※この作品は年齢制限を設けています。18歳未満(高校生含)の方は閲覧を控えてください | 平成☆光源氏 − 春爛漫 − |
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「あかね……愛してるよ……」 いつもそう甘く囁いて、友雅はあかねを抱きしめる。 彼の唇が耳朶を食んで、舌が首筋を這って。 触れ合う肌にいつしか息が上がって、あかねの体温は上昇して、頭の中に霞がかかってしまう。 『愛ってよくわからない……』 以前そう言ったあかねに、友雅は「それでも構わないよ」と微笑した。 けれど少しだけ寂しそうに見えて、その時、良心がチクンと痛んだのだ。 (こんな気持ちで結婚しちゃって良かったのかな……) 答えは見つからない。 いつの間にか、パジャマは全部脱がされていて、途切れることのない愛撫に、体の奥がどろどろと熱くて、その熱がまるで蛇のようにとぐろを巻いて出口を探すように蠢き始めている。 「あつ、い……」 ふと漏れた声に、それまであかねの太ももに痕をつけていた友雅が小さく笑った。中に埋められていた指がズルと引き抜かれて、背中にさざなみが広がる。 何も言わずにベッドサイドに置いていたペットボトルの中身を呷るなり口付けてきて。 刹那、冷やりとする水があかねの口の中に流れ込む。 コクリとその液体を嚥下すると同時に、友雅の舌があかねのそれに絡まった。 「……ふっ…う……」 唾液が混ざり合って。 汗ばんで少しひやりとする肌を合わせて。 足を持ち上げられてドキッとした瞬間に、友雅自身があかねの中に入ってくる。 「あ……ん、んんっ」 「まだきつい?」 全身を貫いてくる大きな刺激に、あかねはこくこくと頷いた。 「……ということは、奥まで入れると痛みがあるかな…どうだろう?」 独り言のようにそう言うなり、そのまま彼自身が最奥を目指し、根元の方まで挿し込んで分け入ってこようとする。 (無理無理無理ムリ!!! 裂けちゃう〜〜ッッ) いくら事前に指で丹念に馴染ませてくれているとはいえ、ビリッ、ズキッとした痛みが今にも腹部にきそうで、あかねは「ヘルプ」と訴えるように、シーツを二度ほど手の平で叩いた。友雅以外の男を知らないだけに比較は出来ないが、とにかくあかねにとって友雅のソレは、いささかサイズが大きいのだ。友雅は慣れだというが、現時点では長さも太さも、先月まで処女だったあかねの身には少々辛いものがある。 途端に奥へと目指していたそれが、ゆるやかに途中まで引き抜かれて、ホッと息をつく。 「そっとするから、少し動いても大丈夫かい?」 「う、うん…」 友雅の顔を見るのが恥ずかしくて、あかねは視線を逸らせたまま頷いた。 言葉通りゆっくりとした律動で、浅い抜き差しが行われ始めると、ゆるゆると擦られるもどかしさと、上がってゆく熱に、また何も考えられなくなってくる。 「あかね? 気持ちいい?」 吐息と共に耳に流し込まれる艶めいた声に、体も思考も溶け始めていて、返事をするのも難しい。 自分の意思とは関係なく、呼吸が乱れてゆく。 ただ、止めて欲しくないということだけはあかねにもわかる。 おずおずと腰を浮かせて続きを強請った。 それなのに友雅は意地悪をして、動きをぴたっと止めてしまう。 「ねぇ、教えて?」 続きをして欲しくて、羞恥にどこかへ隠れてしまいたい衝動に駆られながらも、渋々あかねはそれに小さな声で応じる。 「……うん…きもち…い……」 「良かった…嬉しいよ」 足を抱えなおされ、それから少しずつ深く激しくなってゆく。 それまでなんとか我慢していた声が抑えられなくなって、勝手に自分の口から喘ぎが漏れ始めた。 「もう大丈夫かな」と、友雅はギリギリまで引き抜いて、それから叩きつけるようにして奥を突き上げた。 痛みはまるでなく、脳天を突き抜けるような甘美な刺激に、あかねは高い嬌声を上げる。 堰を切ったように繰り返し腰を打ち付けられ、自分の意思とは関係なく、勝手に体が強張りだす。 瞼を閉じているはずなのに、目の前に白い光がチカチカと点滅しているような錯覚に陥って。 