彼の秘密 私の憂い

=友雅なのに童貞!?=



(前編)



授業のお昼休み時間ともなれば、教室の中はそれこそ賑やかになる。
お弁当を広げながら、話は彼がどうしたとかそういう話ばかり。

あかねも友人たち二人とお弁当を食べながら、その賑やかな話に耳を傾けていた。

ふとその中の一人が声を潜めながら聞いてきた。

「あのさ、もう彼と・・・した?」
「したって何を?」
「H。」

いきなりの話題にあかねの目がびっくり目になる。
もう一人が冷静に聞き返した。

「何? したの?」
「ううん。だけどさ、なんとなくそんな雰囲気になるじゃん。私もそろそろいいかなあとも思うんだよね。」
「あんた、初めて?」
「も、もちろんじゃない。」
「ふ〜ん。最初は痛いよ? 彼にもよくわかってもらいなよね。大事なのはお互いの思いやりだよ。」

経験者の女の子が言う。

「う〜ん。どうも彼も初めてらしいんだよね。うまくできるかなあ。」
「最初は経験者の方が痛くないように上手にやってくれるっていうもんね。」
「ということは。」

二人の視線が一人に集まる。

「な、何?」
「あかねは痛くなかったんじゃない? 初めての時。」
「・・・へ?」
「あれだけ彼が年上なら経験も豊富そうだしねえ。それにあのフェロモンはただ事じゃないよね。」
「そうそう。それに優しそうだし。」
「ほら、どうだったか教えてよ。」
「あ、あの、それは・・・。」

口ごもるあかねに、友人たちは首を傾げる。

「え? まさかHの時だけはアブノーマルとか?」
「もしかして、彼氏、Sだったりとか?」

友人たちの発言に、あかねは顔を赤くしてうつむいてしまう。

「・・・・・。」
「え? 何?」

蚊の鳴くような声で言ったあかねの言葉はよく聞こえず、二人が聞き返す。

「・・・まだなの!」

あかねがやけくそのように言う。
一瞬の間の後。

「「えええ〜〜〜!?」」

二人が一斉に驚きの声をあげた。

「嘘っ!」
「・・・嘘じゃないもん・・・。」
「なに、あんた、あんな年上の彼氏にお預けさせてるの?」
「そんなのかわいそうだよ。」

口々に非難され、あかねは口を尖らせる。

「別に私がお預けさせてるわけじゃないもん。あっちが何もしてこないの。」
「え? そうなの?」
「・・・大事にされてるってことなのかなあ。」
「あ、それはあるかもね。年の離れた彼女が大人になるのをじっと待ってるとか。」
「光源氏の心境? あかねは紫の上か。」
「でもさあ、あかね。」

一人が深刻そうな顔をして、やや声を落としあかねに言う。

「彼はそれで大丈夫なの?」
「え?」
「怒らないで聞いてね。あのさ。・・・浮気してるってことはない?」

あかねの目がまん丸になる。

「私さ、前にあったんだよね。年上の彼氏でさ、今のあかねと同じようにHとかなくて。いつもすごく優しいし大事にしてくれてるんだなあって思ってたんだけど。」

その子がちょっと眉間にしわを寄せる

「他にいたんだよね、セフレってヤツが。」
「ええ〜〜〜!?」

あかねたちが驚く。

「ある日、偶然他の女とホテルに入るとこ見ちゃってさ。信じられなくてこっそり調べてみたんだよ。そしたらさ、一人どころじゃない、何人か女がいたってわけ。」
「何人か?」
「うん。ひどいでしょ?」
「それはひどいね。今まで全然わかんなかったの?」
「それがさあ。携帯なんかも使い分けてたらしいんだ。本命用とか浮気用とか。全くうまいことだまされちゃった。」

友人が肩をすくめる。

「問い詰めたら好きなのはおまえだけだとか言っちゃって。そんな問題じゃないよね。あんまり頭にきたからグーで殴ってやった。」
「グ、グーで?」

確かその子は空手かなんかやってたんじゃなかったろうか。
その後の彼の顔がどうなったか少し心配になった。

「おまえのこと大切にしたかったとか言っちゃてさ。それが大切にするってことなの?って本当に腹が立った。」

あかねたちも同調するようにうんうんと頷いた。

「それでさ、なんで私とHしなかったって思う?」
「え? 大切にしたかったってことじゃないの?」
「それだけじゃなかったんだよね。」

友人がため息混じりに言う。

「私、その時まだ経験なくてさ。処女だったんだよね。それが嫌だったみたい。」
「え、どうして?」
「処女っていうのは、男にとって重いらしいよ。」
「え? 処女って喜ばれるんじゃないの?」

甘いね、あんた、と冷めた目でふっと息を吐く。

「処女を喜ぶのは中年男だけ。処女だと痛がるし気持ちよくないし、自分から何もしようとしないで寝っ転がってるだけだし、男の子にとってはそんなに嬉しいことじゃないみたい。」
「うわ〜、私どうしよう・・・。」

