Sirenetta 〜シレネッタ〜

= エイプリルフール =




  船上で開かれる、王子と隣国の王女との結婚披露宴パーティ。
  山海の料理に、一生に一度お目にかかれるかどうか分らない高い酒
  様々な宝石で彩られた、豪華絢爛な室内の装飾。

  だがそんなもの、今ホールで舞っている少女の美しさには到底及ばない。

  王子がどこからか拾ってきた、喋る事もできずにいる少女。
  彼は彼女を、目に入れても痛くないほど可愛がっていたが
  如何せん、どこの馬の骨とも知れぬ娘を王家に迎え入れる事は出来ない。
  
  そこで王と后は、王子には正当な妃を用意した。

  王子の船が難破した時、砂浜に倒れていた彼を介護し助けた少女。
  それは修道院に行儀見習いとして預けられていた、隣の国の王女だったのだ。



  王子の為だけに、少女は舞い踊る。


  舞う毎に、尾びれの代わりに貰った足はナイフを突き刺されているかのように激痛が襲う。
  だがそれよりも、心の傷の方が、ずっと、もっと痛い。
  魔女の薬と引き換えに失った声、その音ならぬ声で叫びたい!
  あの日、王子を荒れ狂う海から救ったのは、人魚であった自分なのだと。


  人魚姫は痛みを押し殺し舞い続ける、美しくも悲しい痛嘆の舞を。  





Sirenetta 〜シレネッタ〜





  披露宴も終わり招待客はそれぞれの部屋へと消えて、王子も王女と既に夢の中だろうか。
  人魚姫は一人、故郷でもある海を見つめていた。
  魔女から警告されていた事。
  『王子が姫を選ばなければ、姫は朝日とともに海の泡となって消えてしまうでしょう』
  そう、もう覚悟を決めていたのだ。
  今まで王子から貰った沢山の幸せを胸に、海の泡と消えようと・・・だが

  ふと波間から、懐かしい顔ぶれが現れた。



  『お姉様方!』

  「あぁ、私達の可愛い末妹姫」



  だけど姉達の様子は、自分が知っているのとは激しく違っていて
  皆、あの自慢の長い美しい髪をばっさりと切っているのだ。 
  
  

  『お姉様、その髪は?』

  「魔女に私達の髪と引き換えに、この短剣を貰ったの」

  「姫、時間が無いの良く聞いて、今すぐこの短剣で王子を殺しなさい」

  『え!?』

  「そうすれば、貴女は海の泡にならずに済むし、元の人魚に戻れるのよ」     

  『でも、そんな』

  「彼は、貴女を愛を裏切った人間なのよ。
   私達の可愛い末妹姫、死なないでどうか私達の元に帰って来て」



  そういうと姫に短剣を渡し、姉達は海の中に戻っていった。


  姫は短剣を手に、夢遊病患者のようにゆっくりと足を進める。
  一歩、一歩ごとに偽りの足に痛みが走る。
  だがそれよりも胸が、心が、魂が粉々になってしまいそうだ。


  王子の寝室に辿り着き、絹で覆われたベッドの天蓋を捲ってみれば
  そこで眠っているのは、愛しい人。

  そう、愛されていたと信じていた・・・でも。

  今、王子の隣で眠っているのは隣国の王女。
  姫は王子の心臓目掛け短剣を振り上げた───だが、どうしても振り下ろせなかった。



  そう、愛しているのだ、こんな状況になったとしても未練がましく
  その思慕の想いは、姉達の好意を踏みにじったとしても
  もう自分の意思などでは、どうしようもなくて。

  姫はそっと王子の寝室を出ると、そのまま甲板に赴き海に向かって短剣を放り投げる。
  この身は消え逝く運命、ならばいっそ───とそのまま海中に身を投じようとした。
















  「姫になら、この命くれてやっても構わないのにねぇ」


 
  乗り出した身を、がっしりと背後から抱きかかえられて
  優雅にそして僅かに気だるさを孕んだ美声で、そう優しげに囁かれた。



  「とっ!」

  「王子の役は果たしたのだから後は皆、好き勝手にすればいい。
   さぁ行こうか、姫が望むのであれば綿津見神わだつみが住まう海の都であろうともね」



  そのまま、二人の姿は抱き合うように漆黒の海の中へと消えていった。























  
  果たして二人は、海の藻屑となってしまったのか?
