「あ……ともま……さ、さ…もっ、もう、だめ……」 「あぁ…すごいね……とても、良い……」 「だめ、だめなの…もうっ……へんに、なる」 ところが動きが途端に緩やかになって、あかねはあともう一息というところで頂点をつかみ損ね、身を縮めてポロポロと涙をこぼした。 「あかね……私の名前を呼んで? たくさん……何度も何度も」 呼んでおくれ?と言われて、あかねは友雅に縋り付いて頷く。 今ならばきっとどんなことでもしてしまう。 それぐらい体の中を暴れまわる熱をなんとかして欲しくて仕方が無かった。 「友雅さん……して……?」 まるでご褒美だとでもいうように、友雅はあかねの中を掻き混ぜるように腰を動かした。 「ともまささっ、あ……、ああっ! ともま……」 壊れたように何度も何度も繰り返し彼の名を呼ぶ。 「あぁ、愛してるよ…可愛いあかね……本当に、君が、腹立たしいよ……こんなにも、私を……狂わせて」 友雅の唇がよく紡ぐ「愛してる」―――それがどんな気持ちなのか、まだわからない。 愛って何? ただ、こうして毎晩抱かれていると、体も心の中も、彼のことでいっぱいになっていくのがわかる。 「……ここは…気持ち良いかい?」 「うんっいい……あ、あぁ……」 「私のことが好き?」 「すき……だいすき!」 「呼んで?」 「あ! んッ…ともまさ、さ……ん」 与えられる快楽と。 強要されるように名前を呼ぶうちに。 じわり。 じわりと。 ―――すべてが彼に侵食されてゆく ***** パチリと目を覚まし、あかねは半身を起こすと「んーーーっ」と声を上げて伸びをした。 窓のカーテンからは朝の光が漏れ、清々しい気分だ。 サイドテーブルにある時計を見ると時間は朝の7時10分。 最近は、目覚まし時計などをセットしなくても、7時前後に自然に目が覚める。 それだけ規則正しい生活をして、体内時計が正常に働いているということなのだろう。 すぐ隣では友雅がまだすやすやと眠っている。 少し前まで不眠症だと睡眠薬を飲んでいたのに、結婚してから薬は必要なくなったらしい。 『あかねを抱くと良く眠れるんだよ。安心するのかな……』 確か初夜を迎えて3日後ぐらいに薬を飲んでないことに気がついて、訊ねてみたら、そんなことを言っていたような気がする。 (お薬が必要なくなったのは良かったよね) 自分の存在が、友雅にとってプラスになっていることがわかって純粋に嬉しい。 しかし…そのおかげで夜の営みを拒みにくいのも確かだ。 (毎日毎日……してる気がする……。毎日するものなのかな…こういうのって) あかねは小さな溜息をつく。 けれどそんな疑問を友雅にぶつけてしまうと、また寂しそうな顔をさせてしまいそうな気がして聞くに聞けない。 「まぁいいかな……それほどしんどいわけじゃないし」 あかねはプッと小さく吹き出して、思い出し笑いをする。毎晩、21時5分前ぐらいになると、友雅がそわそわし出すのだ。 リビングのコップや読んでいた本を片付け初めて、ちらちらとあかねの顔をうかがってくる。 それに気がつきながらもあえて気づかない素振りをしていると「あかね…おいで」と。 そして毎夜毎夜、翻弄されてしまう。 いつの間にか眠ってしまっているので、コトが終わる時間はわからないが、今までの経験上、7時間眠ると自然にすっきりと目覚めることが多いことを考えると、日付が変わるか変わらないかぐらいには終わっているのだろう。 睡眠時間を削られているわけではないので、体調はすこぶる快調だ。 少しだるさが残っていることもあるが、朝、シャワーを浴びればある程度はすっきりするし、腹部に違和感もあるが、意識しなければそれほど気にはならない。 あかねは今朝もシャワーを浴びるためにベッドを降りようと足を下ろした。 今は裸のままだが、今からシャワーを浴びるのに浴室に行く為だけに服を身に着けるのは億劫で、そのままの姿だ。 ギシリとベッドが軋む音がして、あかねは振り向いて友雅を確認する。 大丈夫。 まだよく眠っている。 「朝ご飯が出来たら起こしますね」 枕に顔をうずめるようにして寝ている友雅の額にそっとキスをしてから、あかねは寝室を出た。 良い光景だなといつも思う。 なんとなく動く気配がして、眠りから覚醒する。 