてんのか?おい、あかね!?」
「…えっ? あ、ごめん。聞いて…なかった…」
「だろうな。 しっかりしてくれよ…」
はぁ、と大げさに溜息を吐いた天真は、苦い笑みを零す。
その様子に愛想笑いを浮かべようとしたあかねは、疲労のためか頬を小さく引きつらせただけで俯いた。

もう、何も聞きたくなかった。
どれだけ探しても、どれほど聞き込みを行っても、はかばかしい収穫はない。
そればかりか、刻一刻と悪戯に時間だけが過ぎゆく。
最初の被害者だけでなく、自分の目の前で消えてしまった友雅さえも、もう戻っては来ないのではないかという思いに苛まれていた。
龍神の神子だ、斎姫だともてはやされていたことにいい気になって、大切な時に、大切な人さえ守ることが出来なかった自分自身に、嫌気が差す。いっそ、攫われたのが自分であったならとさえ思っていた。
数多の怨霊を封印し、四神の札を集め…何もかもがうまくいっているなどと有頂天になっていた罰なのだろうか。
仲間である八葉のひとりを欠いてしまった神子に、どれほどの力があるというのか。
いや、それ以前に、もはや心の支えであった男を失った自分に、出来ることがあるのかさえあやしい。

京の人々を助けたい。それはきっかけに過ぎなかった。
今は、『彼』の住む都を守りたい。『彼』自身を守りたい。『彼』を、『彼』に纏わる全ての者を、『彼』だから──
そんな風に考え始めていた自分に、今さらながらに気付いてしまった。
それなのに、その大切な人が、今ここにはいない。
行方も知れず、安否もわからない。もう、戻ってはこないのかもしれない。



 それなら、あたしはなんで、ここにいるの── …?



「あかねちゃん」
陰鬱な思考に捕らわれていたあかねは、穏やかだがきっぱりとした詩紋の声に、失った焦点を取り戻した。
「大丈夫だよ。友雅さんを、自分を信じて? 必ずここに帰ってくるよ。大丈夫」
「しもん、くん…」
「だから、自棄になっちゃダメだ。 今あかねちゃんは、疲れてるだけなんだから。 明日は一日しっかり休んで、鋭気を養ってさ、明後日からまた頑張ろうよ!」
「そうだな。 もう何日も休んでねぇだろ。そんな顔じゃ、何か聞いても誰にも答えてなんかもらえねぇぞ?」
なっ、と箸を振り回しながらニッカリ笑う天真に、微かな笑みで頷いてみせる。
「うん、そうかな? 私、そんなに疲れて見える?」
「ちゃんと毎朝鏡を見てんのかよ。 目の下なんてスゲー隈ができてるぞ?」
「そうかなぁ…自分ではよくわかんないや」
「あかねちゃんは、ちょっと頑張りすぎだよ。 心配なのはわかるけどさ、『急がば回れ』って言うでしょ?」
「──うん、そうだね。 じゃあ、お言葉に甘えて…」
ふと、あかねの視線が母屋の方に流れた。
陽が落ちてからすでに一刻あまりが過ぎている今、隆盛を極める土御門殿といえど、立ち働いている者など数少ない。本来ならばこのような時刻に夕餉を摂っている者などなく、夜具に身を沈めているだろう頃だ。
しかし、慌ただしい足音が透渡殿を通ってこちらに近づいてくる気配がする。
何事かあったのだろうか。何か良くないことが──
そう思い至ったのか、あかねを励ますように笑みを浮かべていた二人さえも、身を固くして現れるはずの人物を待っていた。

「神子殿!!」
常日頃の彼からは想像も出来ないほど、乱暴に御簾を跳ねて駆け込んできたのは、額にうっすらと汗を帯びた鷹通だった。
「どう、したんですか、そんなに慌てて…」
「これを!!これを、見て下さい…っ!!」
乱れた息を整えるのももどかしく差し出された物を、そっと手に取る。
それは砂塵にまみれ、薄汚れてはいるが、極めて高価な一品だとわかる蝙蝠だった。
まさか、という思いに震える指先を叱咤して、ゆっくりと広げる。
黒漆の梁に白く固い和紙が貼られ、淡い藤色の美しい牡丹の上に、小さな金箔が散らされている。
「──友雅さん…っ!!」
掠れた悲鳴が喉から迸った。

