※軽度の性的な表現があります。苦手な方は、閲覧をお控えください
遠 雷

= 雨 =





 近づいてくる雷鳴の音に、あかねは思わず筝を弾く手を止めた。
 暗雲に閉ざされた闇の中を、稲妻が走り抜け、刹那、不気味な明るさで照らす。
 そして、数秒後に地を揺るがすような大きな音が響くことを予感して、あかねは身を竦ませた。
 本来ならばこの時間、まだ西の空は明るいはずだが、今は夜のように暗い。
 雷が怖くて仕方が無いというわけではないが、大きな音には、やはり恐怖を感じる時もあるのだ。
 雷の光と音の間隔が少しずつ短くなってくる。雷雲が近い。
 叩きつけるような雨音。
 ガタガタと戸板が音を立てている。
 強い風が吹き抜けて、大殿油の明かりを消した。
 他の部屋でも同じようなことが起こったのだろう。悲鳴がいくつも聞こえる。
 知らぬうちにあかねは自らの十二単の袖を強く握り締めていた。
 少し離れた所で、カタ…と杯を置く小さな音。そして、立ち上がるシュという衣擦れと―――
 彼が傍に来る気配がしてすぐに、背中から包むように抱きしめられた。

「鳴神が恐ろしい?」

 その温もりにホッと緊張がとける。
 いつの間にか、彼が傍に居ると安心するようになっている自分に、あかねは少し驚いた。

「藤姫みたいに怖くて怖くてって程じゃないんですけど……やっぱり大きな音がするとちょっと……」
「そう」

 彼のその声に微笑が含まれているような気がして、あかねは頬を膨らませる。

「友雅さん、わたしのこと子供だと思ったんでしょう?」

 とんでもない、と言いながらも友雅は少し微笑ましそうに笑っていた。
 雨の音はどんどん大きくなる。
 風も相変わらず強く、油に火を灯しても、またふいに吹き荒れたその勢いで消えてしまいそうで。お互いにそう思っているからか、どちらとも明かりをつけることをしなかった。
 暗がりの中、嵐のような雨と雷が過ぎ去るのを、ただ、じっと待つ。
 雨による肌寒さも、互いの体温で気にならない。
 空を走る青白い稲妻と大地を響かせる雷鳴。降り続ける雨。
 どれぐらい時間が経っているのかがわからない。
 時折、驚いてビクッと震わせてしまうあかねの肩を、友雅はなだめるように撫ぜてくれる。
 随分と長い間こうしているような。
 まだ、それほど経っていないような。
 不思議な時間。
 背中越しにトクントクンと友雅の心音が伝わってくる。
(友雅さんの音……安心する……)
 うっとりと目を閉じて背に集中していると、密着しているその広い胸を感じる。抱きしめてくれている腕を改めて見てみると、武官らしく逞しい。女とは異なる男のその身体に、あかねは思わず頬を赤らめた。
 いつもこの胸の中に捕らえられて、この腕で組み敷かれて、思うままに乱れさせられる。
 友雅との情事を思い出し、あかねはひとり赤くなったり青くなったりして狼狽した。暗がりの中、表情や顔色が読み取りにくい状況であるのが救いだ。そうでなければ、今、この瞬間、彼に「どうしたの?」とからかわれてしまっていることだろう。
 後ろから伝わってくる体温。
 鼓動。
 呼吸。
 一度、意識しはじめると止まらなくなってくる。
 なんとかして自分自身を誤魔化さなくては―――

「ひ、暇ですよね。こういう時って」

 あかねは振り向いて友雅に言った。
 友雅の右の眉が僅かに引き上がる。

「……暇、と? 酷いねぇ……こうして傍にいるのに。もう私には飽いてしまわれた?」
「え、あ……!? 違うんですよ? 友雅さんがつまらないって言ってるわけじゃなくて」

