久遠の所懐

= 出会い =



このSSには、若干猟奇的表現が含まれております。

「生贄」 「奴隷」 「心臓」 「アステカ」

以上のキーワードに嫌悪感をもたれる方は、引き返してください。


大丈夫なお方のみ、ドウゾ














赤い夢を見る


横たわる真っ白な果実


中心を裂き、中の赤い実を取り出せば


そのえも言われぬ芳香と共に


両手が、体が、赤い果汁で染まっていく


私は興奮と悦びに満ち


そのまま快楽の頂へと導かれる













久遠の所懐




  「で、結局何人来たって?」

  「男子学生が四人、女子学生が七人で合計十一人ですね」

  「何日もちそうだい」

  「そうですね、明らかに何人かは誤解している様子ですし
   貴方が帰ってくるまでの一週間で、果たして何人が残っているかどうか」

  「どーせアンタ目当ての女か、観光気分の野郎ばっかりなんだろ。
   こんなきついトコ、三日ももつもんかよ」

  「まぁ、そう言うものではないよ。
   君みたいに、極たま〜に使えるのが来たりするじゃないか。
   精々、先輩としていいアドバイスをしてあげておくれ」

  「あぁ、言っておいてやるよ『アンタの毒牙にかかるな』ってな」

  「ヤレヤレ、信頼性が無いねぇ。
   学生に手を出した事など無いはずだが」

  「へっ! せーぜーパトロンに媚売って来いよ、俺達の土産も忘れんな」

  「分ったよ、大好きな甘いお菓子を沢山買ってきてあげよう」

  「子供扱いすんじゃねぇっ!」



  大き目のテントの中で、きっちりと身支度を整えている男に
  ドロだらけのTシャツ一枚の青年が食って掛かる。
  実際こんな場所では「糖分」や「塩分」は、人体調整に必要不可欠。
  それは「菓子」ではなく「氷砂糖」と言ったように長期保存が可能なもの。  
  だが勿論、楽しみとしての「甘味」でもあるのだ。
  男も当然分ってはいるが彼がすぐムキになるので、つい楽しくて揶揄うのが止められない。
  


  「そうですね、そろそろ食料の補給も欲しい所です」

  「おや、もうかい」

  「新しく来たヤツの料理が旨くてさ、皆よく食うんだよ」

  「成る程、食事は楽しみの一つだからね。 精々労をねぎらわせて貰うとしようか」

  「よろしくお願いします」



  眼鏡を直しながら、男の身支度を手伝っている青年も
  小奇麗な格好をしてはいるが、よく見るとポロシャツ一枚な訳で。

  
  そう発掘現場でスーツに着替えている男の方が、TPOとしてはずれているのだ。



  男の名前は、橘友雅。
  見た目からして、モデルかタレントかホストか、と言いたげな風貌ではあるが
  若干三十台半ばにして、相応の実績を上げている新進気鋭の考古学者だ。

  ここは中米メキシコ、遙か太古にメソアメリカ文明が栄えていた場所。
  オルメカ、テオティワカン、マヤ、トルテカ文明、と言った方が馴染みがあるかもしれない。
  彼の専攻は、もう少し後の文明、インカ帝国と同時期に隆盛を極めた
  アステカの地方国家の発掘を担っていた。

  アステカは周辺国家を征服戦争で支配し、貢物と引き換えに自治を許して
  間接統治で強大な権力を集めた、軍事国家。
  だから正直、地方国家は数限りなくあって今もジャングルの奥地に眠っているのが実情だ。

  そんな地方国家の一つをこの男が見つけたのは、まだ大学にいた学生の頃。
  フラリと旅行ついでにジャングルに分け入って、あっさりと発見。  
  今迄、散々苦労していた他の考古学者を嘲うかのように
  その後も次々と発見して、その所在を明らかにしていった。