よく覚えている。 前回の物忌みの際、付き添ってくれていた友雅が持っていた物だ。
綺麗だと褒めたあかねに、プレゼントしてくれようとしたのだが、それは彼が持っているからこそ美しさが引き立つ物で、自分には似合わないからと断った。
優しい彼はそんなことはないと言ってくれたのだけど、頑として譲らないあかねに、「それならいつか、君に一番よく似合う花の扇を贈ってもいいかい?」と訊かれ、照れながらも頷いた記憶が新しい。

「鷹通さん、これ、どこで!?」
飛びつくように訊ねたあかねに、ようやく息の整った彼は、額を拭いながら答える。
「将軍塚です。 実は今日、内裏で手がかりを探っている時、友雅殿によく似た人をその辺りで見たという話しを聞きまして。ともかく行ってみたのです。 そうしたら、塚の裏側にこれが──」
「似た人…」
「ええ。 その方は将軍塚の丘の麓に知人がいるそうで、昨夜、そこを訪ねた帰りに見たと。夜目だったのでしかとはっきりはしないそうなのですが、薄闇に白くぼんやりと浮かび上がるような友雅殿が、丘を登っていくので何事かと思ったとか。 友雅殿の失踪は箝口令が敷かれていますので、内裏でも知る人は少ないのです。ですから彼は、不思議には思ったけれど、追うことはしなかったと…」
ようやく見つかった、唯一の手がかり。
あかねは震える息を細く吐きながら、手の中の蝙蝠を抱くように握りしめた。
「──よかった…」
涙がこみ上げる。
まだ確かなことは何一つ分かっていないのだから、そんな暇はないと自身を叱咤しつつも、緊張の糸が切れてしまった状況では、感情を制御することなど出来やしない。
ともかく、生きている。それが分かっただけでも、収穫があったと言えよう。
「他には、何か分かったことはありましたか?」
事態が何かしらの動きを見せそうな時にもかかわらず、鷹通に訊ねる詩紋の声が酷く硬いことに気付き、訝しげに顔を上げる。するとそこには、決して嬉しそうには見えない…いや、耐えるように眉根を寄せる鷹通の姿があった。
嫌な予感に苛まれつつ、返答を促すように小首を傾げれば、彼は逡巡の後に口を開く。

「──将軍塚の近くで、また一人、消えたそうです。 昨夜…」

嗚呼、と声にならない悲鳴が響いた。
友雅が消えてから二日、誰も犠牲になっていなかったはずなのに。
ひとつの光明と共に、また一人の人間が闇へと引きずり込まれてしまっていた。それも、手がかりとなったその場所で。
再び重くなり始めた空気に、呻きにも似た溜息が幾重にも重なって零れた。



+++



友雅の蝙蝠が将軍塚で見つかってから、すでに三日が経過していた。
それにも関わらず、事態を好転させるほどの情報も集まらない。
そればかりか、被害者であるはずの友雅の立場を酷く悪化させる情報が揃いつつあることに、あかねは憔悴を隠しきれずにいる。

神楽岡 神泉苑 河原院

友雅らしき人物の目撃談を探す内、不確かながらも浮き上がったのはその三カ所と将軍塚だった。
だが、それらの場所にも、目撃された時間、環境。何もかもに規則性は見いだせない。

蝙蝠が発見された翌日の昼下がり。
神楽岡を参拝した貴族が、彼によく似た後ろ姿の男を目撃している。声を掛けようとしたが、強い風に目を伏せている隙に姿を消していたらしい。

そしてその日の黄昏時。
神泉苑の池の畔に佇む友雅を、宿直の交代に出向いた警邏の者が目撃していた。
閉苑して間もない時刻だったが、貴族といえど門を閉じた後に苑内にいることなど許されるはずもない。退苑を促そうと声を掛け、男が振り向くと同時に同僚に呼ばれてしまい、そちらに視線を移したほんの一瞬に姿が消えていたと言う。

河原院は、もっとも確かな情報だった。
以前、友雅と付き合いのあった女房が、庭から出てくる彼と擦れ違ったらしい。薄く笑みをはいたまま歩く姿は、間違いなく友雅その人だったと証言している。だが、呼び止めたにも関わらず、振り返ることもなく歩き去ってしまったのだと。

