月の宴

=友雅なのに号泣!?=



3

友雅にもらった匂い袋を手の中でもてあそびながら
あかねはまた、縁側に腰を落としていた。

友雅がいつもつけているその香りが
そこに友雅がいるような錯覚をおこして
あかねをようやく安心させていた。



いつもふざけているようで
時折自分の気持ちを見透かすような素振りを見せる人・・・。

大人の男性にはやはり適わないな・・・と
あかねは小さく溜息を吐きながら空を見上げた。


その時、背後から人の気配がした事に気がつく。
あかねは、友雅がかえってきたのかと振り返る。


---お帰りなさい。


そう、言おうとしてその言葉を噤(つぐ)む。
そこに立っていたのは友雅ではなく、頼久だったから。


「失礼致します神子殿。」

方膝をついて恭しく頭を垂れる。
あかねは、いつもながらの頼久の
そんな態度にまだ慣れずに戸惑い声をかける。


「頭をあげてください。頼久さん。今日は何かあったんですか?」


まっすぐにみつめるあかねの視線を頼久は
正面から受け止める事が出来ず目を逸らす。

「いえ・・。」


藤姫から、詩紋のことはきつく口止めを受けていたので
どうしたものかと口ごもる。
・・・が、逆にそれがあかねに、何かがあったのだと悟らせる。



「私に言えないことですか?」
「申し訳ありません。」



今まであかねの頼みを断るという事をしたことがない頼久が
そこまで頑なになるのだから余程の事だろうとあかねは思った。


「仕方ないですね・・・。それじゃ頼久さん、お願いがあります。」
「神子殿の命とあらば。」
「そんな・・・命令とかじゃなくてお願いです。」
「・・・はぁ。」
「私の話し相手になってくれませんか?」
「御意。」


堅苦しいいつもながらの頼久の態度にあかねは、最初はあきれていたけれど
なんとなくそれが頼久らしいと思い直し、おかしくなってきてクスリと笑う。
あかねは縁側のあいた隣をポンポンと叩き、隣に座るように促した。
頼久は軽く一礼すると、あかねの隣に腰をおろした。




暫く、他愛のない会話が(あかねが殆ど話を一方的に振ってはいたのだけれど)
とりとめもなく続いたがそれを止めたのは、一陣の風であった。

風といっても、それはかなりの強風で庭先の花をなぎ倒す程のものであった。
あかねは思わず小さく悲鳴をあげて頼久にしがみつく。

頼久は、あかねを守るように抱き寄せながらも
その不自然な風を訝しみ、腰に差した刀に手を伸ばす。


チリンチリン


風が吹き抜けた後、小さな鈴の音が聞こえた。
あかねは少し気恥ずかしそうに頼久に掴んだ手を離す。

どこから音がするのだろうと頼久は周囲を警戒しながら見渡すと
その正体は意外にも目の前にいた。

白い毛並みの愛らしい猫だった。
首につけた鈴が、猫が首をかしげるたびにチリンチリンと小さな音をたてる。


「どこからか迷い込んできたのでしょうか。」
「また風がふいたら飛ばされてしまうわ。」
「・・・そうですね。」


頼久は立ち上がり、その猫に手を伸ばし抱きかかえて撫でてやると
猫は嬉しそうにのどを鳴らした。
小さな客人の来訪に、あかねは嬉しそうに目を細める。


「頼久さん。」

頼久が振り向く。

「私にも・・・」


---抱かせてください。
そう言いかけて、止める。

キラリと猫の瞳が緋色に妖しく光ったのだ。
頼久は気がつかない。
あかねはゾクリと嫌な悪寒を感じた。


「頼久さん・・・その猫・・・。」


猫がニャアと鳴く。
それと同時にまた、先ほどの強い風が、また吹き荒れた。

その風に飛ばされないようにあかねは必死で思わず目を瞑り身を固める。
暫くしてそれがようやくおさまり、あかねが目を開いたとき
頼久と猫が・・・姿を消していた。




あかねは知らずのうちに頼久の名を叫んでいた。

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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様