  ただ、何故か彼の千里眼と神の手は、アステカのそれも地方国家に限られていて
  本人曰く「他には興味が湧かなくてねぇ」と

  
  確固たる実績に、ハリウッドスターにも劣らない風貌。
  考古学に興味のなかった人種にもうけるのは、ある意味当然かもしれない。
  多くの富豪が、彼の発掘に援助を申し出た。
  ドレ程の人物が考古学に対して、とは言うまでもないが
  売名行為ありき、どんな人物との交流を持っているか
  ソレが世界的にも名の通った人物であれば、尚宜しい!
  結局、上流社会とはそんなものだ。

  ライオンのおこぼれに与るハイエナか・・・と苦笑しながらも、それを止める気などない。  
  大型機械など入れられないジャングルは、人力が頼り。
  現地人を雇ってきつい仕事をこなしてもらっている以上、いい発掘をしてもらうには
  待遇重視は重要課題、何かと物入りで金がかかるのだ。
  「魚心あれば水心」自分には明確な目的があるのだ、その為ならば何でもしよう。

  

  ───あの神殿の、あの祭壇を見付けなければならない───





  キチンと身形を整えてテントから出た友雅は、発掘現場には似つかわしくない
  軽やかな声に視線を動かした。
  それは、遠くのオープンテントで現場の説明を受けている学生の集団。
  一応、日本の大学の教授としての役職も持っているので
  年に一度、授業の一環+発掘要因として生徒を募集し招いている。
  ただやはり、生徒達の姿を見て苦笑は隠せない。
  殆どの学生が、まるで繁華街にでも遊びに行くような格好。
  特に女生徒など、キチンと化粧をして、ゴテゴテにアクセサリーを付けて
  ハイヒールに付け爪なんて、どう考えても無謀な学生もいる。

  『アンタ目当ての女か、観光気分の野郎ばっかりなんだろ』

  その台詞は、的を得ているのだろう。
  湖上のアステカの首都のテノチティトラン───の優美なイメージがあるのだろうが
  実際その首都は、スペイン人によって徹底的に破壊され埋め立てられて
  現在のメキシコシティの地下に眠っている。

  この現場は観光地でもなく、遊興場所どころか、近隣に人家などもなく
  ジャングル特有の蒸し暑い気候に、様々な昆虫や害虫の襲来。
  そしてこれからの汗と泥まみれの発掘作業に、どれほど耐えられるものか。



  「三日どころか、一日だってもちそうにないねぇ」


  
  ヤレヤレと肩を上げながらも、期待など最初から露程もないのだろう。
  さして困った様子も見せず、そのままジープに乗り込み現場を後にした。  
  メキシコシティまで来ている、パトロンの一人と会う為に。
  
  
  
   







  潤沢なる追加の資金援助と、それに伴う資材の補給をして
  一週間後に戻ってきた友雅の耳に届いたのは、二つの報告。

  一つは、今発掘している現場で丘かと思われていた場所が神殿である事が分り
  それに伴い、ここが非常に有力な地方国家であったであろうという事。
  アステカでは多神教の神権政治が行われていて、国王が最高位の神官とされている。
  その下に神官、貴族、軍人がいわゆる支配者階級であり
  農民、職人、商人、さらに戦争捕虜や奴隷が最下級の身分として存在していた。
  神殿の大きさ立派さは、そのまま国家の有力さに繋がるのだ。