うっすらと瞼を開くと、すぐ隣であかねが半身を起こして、伸びをしていて。 小ぶりな乳房がプルンと揺れている。 桜の蕾のように色づいた先端がツンと尖っていて、口に含んで舐めたいなと思う気持ちを抑えるのに必死な自分がなかなか滑稽で面白い。 初めになんとなく寝ているふりをしてしまった時、あかねがそれに気づかずにこっそり口付けてくれたので、それが嬉しくてずっと続けている。 一糸纏わぬ姿で、寝室を出てゆくあかねの姿もなかなか良いのだ。 気だるげに乱れた髪をかきあげながら、歩くリズムで揺れるお尻がなんとも欲情的で。 起きていることを知られてしまえば、そんな無防備な姿は見せてもらえないだろう。 だから止めるに止められない。 それに、愛しい娘の温もりや匂いが残るベッドで惰眠を貪る心地良さといったら、この上なく格別なのだ。 「……さん…友雅さん、朝ご飯ですよ?」 どれぐらいの時間うとうととしていたのだろうか。 あかねの声に、友雅は赤子がむずかるように小さな声をあげて寝返りをうつ。 「もう〜っ、お寝坊さんなんだから」 ばさっと暖かな羽毛布団を取り上げられ、肌を刺激する冷やりとする空気に友雅は別の薄い肌布団を引き寄せると「おはよう」と呟いて、仕方なく瞼を持ち上げる。 「……春眠暁を覚えず……って言うだろう?」 「友雅さんの場合、一年中、春になりそうなんだもの」 違いない、と友雅は笑う。 確かに今は桜が咲き始めている季節ではあるが、例え空から雪が降ろうが、あかねが傍にいれば友雅の気分はいつだって常春だろう。 「そろそろ起きてくださいね?」 それだけ言うと、あかねは素っ気無くキッチンに戻る為に踵を返す。 「今朝は目覚めの口付けもないのかい? ……あぁ、あまりの寂しさに胸が痛んでとても起き上がることなんて出来ないよ」 まるで思いがけず冷たい春雨に降られ、濡れて体温を奪われてしまったかのように、肌布団に頭の先まで包まって身を縮め、小さく震えた。 「友雅さんは〜〜っっ」 あかねは顔を赤くしながらベッドの方へ引き戻る。 怒っているのと、照れているのと両方あるようだが、どちらかといえば後者の方が大きいようだ。 まだ結婚してひと月にも満たない。 新妻の初々しさはなんともいいものだと友雅は内心ほくそ笑む。 「目、つぶってくださいっ!」 そう叫び、今度は肌布団を友雅から引き剥がす。夜の営みの名残のままに友雅は何も身に着けてないからか、剥きだしの肩や胸に目のやり場に困ったように視線を泳がせているのが可愛らしい。 はいはい、と友雅は内心ニヤけながら素直に瞼を伏せる。 躊躇うような一瞬の間の後、柔らかな羽がそっと触れるように、あかねの唇が友雅のそれを掠めて。 バッと離れると「じゃあ、起きてくださいね!」と逃げるように、あかねは真っ赤な顔をしたままキッチンへと走り去っていった。 「ふむ……」 少し物足りないが、仕方が無い。 友雅はようやくベッドから降りて立ち上がり、体を伸ばした。 今朝もなかなか良い気分だ。 心身ともに充実している。 あかねを見習って友雅は裸のままシャワーを浴びに行く。 その途中、キッチンをこっそり覗くと、あかねにタオルを投げつけられた。 「もうッ!! 何か着て下さいって毎日言ってるじゃないですか!!」 新妻がなかなかつれないのがたまにきずだ。 ***** 「ねぇ、友雅さん。桜、見に行きませんか?」 朝食をとっている時にそう提案されて、今日の予定は花見に決まった。 一緒にお弁当を作って、水筒にお茶を入れて、敷物を持って、戸締りを確認してマンションを出る。 目的地は少し離れたところにある住宅地に流れている河川敷。 川沿いに桜の木がたくさん植えられていて、その根元には雪柳もあるため、なかなか見事な華やかさなのだ。 住宅地にある為、休日は家族連れなどが来ているようだが、平日の昼間は人が少なくて、花見をするには穴場だった。 天気予報では、気温も高くなり五月のGW並みの温かさになると言っていた。 確かにポカポカと気持ちの良い陽気。 お昼のお弁当も食べ終わり、しばらくは花を見ながら他愛のない話をしていたが、友雅は何かを思い出したように、鞄からの束ねられた紙を取り出した。 「お仕事?」 「そう、企画書。