月の宴

=友雅なのに号泣!?=



2

「お待ちしておりました。橘の少将殿。」

友雅が本邸の玄関に顔を出すと、世話役の女房が控えていた。

「おや。こんな美しい方が出迎えとは嬉しいね。」

と、友雅がからかっても

「お上手なことで。・・・皆様お待ちです此方へ。」

と、何もなかったようにかわされる。
顎を軽く指先でトントンと叩きひとつ小さな溜息を漏らした後
友雅は女房に案内されるまま後をついていった。

案内されたそこは、いつもの八葉控えの間ではなく、藤姫の私室。
そこには既に友雅の見知った面々が揃っていた。
最初に彼に声を掛けたのは、藤姫。


「橘殿、お待ち申してました。・・・先ほど既に離れの庭にいたようですが
 おかしいですわね。玄関に控えの案内の者を用意した筈ですのに。」

「庭に可憐な花が一輪、寂しそうに咲いていてね。
 つい見とれて庭先に足を伸ばしてしまったのだよ。」

「おやまぁ。それは宜しゅう御座いました。・・・でも、お戯れも程ほどに。」

「そうだね。出来るだけ心がけるようにするよ。」


あいていた席に腰を下ろすと、何かが足りない事に友雅は気づく。
懐から仕込み刀にもなっている扇子を取り出しそれを頬になぞらえながら
それがなんなのかと少し考える。
それに構わずに、藤姫は話を始める。


「・・・さて。八葉の皆様にお集まり頂いたのは・・・。」


八葉。
そう聞いてようやく友雅は気がつく。
そこには八葉の一人が足りなかったのだ。
その疑問を友雅が投げかける前にイノリがそれを先に口にする。


「詩紋がいないじゃねぇか。まだ揃ってないぜ。」


その言葉に藤姫、天真の顔が神妙なものに変わる。
二人は神妙な顔を見合わせ、そしてまた藤姫が口を開く。


「はい。その詩紋様の事なのです。天真様、皆様に説明お願い致します。」


藤姫にそういわれると、天真はあぐらを掻いていた足を更に方膝をあげて崩し
少し頭の中を整理するふうに髪をボリボリとかいてからようやく話し出した。


「夕べの事なんだけどさ。寝る前に詩紋がトイレ・・・ああ。厠(かわや)の事ね。
 厠に行きたいからついてきてほしいって言うけど俺は眠いから断ってさ。
 そんで結局詩紋は一人で行ったんだけど、それっきり・・・・・・」

天真が口ごもり辛そうな目をするので、鷹通がそれに付け加えるように尋ねる。

「戻ってこないという事でしょうか?」


天真はチラリと鷹通に目をやり、気まずそうに頷くと、天真はまた更に話を続ける。


「最初は・・・この屋敷広いからよ。迷子になったのかもとか思ったんだけど
 それにしては遅いしさ。外に散歩に出かけたにしろこっちに俺らの知り合いなんて
 お宅らくらいしかいないから探すあてもないし。んで朝まで待ってはみたけど
 結局帰ってこないしで。そんで藤姫に朝一番に相談して探してもらったんだけど見つからないんだよ。
 あの時、俺がちゃんとついていってやれば・・・。」


悔しそうに爪を噛む天真の痛々しいそれを、藤姫も辛そうに見ていた。
そんな二人に友雅が、手にした扇子をもてあそびながら尋ねる。

「・・・・で、神子殿はこの事を存じていないようだが。」


「あ・・・それは・・・。」


急に話をふられて少し戸惑う藤姫にかわり天真が答える。


「俺があかねには黙っててくれって頼んだんだよ。あいつ絶対無茶するから。」

「成る程ね。それは懸命な判断だと私も思うよ。しかし・・・
 神子殿に護衛の者の一人も付けてやらないのはどうなのかね。
 先ほどまで一人寂しそうにしていたよ。」

「そうですわね・・・。では、頼久にその役目はお願いしましょう。」

「御意。」


藤姫がチラリと頼久に視線をやると、頼久は軽く頭を垂れて席を立つ。
頼久が部屋を離れ、あかねの下に向かう足音が聞こえるくらいの静寂が暫し続く。
最初にその静寂を破ったのは、痺れを切らしたイノリが身を乗り出す。

「なぁ。ここに皆こうして神妙な顔して並んでても仕方ないだろ。
 皆で探しにいこうぜ。」

そんなイノリを鷹通が諭す。

「何も手がかりや対策なしに探すのは効率がいいとは思えません。
 その対策を練るために我々はこうして呼ばれたのではないですか?」

その言葉に納得したように永泉が大きく頷く。
イノリはそれでも納得いかない表情だったがしぶしぶとあぐらを掻きなおす。
永泉はやんわりと笑顔でそれをなだめながらひとつ提案する。


「では、私と泰明殿で詩紋殿の気を探してみましょう。宜しいですか?泰明殿。」
「・・・問題ない。」
「それでは、色々支度がありますし早速取り掛かると致しましょう。」

永泉が泰明を促すように目で合図すると二人は同時に立ち上がり
軽く藤姫に会釈をした後部屋を出た。

そんな二人を、何もできない苛立ちの表情であぐらに肩肘をつき見送るイノリ。
よくみるとそれまで黙っていた天真も、それと同じような表情をしていた。
その様子をみた鷹通は小さく軽い溜息を吐いた。


「・・・そうですね。何もしないよりはしたほうがいいかも知れません。
 イノリ殿。天真殿。二人で詩紋殿の行きそうな心当たりを探して貰えますか?」

イノリと天真は顔を驚いたように見合わせ、そしておずおずと鷹通の顔を見直す。
鷹通は穏やかな笑顔で小さく頷くと二人の表情が晴れやかに変わる。


「よっしゃ。あいつの行きそうな所なら俺に任せとけ!」
「何言ってるんだよ。俺の方が詩紋とは付き合い古いんだから俺に任せろっての」

二人の勇ましい姿に藤姫は軽く頭を下げる。

「くれぐれも・・・宜しくお願いします。」


その言葉に、イノリと天真は揃えたように頷くことでそれに答える。





ドタドタと騒がしく音をたてながらイノリと天真も部屋を出て行く。
部屋に残ったのは藤姫と白虎の二人。


「なかなか気の利いた事をいえるようになったじゃないの鷹通殿。」

愉快そうに友雅がいうと

「神子殿の受け売りですから。」

と、にっこり微笑む。
その答えに友雅は成る程と納得する。


「・・・それでは私たちは永泉様と泰明殿の戻りを待つことにしましょうか。」

藤姫の言葉に鷹通と友雅は頷いた。

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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様