  そしてもう一つは



  「初めまして橘教授、元宮あかねと言います。 教授にお会いできて、とても光栄です」



  泥の付いた顔で、ニコリと微笑んだ少女が一人。








  「あかね? あぁ結構根性あるぜ、一緒に来た奴等はホント二日ともたなかったもんな。
   残ってるのアイツだけなんじゃねぇ」

  「・・・私が出かける時に見た生徒達の中には、いなかったと思うのだけど?」

  「車の故障で半日ほど遅れて到着したのですよ。
   まぁ、その車で殆どの生徒が『とんぼ返り』したのですが」



  一週間分の詳しい発掘調査報告を受けている間も、春風のような少女の話題で尽きない。



  「でもアイツ趣味わりぃーの、アンタが憧れの存在なんだとよ」

  「おや、それは嬉しいねぇ」

  「・・・勘違いすんなよ『考古学者の橘教授』としてだからな」

  「おやおや、早速やきもちかい?」

  「ばっ! ちげーやっ!!」



  そう、彼を揶揄うまでもなく友雅にも分っていた。
  最初に会ったときに浴びせられた視線は、色事方面を微塵も感じさせない
  尊敬の眼差しだったのだから。
  あんな何の打算もない、純粋な眼差しに見詰められたのは随分と久しぶりの事だった。



  「考古学専攻の生徒ではないのですが、アステカに興味がある様で
   貴方の蔵書は全て購入済みだそうですよ」

  「おやおやおや、身も(発掘要因として)心も(尊敬の思いを)捧げてくれているのに
   資金面でも援助してくれてたとはね」

  「だからっ!!! そーゆー言い方をすんじゃねぇっ!!!!」



  教授のテントから、現場責任者の彼の怒鳴り声が聞こえるのはいつもの事。





  
  考古学の発掘において男女の区別はないが、基本が汚れ仕事なので
  どうしても男性の比率が大きい。
  この現場も例に漏れず、細かな作業をしてもらう現地の女性は数人程度。

  なので、あかねの存在は一際大きく目立つ。 

  募集した学生はこちらとしてもバイト感覚なので、簡単な仕事をしてもらうのだが
  流石に友雅の蔵書を網羅してる事もあって、その知識は深く
  素人ながら発掘作業の手際も見事なもの、いつの間にか発掘の責任を任せている
  彼に及びそうな勢いだ。
  だが、あくまでその物腰は柔らかで、女性らしい優しさと気遣いを忘れない。

  彼女が、清々しくもあっという間に皆を魅了し
  アイドル的存在になるのは、至極自然で当然な結果だろう・・・そう一部の例外もなく。
  
  さて、そんなアイドルが投入された現場。
  発奮効果と言うか、潤滑剤効果と言うか、作業効率も目を見張るものがあって
  当初、予想されていた時間よりかなり順調に神殿の発掘が進んでいった。
  次のシーズンと思っていた祭壇までも、一ヶ月も経たぬ間に
  発掘、発見する事に漕ぎ付けたのだ。
    


  ───あの神殿の、あの祭壇───



  そう、恐らくコレが友雅が長年にわたって捜し求めた祭壇であろう。
  感慨も深く、そっと黒光りする祭壇に触れてみる。
  周囲は泥でものの見事に埋まっていたが、祭壇だけは手付かずの状態で
  五世紀もの風雪に耐え、今こうして当時とほぼ変わらない様子で現存しているとは
  まさに奇跡だった。



  「これが橘教授の本で書かれていた『見付けたい祭壇』なのですか?」



  本日の発掘作業も終わり、夕食をとって皆それぞれのテントに戻った筈だ。


  
  「・・・夜に女性の一人歩きなど感心しないねぇ」

  「すみません、でも教授がテントから出て行くのを偶然見つけちゃったので」

  

  表面上謝ってはいるが、その目は興味津津だと正直に語っていた。
  友雅の蔵書の愛読者ならば、そうなってしまうのも仕方がない事。  
  彼の本には、お約束のようにいつも後書きに記されている言葉がある。
  
  『私は見付けなければならない、あの神殿を、あの祭壇を』と
  


  「そんなに熱烈に期待されては、答えない訳にはいかないね。
   そうだよ、これが私が見付けたかった祭壇だ」

  「う〜ん、見る限り他の神殿の祭壇と、そう大差ないように思えるのですが
   何か特別な理由でも?」

  「こんな事を言っても信じてもらえないからね、内緒」  

  「神殿の大きさから言って、この祭壇はさぞかし」

  「多くの生贄が捧げられただろうね」


  
  アステカでは、生贄の心臓を捧げる事で太陽を支えていると信じていた。
  それでなくとも、毎月の神々への祭りに、雨乞いや飢饉
  何か問題でも起こったり、喜ばしい事があって感謝する時でさえ、頻繁に生贄を捧げた。
  その生贄を確保する為の侵略戦争を「花の戦争」と呼び神聖視した程なのだ。