彼とそうなりそうな友人が焦った声を出す。

「あんたたちは大丈夫だよ。バカップルだから。」
「バカップルって何よ〜。」
「彼氏、あんたにベタぼれじゃん。あいつならあんたが初めてだったらかえって喜んでくれるよ。」
「そう、かなあ・・・。」
「あんたはどうなの? 彼氏、経験あったほうがいい?」
「そんなのやだ!」
「ほらね。あんたたちはそれでいいの。」

ふと友人があかねに視線を向ける。

「あかねは・・・、未経験、だよね。」
「う、うん・・・。」
「そっか。ごめん、不安にさせるようなこと言って。」
「ううん。」

あかねは首を振った。

「でもさ、あかねのこと心配なのは本当だから。年上の彼ってすれ違うことも多いでしょう? 大人な分、嘘もうまいしさ。」

茶化して言っている訳ではないのはよくわかる。
自分の経験から、あかねを心配してくれていることも。

「・・・うん、ありがとう。でも、私彼を信じてるし。」
「そう? まあ、あんたがそう言うならいいんだけどさ。世の中あんなろくでもない男もそうそういないだろうしね。」

教室にチャイムが鳴り響き、昼休みの終わりを告げる。
二人とも弁当をしまって、自分の席へと戻っていった。

あかねはその日の午後友人の話が気になって、なかなか授業に集中できなかった。





あかねは家に帰り自分の部屋に入ると、どさっとベッドに身を横たえる。
ぼんやりと天井を見ながら、今日の友人たちとの会話を思い返していた。

言われてみれば、確かにそうだ。
あの友雅の年齢で、自分に全く手を出そうとしないのはおかしいのではないだろうか。

あの京から友雅と共にこっちに帰ってきてからもう早一年が経とうとしている。
キスでこそいつもしているが、それから先に進みそうになったことなど一度もない。

友雅はいつも優しかったし、今まで何の疑問も持ったことはなかった。

ふと、京で漏れ聞いていた友雅の噂話が思い出されてくる。

京に召還されたばかりの頃。
左大臣家の女房たちが、いつも朝に少将様が夕べは私のところにいらしてくださったと自慢げに話していた。
友雅と関係を持つことが、なぜか女房たちの間では一種のステイタスになっていたようだった。

あかねにはまるでその感覚はわからなかったが、友雅と一夜を共にすること=いい女、という図式があるらしかった。
日替わりのように、いろいろな女房が友雅の話をしていたのだ。

友雅がどんなに優しくしてくれたかとか。
夕べはなかなか放してくれなかったとか。
その甘い言葉だけで昇天しそうになるとか。

その頃のあかねは、友雅のことも良く知らず恋心も芽生えていなかったので深く考えずに聞いていた。

親しくなるにつれあかねの心に友雅に対する想いが徐々に膨らんでいった。
そのうち友雅もあかねに好意を示してくれるようになったし、あかねもいつの間にか友雅のことを真剣に愛し始めていた。
その頃には、友雅の噂話も聞かなくなっていたように思う。
あかねは、友雅が自分だけを愛してくれているようで、とても嬉しかった。

鬼との戦いが終わる頃には、あかねは友雅と離れることなど考えられなくなったのだ。

しかし、家には帰りたい。
二つの気持ちの間で苦しむあかねの気持ちを汲んで、友雅は貴族という身分を捨てて右も左もわからない現代へとやってきてくれたのだ、
あかねが悩む姿を見るくらいなら、自分が全てを捨てることなどなんでもないと。

それほどまでに自分を愛してくれている友雅を疑ったことなど、一度もなかった。

今日の友人の話で、あの京での友雅の噂を思い出し、あかねはなんだか心配になってきた。
あれほど日替わりでいろんな女性と関係していた男性が、一年もの間我慢できるものだろうか。
もしかしたら・・・。

一度頭をもたげた友雅への疑いは、なかなか消えてはくれなかった。





今日は、あかねは友雅の部屋に遊びに来ていた。
いつもより露出の多い服で。

友雅が自分に手を出さないのは、自分に色気がないためその気になれないからではないだろうか。
そう考えた結果が、露出の多い服、であった。
我ながら短絡的だと思わないでもないが。