  いや風の噂が囁く、遠く離れた異国の地、翡翠の髪の青年と桜色の髪の乙女が
  慎ましやかに、でもとても幸せに暮らしているのだと。
   


















  スポットライトが落ち、緞帳がステージを閉ざす。
  客席からはザワザワと、密やかな声が漏れ聞こえてくる。



  「え!? 人魚姫ってこんな話だったっけ?」
 
  「泡から空気の精になって、天国に行くんじゃなかった」

  「でも、私こっちの方が好きかも」

  「うん、ハッピーエンドの方がいいよね」



  やがてそのざわつきは、多くの拍手となって体育館に満ちた。


  今日はボランティアの一環として、高校でチャリティーバザーが開かれていた。
  本格的に参加した生徒は十数人ではあるが、学校全体でバザーの品を集めてもらったので
  その品数は、相応数に上っていた。
  全部捌ければかなりの金額になるだろうが、捌けなけれは不要な物を抱え込む事になる。
  まぁ、そうなったら専門の業者に引き取ってもらえばいいのだが
  折角皆の善意で集められた品、どうせならバザーで捌かしたい。

  そこで集客目的として、演劇を催す事にしたのだ。
  当然、学生ばかりでは集客に繋がる訳はないので虎の子の人物をメインキャラとして投入する。
  一端のモデルである人物を、事務所も通さずノーギャラで扱使う方法はいたって簡単。
  彼の示す条件を飲めばいい。
  そしてその条件も分りきっていて『あかねを相手役にする事』。

  
  ・・・そこまでは読めていたのに・・・



  「ちょっと! あのナレーションどういうこと!?」



  魔女役だった蘭は、衣装もそのままに体育館の上にある放送室に乗り込んだ。



  「え? だって橘さんに、演出が変わったってこの台本を渡されたんだけど」

 

  周囲にいる数人も、それを裏付けるようにウンウンと頷く。



  「その台本、貸してっ!!」



  『人魚姫・改』と書かれた真新しい台本。
  それには先程のナレーションどおりの内容が書いてあった。
  隣国の王女や他の登場人物、舞台裏のメンバーも特に騒がなかった所を見ると
  直前に、しかし用意周到に準備されていたのだろう。
  恐らく知らなかったのは、この演目を選び率先して演出していた自分と
  髪が短いからとの理由だけで、姉姫役に無理やり引きずりこんだ二人。
  そして、あかねのあの様相からしても、彼女も何も知らなかったとみえる。

  ニヤリと北叟笑む男の顔が、蘭の脳裏にちらつく。

  
  
  「つくづく憎々しいわね、あの男はっ!!!」



  真新しい台本は、当人の代わりとでも言わんばかりに
  捩じり切らん勢いで、グシャリ!と握り潰された。
    












  「も〜う、知りませんよ勝手に内容変えちゃうなんて」

  「ふふ、あの舞台演出家に怒られるかな。
   でも折角ならば、ハッピーエンドの方がいいだろう」

  「まぁ、それはそうですけど」



  舞台から飛び降り、スポットライトが落ちた一瞬の暗闇に乗じて
  衣装のまま友雅はあかねを抱いて学校を抜け出し、今こうして車を運転している。
 
  自分が見世物パンダになろうとも、小さな子供のお遊びのような舞台であろうとも
  公然とあかねとイチャつける、と思いきや用意された演目は人魚姫。
  確かに自分の出した条件の通り、相手役はあかねだがこれではその意味を成さない。
  蘭の『アンタの、思い通りにはさせないからねっ』との強い意志が感じられた。
  難色を示して演目を変えさせようかと思ってみれば、事の他あかねが乗り気だったので
  最終的にこういう手段を取ったのだ。


  

