疲れているのだから、甘えなさい!

= 13.疲れてるから甘えさせて? =




 『 証言その一 』

  ふざけるなっ!って感じだよなぁ。
  たかが人間の、しかも生贄だったくせに、まんまとあいつの性格に付け込みやがって
  もう用が済んだんだから、さっさと人間界に帰れっちゅーの!

  あいつから、前魔王と生贄の皇女の話を聞き出して

  「人間でも魔界に住めるのかい?
   ならば私はこの身が果てるまで、魔王の忠実なる下僕として生きていこうか」

  だと〜っ! 何が忠実な下僕だっ!! 
  あいつを手に入れたいだけじゃねーかっ!!!
  本気でムカつくから、力尽くで排除しようと思ったら
  ヤツのピアスにあいつの反魔法が掛けられていて、魔力は無効化されてしまって
  本当の力尽くで、向っかかっていったら・・・。

  くそっ! 皇子だった癖に、何であんなに剣も体術も強いんだよっ!!
  仮にも魔界No2を、子ども扱いしやがって!!!
  あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ムカつくっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぅ!!!!




 『 証言その二 』

  えっ? そうですね、随分と役に立つ人間だと思います。
  享楽的な雰囲気だったから、どうかな?と思ったんだけれど。
  中々どうして、知力も経験も知識も人並み外れているし、何より結構策略家なんです。
  戦術を練るのに、とても参考になります。

  それに、あのリビドーは尋常じゃないですしね。
  あかねちゃんの魔力は、日増しに大きくなってますよ。

  その分、早く枯渇してくれればいいと思ってるんだけれど
  どうも僕の予想は当たっていたみたいで、彼の生命力も比例してupしてるんですよ。

  いつかは手を打たなくちゃいけないかな?とは思ってるんだけど
  えぇ、勿論あかねちゃんがそう望んだら・・・ね。




疲れているのだから、甘えなさい!




  友雅はフト目を覚まして、自分の腕の中に『また』愛しい少女が居ない事に
  軽く舌打ちし、苦虫を噛み潰す。


  窓から差し込むは冴え冴えとした月の光、だからといって今が『夜』とは限らない。

  ここは、白の天界と対を成す黒の魔界。
  魔界には太陽の日の光は差さず、月の輝きのみ。
  暗闇を活動の領域としている悪魔にとっては、ソレがもっとも相応しく当たり前の事。
  初めてその事実を知らされた時は不思議な気持ちだったが、実際過ごして程無く慣れた。
  能く能く考えてみれば、昼近くに起き出し夜の街を徘徊していた男にとって
  生活態度に大した変化はない。
  むしろ、常に日の光が満ち満ちた天界に行っていたら、さぞかしめげただろう。

  いや、それでも、あかねかそこにいれば、ソレは自分にとっての天国だ。


  魔王の少女に捧げられた、千年帝國の最後の生贄の皇子。
  そして今は、その魔王の下僕(?)として、こうして魔界にいる。


  その愛しい御主人サマがいないのだから、不機嫌極まりない。
  毎夜毎夜、あれだけ肌を合わせているのに
  自分でさえ、こうしで起き上がるのが億劫なほどに体を繋げているのに
  身も心も、それこそ魂さえも捧げるほどに激しく愛しているのに
  今独りでいるベッドには、本人どころかその痕跡さえなくて
  全てあかねが魔力で綺麗に片付けてしまうのだ。
  ・・・互いの躰に刻んだ痕さえも・・・

  情事の残香など、好ましいと思った事など一度足りとなかった男が
  あれほどつけた所有印も、背中に刻まれたはずの小さな爪痕も残されていない事が
  餓える程にもどかしくて、 痕を刻ませたくて、跡を刻みたくて
  つい少女の許容範囲を超えるほど、求めてしまう。
  百戦錬磨の自分でさえそうなのだから、いくら悪魔とはいえ経験値の少ない少女にとって
  ソレは厳しい状態であろうに
  それでもあかねは友雅を残して仕事に向かう、魔王としての責務を果たす為に
  ・・・華奢な躰に鞭打って・・・


  何事においても自由気ままな、悪魔の世界。
  交わした『契約』さえ反故にしなければ、彼等は自由だ。
  そう、仕事をするもしないも自由なのだ。
  まぁ『魔王』にはそれ相応の魔界自体との『契約』があり、好き勝手に出来ないのも事実だが
  これほど仕事好きの魔王も珍しい、と言う話も耳にした。



