橘家狂想曲

= エイプリルフール =





「ちょっと待ってください、友雅さんっ」

友雅の屋敷に身を置くようになって二度目の春。
先程まで、のんびりと泉殿の桜を眺めていたあかねは、今、帰って来たばかりの友雅に抱きかかえられていた。

息を切らし帰って来た友雅に、「お帰りなさい」と声をかける間もなく…。
あっという間に両の腕に抱かれ、まるで病人でも運ぶように丁寧に、けれど急ぎ足で友雅は奥の寝室へと連れて行かれる真っ最中なのだった。

「どうしたんですか、一体。何かあったんですか?」
「どうもこうも…。それは君が一番解っているのではないかな?あかね」

部屋に戻ると、いつもあかねの世話をしている女房とは別に、橘家から使わされたと言う、かなり貫禄のある女房が待ち構えていた。

「いけませんわ。春とはいえ、まだ肌寒い時期もあるとういのに、外の風に当たられては。
暫くは大人しくしていていただきませんと…。当分は外出禁止ですよ、あかね様」

口調は丁寧だが、厳しい女房の台詞にあかねは驚いた。
今までこんなことなかったのに…なんで…?

「と、友雅さんっ?あの、ほら。私、藤姫と約束してるんですよ、明後日。お散歩しようって。それも駄目なの?」

「それくらいならいいのではないかな?」と、そう言ってくれると思っていたのだが、友雅の反応は違っていた。

「なるほど。約束を反故にするのは申し訳ないね。
 では、藤姫には私から文を書いておこう。散策ではなくて、奥の間に来ていただけるように、と。」

「そんな……。」

反論を試みるものの、いつもよりもきっぱりとした口調の友雅に、あかねは反論できない。
その日は、それ以降、部屋から一歩も出られずに過ごすことになってしまった。


翌日−。
昨日の今日だから無理だとは解っていても、庭に出ようとすれば友雅がつきそい、奥の間からは出して貰えない。
少しでも日が陰れば、当然のように部屋へと戻される。

一体何が起きてるんだろう?

「怨霊がでたんですか?」と聞けば、
「君が龍神の力で祓ってくれたのだから、もう怨霊は出たりはしないよ」と返され、
「強盗とか…その、悪い人がいっぱいいるの?」と聞けば、
「それは検非違使に任せておけば良いのだよ」と答えられ。
あかねには、部屋から出される理由がさっぱりわからないままでいた。

更にその翌日、藤姫が訪ねてくるまでは…。

昼過ぎに訪ねて来た藤姫は、藤壺の中宮から托されたという色のついた紙をあかねの元へと持ってきた。
「どの色がよろしいでしょうね?」と言いながら、誰には何色が似合うだとか、この色とこの色を襲ねるとどうかなどと談話しながら過ごしていたのだが。

一息ついたところで、庭に舞い降りてきた小鳥の傍にいこうとすると、「神子様。外は寒いですから」と矢張り引き留められてしまった。

「神子様は、大事なお体なんですから。何かあっては大変ですわ」

この言葉で、漸く、あかねは自分が外に出てはいけない理由を理解した…。
理解はしたが…、理解した途端、とんでもない誤解があることに気がつき、桜というよりは桃の花のように、頬が染まる。

「藤姫ちゃん、あの…もしかして、私、こ、子供が出来たって思われてるの?」

そのあかねの様子に、藤姫が首を傾げる

「そうではないのですか?そう友雅殿から伺っておりますわ」

あかねは、急いで否定する。結婚しているのだし、当然といえば当然なのだけれど。
でも……。


そうして、あかねは思い当たることに気がついた。
ここ数日、食欲がなくて、ついあまり食べないでいたこと。
女房が持ってきてくれた、果物だけはとりあえず食べていたこと……。
微熱が続いていたこと……。

それで友雅が勘違いしたのかもしれないと思いつつ、あかねの女房はおそらく風邪だろうということを知っていたと思うのに…と、思う。


「なるほど。そういうことだったのだね」
夕方、友雅とあかねのもとに訪ねて来た女房が、「実は…」と告白した事の発端は。

友雅から、留守の間、少しでも変化があったら文を送るようにと言われており、
食欲があまりないことなどを書き連ねて居たところ、
たまたま所用で来ていた橘家の女房に見つかり、今回の騒ぎになってしまったのだという。

加えて、「少将様がいらっしゃらないと神子様がとてもさびしそうでございます」と書いてあったのが、友雅の急ぎっぷりに追い打ちをかけたらしい。

「すみません、友雅様、神子様……。」

肩を落とす女房に、友雅は柔らかい笑みを向ける。

「気にせずとも良いのだよ、君は何一つ悪くないのだから。
 それに…ふふっ、数日の間だったけれど、父親になるというのも、悪くないと思えたのだし、ね?」

女房が退出した後、友雅はあかねを膝の上に抱くと耳元に、そっと囁きかける。

「今回は嘘になってしまったけれど……
 嘘から出た誠、というのもいいかもしれないね。」

首まで真っ赤になるあかねを、友雅は優しく抱きしめる。
春の宵の、色づき始めた桜を眺めながら──。



















Drop into a reverie / 櫻野智月 様