  生贄は祭壇の上に仰向けにされ、神官に黒曜石のナイフで生きたまま胸を切り裂かれ
  心臓を抉り出される。
  その血の滴る心臓を、神へと捧げるのだ。

  そう考えると、この祭壇の黒光りするものは・・・

  フルリと、あかねが小さく震える。
  アステカでは生贄は必要な儀式、それをどうこう論じるつもりはないが
  現代人の感覚から言えば、やはり残酷で野蛮な愚行である。



  「・・・何とも言い難いモノがありますよね」

  「そうかな、アステカで生贄は名誉なのだと知っているだろう?」

  「でもそれは、そう教えられていたからでしょう」

  「それでも、信じているからこそ喜んで生贄となれたのだよ」





   ───すくなくとも、あの日の生贄はね───




  「え?」

  「ふふ、何でもないよ。
   でも生贄の習慣が嫌なら、考古学になど興味を待たなければいいのに。
   人間は卑小な生き物だから、大いなる自然の驚異に抵抗するには
   生贄を捧げるという行為で、自らの均衡を保つ事しか出来ないのだよ。
   だから大なり小なり、どの文明でも人身御供の習慣はある」

  「・・・分ってはいるんです。
   でも高校の時、偶然に教授の著書を読んでどうしてもこの世界の事が頭を離れなくって
   だから、こうしてここに───っ!」

  「───っ!」



  いまだ友雅が手を置いていた祭壇、それにあかねが偶然触れた時『ソレ』は起こった。




  綺麗に整頓された荘厳な神殿。
  祭壇の上には何も身に着けず仰向けに寝かされている少女が一人。
  年の頃は十六・七位だろうか、アステカの民らしい褐色の肌が大きく上下している。
  神殿の奥から表れた神官と思しき格好の青年は、何か歌の様な呪文を唱え
  少女の胸を黒曜石のナイフで大きく切り開く。
  鮮血が溢れ出す傷口に手を入れ、拳大の真っ赤な心臓を抉り取ると
  滴り落ちる血液もそのままに、まだ僅かに動いている心臓を高々と掲げた。


  息絶える瞬間の少女の視線と、神官の青年の視線が正面から絡む。



  そしてそれはそのまま、友雅とあかねの視線とすり替わって



  「いっ、今の!?」

  「・・・元宮君」

  「っ!」



  『ソレ』が果たして何だったのか? 夢か、幻か───それとも過去の───

  驚愕のあまり硬直していたあかねに、友雅が声を掛けた途端
  彼女の表情と視線が凍り付き、真っ青になる。
  


  「しっ、失礼しますっ!」   



  そう言い残すと、そのまま脱兎の如くその場を立ち去った。
  


  そして次の丸一日、あかねはテントから出てくる事さえしなかったのだ。















  「・・・アンタ、アイツに何かしたんじゃないだろーな」

  「濡れ衣だよ、何もしてないって───『私』はね」

  「んっだよ、ソレ!」

  「君も、こんな場所で発掘していたら経験があるだろう?
   彼女は、精霊達に悪戯されたのだよ」



  人は極限状態に陥ると、幻聴や幻覚に襲われる事がある。
  閉塞した空間、極度の緊張、慣れない環境、切っ掛けはさまざまではあるが
  人間の脳は、その膨大なストレスに耐えられないのだ。
  精神的な疾患を患い、それが肉体までも危機に及ぼすことだってある。
   
  
  
