月の宴

=友雅なのに号泣!?=



5

---安部晴明邸



半刻近く呪を唱え、一通り終えたが羅針盤の針はピクリとも動かずにいた。
その結果に泰明は訝しみ、普段めったに動かさない眉を小さく歪ませる。
そして、それを見た永泉の胸がツキンと痛んだ。


「すみません、泰明殿。私が至らないばかりに・・・。」
「いや・・・。お前の力が足りない訳ではない。
 私が少し甘く見ていただけだ。」
「・・・心遣いありがとうございます、泰明殿。」
「ん?それはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。」
「はて・・・。」


少しの間、そこに静かな時間。
その時間を破ったのは、小さな風。
閉め切ったはずの部屋にふいたその風は
蝋燭の炎を1つ、2つ、3つ・・・と順に消していく。


「泰明殿これは・・・?」


不穏な空気がそこに流れる。


「気を抜くな永泉。」


永泉と泰明は互いに背中を預け、気を張り巡らし辺りの様子を伺う。
4つ、5つ・・・と最後の蝋燭が消えたとき、闇がそこに訪れた。



禍々しい気配が部屋の中を包み、咄嗟に泰明は胸元で印を組んだ。
そして泰明が呪を唱えようとした時、



チリン、チリン



小さなその鈴の音に、ほんの刹那泰明は心を奪われたが
すぐに泰明は取り直し再び呪を口に乗せた。






暗闇の中にあるその禍々しくも重たいその空気に永泉はたじろいだ。
冷ややかな汗を額に伝わせながら、どうしたものかと考える。

遠くで猫の鳴き声がした気がしたが、それが何かはわからない。



---お前の笛の音には力がある。



以前、泰明がそういっていた事を思い出す。
永泉は懐から笛を取り出すと、それを奏ではじめた。

そして、暫く笛を奏でている間に気がついた。
いつの間にか、自身の体が、暖かくも淡い光に包まれていた事に。


「これは・・・一体?」


光の源が自分の懐からだと気がつき、永泉はそっとそこに手をあててみた。
そしてそれがなんなのかと悟る。


---泰明殿。ありがとうございます。


泰明から授かった、守りの護符。
永泉は、そう心の中で礼を述べると再び笛を奏で始めた。

暫くして、彼方に人影を感じた。
ゆっくりと永泉は、そこに意識を向ける。
小豆色の水干に、鬼の容姿を持つ永泉の見知った少年の姿がそこにあった。



「もしかして、永泉様・・・・?」



彼が永泉に気づき、嬉しそうに声をかけながら近づいてくる。
今までずっと探していた人。
それは、間違いなく詩紋だった・・・。

永泉は喜び、その背にいる筈の彼に笑顔で振り返る。




「泰明殿。詩紋殿が・・・」


ひゅるりと風が、吹き抜ける。
そこには泰明はいなかった・・・。

「泰明殿・・・?」









泰明が呪を唱え終えると、元いた部屋に戻った。
消えていた筈の蝋燭に何故か火が灯(とも)り、部屋を照らし揺らめいていた。
怪訝な表情を浮かべながら、今のはなんだったのかと考える。

しかし、それよりも大切な何かが足りない事に気がついた。
泰明は振り返る。


「しまった・・・!」


闇に捕らわれたのは
永泉だった・・・。

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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様