 慌ててあかねは手をバタバタと振りながら否定した。

「ほら、そう。外にはもちろん行けないし。これだけ雨が強いと廊下だって濡れてるから他の部屋にも行き難いし。なんていうか、友雅さんとは一緒にいると『ふたりでひとり』みたいな感じに思うことがあったもりして―――でも、それはつまらないとかじゃなくて。一緒に居るのが普通…っていうか。とにかく違うんです」

 友雅は納得したようなしていないような思案顔で、ふむ…と何かを考えているようだったが、

「私はこうしてただ共に過ごす時間も好きなのだが……愛しの姫が暇だとおっしゃるなら、考えを改めなくてはいけないねぇ」
「あ、だからそれは」

 懸命に取り繕おうとするが、うまくいかない。
 咄嗟に出てしまった一言のせいで、何やらおかしな方向になってきている。

「ふたりでひとり…か。それも良いかもしれないな」

 独り言のようなその呟きそが終わる前に、友雅はあかねの耳朶を甘噛みし始めていた。

「わっ? そ…そんなつもりじゃ!」

 肌をまさぐり、ゆるい愛撫をしつつ、その合い間合い間に、器用な友雅の手によって、あかねの衣は剥がされてゆく。

「と、友雅さんっ」
「もう私もいい歳だからね、若い男のように勢いがあるわけでなし……つまらぬ男、と…君に捨てられないようにしなくては」
「す、捨てるだなんて、そんな―――」

 有り得ない。
 けれど床に縫い付けられて見上げた先にある、友雅の眼差しは、甘いだけでなくいつになく真剣で。
 今更、何を言っても事が中断されるなんてことはなさそうだ。

「……あの…お手柔らかに……お願いします……」

 あかねは諦めに似た気持ちを抱えつつも、思わずそう懇願した。

「そうもいくまい。誠心誠意尽くさせていただくよ」
「あぁ…ほんとにお願い! 手加減してください〜。後で色々と困るんですから」
「いろいろと?」

 友雅がクスクスと笑いながら口付けてくる。

「そう…色々と……」

 なんだかんだ言いながらも、あかねもすっかりその気になってしまっていて、つられるように笑うと、じゃれる様に友雅の首に腕を回し、その唇を受けた。

 雨は変わらず強く地面を打ちつけている。
 耳に聞こえていたその雨音は、いつしか自らの下肢から聞こえる濡れた音とすり変わり、閉じた瞼を通して感じていた一瞬激しく空を照らす稲妻も、快楽を上る光へと変化する。
 神々の怒りのような雷鳴も、混じり合った互いの吐息と、求め合う喘ぎに、その勢いを失ってしまったようで。
 稲妻と雷鳴が近くなり、そしていつしか遠ざかっていくことにも気がつかなかった。




*****




「だから、手加減してくださいって言ったのに〜」

 眠りから覚めても、精魂吸い尽くされたように身体は重く、疲れきって何をする気力もでない。
 あかねはぐったりと脇息にもたれかかったままだ。
 本当に色々と困るのだ。
 今日一日、とても動く気にはならないだろうし、例え無理に動いたとしても、なにかの拍子に、いつ名残が溢れ出て太腿を伝うかもしれないと思えば、気が気ではないのだから。

「そうもいくまい、と言っただろう?」
「だって」

 頬を膨らませながらも、内心は満更ではない様子で照れているあかねの手を取って。
 友雅は、その爪先にそっと唇を押し当て、変わらぬ愛を誓うように、その心をからめとるように囁いた。

―――私を本気にさせたのだから、諦めなさい



 夜も明けて、まだ雨は降り続いていたが、雷雲はすっかり遠くへと行ってしまっていた。











しっとり…しっとり…尚且つラブラブ、と、自分に言い聞かせながら書いてみました。
微妙に(?)エロになってしまうのは友雅さんの仕様なので、仕方が無いと思ってます。

中宮様が「昨日の雷は本当に凄かったですわねぇ……」とか言って、皆が悲壮な顔でうんうんと頷く中、あかねちゃんだけ「そうだっけ?」って感じで。
夕方から朝方までエッチして夢中だったからわかりません!みたいな(笑)
バカップル万歳!
ルナてぃっく別館 / くみ