  「でも、昨日までなんともなかったじゃんか!」

  「ですが、あの様子ですと精神面から言っても何かあってからは遅いですし」



  テントに入ってきた青年は少々重めの溜息を零す。



  「ご苦労さん。 で、元宮君は何て?」

  「えぇ、まだ若干塞ぎこんでいるようですが
   あなたの提案を受け入れて、帰国する事に決めました。
   荷造りも始めたようですし、明日までには準備が出来るかと」

  「明日は私も別件の用事があるしね、空港まで送っていってあげよう」
  
  「・・・そっか、残念だな」


  

















  「こんなに雨が降るなんて」



  メキシコシティのホテルの一室。
  雨季にはまだ早いと言うのに、突然のバケツをひっくり返したような大雨に降られ
  結局、飛行機は全便欠航、飛行場は閉鎖、ホテルに足止め状態。

  あかねは窓から天を眺めながら、深々と息を吐く。
  一刻も早くこの土地から離れたかった、正確にはあの人から


  コンコン!

  軽くドアをノックする音に、あかねは過剰に反応する。
    


  「何方ですか?」

  「私だよ、明日の便についてなのだが・・・入ってもいいかな」

  「えっ、あっ」

  「まぁ、顔も見たくないと思うのならそのままで構わないけど」


 
  そんな風に言われたら、礼儀正しいあかねは無視する事など出来ない。
  鍵を開けて来訪者を招き入れた。



  「ありがとう」

  「えと、コーヒーでいいですか」

  「淹れてくれるの、嬉しいね」

  「ホテルのサービスのですから、インスタントですよ」

  「それでも、元宮君が淹れてくれるのには変わりないだろう」



  ソファーに腰掛けた友雅にコーヒーを差し出すと、あかねも向かいのソファーに座る。



  「今の様子では、いつ天候が回復するか分らないそうだよ。
   取り合えず、キャンセル待ちにはしておいたから連絡は来るけれど
   二・三日は覚悟した方がいいかもしれないね」

  「え、そんなにですか」

  「こればかりは、雨の神頼みだしね・・・一昨日の生贄が雨乞いになったのかな」

  「っ!」



  あかねの手が震え、小刻みにカップのあたる音が部屋に響く。
  『一昨日の生贄』その台詞は、つまりあの光景を友雅も見ていたと言う事。
  あの時と同じ様に顔面蒼白になるあかねに、友雅は軽く微笑みながら問いかける。



  「どうして震えているんだい、私が怖い?」

  「ちっ、違います!
   教授が怖いのではなくって───恐ろしいのは私、私自身です!!」

  「何故、恐ろしいんだい?」

  「教授もあの光景を見たんでしょう、だったら───」

  「あれは、もう何年も前から夢で見続けているよ」

  「えっ?」

  「私にはね、完全ではないにしろ前世の記憶があるんだ。
   アステカ人としての記憶が・・・ね」
  


  幼子を諭すかのような優しげな口調に柔らかな表情、とても揶揄っている様には思えない。
  信じられない台詞、でも今はそんな事を論じている場合ではなくて  
  あかねは少々ヒステリック気味に声を荒げる。



  「だったら尚の事、私が恐ろしい理由が分るでしょう!」

  「ふふ、分らないねぇ」

  「───あの生贄の少女───教授を殺したのは、神官だった私なんですよっ!!」

  「御名答、大変良く出来ましたv」

  「あぁっ!!!」


  
  嬉しそうに微笑む友雅に対し、あかねは両手で顔を覆って泣き出してしまった。
  
  その手には今なおも、心臓を取り出したときの感触が
  あの鼓動が、鮮血が、温もりが、硬さが
  まるで現実にあったかのように、生々しく残っている。
  一昨日から、ずっと胸に秘めていた事。
  一番言ってはならない相手に暴露してしまって、罪悪感でいっぱいな気持ち。
  一番聞いて欲しい相手にすんなりと受け入れられて、赦された様な気持ち。 
  様々な感情が津波のように押し寄せて、上手くコントロールできない。
  今、出来る事はただ涙を流す事だけ。

