『一番欲しいもの』

= 生誕祝 =






『おはようございます、友雅さん…』
『ここは…どこ、ですか?』
『私の邸だよ、神子殿。』

それは確かにそうなのだろう。だが…

『あの、私、なんでここに…?』

あかねの問いに、友雅は笑って答える。

『おや、覚えてないのかい?
 つれないねぇ…。…君が…望んだことだろう?』

(私が…望んだこと?)

友雅の顔が近づいてくる。
あかねの顎に手をかけ、少し上を向かせて。
驚いたあかねの頬を掠め、耳に囁く。

『君の望んだことを…教えてあげようか、神子殿』


『だーっ、いつまで待たせるんだ、友雅っ』
突如、天真の声がし、御簾をあけて天真が入ってきた

『お、おまえ。あかねに何するつもりだ。
 ったく、油断も隙もねえ!』

友雅はあわてる様子もなく、身体を離す。

『おやおや。御簾を潜って無理に入ってくるとは無粋だねぇ…
 ふふ、だが仕方ないか。
 天真も、神子殿…君の事が心配であれから一睡もしていないのだから』


…倒れる前。

あかねは八葉と共に神泉苑へと趣いたのだ。
アクラムとの最後の戦いのために。

蘭を依り代に黒龍が呼ばれ、その霧を取り払うために、あかねは龍神に身をささげた。
一度は、闇に葬られそうになった意識を…、友雅の声が引き戻し…
そうして、あかねは友雅と共にいるために京に残ることを選んだのだった。

友雅の話によると、あかねは一度目覚めて友雅と京に残ることを受け入れた後
再び意識を失い、
結果、半ば強引に友雅が自分の邸へとあかねを連れてきたのだ、ということだった。

『だから、ね。神子殿。
 もうこれからは、藤姫の下に戻らずとも…
 こちらに入れば良いのだよ。そうすれば、ふふ、昼も夜もいつでも君の
 望む時に逢うことが出来るのだから、ね。』

そういうと友雅は軽く頬に口付け、『では、少し出かけるよ』
そう言って、どこかへ出かけてしまった。

取り残された天真とあかねは、二人とも暫く呆然としていたが、
あかねがふと、思い出したように問いかける。

『ねぇ、天真くん。私、どれくらい寝てたの?
 あれからどれくらい時間がたったの?』

『ん?ああ、おまえが倒れたのは昨日の昼過ぎか。
だからほぼ一日寝ていたことになるな…。
ちょうどこれくらいの時間だっただろ?』

『そう…だったんだ…』

(ということは、今日は六月十一日…。)

そこで初めて気づく。今日は友雅の誕生日だったのだ。
現代と違い、生まれた日そのものを祝う習慣がないとはいえ、
やはりお祝いしたい。

けれど…。友雅が喜ぶものの想像がつかない。

駄目元で天真に聞いてみる。

『天真くん、友雅さんの喜びそうなものって何かなぁ?』
『あ?なんでそんなこと俺に聞くんだよ』
『だって、男の子同士のほうがそういう話するかなって想って』
『あいつが喜びそうなもの?
 …あるけど、俺はぜってーに言わねぇからな。
 と・に・か・く!
 御前は病み上がりなんだから外に出るなよ。
 俺はこれから、他の八葉にお前が無事だったって報せてくるからよ』

天真が去った後、あかねはもう一度考える。
友雅さん……。
気がつくと、いつもさらっと支えてくれる彼に、どんな恩返しが出来るだろう。

せめて市にでも行けたらいいのだが…
立ち上がって庭に出ようとすると、女房が飛んできて庭以外には出るなと堅く言われる。

曰く、『少将様から神子様を外に出してはいけないと、堅く言いつけられておりますので』。

そうこうしているうちに、夕方。
藤姫が友雅の邸に到着した。

『昨日は神子様が倒れた後、友雅殿がこちらのほうが近いから…と
 そうおっしゃって…。』

藤姫が少し不満げに言うが、あかねの頭の中は友雅への誕生日プレゼントのことで一坏だった。

『どうかされましたか、神子様』
藤姫の問いに、あかねはぎくりとして答える。


『あ、ごめん。
 ねぇ、藤姫ちゃん。今日って友雅さんの誕生日なんだよね。
 何か贈り物したいんだけど、いいものないかなぁ』

『贈り物ですか。私たちは、生誕日に祝う習慣はないのですが…
 友雅殿に伺うのが一番ではないでしょうか……。』

そう話しているうちに、やがて友雅が帰ってきた。

『私のいないところで、何を話しているのかな?』
『えっと…』

友雅さんは優しいけど、こういう時は絶対ごまかしが効かない。
だから正直に話す。

『今日、友雅さんのお誕生日でしょう?
 だから、何か贈り物をしたいって思ってたんです。
 でも、外にでようとしたら止められちゃうし
 お庭のお花っていうのも、違う気がするし…
 それで藤姫に相談してたんです』

『贈り物…ねぇ…』

友雅が微笑みながら返す。

『それは、なんでもいいのかい?』
『はい。勿論。あ、でも私が用意できそうなもの…で、ですけど』

『私が欲しいものはね、神子殿。
 君しか用意できないものなのだよ。
 …君が起きて直にも言ったけれど、この邸にそのまま
 身をおいてくれないか?』

友雅の申し出に藤姫は『まぁ!』と言ったまま言葉を失い、
あかねはあわてふためく。

『でも、友雅さん。それじゃご迷惑をかけてしまうし…』
『君が私にとって迷惑であるわけがないだろう?
 もし、私が君のために何らかの痛みを被ることがあったとしても
 …その痛みさえ、私にとっては甘い蜜のようなものなのだから。

 それに…ね。
 今まで出かけていたのは左大臣家にご挨拶をしに行っていたのだよ。
 あかねを引き取りたい…と、ね。

 あかね、君が昨日と気持ちが変わっていないのなら…
 …このまま、私の邸にいて、私の妻になってくれるね?
 君の、その存在そのものを…私への贈り物にしてくれまいか?』

あかねもここまで言われては、遠慮をする事自体が無粋だ。
それに、なにより友雅と一緒にいたいからこそ、この京に残ることにしたのだから。

 『はい。』

あかねが答える。
そこで、漸く藤姫がわれに返った。

 『友雅殿はお人が悪いですわっ。既にお父様に話されていただなんて。
  でも、神子様…。友雅殿ならきっと神子様を幸せにしてくださいますわね。
  おめでとうございます、神子様』

 『うん、ありがとう、藤姫』

暫しの談笑のあと、藤姫を見送ると友雅がそっとあかねを抱きしめる。

『少し性急すぎたかもしれないね。
 だが、少しでも早く…君が月へと舞い戻ってしまわないよう…
 君の羽衣を隠してしまいたかったのだよ
 君に龍神の神子という役目を、君の意識の中から一刻も早く
 拭いさって欲しくてね。

 これからは、君の願いを叶える龍神の役目も…
 君を守る八葉の役目も…
 私が全て請け負おう。
 
 あかね、君はこれからは、龍神の神子ではなく…
 私の…私だけの愛しい人だからね。
 もう、神子殿とは呼ばないよ…。』

友雅の口付けが、あかねの頬を柔らかく染めていく。
庭に咲く紫陽花が少しずつ色づきながら、花ひらいていくように…。








Drop into a reverie / 櫻野智月 様