恋の予感

= 黒 =






  「私・・・嫌い」

  「おう気が合うな、あかね。 俺もアイツの事は、気にくわねぇぞ」

  「天真先輩、この前思いっきり子供扱いされてたから」

  「うっせーぞ、詩紋」



恋の




  鬼によって、龍神の神子とし強制的に京に召喚され
  『さぁ支配する為に力を貸せとか』 『守る為に力を尽くせとか』
  ・・・色々と無理難題を押付けられたのは、二月ほど前の事。

  で、結局現代に戻る為には、龍神の加護を得るしかないらしく
  済し崩し的に、神子の勤めを果たしている。


  さて本日は、現代っ子には馴染みのない『物忌み』と言う名の休日。
  本来は八葉一人(もしくは藤姫)と共に大人しく過ごすのが筋らしいのだが
  いつの間にやら、詩紋特製のお菓子と飲み物持参の
  現代っ子のによる『愚痴りあいパーティーの日』と化していた。

  この京はあまりにも現代と違う、普段でも言いたい事は口に出してはいるが
  それでも、何かと抑えていたり我慢したりしているのだ。  
  龍神の神子の物忌みと言う事で一切の人払いがなされ、気心知れた者同士が集まれば
  放課後のダベリ合いのノリで、そうなってしまうのも致し方ないだろう。

  そして今日はよほど虫の居所が悪かったのか、思わず
  『八葉のいちゃもん大会』に発展してしまったのだ。
 

  
  「でも、あかねちゃんが、そうキッパリ言っちゃうのは珍しいよね」

  「私だって、皆に色々言いたい事もあるモン」



  あかねは詩紋の焼いてきてくれたクッキーを、口一杯に頬張りながら
  心に積もり積もっていた愚痴を吐き出す。


 
  「頼久さんは、いっつも『神子殿・神子殿』でさ。
   『この命捧げます』だなんて、私の所為で死なれちゃー迷惑だってーの!」

  「うん、確かにありゃウザイよな」

  「天真君だって、しっかり妹さん見つけてよね!
   現代に帰れる時になって『妹が何処にいるか分らない』なんて言わないでよ」

  「うぉ、俺にも矛先が向くのかよ」

  「天真先輩、責任重大ですね」

  「詩紋君だって、最初の内は『体調不良』とか『読書』とかでヒッキーだったし!」

  「でも、今はこうして出てきてるでしょ」



  ここ二ヶ月で、すっかり一皮も二皮も剥けた元いじめられっ子は
  にっこりと笑顔で返しながら、クッキーをすすめる。
  確かに、今こうして彼がいてくれるお陰で、甘いお菓子が食べられるのは非常にありがたい。
  あかねは一つ二つと摘みながら、尚も口を開く。
 


  「イノリ君は、お姉サンの事ばっかりだし。
   そりゃ色々分るけど、もー少しイクティダールさんの話しも聞いてあげればいいのに」
  
  「ま〜、その辺は根深いよねぇ」

  「イクティダールさんも、何もアクラムにあんなに従わなくてもいいでしょうにぃ!」
   アクラムだって、人の事を勝手に召喚しておいて
   『京を支配する為に力を貸せ』だなんて
   こんな狭い島国日本の小さな都一つを支配して、何様になるつもりデスカ?って感じ!」
   
  「おいおい、鬼にまで説教かよ」

  「鬼だけじゃないモン。
   鷹通さんは慎重すぎてさ、戦闘で『弱点を見抜きました』って遅すぎるんだもん!
   永泉さんは、オトメンでじれったさすぎ!
   法親王なんだから、この紋所が目に入らぬか!ぐらいの機転を利かせてくれれば
   もっと、ずっと、色々と楽になるのにィ!」

  「あ”〜それは、一度見てみたい気もするがなぁ・・・無理だろ」

  「泰明さんは、色々、諸々、訳分んないよぉ!」

  「うん、僕もソレは同感かも」



  一通り愚痴を吐き出し、最後は皆揃って


  
  「でも、やっぱり」

  「一番、訳分らないのは」

  「アイツだな」



  優雅に微笑む地の白虎の姿が脳裏に浮かび、思わずその悪態は尽きない。



  
  「あの、ダダ漏れフェロモンも何とかしろよなぁ。
   戦闘中にあかねに流し目くれやがるし、やたら抱きつこうとしやがるしよ」

  「しょっちゅう、あかねちゃん口説いてるしねぇ。
   それなのに色々な女房さんとの噂は尽きないし、女の人なら誰でもいいのかな?」

  「・・・そんな人、嫌い・・・」
































  「やれやれ、物忌みにはそうして私の悪口で花を咲かせていたとは、酷いねぇ」


















  「「「 ! 」」」



  悲壮な台詞とは裏腹に、脳髄か蕩けるかと思う程の楽しげな美声を携えて
  人払いが施されている筈のあかねの局に、何の躊躇いもなく御簾を潜ってきたのは
  今現在の噂の的になっていた人物。



