※軽度ですが、性描写があります。ご注意下さい。
花雲月夜

= 春 =



-2-


人里離れた…という表現が似合う、まさに穴場と言える場所だった。
地元の農家が古くから営んでいる民宿で、年季の入った二階建ての離れが、宿部屋として提供されている。
柱の傷やレトロな窓の造り、部屋はシンプルな10帖ほどの和室。
掛け軸と花が飾られた床の間や、飴色の和箪笥とテーブルに座布団。
旅館やホテルのような華やかさは無縁で、寝床を整えるのもすべてセルフサービス。
だが、そんな自由気侭なところが、また良いものだ。

「あー、美味しかったー。山菜のフルコースっ!」
もちろんフルコース、なんて洒落た言い方の似合うものではない。
天ぷらや煮付け、炊き込みご飯などの、至って庶民的なメニューばかり。
だが、地元の山や畑で採れた新鮮な食材を、素朴に調理しただけの庶民的な料理は、素材の味がしっかりと活きている。
「山菜を食べると、春って感じがしますよねー。ふきのとうとか、たらの芽とか」
「へえ…?若いのに、結構風情のあるものが好きだね」
「だって、ほろ苦いところが若草って感じがして、なんか季節感あるじゃないですか」
母屋で夕飯を摂ってから、あかねたちは部屋へと戻ってきた。

もう随分と遅くなったと思ったが、時計を見ると時間はまだ午後8時くらい。
都会と田舎の時間の流れは、全く違う次元にあるみたいだ。
一応部屋にはテレビなどもあるが、こんな場所では現実の話題など不要。
ひとときの遠出。
いつもと違う雰囲気に浸って、ここでしか経験出来ない時間を楽しまなくては。

そういえば、一階には半露天の浴室があると、宿の主人が言っていた。
平日のせいもあり、今夜この離れを使う客は自分たちだけとのこと。
「あかね、ゆっくり下の風呂にでも…」
完全に貸し切り状態だから、二人で入るのもOK。
マンションの狭い風呂は、否応でも密着しなければ一緒には浸かれない。
まあ、それもまた良いのだが、たまには広々とした湯船も心地良いはず。

と思って、風呂に誘おうと思ったのだが。

「どうしたんだい?」
「ううん。ただ、綺麗だなーと思って。」
開け放った窓の手すりから身を乗り出し、春の景色をさっきから眺めている。
「すごい枝垂れ桜ですよね。こんなに大きいのに、花がいっぱい」
桜で有名なこの里は、春になるとあちこちの木が花を咲かせる。
この宿も、ここ離れ前にある枝垂れ桜がひときわ美しく、部屋から花見が出来るというのが名物だった。
「センターで琴を担当している人が、毎年家族で遊びに来ていたんだそうだ。」
そんな子供たちも今年自立し、みんなで花見旅行はおしまいとなった。
夜桜をゆっくり楽しむなら、あの宿が良い。
部屋からの景色は、桜を独り占めしている気分にさせてくれる、と彼は言った。
「ホント、そうですねえ。ゆらゆら枝が揺れて、ふわーっと花びらが舞って…」
浴衣の袖をまくり上げ、手を伸ばしてみると…はらりと降り注いてくる桜の破片。
あかねはそれを、嬉しそうに友雅の目に差し出して見せた。

「賑やかなお祭りの桜見物も楽しいけどね。でも、こんな贅沢な花見なんて、滅多に出来ないからね」
「うん…ホント、贅沢…」
後ろから彼に抱きしめてもらいながら、二人で闇に浮かぶ桜を眺める。
どこまでも静かな夜。
花びらの舞い散る音さえ、聞こえてきそうな………。

「あ、や…」
友雅の手が浴衣の合わせ目に滑り込み、柔らかな頂を優しく弄る。
谷間を作る下着の鍵を指で外し、こぼれ落ちる乳房を受け止めるように握った。
弾力のあるそれを、ゆっくり捏ねるように揉みしだき、先端を手のひらに摺り合わせては、甘い声で鳴く彼女の様子を楽しむ。
「風呂に誘うつもりだったけど…どうせなら、汗をかいたあとの方がいいね…」
「友雅…さ……っ…!」
身悶えているうちに浴衣ははだけ、細い肩とうなじがさらされる。
友雅は片方の手で、あかねの腰に巻き付く帯を一気に解いた。
肌から浴衣は滑り落ち、白い背中が現れる。
「…あかねの肌も、今夜は桜色だ」
「や…っ…あんっ…」
丁寧に指先で身体のラインをなぞり、うなじから腰へと唇を這わせる。
なめらかな白い肌は、ほんのり紅を落としたように、何とも言えぬ春らしい色へと変わっていた。

