尾花幻想 |
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= すすき野原でつかまえて = |
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「位置について、よーい・・・」 パンッ 乾いた銃声と共に一斉に白線から飛び出す走者達。 「イノリく〜ん、頑張って!」 「泰明てめえ負けたら許さないからな!」 「セフル!親方様の見てる前でみっともないまねするんじゃないわよ!!」 「ちゅ〜、ちゅっちゅ〜〜!!」 さわやかに晴れた見事な秋晴れの空の下、楽しげに行われているは秋の祭事。 突如行われた「八葉対鬼の一族秋の大運動会」は怨霊達も交えてまこと賑やかに開催されていた。 「まったく、いい年した大人達が何やってるんだかって感じよね」 「あ、お帰り蘭。お疲れ様〜、麦茶飲む?」 「ありがと」 競技から帰ってきた蘭をあかねが労う。 秋も深まってきたと言うのにまだまだ気温は高いままで、じっとしていると汗がじわりと滲み出てくる。 「でもみんな楽しそうだから良いじゃない。あ〜あ、私も参加したかったな」 「やめときなさいよ。幽霊と二人三脚したいとか思う?それにあかねはトロイから牛鬼にでも踏み潰されておしまいよ」 「ひっど〜い!」 今日の運動会のためにあかねは数日前から特訓と称して走り込みを行っていた。 しかし、いきなり慣れないことをしたために転んで捻挫をしてしまったのだ。 普通に歩く分には問題ないが走ったり跳んだりするのは無理との診断が下り、せめて応援だけはとやってきて皆の様子を楽しんでいた。 からかわれてむくれたあかねをよそに蘭がしおりをパラパラとめくると直ぐにあかねが覗き込んでくる。 「ね、ね。今競技どこまで進んでる?」 「いま100M走が終わったから次は大玉転がし。でその次が漸くお待ちかねの借り物競走。そしたらくす玉割ってお昼よ」 「お、お待ちかねってそんなんじゃないよ」 ぶんぶんとあかねが手を振って否定するが、先ほどから競技が一つ終わるたびに「まだかなまだかな〜♪」とか「早く来い来い借り物競走♪」など呟いていれば楽しみにしていることなど一目瞭然。 「それよりさ、作ってきたお弁当食べてもらえるかな?美味しいって言ってくれるかなぁ?」 「それ朝から何百回質問したか覚えてる?大丈夫だって。あの人はあかねが作った弁当なら石ころが詰まってたって美味しいって言って食べるんだろうから」 「ちゃんと真面目に答えてよ〜!」 真面目に答えるも何も、真実を述べているのだからこれ以上に言いようがない。 「はぁ・・・30過ぎのおっさんの短パン姿見て喜んでるのなんてあかねくらいよね。恋は盲目か・・・」 「そ、そんなんじゃないって!ただ、いつもと違う新鮮な姿にときめいたっていうか友雅さんは何着てもやっぱり似合ってかっこいいっていうか。さっきだって君のために勝利を捧げようとか言われて恥ずかしかったていうか昨日の夜なんか明日早いから駄目だっていったのに友雅さんってば・・・」 「あーはいはい。わかったわかった。もういいから。あかねは暫く黙ってて」 ただの惚気にしか聞こえず、放っておくと聞きたくもないことを話し始めそうなあかねに背を向けて蘭は澄み切った空を遠い目で見つめた。うしろであかねがわかってない〜!などと言っているが気にしない。 いつの間にか大玉転がしが始まっていた。あかねは玉を追いかける犬神や豆狸がかわいいかわいいと叫んでおり、いいとこ見せようと張り切っている天真はちっとも目に入っていないようである。 しかも張り切りすぎて勢いを付けすぎた球に途中から追いつけなくなった天真は、コースを外れた球を何度も捕りに行ったせいで結局ビリになってしまった。 