  「やれやれ、どうしてそう君は真面目なのかねぇ」



  人間である友雅に言われては世話ないとも思うが、実際『身を粉にして働く』との言葉がピッタリで。



  「私は君に『おはようのキス』さえ、させてもらえないのかねぇ」



  溜息を零しながら身支度を整え、愛しいご主人様に朝の挨拶をする為に部屋を後にした。





  黒光りする鉱物で作られた、重厚な魔王の執務室の扉。
  普通なら立ち入り禁止、その為の魔法も掛けられてはいるのだが、友雅は殆どがフリーパスだ。
  あかねの血潮で作られた真紅のピアス。
  魔王の所有物である証と、無効化の反魔法が掛けられていている。
  事実上、彼に危害を加えるという事は、魔王に逆らうという事を暗に示していた。

  重厚な黒の玉座に鎮座し、目の前の書類と真剣ににらめっこしている少女には
  不法侵入者に気付く事も出来なくて。
  友雅は気配を消してそっと背後から近付き、主の頬にキスを落とす。



  「おはよう、姫君」

  「わひゃぁぁぁぁっ! も〜友雅さんってば、脅かさないで下さいよ」

  「下僕を置き去りにするからだよ、もしこれが他のヤツだったらどうする気だい?」

  「下僕って・・・そんな風に思ってないですし、ゆっくり寝かせておこうと思って。
   扉に魔法が掛っているから、友雅さん以外入って来れないですよ」

  「ふふ、特別扱いは嬉しいね。
   で、どう特別に思ってくれているのか、教えて欲しいのだけれど」

  「えと、私の知らない事を色々教えてくれる、優しい人間のお友達」

  「・・・」



  天使が堕天して悪魔となるのが、大部分。
  ( たまにこの魔王の様に、特殊環境で魔力が凝固し悪魔と成る事もあるらしいが )
  悪魔も天使も、子供を作る事はない。
  天使は天帝の意を受けて人間に受胎告知をする事はあっても、勿論天使の子ではなく
  悪魔が何らかの目的で人間に子を宿させる時は、情事ではなく細胞の欠片を植え付けるのだ。

  悪魔にとって情事とは、食事であり、人間にとっての嗜好品感覚。
  だから、分かりやすい深く重い劣情や激情を好み、淡い情愛関係の思想は乏しく
  博愛を謳っている天使でさえ、人間の愛の思想とは根本理念が違うらしい。

  分かってはいる・・・分かってはいるが

  友雅は微苦笑しながら、あかねの視線を独占していた書類に眼を落とす。



  「で、麗しの魔王様は一体何に心奪われていたんだい」

  「コレなんですけど」

  「・・・あぁ、これは、苦戦している状況だねぇ」



  手渡された書面には、辺境で起こっている天使との戦いの事が記されてあった。
  天界と魔界の境界線は結構曖昧で、些細な切っ掛けで小競り合いが起こってしまう。
  『全面戦争』なんてことになったら世界が滅ぶので、そこまで発展する事は無い。
  その程度の事なので、魔王ともあろう者が気にする程の事でもないのだが
  この少女は、そうは出来ない性分なのだ。

  戦いは悪魔がチョッカイをかけて、天使がムキになって対応してしまうパターンと
  天使が聖戦の名の元に、戦を挑んでくるパターン。
  前者は悪魔が手を引けば収まるが、後者は大義名分があるだけにそうもいかない。

  今回はその後者で、かなり悪魔軍が苦戦しているらしかった。

  だけどこの程度、友雅の引き出しから見れば戦局を明るくする方法はいく通りもあって
  ソレを教えようとした矢先、信じられない言葉に我が耳を疑った。



  「どうにかして、どちらにもこれ以上犠牲者が出ないように収めたいんですケド
   いい案が浮かばなくて」

  「どちらにも!? 悪魔軍に勝たせるのじゃなくて、引き分けに?」

  「はい、そうでないと禍根が残っちゃうでしょう」

  「・・・その考えは、他の悪魔に支持されるのかな?」

  「多分無理かも・・・天真君と詩紋君なら、話せば分かってくれるでしょうけれど」



  比類なき強大な魔力を持ちながら、どこまでも優しくて純真で真っ白な魔王。

  ・・・どれ程、私を魅了すれば気が済むのかねぇ・・・

  天使軍の面目も保ちつつ撤退させ、悪魔軍にはその策の裏の意味も感じさせず
  魔王の裁量と思わせる。
  確かにソレは天地を揺るがすほどに難儀な事、だが。

  ・・・叶えてあげるよ、君がソレを望むのならば・・・



  「そうだねぇ、こういうのはどうかな」






  友雅の奇抜で荒唐無稽な計画、だがそれは意外とすんなり実行に移された。
  一つは、魔王がソレを望んでいたから。
  もう一つは、魔王の今後の憂いをなくす目的の為に。

