月の宴

=友雅なのに号泣!?=



9

---神子殿が危ないと叫んで

---猫が小さく鳴いた

---そして神子殿が私を抱きしめ

---風が吹いた・・・・

「神子殿・・・み・・こどの? ・・・・あかね・・・・!!」




普段、取り乱すことのない友雅が
我を忘れてあかねの名を叫ぶ。
しかし、その言葉は虚しく木霊するだけだった。

そしてその乱れがシリンを拘束していた気の力を歪ませる。


「アハハ。悲痛な顔をしていても男前だよ。地の白虎。」


シリンの言葉は友雅の耳には届いていない。
シリンは構わずに人差し指を友雅に向けた。
するとそこから蔦(つた)が伸び、友雅に向かって走る。
避ける気力すら失った友雅は、それに両手足、首を絡め取られる。



「どうやら形勢逆転のようだね。」



先ほどとは逆に、シリンに拘束された友雅はただうな垂れ
その瞳はまるで巧妙に出来たガラス細工のようにとても虚ろで。

ハラリ・・・と、その何も映さなくなった瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

シリンは友雅の首を絡め取った蔦を強引に持ち上げ、自分に顔を向けさせた。
首を締め付けられた息苦しさから、友雅の表情が苦痛に歪む。
そんな友雅を恍惚とした表情で眺め、シリンは友雅の頬に伝った涙を舌先で舐め取った。


「ゾクゾクするね。あんたのその表情がずっと見てみたかったのさ。」


シリンは願ってもなかった状況に悦こんでいた。
そのまま友雅を抱きしめ、耳元で囁く。

「白龍の神子や八葉は闇に捕らわれたまま一生を過ごすことになるんだよ。」

その指先で友雅の髪を絡ませて、もてあそぶ。
いつもならそこで、からかいの言葉や
悪態のひとつや二つでる筈の友雅だったが
それすらもする事が出来なかった。


「しかし本当に綺麗な顔をしているねぇ・・・。まぁお館様には負けるけれども。」


シリンは指の爪先で友雅の首筋を這うようになぞらせる。
その跡を、まっすぐに鮮やかな真紅の血が伝い落ちる。

「あんたの血を見るだけで濡れてくるよ・・・。」

指先についた血を、シリンはおいしそうに舐めすくいあげる。





「・・・・・・・。」




「え?」

聞こえるか聞こえないかの声でポツリと友雅が言葉を吐いた。
うまく聞き取れなかったシリンは、自分の耳をその口元にあてる。



「下衆だと言ってるんだ。」



普段女性であれば如何なる者に対してであろうが
決して下卑た言葉を用いる事をしない友雅の
それにシリンは眉を歪ませた、その時だった。


ガリッ


食い千切る勢いで友雅がシリンの耳に喰らいつく。

「ヒィッ」


思わずシリンは悲鳴をあげ友雅を突き飛ばし傍を離れる。
おそるおそるシリンは耳に手をあてる。
辛うじて繋がっていたそれに胸を撫で下ろす。

友雅を見れば、まるで吸血鬼のように口元から血を滴らせていた。
ガラス細工の瞳のそれは、シリンが今までみたどの怨霊よりも恐ろしく感じられ
一瞬怯んだが、すぐに怒りの色にそれが変わる。



「遊びはこれまでだよ地の白虎。さぁ、極楽に送ってやるよ覚悟おし!」



友雅の腰に差してある太刀を引き抜くと
シリンはそれを友雅の喉元にあてがった。



「さよなら・・・。」



シリンが指先に力を込めようとした時
どこからか、声がそこに聞こえた。




「唸れ天空・・・」
「燃えろ・・・」


シリンが視線だけを左右に動かし声の主の正体を探す。
それはすぐに見つかった二つの人影。


「招雷撃!!」
「火炎陣!!」



その人影の正体が判ったと同時に
シリンの頭上に雷が堕ち
友雅の枷となっていた蔦が焼け落ちた。
体が開放された友雅は、そのままそこに崩れ落ちる。


シリンはなんとか寸手の所で太刀を手放し、転げるようにしてそれをかわしていた。
それが頭の上に落ちていたら。そう思っただけで額に冷や汗が流れた。
二人の人影は、イノリと天真だった。


「あんたらどうやって此処に?!」


驚きを隠せない表情でシリンは二人に尋ねる。


「何言ってんだよ。結界が貼ってあったのってあんただけだったみたいだからさ。」
「そうそ。それが判ればあんな縄、俺様の火で軽い軽い♪」
「ばっ・・!何が軽ぃんだよ。少し火傷しちまったじゃねぇか。」
「そんなの火傷のうちに入らねぇよ。」



---またお館様に怒られる・・・?
そんな二人のやりとりを見てシリンは呆然となる。
そんなシリンを尻目にイノリと天真が友雅にかけつけた。


「おっさん大丈夫か?」



ぐったりとした友雅の体を起こした天真は
それをみて一瞬驚きを隠せなかったが
なんとか冷静を保ち、友雅に尋ねた。


「あかねは?他の奴らはどうした友雅!」


虚ろに視線が定まらない友雅の頬を
加減しながらペチペチと叩いてやる。



「あか・・・ね・・・・神子・・・どの・・・」

尋常じゃない友雅のそれに天真も焦燥を隠せない。


「おいっ!おっさんは・・・あかねはどうしちまったんだよ!」


イノリがシリンに叫ぶ。
シリンは不適に微笑んだ。



「あんたらが思ってる通りさ。」


その言葉に、イノリと天真は顔を見合わせた。
二人の表情が怒りのものにかわり、シリンに向けられたその時
天真の肩を掴みそれを制したのは、友雅だった。

友雅が太刀を拾い上げながらゆっくりと立ち上がる。
その表情は
怒りとも、哀しみとも取れないものだった。



「退いてなさい・・・決着は私がつける。」


袖で口元についた血を軽く拭いとり友雅は下段に構えを取った。
頼久が剛の使い手ならば、友雅は柔の使い手。
まだ剣の道はかじった程度の天真がみても
友雅の強さはすぐに見て取れた。



「まだ懲りていないのかい?地の白虎。」


シリンが鈴を手に身構える。


「女に刀を振るう趣味はないんだが・・・下衆は別だよ。」



シャリン、シャリン



最初に仕掛けたのは、シリン。
シリンが鈴の音を響かせながら舞い踊るように攻めていく。
それを友雅は華麗に太刀で払い落としていく。
それはまるで剣の舞。


それが真剣勝負でなければ
まるで素晴らしい演舞のようであった。





「なぁ・・・あのおっさん口だけじゃなかったんだな・・・。」
「ああ・・・ていうか友雅泣いてねぇか?」





友雅は泣いていた。
悲痛なほどに。
とめどなく溢れ出る涙を抑えることはできなかった。


シャリン、シャリン


鈴の音が鳴り響くたびに
重なり交わる合う刃と
舞い散る涙。


それを、天真とイノリはただ息を呑み見守る事しか出来なかった。



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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様