『おやすみの日』

= 21.勤労感謝の日 =





『まったく、真面目なのだから…ね』

貴族達の秋は忙しい。
重陽の節句、観月会、新嘗祭。
その合間にまた、どこぞの大臣が宴を開く等。

『私たちの世界も、秋は体育祭や文化祭、その間に中間試験とかあって
 忙しいけど…
 この世界も、私たちの世界とはまた違った意味で忙しいんですねえ…』

そう呟くあかねに、体育祭や文化祭とは何かと問い、友雅は微笑みながらあかねのその説明を聞いていた。
暫く続いた行事がとりあえず終わり、束の間の休息を、京の町を二人で散策するそんな一時。

偶然通りかかった鷹通が、
『友雅殿は今日はお休みですか。私は行事続きで、仕事が貯まっております故、失礼します』
と、大急ぎで仕事に向かったのをみて、友雅が呟いたのが冒頭の台詞だったというわけだ。

あっという間に仕事に戻った鷹通の背を見送り、友雅はふふっと笑う。

『休めるときに休むとういのが私の主義だから…ね』

(友雅さんは割といつも休んでる気がするんだけど…)

あかねはそう想うがあえて口に出さないで居た。そして、ふと呟く。

『鷹通さんみたいに真面目な人が休むには、私の世界にあった’勤労感謝の日’みたいなのがないと駄目なんだろうなー』

『勤労感謝…の日?』

友雅の問いにあかねは答える。霜月二十三日。
あかねのいた世界では、勤労感謝の日というのがあり、全国的にみな仕事が休みなのだと。
その日はいつも働いてる人に感謝する日なのだと。

友雅は笑って答える。

『確かに。鷹通にぴったりの休みだね。そういう休みがないと鷹通や頼久は休みそうにないからねぇ…』

その時は、それで会話は流れ、そして…


−霜月二十三日。
『あかね殿』
まだ朝の早い時刻。まだ夜が明ける直前という時間に、声のする方向を振り返ればそこには友雅がいた。

『と、友雅さんっ、何をしてるんですか?』
『今日は勤労感謝の日、とやらなのだろう?
 それならば、私も今日は休んでおこうと想ってね』

友雅さんは、割といつも休んで……と、言い換けたところで言葉を飲む。
…そういえば。

宮中行事で忙しい合間もずっと。友雅さんは毎日代わらず、自分のところを訪れていた…。
藤姫ですら、『明日はお伺いできませんで…』と言っていた日も変わらず。
今の京は平和で、怨霊もいないから、あかねは龍神の神子というよりも、
すっかり友雅の恋人として京に残っているのだが、それでも八葉や藤姫は
相変わらず大切にしていてくれている。
藤姫など、こちらが申し訳なく感じるほどに。

その藤姫ですら、訪ねてこれない日も…
友雅は朝に…そして朝に来れない日は晩に姿をみせていた。
一度、『仕事は大丈夫なんですか?』と問いかけてみたけれど、その時は
『二人きりの時間に、そのような無粋なことを聞くものではないよ』と
軽くいなされてしまったのだ。

だから、てっきり部下に任せて自分は呆けてるのかと想っていたのだが、
いざ行事を開けてみれば、友雅が準備にも重要な位置を占めていたことが解って、驚いたほどだったのだ。


(そうか… 友雅さん、仕事の合間もここにきて八葉の役目を果たしてくれていたのだもの。きっと凄く忙しかったよね)


そう想い、あかねはふと一言漏らす。

『そうですね、友雅さん。今日は友雅さんもお役目、休んで良いですよ。
 八葉の役目。ほら、私は一人でも大丈夫ですから…ね?』

『ふふ。』

あかねのその言葉を聞いて、友雅が微笑む。

『では、八葉の役目はお休みさせていただこうかな?』
『ええ、今日一日はゆっくり自由にしてくださいね』

あかねが言うが早いが、友雅が立ち上がる。

(ああ、やっぱり帰るんだよね。今日はそれを言うために来たのだろうから)

そう想った瞬間、友雅は御簾をくぐってあかねの目の前に現れた。

『あの… 八葉の役目はお休みしていいって…』
あかねが驚いて口を開く。

『ああ、解っているよ、自由にして…いいのだろう?』
『え…?そうですけど…』

次の瞬間、友雅の頭はあかねの膝の上に乗っていた。

神子の両頬を手に取り、自分のもとに引き寄せて口づけそして囁く。

『あかね。今日は八葉としての役目ではなく、君の恋人として自由に…そして存分に楽しませてくれるね?』

そう言われたあかねの頬は、外の朝焼けのように紅く染まっていた。

”自由な時間”はまだ、これから…。








Drop into a reverie / 櫻野智月 様