ブーゲンビリアの咲く庭で

= 15.今日はごろごろデー =



 甘い花の香りを吸い込みながら、いつの間にかあかねはうとうとしていたようだ。
胸元を馴染みのあるリズムでくいくい押され、目を閉じたままあかねは微笑んだ。

「も〜クトゥン、くすぐったいよ。」
”・・・・・・ふぅん。君はクトゥンにこんな所まで触れさせているのかい?”

声なき声が頭に響いて、一気にあかねを覚醒に導く。
頭だけをとっさに上げると、ささやかな丘のふもとに独特の濃栗色のポイントを持ったシャムが一匹、前足を揃え上半身を乗せている。ただのシャムでないのは、その特徴的なサファイヤブルーの瞳が翡翠色なことで明らかで。

「とっ、友雅さん!」

 シャムの目が細められる。

”あれほど私がクトゥンを寝室に連れ込んではいけないと言ったのに、一緒に寝ているのかい?”
「え、いや、そんな、いつもじゃなくてね!たまたま、どうしてもクトゥンが寂しがって泣く時とか・・・!」
”・・・・・・一緒に、寝ているのだね・・・?私との共寝もまだだというのに?”

  更に翡翠の目が細くなる。
ぞわり、と寒気があかねを襲う。温かな午後の日差しに包まれた庭が、急に夜を迎えたかのようだ。
しなやかな体を振り落とさないように、しかしできるだけ急いで体を起こすと、シャムを自分の前に座らせ、自分も居住まいを正す。

「もう!クトゥンは猫だよ!?おんなじレベルで話をするようなことじゃないでしょっ!」

 友雅シャムは長い尻尾でピシリ!と地を打つ。

”例え猫でも、牡だよ。私は君のそばに私以外の男を侍らせる気などないね。”
「オトコって・・・クトゥンはまだ子どもだし、猫相手に何があるっての?友雅さん、考えすぎ!」

 少しカチンときたあかねがムキになる。

”ほう?相手が猫なら、何も心配は要らないと?”
「当たり前じゃない!」

 猫がにやりと、笑った。

”では、私が君に触れても、問題ないね?”
「・・・・は?」
”猫ならば、いいのだろう?”

 友雅は座り込んだあかねの膝にゆっくり登ると、堂に入った猫っぷりですりすりと頭を擦りつける。
少し躊躇い、あかねはその背を撫でてみた。
子猫のふわふわした毛と違い、密集した短毛は滑らかで光沢があって掌に心地良い。繰り返し撫でていると、友雅はころんとあかねの膝に横になった。

”なるほど、これは随分心地良いものだねぇ。もっと撫でておくれ、あかね。”

友雅があかねに甘えるのは珍しい。あかねはふふっと笑って更にその背中や脇、柔らかそうな腹まで撫でてやる。 友雅はごろごろと喉を鳴らし、仰向けになると身をくねらせて背を擦りつけてきた。なんだか本当に猫のようだ。

 調子に乗ってあかねは友雅の伸ばした顎の下を擽ってやる。
日頃友雅には散々好き勝手に触られているがこんな風に友雅に触るのは初めてだ。




 友雅さん、かわいい・・・なんだか暫くこのままでもいいかも・・・。




 頬の下や首の後ろなど、揉み込むように構ってやっていると、気持ちよくて堪らない、とばかりに友雅が身を起こし、再び前足でぐいぐい押してくる。

 この仕草は子猫が母猫にお乳を強請る時の仕草から来ていると聞いたことがある。
1000年近く生きているランプの精にお母さんというのはなんだかイメージが合わないが、可愛い仕草にあかねは微笑んだ。

 だがその笑みは次第に強ばってくる。

爪を出さずに押してくる友雅の前足が、どうも特定の場所・・・シャルワールの付け根当たりに集中しているような気がするのだ。

「と・・・友雅、さん?」

 猫は応えない。代わりにスリスリと足に頭をすり寄せ、さっきまで足で押していた場所に鼻面を押し込もうとする。

「ちょ、ちょっと!ダメだって、そんなとこは!」

慌てて脇に手を入れて抱き上げると、不満げに鼻を鳴らし、猫は身をくねらせて今度はあかねの首筋に頭を擦りつけてくる。

「やっ・・・!くすぐったいよ!」

 ぺろぺろと耳たぶを舐め、肩に掛けた前足がパブージの襟下に潜り込む。

「ちょ、ちょっと!友雅さん!」
”確か君はよくクトゥンをパブージの懐に入れてやっているね。猫ならば、いいのだろう?”

 黒い鼻先が器用にパブージの下に潜り込もうとする。

「えっ?やっ、待ってよ、友雅さんとクトゥンとでは・・・・!」
”同じ猫だよね?それとも君は、私よりもクトゥンの方がいいのかい?”

 濡れた鼻があかねの唇をつんつんと突く。ぺろりとピンクの舌があかねの唇を舐めた。
面白そうに細められた翡翠の瞳。視線を逸らしたいのに逸らせない。

”猫というのもなかなかいいねぇ。元に戻るまで、夜も一緒に眠ろうね、あかね?”

 ごろごろという響きが耳を擽る。温かな猫の体を抱えながら、あかねは冷や汗が背を伝うのを感じていた。




 絶対、絶対、友雅を元に戻す。でないと夜も寝られないに決まってる!






 果たしてそれも魔法使いの作戦のうちなのか。

 シャムはいかにも満足そうににゃぁ〜と、鳴いた。




                                                    fin.......





夢見たい / koko 様