月の宴

=友雅なのに号泣!?=




その日の土御門は、朝から騒々しかった。
物忌みでもないのにあかねは
朝から理由も告げられる事もなく外出禁止を命じられ
しかも藤姫筆頭に誰もが忙しそうにしていた為
誰からも構って貰えず少し退屈を持て余していた。


「せめて何があったのかとか教えてくれたらなぁ・・・。」


縁側に腰を下ろし、足をブラブラさせながら
忙しなく動いているまわりの様子を
あかねは寂しそうに、ただ見ていた。

頼久なら構ってくれるだろうと、その時ふと思い彼の姿を探そうと考えた。
あかねは、行動範囲も離れの間だけと藤姫にきつく言われていた為
とりあえず庭先に出る。
藤姫の趣味で手入れされた庭は、いつも美しい花々が咲き乱れていた。


---これ、私の為に全部用意してくれたんだよなぁ・・・。
  違う違う。今は頼久さんを探してるのよね。


庭先から本邸をぐるりと見渡す。
しかし、女房たちがパタパタと行きかう姿だけしか見当たらず
肝心の頼久の姿は見えなかった。

あかねは諦めて離れの間に戻ろうとしたとき
彼女の髪を何かがふわりと包み込んだ。


なんだろうとあかねが振り返る。
そこにいたのは、この時代にしては彩色豊かな衣装を身にまとう
あかねの、よく見慣れた紺碧色の髪と瞳の持ち主だった。
あかねの髪を包んだのは、その彼の、大きな手のひら。



「友雅さん・・・!」



あかねがその名前を呼ぶと、彼・・・友雅は
ふんわりと優雅に微笑んだ。


「どうしたんだね、神子殿。寂しそうな顔をして・・・。
 そんな憂いた顔もまた、美しいのだけれどもね。」


少し人恋しくなっていたあかねは、友雅のその笑顔が嬉しかった。


「あ・・・いえ。頼久さんを探していたんですけれども見当たらなくて・・・。」

「おやおや。神子殿を憂いさせていたのは頼久かい?それは羨ましい役割だね。
 ・・・どれ、私が探してきてあげようか?ここで待っていておいで。」


くるりと身を翻した友雅の袖を、あかねはギュッと掴む。


「いえ。違うんです友雅さんっ。実は・・・。」



あかねは自分の知ってる範囲の今朝から今までの土御門の様子や
藤姫に言われた事を友雅に話した。
そして、その為に朝から退屈で暇を持て余していた事も。

一通り聞き終えた友雅は、軽く口元に指先をあてて少し考えるフリをする。


「ふむ・・・。もしかしたら私がここに呼ばれた理由と関係があるのかも知れないね。」
「友雅さんは、呼ばれてここに来ていたのですか?」
「ああ。藤姫からすぐ来るようにと至急の文が届いてね。
 その前に神子殿の美しい花の顔(かんばせ)を拝見しようと・・・そこからほら。」

友雅は、くいっと庭の先にある彼の上背より高い塀を指差した。

「も、もしかして塀をよじのぼって・・・。」

目を丸くし、驚いたあかねの口元を塞ぐように
友雅は人差し指をあかねの唇にあて、悪戯っぽくウインクする。


「美しい姫君との逢瀬に障害はつきものであろう?あの位の塀なら軽いものだよ。」


臆面もなく、クサイ台詞をサラっと言う友雅に
あかねは頬を朱に染め、目をパチクリさせる。


その時。


「友雅〜」


本邸の方から、友雅を呼ぶ声に二人は気づきそちらを見やった。
声の主は、天真。


「いつの間に来てたんだよ。もう皆揃ってるから早くこっち来い。」


皆揃っている・・・。
つまり八葉が揃っているという事であろうか。
あかねは首をかしげ、疑問の視線を天真に投げかけるが
天真はそんなあかねの視線を露骨にそらすと、そのまま本邸に引き返した。

疑問が増えた事。
天真に目を逸らされた事

それがあかねの瞳に少し、翳(かげ)を作った。


「どうやら見つかってしまったようだね。」

そんなあかねの気持ちを逸らしてやるかのように
友雅は悪戯っぽく茶目っ気を含ませてあかねに言う。



「ふむ・・・。とりあえず行ってくるよ。」

ポンポンと優しくあかねの頭を撫でるように叩いてやる。
あかねは、また退屈に戻るのかと少し寂しそうな笑顔で友雅に頷く。


「・・・なぁに。また抜け出してここに戻ってくるさ。
 大丈夫。私はいつも君の傍にいるのだから。
 いいかい?君は決して一人じゃないのだよ。」

「あ・・・はい。ありがとうございます・・・。」

なんとか平静を装うとするあかねの笑顔に
友雅は少し考えると懐をゴソゴソとあさりはじめた。
そして何かをみつけ、それをあかねの手のひらにそっと乗せる。


「友雅さんこれは・・・?」


友雅に渡されたそれは
深紫色の綺麗な布地に金色の紐がついた
小さな茶巾のようなものだった。
ふわりそこから友雅の香りが漂う。


「匂い袋だよ。京の女性の間で流行っているものでね。
 私も愛用しているんだが、伽羅のいい香りがするだろう?」


女性が使うものでも美しいもの、風情あるものはなんでも取り入れる。
あかねは、それが友雅らしいなと思いつつ、
そのうち彼なら、紅とか普通に使い出すのではないだろうかと、クスリと微笑う。


「大丈夫。私は神子殿が望む限りいつも傍にいるから。
 どこにいても神子殿が困ったときはその香りで探すから。
 だから、安心しておいで。」


友雅の言葉に、ようやくあかねの顔に本当の笑顔が戻った。
それを見て納得した友雅は安心したようにして本邸に
あかねに向けて後ろ手を振りながら向かった。

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月晶綺憚 / 佐々木紫苑 様