いつもなら、テーブルを挟んで向かい合って座る二人なのだが、今日は。

「ねえ、友雅さん。隣に行ってもいい?」
「ん? ここにかい? いいけど、狭くない?」
「・・・隣に行きたいの。」

あかねは立ち上がって友雅の隣に座る。
身体と足が、少し触れ合うような位置に。

「・・・キスして。」

ねだるように言ってみる。
友雅はちょっと微笑んで、ちゅっとあかねの唇にキスしてくれた。

「・・・もっと。」
「もっと?」

友雅も嬉しそうに微笑んで、またキスしてくれた。
何度も唇が触れ合っては離れて、の繰り返し。
あかねもうっとりと友雅に身を預ける。

それ以上のこともしてもいいと覚悟してきたあかねであったが。

「・・・何かあったのかい?」

友雅はそれ以上のことはあかねにせず、心配そうな顔であかねを見つめそう聞いた。

「何か嫌なことがあったのなら話してごらん。人生経験という点では、君よりあるつもりだからね。」

あかねが何か悲しくなるようなことがあって、それで友雅に甘えていると思っているらしい。
あかねはがっかりしてしまった。

いつもより露出の多い服を着て、身体も触れ合う位置にいて、キスまでねだっているというのに。
友雅は全くその気にはならないらしい。

やっぱり自分にそうさせる魅力がないのだろうか。

かといって自分から抱いてくださいとはとても言えない。
いくらなんでも恥ずかしい。
あかねだって、経験があるわけではないのだ。

「・・・なんでもない。ちょっと甘えたかっただけ。」
「そう?」

友雅はそっとあかねの肩を抱いたが、やはりそれ以上のことは何もしてこなかった。





「お茶のおかわりを持ってくるよ。」

しばらく他愛もない話をした後、友雅がキッチンに立った。

あかねは友雅の背中をぼんやりと見送りながら、自分はそんなに色気がないのかなあと自分の胸元を見る。
・・・確かに豊満とは言いがたいが。
友雅が何もしてこないということは、その気にならないということかもしれない。
あの京で友雅の話をしていた女房は、いずれも美しく大人の女性という感じがしていた。
やっぱり、どうしても自分の方が見劣りするように思う。

その時、あかねの耳に電話の着信音が聞こえてきた。
自分の携帯ではない。
ということは友雅のだろう。

キッチンにいる友雅には聞こえていないらしい。
あかねはキッチンに電話を持っていってやろうと、音のする方を探した。
ソファの背もたれに無造作にかけてある友雅の上着から聞こえてくるようだ。

あかねはポケットを探り、音の根源を取り出した。

あかねの動きが止まる。

友雅の携帯は、自分が一緒に選んだ。
あかねが選んだのは、シルバーグレーの携帯だ。
しかし今鳴っているのは、見覚えのない黒い携帯だった。

しかも。

(女性の名前・・・)

携帯の着信は、あかねの知らない女性の名前を知らせていた。
あかねがその名前に気を取られている間に、着信音は鳴り止んでしまった。

あかねは迷った後、そっと携帯を開いてみた。
いけないとは思いつつ、アドレス帳を見てみる。

(何これ・・・。)

そこに記されているのは、女性の名前ばかりだった。
それも複数。

『携帯なんかも使い分けてたらしいんだ。本命用とか浮気用とか。全くうまいことだまされちゃった。』

あかねの頭の中に、友人の言葉が思い出される。





友雅が戻ってくる気配がして、あかねは慌ててその携帯を元の場所に戻した。

「・・・どうかした?」

あかねが自分の上着に手をかけているのを見て、友雅が聞く。

「ううん、なんでもない。・・・こんなところにかけて、しわにならないのかなって思っただけ。」

あかねはとっさに嘘をついた。

「そう? そんなの気にしたことなかったな。大丈夫だよ。」

友雅は微笑んでカップをテーブルに置き、あかねの隣に座った。





再び、さっきと同じ着信音が鳴った。
あかねがビクッと反応する。
友雅は携帯の音に気を取られたらしく、あかねのその反応には気が付かなかったようだ。

友雅が軽く舌打ちしたような気がした。
音が鳴っている方に手を伸ばしたが、ちょうどあかねからは友雅の陰になって友雅が電話を取るところは見えなかった。

・・・もしかしたら、わざと見えないようにしたのかもしれないが。

音が鳴り止んだので、あかねは友雅が電話に出たのかと思っていたが、友雅は電話に出ることもせず電源を切ってしまったらしい。
そのまままた上着のポケットにしまったようだ。

「・・・出なくていいの?」
「ああ。君との大切な時間にかけてくる電話なんて無視していいからね。」
「でも・・・。」
「最初から電源切っておけばよかったよ。悪かった。次から気をつけるから。」
「誰から・・・だったの?」
「ん? ああ、仕事の電話だよ。君は気にしなくていい。」

友雅はまたあかねの肩を抱き寄せた。
ごまかされたような気がするのはあかねの考えすぎだろうか。





結局その日、電話のことは何も聞くことができなかった。
友雅は相変わらず優しいし、一緒にいて楽しかったのも事実。
あかねはあの携帯は、友雅の言う通り仕事上のものだろうと信じることにした。
信じたかった、と言った方が近いかもしれない。
何より、友雅に他に女性がいるなど考えたくなかったのだ。



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