  内情を知る天真と詩紋に、それぞれ城の軍備を分け鎮圧へと出兵させた。
  警備が手薄になる間、あかねは自室を硬く封印し閉じ篭る事でその安全を図る。

  ・・・のは、表の事情・・・

  その実、魔王の命を狙う輩には絶好のチャンスとなる。
  いくら魔界一の魔力を持っているとはいえ、何人かの連合で襲われれば
  不測の事態に陥るかもしれない。
  そんな無粋な連中を、あかねの側に蔓延らせる訳にはいかないのだ。

  城には、天真と詩紋によって縛鎖の魔法を仕掛けさせた。
  万が一侵入者があれば、たちどころに亜空間に拘束される。
  その後はどうとでも処分をすればいい、優しい魔王に知られる事なく。


  ・・・そして密かにもう一つ、これは友雅にとっての裏事情・・・




  シルクを織り成したような、微妙な光沢の天蓋付きのベッド。
  いつもは貪るようにその上で開かれる饗宴が、今日に限っては大人しいモノだ。
  ベッドサイドまで寄せられたワゴンの上には、ポットたっぷりの紅茶にミルクも添えて
  ケーキスタンドの上には、熱熱のスコーンにワッフルにアップルパイに様々な焼き菓子。

  天使も悪魔も、基本何も食べなくても生きていける。
  天使は敬虔な祈りと光が糧となり、悪魔は色々な欲望や闇の力が糧となる。
  ただこの特殊な魔王は欲望や闇の力よりも、自然の気を好むベジタリアン。
  味覚も人間の少女と同じらしく、友雅によって人間界から持ち込まれた
  これらの甘いお菓子は、あかねの大好物となっていた。

  ベッドの上で座っている友雅の膝を枕に寝転ぶ少女は、空を眺めながら心配そうに呟く。



  「・・・上手くいってるかなぁ・・・」



  当然出ると思っていた台詞に、友雅は苦笑しながら上から覗き込み、大袈裟に溜息を吐く。



  「私の策の信憑性を疑うと?」

  「そんな事はないけど・・・私だけ、こうしてのんびりしているのが悪いな」

  「何か遭ったら連絡が来るだろう。
   それに君は働き過ぎなのだから、こんな時ぐらい休めなさい・・・いいね、あかね」



  普段は下から姿勢で他の悪魔と同じ様に、敬い称える様子で呼ぶ。
  だけどこの部屋で二人っきりの時だけ、友雅は『あかね』と呼ぶ。
  それが何故か気恥ずかしくて、でもすごく嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。



  「そうそう、魔王の凛とした表情も、民を思う女王の憂いの表情も好みだがね
   そんな風に微笑んでいる表情が、素敵だね」



  あかねは、蕩ける様に嬉しそうに微笑んでいる男をじっと見る。



  「友雅さんの表情の方がずっと素敵だと思いますけど?」

  「そう? あかねに、そう言ってもらえるのは嬉しいねぇ。
   何せ、君だけに見せているのだから」



  どうして彼の言葉は、こんなに心地いいのだろう?
  誰からどんなに褒め称えられても、こんな気持ちにはならなかったのに。
  上から零れるように降ってくる、翡翠色の巻き毛を指に絡めながら
  あかねは、自らの答えに辿り着いた。



  「・・・そうか、きっとそうなのね」

  「ん?」

  「友雅さんと一緒にいると、すごく安らぐのは・・・魔界樹にそっくりだからなんだわ」

  「魔界樹?」

  「天界には『天界樹』人間界には『世界樹』があって、その世界を支えている大樹。
   大地にどっしりと根を張って、大きくて、頼りがいがあって、優しくて
   ほら新緑の様な緑色の髪も瞳も、とっても綺麗で・・・私が過ごしていた故郷の大樹」

  「そう言えば『産まれてずっと、誰も来ない森の中で過ごしてた』と言ってたね」

  「はい・・・そうか、そうなんだ・・・だからこんなに心地イイんだ」



  コロンと体勢を変え、甘えるように慕うように擦り寄ってくる少女。



  「ふふ、ではこれからは私が魔界樹の代わりに君を守るよ」

  「違います! 魔王である私が、友雅さんを守るんです」

  「おや・・・では、懸命に羽ばたく小鳥の止り木となってあげよう。
   でないと、私の小鳥はずっと飛び続ける気だからねぇ。
   疲れたら立ち止まって振り返って、私に甘えなさい・・・いいね」