「お兄ちゃん・・・哀れね」 良いとこ見せようとして逆に格好悪いところを見せてしまって消沈の天真だろう。幸いなのはあかねがこれっぽっちも天真のことなど気にしていなかったことか。いや、ある意味それはもっとも不幸なことかもしれない。 「怨霊ちゃん達かわいかった〜。あ、ねぇねぇ蘭!友雅さんが集合場所にいるよ!」 「ええ、いるわね」 そりゃあいるだろう。次の借り物競走に出るのだから。 友雅は白い半袖と同じく白い短パンに赤いはちまきを締め、いつもは風になびかせている優雅な黒髪も緩やかに一つに縛って集合場所に立っていた。 あかねが少々はにかみながら友雅に向かって手を振ってみれば、極上の微笑みと共にウインクなど返されて沸騰寸前のヤカン状態になってしまっている。 待ちに待った友雅の出場に興奮を隠せない様子のあかねは目をハートマークにして周りに乙女オーラを撒き散らしてすっかり友雅にメロメロ。周りなんてちっとも見えていない。 「あ!友雅さんが入場してきた!ほらほら歩いてる歩いてる!!ね、ね、スタートラインに着いたよ!」 あかねがいちいち解説してくれるので蘭は目をつぶっていても状況が分かる。ただし友雅のみについてだが。 「大丈夫かな、転んだりしないかな。難しい借り物だったりしないと良いけど・・・」 友雅のことは信じている。だが、それでも心配してしまうのが乙女心という物であろう。 「位置について、よーい・・・」 一瞬の静寂ののち・・・ パンッ! 「きゃ〜〜!!友雅さんが走ってるよ走ってるよぅ!!ほら、髪が風にたなびいてかっこいい〜v!!」 「ちょっ・・・!イタタ!痛いってばあかね!私を叩かないでよ!」 興奮のあまり肩を背中をバシバシと叩いてくるあかねに蘭は抗議の声を上げるが一向に耳に入っていないらしくむしろその勢いは増すばかり。 このままでは身が持たないと逃げようとしたその首根っこをあかねにぐいと捕まれて、逃げることもかなわなくなった蘭は聞きたくもない解説を聞かされる羽目となってしまった。 「友雅さん頑張って〜〜!あ、指令の紙を取ったよ!なんて書いてあるんだろ。難しいのはやめて〜〜」 「ぐぇ」 手を組んでお祈りポーズを取るあかね。その腕の間に蘭の首があって絞めていることになど当然気が付かない。あまりの苦しさに蘭があかねの腕を叩いていると不意に腕の力がゆるんだ。 その一瞬を逃さずすかさず絡んでいた腕を外すと蘭は椅子一つ、いや、二つ分あかねから離れて座った。 「ねぇ、蘭。友雅さんこっちに来るよ」 「げほげほ・・・え?そりゃ指令の物がこっちにあるんじゃない」 「じゃあ用意してあげなきゃ!えっと、ここにあるのは水筒とかお弁当とかお菓子とか…?あ、まさか椅子とかかな」 そうこういっているうちに友雅がやってきた。全速力で走ってきたように見えるのに息一つ切らしていないのは流石と言うべきか。 「やあ姫君達。ご機嫌いかがかな…おや、蘭殿はずいぶんとぐったりされているようだが、大丈夫かい?」 「誰のせいだと思ってるのよ・・・」 「私のせいなのかい?ならば謝っておくよ。すまないね。では私は競技の最中なので失礼するよ」 じゃあ何で来たんだとツッコムと同時に、ついでにあかねも連れてってくれればいいのにと蘭が願っていると 「それではあかね、行こうか」 「「えっ!?」」 二人が何を言われたか驚く間もなく、友雅はあかねを抱き上げるとそのまま駆けだした。 「本当に連れてってくれたわ・・・」 呆然と見送る蘭の視界の中で、二人の姿はどんどん小さくなっていった。 |
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戯れの宴/橘 深見 様 |