  

  「嗚呼、泣かないで、泣かせたい訳ではないよ」



  唯一の抵抗も、この男は取り上げようと言うのか。
  あかねの隣に座りなおし、彼女の頭を自分の胸に押し当て肩を抱く。
  そして、天使の救済の様に、悪魔の誘惑の様に、甘い声で囁くのだ。

  「私は、君を探していたのだよ」───と




















  私は生まれた時から奴隷だった。
  相続の対象とされた奴隷から生まれたのか、何処からか買われてきたのか
  物心ついた時に住んでいた場所が、私が最初に見付けた地方国家だった。
 

 
  これはまさに人生の賭けだったね。
  私が見ている夢が、本当の事だったと実感させられたのだから。
 

 
  それから様々な所有者に買われ、その度に主に連れられて転々と移り歩いた。
  そしてその地方国家を遺跡として、今の私が発掘していく。




  十五の時、最後の主に買われたよ。
  しかしそれば奴隷としてではなく、太陽の神に捧げる生贄として
  その国の最高神官であった───そう、あかね、君の前世にね。
  
  その日から生贄に捧げられるまでの一年間、私の生活は一変した。
  惨めな奴隷の頃とは大違い、身も綺麗にされ、豪華な食事を与えられ
  傅いていた私に、召使さえも与えられた。
  さらに身分の高そうな人物でさえ、私に会うと大地に口付けて最敬礼をするではないか。

  太陽の神に捧げられる事がどれほど名誉で重要なのか、毎日の様に君は教えに来た。
  君に逢う度、その教えを受ける度、私は君に心魅かれていった。

  今までの主達とは全く違う、繊細で美しく教養があり紳士的な神官である君
  よく思ったよ、君に触れられたいと、いっその事抱いて欲しいとさえね。


  だがそれは『太陽の神の生贄』を望んでいる君に伝える事さえ許されない禁忌。


  だからね、生贄にされた瞬間、心臓を掴まれた瞬間───心底、嬉しかった。
  生まれて初めての享楽を感じた程にね。


  
  男性である神官の君に心酔したからなのか、今生は男として生まれてきたが。





  ───君はどうして女性なのかな?───






  「えっ?」



  ───キミハドウシテジョセイナノカナ?───

  思いもよらない驚愕の台詞に、思わず視線を上げてみれば

  ───ドウシテ───

  そこにあったのは、にこやかに微笑みながらもまるで託宣神の様な眼差し

  ───ワタシハ───

  思い出せと言っている

  ───オンナ───

  覚悟を決めろと手招きをしている

  ───ナノカ───

  開くのは天国の門か、地獄の釜の蓋か・・・それとも?    



  「生贄の少女になりたかった」



  そう告白した瞬間、何かに掌握されてしまった気がした。
  





  あの生贄の少女を太陽の神に捧げて以来、全てが滞りなく恵に満ち満ちていた。
  それほど神が気に入ったのかと、どれだけ素晴しい少女だったのかと
 
  枢要で名誉ある太陽の神を支える、生贄。

  出来るのならば私がなりたかった、でも政を行う神官としてそれは許されない。


  十五年後、『一の葦』の年の二年前。
  神の使者と勘違いしたスペイン人に、この国が侵略されそうになった時
  略奪や破壊を許さないために、命じて神殿を泥の山で埋めさせました
  祭壇に一人残った私ごと。

  
  あの祭壇の最後の生贄は私自身、でもそれは満足な儀式を行ったわけじゃない。
  だから、あの尊い生贄の少女になりたかった。










  「成る程、私と君の年齢差はそういう時差って訳かい」



  楽しげに紡ぐ教授の声が、まるで雲を霞としている様にどこか遠くで聞こえる。



  「しかし、運命の悪戯と言うのもあながち悪くないね」



  先程までの自分の告白が、まるで夢のようで。



  「私は男でも構わなかったのだが・・・おっと、変な意味で取らないで欲しいな。
   今度は『友』になれるか、と思っていたのだよ」


  
  この魂がざわめく様な夢遊感は一体なんなのだろう?