  「ん〜でも、魔王が甘えるのって良くないんじゃないかな」

  「私にはいいのだよ、私は悪魔じゃない人間だ。
   それに君に捧げられた生贄で、いまでは忠実な下僕だしね」

  「だ〜か〜ら〜、下僕だなんて思ってませんって!」

  「友達でも、所有物でも、保存食でも、夜伽でも、使い捨てでも、
   君の側にいられるのなら、何だって構いやしないのだよ」



  友達と使い捨てが、友雅にとってイコールである事にあかねは驚く。
  悪魔にとって、人間の感情は理解しにくい。
  だけど先日言った『友達』の言葉を望んでいないのだと、肌で感じた。
  戦術の案でも、今回の作戦も、紅茶やお菓子の事だって、他でも沢山手助けしてもらっている。
  折角なら、真に喜ぶ言葉を贈りたい。
  寝転んだまま腕組みをし、愁眉を寄せて懸命に考える。
  こんな風にベッドで寝転んで、話したり、戯れたりする間柄の男女。
  先日、執務の間にチラリと見た人間界の辞書にこう書いてあったのを思い出す。

  【 lovers 】

  意味はよく分からない、だけれど挿絵が今の自分達にそっくりだった・・・だから。



  「友雅さんは、私の恋人です」

  「っ!」



  エッヘン! と自慢げに満足げに、そう言ってのけた少女は
  どれほどの衝撃を、その男に与えたのか気が付いていない。
  その無防備で無邪気な様子は甘い眩暈がするほど、可愛らく、いじらしく、愛くるしく
  ・・・まさに、据え膳となるもので。



  「では、恋人らしい事をシテあげないとねぇ」

  「?」



  ニヤリと北叟笑む、その辺の悪魔よりもよっぽど悪魔の心根を持つ人間の男と
  キョトンと、天使よりも無垢で純真な心根を持つ魔王の少女。

  ベッドの上がいつも以上に濃厚な饗宴の舞台となるのは、もう間もなく。









  ドアの外がにわかに騒がしく感じ、友雅はゆるゆると目を覚ます。
  そしで、心底嬉しそうに目を細めた。
  何故ならば、自分の腕の中には何物にも代え難い、愛しい少女。
  ようやく念願かなって拝見できたその寝顔は、少々疲れた感があるのはご愛嬌としても
  想像していた以上に幼くてあどけなくて、でも何とも言えない危うげな艶があって。
  数多の戦歴を重ねたはずの男が『おはようのキス』以上の口付けが止められない有様で
  折角の彼女の眠りを妨げてしまいそうで、起こして再び貪りたいというのが本音で
  本当に魂の深遠まで溺れきっているのだと、実感してしまう。


  ドアの外から何やら話し声がする。
  乱暴ながら真っ直ぐな魔力の波動と、柔らかだが仄暗い魔力の波動も感じられる。
  きっと優秀な参謀が、首尾よく戦を収め報告に戻って来たのだろうが

  友雅はあかねを包み込むように抱き込みながら、緩く口角を上げる。



  「ふふ、魔王を超える以上の魔力で外側から強引に打ち破るか
   内側から魔法を解かない限り扉は開かないよ・・・勿論私は解く気なんかないけどね」



  魔王は、自室を硬く封印し閉じ篭った。
  そしてその内側に薄いベールの膜のような魔法を、人間の男は施した。

  生贄として魔王に捧げられた千年帝國の第一皇子。
  気障で飄々として享楽的な雰囲気の下には
  第二皇子に勝るとも劣らない武に優れ、第三皇子には及ばないが相応の魔力を持ち
  第四皇子並みの知性を潜ませ、第五皇子よりも雅(?)を好み
  そして何より、第六皇子よりもあるイミ子供っぽい性格だったのだ。


  卵の殻を内側から守るような薄い膜。
  卑小な人間が作った、弱く儚い透けるほどに薄い、でも柔軟な魔法。


  それは、中の大切な雛を守る為の庇護?

  それとも、邪な男の願望?




  その答えが導き出されるまでには、まだまだ紆余曲折がありそうだ。






「友雅祭 勤労感謝祭」出品作品  御題「疲れてるから甘えさせて?」

「友雅祭 Situation Love 2007」出品作品 御題「悪魔と生け贄」の
 『The last sacrifice 〜最後の生贄〜』の続編です。

いやぁ、友雅祭の他の方のSSを読んでいたら
やたらとあかねちゃんの(←重要w)勤労を感謝したくなって
ウチの作品で一番勤労しているしているであろう、あかねちゃんは
やっぱり『魔王様』かな・・・と(^_^;)

でも、一番疲れさせているのは他でもないヤツですがw


取り合えず元作品が艶物なので、そっちを読まなくても話が分かるようにしときました。
姫君主義 / セアル 様