月の宴

=友雅なのに号泣!?=



10

周りを包むのは深い闇。


---どうして彼を守ろうとしたのだろう。

---これ以上誰も失いたくなかったから?

自問自答。

無意識に友雅を庇おうと、彼を抱きしめていた。
あかねは、手のひらに残る友雅のぬくもりを確かめるように頬にそれをあてる。

---ううん。それもあるけど、何か少し違うような気がする・・・。



深い闇。

辺りを見回すけれども
何か見える筈もない。



---あの人は・・・無事なのだろうか。



その闇に、孤独を募らせる。


---どうか、どうか。無事でいて欲しい。


ハラリ、ハラリと頬を濡らす。
その姿を思い浮かべようとするが
それすらも闇に紛れてしまいそうな恐怖。



---一人にしないって約束した癖に・・・


止まらない涙をこらえるように
ギュッと袂(たもと)を握り締める。


その時ふわりと広がる、伽羅の香り。


あかねは懐に手探りで手を伸ばした。
心の臓に一番近いところにそれはあった。
闇の中でもわかる小さな布袋。
友雅からもらった匂い袋・・・。



---一人じゃ・・・一人じゃなかったんだ私。


---こんなに泣いてたら、また貴方を困らせてしまう。



あかねは、袖で涙をぬぐい、その匂い袋を抱きしめた。
そうすると、まるで友雅に抱きしめられてるような気持ちになれた。



---友雅さん・・・。


---私、大丈夫です。



あかねは、誰にでもなく微笑んだ。



その時、あかねは闇の先の仄かな光に気がついた。
あかねは何も考えずにその先に何かがあると信じ、そこに向かって歩き出した。














もう、どれくらいの時間笛を吹き続けたであろうか。
永泉を包む灯りは、かなり膨らみを帯びてきた。
それにより、如何にこの闇が深かったことを逆に知る。

その穏やかな笛の音に応えるように
詩紋もその音に。
永泉と比べればまだ僅かだろうと思いながらも自分の気を乗せる。


---気休めにしかならないだろうけど、僕に出来るのはこれくらいだから・・・。


その暖かい気の元に、最初に現れたのは鷹通だった。
そして、導かれるようにして藤姫、頼久、泰明が集っていた。


「この気は・・・流石だな。永泉。」


泰明が言うと、永泉は嬉しそうに微笑んだ。


「泰明殿のお陰ですから。」



何故、礼を言われるのかが判らなかった泰明は軽く首を傾げるが
深く考えることをやめ、皆に指示する。


「永泉の笛の音に気を乗せろ。」



と。
いかにも彼らしい
短くも単刀直入な言葉で。











シャリン、シャリン


永遠に続くかと思うような、シリンと友雅の剣の舞。
それが崩れたのは、些細なことだった。

ニャア

・・・と、シリンにすりよった猫が、その足元をすくったのだ。
形成を崩し、シリンの体が腰から落ちる。

その隙を逃さず、友雅の太刀の切っ先がシリンの喉元にあてがわれる。



止まらない涙。
止まらない怒り
哀しみの瞳。
哀しみの殺意。



「私を・・・私を殺しても神子らは戻ってこれはしないよ。
 誰も・・・外からはあの闇は破る事なんて出来ない・・・・。」


シリンの額に、じんわりと冷たい汗が溢れる。
彼女の瞳の色は恐怖で染まっていた。



「愚かな命乞いの仕方だねぃ。
 それは君を殺しても殺さなくても同じ事だと自分で言っているのだよ?」



チャリ・・・



友雅は掌の中で、切っ先を水平に傾ける。



「その二択なら、私の答えは一つだよ。」



天真は無意識に友雅の元に駆け出した。
イノリはそこから一歩も動くことは出来ずにいた。



「去ね。」



南無三・・・。
シリンは切っ先のあたる冷ややかな感触と
チリッとした痛みを感じてぎゅっと目を閉じた。








どれだけ待ってもそれ以上の痛みは襲ってこなかった。
---もしかしたらもう自分は死んでしまっているのかも。
そんな錯覚すら覚える。


シリンはおそるおそると閉じた目を開いた。




そこに見えたのは
助けてくれる筈もない、地の白虎・・・友雅と同じく八葉の地の青龍、天真が
友雅のそれを止めるようにして抱きしめていたから。




「離せ、天真。」

足掻く友雅。

「やめろよ友雅。」

逆らう天真。



シリンは呆然と、その光景を眺めていた。
そして気がついた。
自分の周りを、真紅の気が包んでいた事に・・・・。


---これは・・・お館様の結界・・・・。



それは、暖かい。
シリンにとってとても暖かい気だった。




「ちょっ・・・イノリも止めろよっ!」

天真に促されるも、イノリはそこを一歩も動くことは出来なかった。
今、動くという事は鬼の味方をするという事だと思ったから・・・。
いや、それよりも。
友雅の気迫に負けていただけなのかも知れなかった。



思っていたよりも力強い友雅のそれは
天真一人で押さえつけるのには少し難があった。
天真は必死の思いで叫び訴える。

「友雅っ!お前、そんな事しちまってあかねが喜ぶと思うのかよっ」



その一言で、友雅はピタリと嘘のようにおとなしくなった。
友雅の掌から、握り締められた太刀がこぼれ落ちると
天真はそれを思い切り遠くに蹴り飛ばした。



友雅は膝から崩れ落ちた。
そして天真が・・・イノリが・・・
いや、京の全ての民が見たこともない程に
友雅は号泣した。


「・・・あかねじゃなくて悪ぃけど・・・」


天真は、友雅を腕の中にぶっきらぼうに抱き寄せた。
その腕の中で友雅は
何度も
何度もあかねの名を呼びながら泣き続けた。






どこからともなく響いてくる、牛の蹄の音。
イノリがそれを振り返る。
何もなかったそこに現れた、時空の歪み。
それを錯覚かと思い、イノリはゴシゴシと袖で目をこする。
徐々に、牛車の姿がハッキリと目に飛び込んでくる。

それが、此方にゆっくりと、確実に向かって進んできて
自分らのすぐ手前で歩を止める。




「お館様・・・」


シリンがそれに小走りで近寄る。
荷台から現れた人影は
・・・アクラム。
イノリは天真と友雅を庇う位置で身を構える。


「色々と楽しませてもらったよ。」


仮面の奥の表情は伺い知ることはできない。
アクラムはシリンを懐の中に迎え入れる。


「拙の者が無礼をしたようだね。これはその礼だ。」


アクラムがその白魚のような指先を猫に向けると
真紅色の閃光がそれを包みこんだ。


ニャア・・・


猫がひと鳴きする。
思わずイノリは身を固めたが、何も起きなかった。



「それに歪(ひずみ)をつけてやった。
 神子と八葉らが助かるか否かは彼ら次第・・・。」




そういい残すと、アクラムとシリンを乗せた牛車は
再び時空の歪みの中に消えていった・・・。



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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様