  「まさか、こんな可愛らしい『生贄』になってるだなんてね」

  「えっ、あっ、きゃっ!」



  軽々とあかねを横抱きに抱きかかえた友雅は、そのままベッドの上にポスンと横たえ
  組み敷いて、真上から嬉しそうに微笑む。



  「やっと、出逢えたね」


 
  言葉の意味と今の状況が、どのような危機的状況か分らない程の少女な訳ではなく
  ゆっくりと近付いてくる男の顔を、あかねは慌てて押し返した。



  「ちょっ、ちょっと待って下さい教授っ!」

  「ん?」

  「正直、未だに信じがたいけれど、私はあの神官の生まれ変わりかもしれません!!」

  「うん」

  「でも、私の意識は私であって、私=あの神官ではないんですよ!!!
   だから厳密に言えば、教授が捜し求めていた人物という訳ではっ───」



  驚きのあまり、あかねの声が止まる。
  友雅が彼女の鳩尾に深く顔を埋め、ゆっくりと呼吸をしていた。
  胸元の体温に温まった空気を吸われ、熱いと思われる程の呼気が
  薄いブラウス一枚の布地を通り越して、胸に、心臓に染み込んでいく気がする。
  今まで誰にもそんな事をされた覚えはなくて、あかねのパニックはますます高まっていく。



  「きょきょきょきょきょ、教授???????????」

  「折角なら名前で呼んで欲しいねぇ」

  「あっあのぉ、橘教授?」

  「『名前』で、敬称はいらないよ」

  「えと、橘先生?───橘さん??───んっ!!!」



  違う、と言わんばかりに呼気の強さを業と強められ
  友雅が何を要求しているかが、あかねにもようやく伝わった。
  要はこの場の雰囲気に相応しく、恋人のように『名』で呼べと言うのだ。
  だがそれは、あかねにとって無理からぬ事。
  大学の教授であり、考古学の先生であり、憧れの雲の上の存在と思っていた人物。
  名前で呼ぶなんて考えた事もなかった。
  でも当の人物は未だに胸に顔を押し付けたままで、こんな状況とにかく恥ずかしくて
  限界! と言わんばかりに微かな声で搾り出す。
   


  「とっ・・・友雅さん」

  「まっ、及第点を上げようかね」



  ヤレヤレといった感じで、頭を僅かに持ち上げ視線だけをあかね向ける。



  「一体何をしてるんですか〜っ
   セクハラですよ、パワハラですよ、生徒に手は出さないんじゃなかったんですか〜っ」

  「発掘を止めた時点で、君は私の生徒ではなくなるわけだし。
   セクハラとは人聞きの悪い、ちょっと『魂の色』を確かめていたのだよ」

  「魂の色?」

  「昔の私は、神官の高潔な魂に魅了された。
   そして心臓をつかまれた瞬間、いや本当は初めて逢った瞬間から
   私の魂は、彼に掴まれてしまっていたのだよ。
   そして君の魂も、あの時と同じ高潔な色のまま、私の魂を魅了したままだ」

  「そっ、そんな、言ってるじゃないですか!
   私=神官じゃないって」

  「ふふ、確かに今の君は神官じゃないねぇ」



  友雅は意地悪げな笑みを湛えながら、ユラリと上体だけを起こすと
  組み敷いたまま、今度はあかねの耳元に顔を埋め囁いた。



  「このベッドは祭壇だ、そして君は念願かなって生贄になれた訳だよ。
   私は神官ではないが、まぁ教師も聖職者と言われる事もあるし」


 
  耳から直接流し込まれる、無駄に艶のある声に
  背筋がゾクリとし身体から力が抜け、倫理観的で世間常識的な抵抗心も薄らいでいく。
  それこそ本気で嫌ならば、当の昔に必死で抵抗出来た筈。
  見た目と違って、大人しく流されるような性格ではないのだから。
  だけど大声をあげる事もなく、こうも大人しく組み敷かれて、頭を胸に留めて置けるだなんて
  手向かう事が出来ないのか、刃向かう事が許されないのか、逆らう気が出来ないのか