  「んっだよ友雅、立ち聞きとは趣味よくねーな」

  「それは、お互い様だろう?
   この場にいない者の陰口とは、褒められた事ではないよ」

  「ぐっ!」

  「まーまー、天真先輩も友雅さんも。 でも、大体陰口ってそーゆーモノでしょう?
   正面きって堂々と平気で言っちゃえる人の方が、人間としてどうかと思いますけど。
   で、呼ばれてもいないのに態々来たと言う事は、用事か何かですか?」

  「・・・中々に言うようになったね、詩紋も。
   まぁ用事というか、神子殿は物忌みに未だ一度も京の八葉を召されないからねぇ
   こうして、自主的にご機嫌伺いに参上した訳なのだが
   私の愛しの姫君は、随分とご機嫌斜めのご様子で」



  天真の直球のツッコミも、詩紋の黒い笑みも左近衛府の少将にとってすれば何処吹く風。
  綺麗に二人の存在をスルーして、ニッコリ笑顔(天真曰くダダ漏れフェロモン)を
  惜しげもなく、紅一点に降り注ぐ。
  普段ならば軽く頬を染め、可愛らしく慌てふためく様子を見せてくれるであろう華も
  今日は本当に虫の居所が悪いらしい。
  キッ!っと剣呑な眼差しで射抜かれて、一気呵成に捲くし立てられた。



  「ええ、そうデスヨ。 ご機嫌斜めです!
   何ですか、京の貴族の男性のだらしなさって、信じられませんっ!
   何人も奥さん囲って、愛人つくって浮気して、それが普通で当たり前?
   女性を何だと思ってるんですか!? 子供を産む道具? 出世する為の足がかり??
   そんな節操無しのモノ、斬って何処かに捨ててしまったらどうですか!」

  「随分と耳の痛い言の葉だがねぇ、そんな一部の風習など
   私と白雪には、何ら問題にならないだろうに」

  「とっ友雅さんだって、たっくさん女の人との関係があるんでしょっ!
   最初に人の事色々聞いておいて『私の事は話したくないのだよ』って
   自分勝手で身勝手極まりないしっ!!
   真面目にお仕事してくれないし、すぐサボるし、不真面目だし、真剣になってくれないしっ!!!
   人の事をすぐに揶揄うし、おちょくるし、ちょっかい掛けるし、子供扱いするしっ!!!!」

  「神子殿」

  「・・・神子殿、白雪、桃源郷の月の姫って、私はそんなお綺麗なお姫様じゃないっ!!!!!
   ご飯も食べるし、出すし、息も吸うし、怒るし、喚くし、泣くし、ヒスも起こすし
   こうして当り散らすしっ、龍神の神子だから何でも出来るなんて勝手に神格化しないで
   私は元宮あかね、普通の女子高生、神様なんかじゃないっ!!!!!!」



  長年付き合いのある天真と詩紋でさえ、唖然とする程に感情の赴くまま全ての毒を吐き尽くした。
  ソレはずっと思ってきた事、でも皆の手前に絶対に言えないと心の奥底で封印してきた事。
  半涙目になって肩で息をするあかねの頬に友雅は優しく触れ、顎を軽く持ち上げる。
  目を細め緩やかに口角を上げて



  「それでもお慕い申し上げている姫は、私などよりずっと綺麗なのだよ」



  あかねの頭に、かっと一気に血が上る。
  『嗜める為に、また子供扱いされたっ!』どうしてもそんな思いが拭い切れない。
  だから、今できる精一杯の事。



  「友雅さんなんて、大っ嫌いっ!!!!!!!」



  そう思いっきり叫ぶと、塗籠の中に閉じこもってしまったのだ。



  「・・・あか───」



  外に出ないならば龍神の神子に支障が出る事はないのだが、取り合えず落ち着かせ様と
  天真が塗籠の外から声を掛けようとした瞬間、絶対零度の空気が動く。
  


  「さて、君達は私の白雪に何をしてくれたのかねぇ」



  此方に振り向いた友雅の顔はにこやかに微笑んでいるものの、目が全然笑っていない。
  背後からドス黒いオーラーが見えているのは、天真の目の錯覚だろうか!?
  思わず、顔が引き攣ってしまった程なのだが