  「むぅ〜」

  「随分とご執心だねぇ、そんなに元のままの物語が良かった?」

  「だって、一途な純愛じゃないですか」

  「そう? 私から言わせてみれば
   自分を助けてくれた相手も分らない、愚かな男と
   そんな愚かな男の犠牲になった、哀れな少女だと思うがねぇ」

  「無理ですよ、言葉も話せないし陸の世界の文字も書けない。
   二人の住む世界が違いすぎる。
   それでも、人魚姫は本当に王子の事が好きで守りたかったんですよ」

  「・・・」



  その優しげで儚げなあかねの微笑に、ゾクッ!と友雅の背筋に冷たいものが走る。

  王子は人魚姫がいなくなって、初めて必要な愛しい存在に気が付き嘆き悲しむのだろうか?
  それともそんな事さえ気付かずに、隣国の王女と日々を過ごすのだろうか?
  いや、もしそうだったとしても、いつか思い知るだろうのだろう。
  どれだけの物を失ってしまったのかと言う事実に───何にせよ、気付いた時には遅すぎるのだ。


  その恐怖心が、まるで現実のもののように友雅の心を押し潰そうとする。

  その優しげで儚げな微笑で、あかねは龍神をその身に降臨させた。
  すべての者を守るために、我が身一人を神の供物として。
  何とか無事にこの手に呼び戻す事が出来たが、もし戻ってこなかったら?
  思い描くだけで、胸が張り裂けてしまいそうだ。


  そう、まさに愚かな王子は自分で、心優しき人魚姫はあかねそのもの。

  海の泡と消え、空気の精となって天国へと召された人魚姫。
  心優しき、たが同時に痛烈なまでに残酷な少女。
  どれほどの苛烈な罰を、罪人である王子に刻印したかも知らぬままの綺麗で無垢な乙女。


  『気付かない事もまた罪なのだ、と教えて差し上げねばね』


  友雅はチラリと視線を走らせると、まさに打って付けの名前を見つけ、ハンドルを左に切った。
  その道は住宅街に向かうには少し外れて、どちらかと言えば歓楽街方面への道。



  「あれ、騒がれるのが嫌だから帰るんじゃなかったんですか?」

  「まぁ、たまにはいいかと」

  「?」



  質問の答えになって無い返答に、首を傾げる少女を他所に
  『マリン』というホテルの駐車場に滑り込むと、あかねの手を引き中に入っていく。
  綺麗に整理されてはいるが、全く人気の無いロビー。
  大きなタッチパネルの部屋の中から、貝殻のインテリアを基調とした
  『シェルルーム』を選びそのまま部屋へ。



  「えっ!? えっ!!??」



  友雅があまりにも自然に、全く戸惑うこともなく振舞っていたので、あかねは成すがまま状態。
  部屋に入って【ってか入れられて】その独特の雰囲気で、一度も使ったことは無いが
  そこがどういうホテルなのか分ってしまった。



  「ちょっ!」

  「ここは、綿津見神わだつみが住まう海の都───覚悟なさいまし、姫」

  「っ!!」















『王子が姫を選ばなければ、姫は朝日とともに海の泡となって消えてしまうでしょう』



ならば現し世の姫は泡と消える事はなく、王子もその罪科に苛まれる事もない。




───姫が、王子を望んでいる限りは───







テーマ『 嘘 』ヴァージョンで
あかねちゃん、蘭ちゃんを騙しました〜ってーのと
皆様にパラレルかと思いきや!?と騙しちゃいましたwってので

しかし短髪だからと借り出された二人・・・ていうか約一名、憐れw

取り合えず「人魚姫」にツッコミを一つ
殺さない程度に刺すのはダメですか?
そうすれば、王子も死なないし、自分も元に戻れるし
ってかいっその事、アレちょん切っちゃえよw( ̄ー ̄)ニヤリッ


ちなみに『マリン』は全くの想像モノですので (あぁ、これも嘘ですね
本当にそんな名前のホテルがあっても (ありそうですけどね
当方は、全く関与いたしませんので悪しからず ( ̄ー ̄)ニヤリッ



ギャグオチ「そして、選ばれしモノ」にいってみる? 後悔しない??  
姫君主義 / セアル 様