  ───それとも、彼の本を手にした時点で『こう』なる運命だったのか───





  「まぁ、生贄に拒否権はないしね」    

  「っ!」



  ニヤリと口角を上げたその表情は、今まさに獲物を捕食せんとする凄艶なまでの雄の貌。
  ソレはそのまま、今度こそ生贄の唇に喰らいついた。




















  Lu Lu Lu Lu Lu Lu
  
  どこか遠くで、電話の鳴る音がする。
  誰かが電話を取って、何かを話している。
  寝惚けている所為かよく聞き取れないが『キャンセル』の発音が耳に届いて
  電話が切られた。


  その瞬間、あかねの脳内が一気に覚醒する。
  慌てて飛び起きるとズクン!と残余が体内で蠢き、昨夜の名残火を燻らせる。
  その何とも言えない感触に身を捩じらせた時、クン!と腕を引かれ剥き出しの男の胸元に
  ポスンと、抱き締められた。

 
  
  「お早う、あかね。
   何とも色っぽい痴態ではあるがね、何をそんなに慌てているんだい?」

  「教授、今の───んっ!」



  若干無理やりぎみに唇を塞がれて散々嬲った後、甘噛みされながらも
  ちゅ!と音を立てて解放される。



  「あれだけ教えたのに、まだ分ってないの? 次は、唇だけじゃすまないよ」

  「あっ、とっ友雅さん! 今の電話もしかして空港からなんじゃ」

  「天候はあまり芳しくないけれど、取り合えず飛行機は飛ぶらしいから連絡が来たのだよ」

  「・・・えと、聞き間違いかな? 『キャンセル』って聞こえたんですが」

  「御名答、耳までもいいのだねぇ」

  「えぇぇぇぇっ! 何て事をするんです、いつ帰れるか分らないじゃないですか!?」

  「帰す気なんてないから」

  「へ!?」

  「あかねは今日から私の秘書だ、どこに行くにも随行してもらうよ。
   あぁ大学の方には、その様に連絡して単位は免除してもらったから
   卒業に関しては心配いらない。
   あの祭壇・・・いいや君を見付けたのだから、もう発掘を続ける意味もないしねぇ。
   パトロンも必要ないし、その相手をするのも金輪際ごめんだ。 
   そうだねぇ、今後は著書と論文と片手間の教師生活でも始めようかな」 
   
  

  いとも簡単に今まで築き上げた地位も名声も捨てようと言うのだから、その気が知れない。
  あかねがパクパクと金魚の様に声も出ないまま驚いていると、もっと衝撃発言が



  「帰るまで待ちきれないから、取り合えず大使館に二人の婚姻届を提出しないとねv」

  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   教授ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!????????????」













「はい、不合格。 ヤレヤレ、もっと丁寧に教えてあげないと駄目かな」



その台詞に慌てて口を噤んでも、後の祭り

妖しげに微笑む男にノソリと圧し掛かられて



「私の生贄に、拒否権はないからね」










アステカの生贄の正確さ、に関しましての苦情は受け付けません
あの世界、一年が十八月もあって、ほぼ毎月生贄祭り(しかも複数 orz)
しかも何かにつけヤっちゃって、方法も多種多様(洒落になりません OTL)
どんだけ神様、生贄好きよっ!(祭りなんだよねぇ ○| ̄|_)って感じなので
今回のは、美味しいトコだけ寄り集めてます(^_^;)


色々カットしたんで、猟奇描写は抑えられたと思うのですが(゚ロ゚;)ドキドキ
姫君主義 / セアル 様