  「ん〜そうなんですよね、今日のあかねちゃんは、ちょっと感情的というか」

  「物忌みが、何らかの影響を及ぼしているとでも」

  「そんな事ないですよ、いつもはこんなんじゃないですから。
   もしかして、僕が作った甘酒で酔っちゃったとか」

  「いくら何でも、甘酒で酔ったりしないだろう」

  

  と、平気の平左で対応している詩紋にも、腰が引けてしまう。
  恐怖にも近いこの感覚を誤魔化したくて、天真はクッキーを鷲掴みにすると一気に頬張った。



  「ん、天真、それは一体何だい?」

  「詩紋が作った、クッキーって言う俺達の世界の菓子だ」

  「ふ〜ん」



  訝しげに一つ摘み、両面を返しながらじっくりと眺める。
  端を少しだけ食べてみれば、友雅には強すぎる蜂蜜の甘味と
  そして、プチプチする歯触りに独特の香り。



  「・・・天真も詩紋もこれを食べたのかい?」

  「え!? あぁ、俺はあんまり甘いモン好きじゃないから、二〜三枚な」

  「僕は、味見程度に」

  「大体、詩紋が作る菓子の行方は、殆どがあかねの腹の中に行くんだよ」

  「・・・詩紋、この『くっきー』とやらは、君の世界でも同じ作り方かい?」

  「あっ、それは全然違います。
   バターが手に入らないから、いつも植物油を使っていて
   今日のは芥子油で繋いで、芥子の種も入れてみました」

  「お前、いつも作り方変えてるのか」
  
  「簡単に全部の材料が手に入るとは、限らないでしょう。
   でも、あかねちゃんに喜んで欲しいから」
  
  
  
  ちょっとだけ自慢げに背筋を伸ばす詩紋に、友雅の大きな溜息が釘を刺す。



  「やれやれ、これが大きな要因の様だねぇ」

  「え?」

  「何で、いつも食ってるやつだぞ」

  「・・・君達は、阿片を知っているかな?」

  「麻薬ですよね」

  「そう、そしてその阿片は芥子坊主という果実から採取するのだよ」

  「えっ!」

  「まぁ、種にも種から採る油にも、その成分は殆ど含まれていないとはいえ
   直接的にこれだけ食べれば多少の影響は出てくるのかもしれないね。
   しかも今日は物忌み、甘酒も加味すれば尚更かな」

  「・・・そっか、そーゆー事も気をつけなきゃ」



  衝撃を受けるかと思えば、思いの他しっかりとした詩紋の対応に友雅の心情も幾分緩む。
  異世界の者だけの宴、そこに自分が入る余地はなかった筈。

  そう、この逆巻く黒い心は単なる、でも根深い嫉妬心。

  だが思いもかけず、少女がひた隠しにしていた心の琴線に触れる事が出来た。
  これは、非常に大きな収穫だ。
  


  「今回は、神子殿の本音も聞けたから大目に見てあげるがね。
   くれぐれも、気を付けて欲しいものだねぇ」

  「はっ! アレがあかねの本音なら、友雅お前『大嫌い』なんだとよ」



  上から目線の言い方にカチンときた天真は、してやったり顔で
  止めを刺しておこうとしたのだが、当の本人はいたって涼しい顔。



  「『好き』の反対は、何だと思う?」

  「『嫌い』じゃねーの」

  「言葉の上はね、だが実際は『無関心』なのだよ」

  「確かに、関心がなければ『好き』も『嫌い』もないんだ」







友雅は蝙蝠を緩やかに扇ぎながら、天照大神が隠れた天岩戸の如き
ぴたりと閉じられた塗籠に、愛しそうに視線を送る。



「時に負の感情は、とても強く魂魄に刻まれるもの。
『大嫌い』とねぇ。
それは私に『関心』があると言う事なのだよ、神子殿」







あかねちゃんに、ガチで「大嫌い」と言わせたくなってしまいましてw
つい、追加のSSを・・・が、喜び勇んでますねヤツorz

このあかねちゃんは、誰とも恋愛状態を進めていません。
現代に帰るの第一! 京を救うのも仕方なく!!
多分藤姫がいなかったら、速攻で無視していたタイプ。
(現代組みもお友達〜 でもヤツが惚れるのは、ウチのデフォですから)


因みに、芥子油(ポピーシードオイル)や芥子の種に
麻薬成分は殆ど含まれてませんので、ご安心を(^_^;)
(じゃなきゃ、アンパンや七味唐辛子は食べられません)
それに全ての芥子が、阿片になるのではありませんから。
「恋の予感」は芥子の花言葉の一つ。
芥子の花って好きなんですよ、あの柔らかな花弁が綺麗でね〜v


姫君主義 / セアル 様