「あ…やだ、だめっ、続きはお布団敷いてからっ!」
そのまま押し倒されそうになって、慌ててあかねは友雅を説き伏せた。
いくら何でも、座布団の上で乱れ合うのは…ちょっと様にならない。
せっかく、こんなに綺麗な桜に包まれた夜なのだから。



激しく甘いひとときが過ぎて、あかねは布団の上にごろんと寝転がっていた。
そんな彼女を疲れさせた犯人は、脱いだ浴衣を軽く羽織って、少し酒を味わいつつ桜を眺めている。
昼間、村の散策をしていた途中で、土産に買った地酒だ。
甘すぎず辛すぎず、夜桜を愛でつつ楽しむにはぴったりの味だと思う。
肌掛布団にくるまっているあかねが、時々つま先を突いたりして悪戯をする。
「悪戯してないで、隣に来たらどうだい?ここの方が、桜の眺めも良いよ」
「んー、大丈夫です。ここで寝転がってても、大きな桜だからちゃんと見えます。」
惜しげも無く背中を見せて、布団から覗くつま先を、ばたばたと人魚みたいにばたつかせて。

遠くには、緑の山並みが見えるはず。
だけど、窓辺に咲き誇るこの大きな桜が、簾のように遠景さえも隠してしまう。
「綺麗ですねえ」
背後から聞こえるあかねの声に、友雅は静かにうなづく。
おそらく彼は、この桜の事を言ったのだと思っているだろう。
だが、濃紺の闇にぼんやりと浮かぶ桜と、それを眺める友雅の姿が、幻想的なほどしっくり景色に溶け合っているのを、あかねは心底綺麗だと感じて、そう言ったのだ。
だから…こうして少し離れて、ファインダーの中に彼と桜が入り込むように、静かに眺めていたい。
もちろんそれは、彼には秘密。
こっそり一人で味わう、自分だけのお楽しみ。


「来年はもう少し早めに予定を立てて、何日か逗留出来るようにしておこう。」
「うん、そうですね。他にも、桜の綺麗な場所があるって、宿の人も言ってたし。」
彼が振り向いたので、あかねは布団にくるまったまま身体を起こし、少し友雅に近付いた。
ひらり、と部屋の中にまで、数枚の花びらが舞い込む。
「そのためには、一年間勉強を頑張らないとね」
「あー、もう、ここでそういう事、思い出させないで下さいよー!」
灰色の現実を思い出して、がくりとうなだれるあかねを、友雅は笑いながら抱き寄せた。
「短大に行って、良い奥さんになる勉強をするんだろう?楽しみに待っているんだから、頑張ってもらわないとね。」
……………?
あかねは友雅の腕の中で、疑問符を浮かべたような顔で彼を見上げた。

二年間の花嫁修業を、彼女が無事に終えたら……その成果を見せてもらおう。
いや、彼女だけではない。自分も、自分なりの精進を心がけなくては。
「その時になって、こっちが愛想を尽かされては困るものね。」
「え?愛想を尽かれる…って、誰にですか?」
首をかしげるあかねの頬にキスをして、友雅は答えを返さずに、ただ優しく微笑んだ。



-----THE END-----





えーと、先に展示して頂いたイラストの、テキスト版…です。
微エロ風味のあの絵には、こんなお話がありましたよ、という感じで…。
こっちのテキスト版は、一応微エロよりも艶シーンを含んでおりますが(^^;)。
元々は地下室でこっそり後悔しようと、艶モードも更にUPしようと思ったのですが、思い直して少しソフトに焼き直しました。
何故かと言いますと、放って置いたら友雅さんが歯止め利かなくなって、どんどんあかねちゃんに、えげつないことしそうだったので、敢えて自主規制(笑)。
今回もぬるーい艶話で、失礼いたしました?(焦)。
右近の桜・左近の橘 /  春日 恵 様