今日中に目を通して受けるかどうか考えておいてくれって言われていたのを、すっかり忘れていたよ」 あかねは「そっか」と、友雅の背中にもたれたまま桜を見上げる。 花びらの隙間からのぞく青空との色合いが綺麗だ。 日差しはやわらかく、背中から伝わってくる友雅の体温が心地良い。 ガクンと自分の体が揺れるのと同時に、「おっと」と言う慌てた友雅の声と共に、あかねはその腕に支えられた。 そこでようやくあかねは自分が転寝をして、舟を漕いでいたことに気がついた。 どれぐらいうとうととしていたのかわからないが、明らかに太陽の位置は少し変わっている。 「家に帰って眠るかい?」 あかねは首を横に振った。 眠るつもりは全然なかったのに、春の陽気に誘われて、いつの間にか寝てしまっていたことが恥ずかしい。 「疲れさすほど夜に君を求めているつもりはなかったのだけれど……?」 耳に流し込まれるしっとりとした美声に、あかねの頬が朱に染まる。 「そっ、そんなのじゃなくて!」 「そう?」 「そうですよっ」 「良かった……これでも随分と抑えてるつもりだから、これ以上、加減をするのは難しいし?」 あかねは「わあああ! もうやめてーーー」と小さな叫び声をあげて、友雅の口を両手で塞いだ。 「と、友雅さん! ほんとにわたし、気持ち良くてちょっと寝ちゃっただけですから!! 睡眠不足とかじゃないですから!!」 承知したようににっこりと微笑む友雅に、あかねは安堵の息をつく。 「あかねが転寝してしまうのもわからないでもないよ。今日は風も凪いでいるし、春の女神が祝福してくれているような随分と心地の良い陽気だからねぇ」 抱き寄せられるままに、あかねは友雅の胸に自分を預けた。 「うん……そうなんです……暖かくて…気持ち良くて…なんだか妙に幸せで……」 喜気に言葉も出ない友雅に気づくこともなく、あかねは自分の気持ちのままにそう呟いて、うっとりと瞼を閉じる。 しばらくじっとそうしていたが、人通りが少なく人目につきにくいとはいえ、野外で抱きしめ合っていることに今更ながら気がついて、あかねは慌てたように友雅の胸を押して離れた。 「友雅さん、そろそろ帰ろう?」 視線を逸らせたまま、友雅の残念そうな「そうだね」の声を聞くと、あかねは照れ隠しのためにそそくさと片付けを始めた。 日が傾き始めている。 花見を終えた後、買い物の為に、住宅街から少し大きな通りに出ると、近くに学校があるのか真新しいセーラー服を着た女子生徒が通り過ぎた。 あかねがその生徒をすっと目で追ったのを友雅は見逃さなかった。 本来ならあかねも今頃、高校二年生となり学校に通っているはずだった。 (あかねは私の傍に居ることを選んでくれた。けれど、本当は……) まだ高校に行きたかったのかもしれない。 友雅は弱気を払拭するように首を振る。 そんなことを思っても仕方がない。 (あかねの気持ちが育っていないまま、罠に嵌めたように強引に手に入れたことはまぎれもない事実だ。しかし、今更悔やんでなんになる?) 日々の生活に幸せが伴えば、ただの情だっていつかは深い愛情へと変化するはずだ。そう考えて、手にしたのだから。 夜の生活だって毎晩抱いてはいるが、決して無理はさせていないつもりでいる。断腸の思いで一晩に一度だけと決めたし、あかねが恥ずかしがって嫌がるだろうから、朝昼など明るいうちには誘っていない。今のところそういうことはないが、あかねが断ればしないつもりだ。そして、家事も当然のように分担している。 ふたりで過ごす日々が決して負担にならないように。 一緒の時間が楽しいと思えるように。 常にそうであるように心を砕いている。 「友雅さん」 呼ばれて友雅は、笑顔を作ってあかねに向けた。 「ん? なんだい?」 「あの人……なんだか変じゃないですか?」 普段、人を指差すことなどないあかねが、控えめにとはいえ指を差し、訝しげに表情を歪めている。 車道を挟んだ向かいの歩道に、あかねが言う人物がいた。 性別は男。年齢は四十代だろうか。今流行のメタボなのか、見るからに少し肥満気味だ。 この暖かい春の日に、黒い冬物のコートを着込んでいる。 それだけならただの寒がりですむが、コートの裾から見えるのはスネ毛が渦巻く素足に革靴。 