度重なる目撃談。
河原院での女房以外は、友雅だと思うが…という非常に曖昧な証言でしかない。
だが、かの男に似た容姿を持つ人間が、そう多くいるはずもないと言うのが、あかねたちの見解でもあった。
各所で目撃された人物は、おそらく『友雅』なのだろう。たとえ本人では無かったとしても、何者かが『友雅』になりすまして徘徊している。 そうとしか考えられなかった。
いや、誰かが友雅に扮している。そう考えたかったのかもしれない。
なぜなら、彼らしき人物が目撃された場所。ちょうどその時。偶然とは言い切れないタイミングで、人間が一人ずつ消えていたのだった。
まだ世間は、友雅と人々の失踪とはなんの繋がりも見いだせていないだろう。 だが、この場にいるあかねや八葉は違った。
何らかの方法によって攫われたはずの友雅。そして彼によく似た男が現れた先で、必ず人が消える。
それは、明らかにその男がこの事件の犯人、ないしは当事者であるはずだという仮説を立てるには充分だった。


「まさか、友雅が犯人…なんて事はねぇだろうなぁ…」
「やめてよ天真くん! そんなこと、冗談でも言わないでっ!!」
ポツリと零された言葉に、あかねが声を荒げる。
墨を流したような空に、ぽっかりと月が浮かんでいる。晴夜にも関わらず、房の中には重い空気が漂っていた。
「けどよ、その女…前に友雅が付き合ってた奴だろ? 擦れ違って、間違いなく友雅だったって言ってんだから…」
「鬼の中には、姿を変えることの出来る者がいたのを忘れてはいけません。 今回の犯人が鬼だとは限りませんが、それでも計り知れぬ能力を持った者ではないと断言できないのですから」
「だったら鷹通は、何で『ニセ友雅』があちこちに出没して、人間を攫ってくと思うんだよ?」
「それは──」
明確に答えることが出来ずに口をつぐんでしまった鷹通は、気遣うような視線をあかねに注ぐ。
誰しもが、彼女と友雅が想い合っているのだと気付いていたからだ。
ふたりの関係が、龍神の神子と八葉という役目上のものから発展したかどうかは知らずとも、互いの姿を追い求める様子に、秘めた想いを感じ取ることなど容易い。
愛する男が、得体の知れない者に攫われたと言うだけでも充分傷ついているだろうが、それ以上に数多の人を攫う犯人ではないかと疑われれば、どれほど辛いだろうか。
「違うよ、天真くん。 絶対、友雅さんは誘拐犯なんかじゃない!」
「──神子殿…」
「永泉さんも、頼久さんも、そう思うでしょ?」
「ええ、神子。 彼は人を攫ってどうにかしようなどと、恐ろしいことを企てるような方ではないと思います。 とても優しくて、強い人です。 わたくしも友雅殿を信じております」
「そうです。このように神子殿の信頼を得ている方が、犯人などと──」
「そりゃ、希望的観測だろ!? 状況証拠は全部、ヤツが犯人だって言ってるじゃねぇか! そりゃ、俺だってあいつがそんな馬鹿なことするヤツじゃないって思ってるさ! けど…っ」
あかねの言葉にすんなりと賛同した二人を苛立たしげに睨め付けると、天真は拳で床を叩く。
思うように進まない探索にも、思わぬ成り行きにも、浮かび上がってしまった疑惑にも。何もかもが自分たちを裏切っていく状況に、苛立ちが募っていた。
この事件が発覚してからと言うもの、友雅も彼らと一緒に朝から晩まで走り回っていたのは周知の事実だ。 「肉体労働派ではないんだけどねぇ」「老体に鞭打つなんて…」などと軽口を叩きながら、その実、懸命に情報収集をし、犯人を突き止めようと奔走していたのは間違いない。

 そんな彼が、犯人だなんて──

「絶対、違う。 友雅さんが犯人だなんて、そんなこと絶対無い!!」
天真も、可能性を示唆しているだけであって、そう断定しているわけではない。もちろん、本気で疑っているわけではないのだと分かっていながらも、あかねは悔しさに唇を噛みしめていた。



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