少し開いたコートの襟首からも素肌が覗いている。 (おや……これは) と、友雅が思った瞬間、コートの男は自分のコートの前を掴んで、バッと開いてその中身を見せた。 予想通り中は全裸で、友雅は慌ててあかねの目を覆う。 男は目的は果たしたとでもいうように、脱兎のごとく逃げ去る。 「……見てしまった?」 友雅はあかねの顔を覆っていた手を除けて、そっとその目を覗き込む。 「一瞬だけ……」 「忘れてしまいなさい」 「う、うん」 小さな声で「私以外のモノは見なくていいよ」と、そう耳元で囁くと、あかねの頬が桜の花びらのように色づいた。 「私の可愛い姫に変なものを見せて……まったく困ったものだねぇ」 「でも、毎年春になると、ああいう人って出てきますよね」 「春の陽気に誘われるのかな……」 「あはははは。ある意味、春の風物詩ですよね」 もっと動揺しているかと思いきや、意外とあっけらかんとして笑っているいるあかねに、友雅は舌を巻く。 案外、元女子高生はドライのようだ。 ところが急に、釈然としないもやもやとしたものが友雅の胸に充満する。 今朝、友雅が起きた時に、顔を背けるようにして、寝室からキッチンへと走り去ったあかねの後姿が浮かんだからだ。 「ねぇあかね」 「なんですか?」 「私の裸を見た時は逃げ回るのに、なぜ他の男だと平然としているの? 私の体の方が見慣れているだろうに」 今度は火がついたようにボッと顔だけでなく首まで赤くして、あかねが叫ぶ。 「そんなの当たり前じゃないですか!!!」 照れているのか、怒ったのかはわからないが、あかねは家に帰るまで口を利いてくれず、友雅はその後、あかねが一緒にベッドに入ってくれるまでご機嫌取りに勤しむ羽目になるのだった。 ***** ―――翌朝。 結婚してからは初めて、あかねが起きる前に、友雅は眠りから覚めた。 カーテンの向こうは随分と明るいので、六時半は過ぎているだろう。 隙間から見える空はどこまでも青く、おだやかな春光は、まるで自分の想いが溶け出しているかのように暖かい。 (あかねの心も早く私に溶けてしまえばいいのに……) そういえばそんな和歌があったような気がして、友雅は記憶を探る。 「春たてば消ゆる氷の 残りなく 君が心はわれにとけなむ……古今集、だったかな」 腕の中のあかねをぎゅっと抱きしめた。温もりが心地良くて、とてもベッドから出る気にはならない。 友雅は昨日のことを思い出し小さな溜息をつく。 一緒に過ごすこの春の時間を、あかねが幸せだと感じてくれたことが嬉しかったのに、別のことで機嫌を損ねてしまったからだ。 (なかなかうまくはいかないものだね……) 以前は、女はいくらでも思いのままに扱えると思っていた―――その自信もあったし、独身時代に数多の女性と付き合っていた時は、自分の思うように出来ていた―――それなのに、いざ本気になってみると小娘の一員であるはずのあかねに、振り回されて必死になっているのは自分の方であることに自嘲する。 もう一度溜息をついた時、あかねが小さく唸って身動ぎをした。 どうやら目覚めが近いらしい。 友雅はピタッと瞼を閉じて、いつものように寝たふりを決め込んだ。 ごく僅かだけ瞼を持ち上げて、友雅は愛妻を垣間見る。 あかねはいつものように惜しげもなく小ぶりな乳房を突き出して伸びをして。 いつものように友雅にキスをして。 いつもならばそのままシャワーを浴びにいくのだが、この日は、キスの後に、友雅の頬を軽くつねったのだ。 「友雅さんだから意識しちゃって、目のやり場に困るんですよっ」 そう言って、友雅の体に布団をかけなおして、いつものように…… いや。 少し昨日の羞恥や怒りが蘇ったのだろう。 いつもよりもプリプリ怒った様子で、いつも以上にプリプリと可愛らしくお尻を振りながら寝室を出て行った。 (たまらないな……) ゆるむ頬を戻すことが出来ず、友雅は幸せな気分のまま、いつものように惰眠を貪ることを決め込んだ。 ――― 春 爛漫
<完>
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ルナてぃっく別館 / くみ 様 |