※軽度の性的な表現があります。事後のシチュエーション等が苦手な方は、閲覧をお控えください |
Birthday Kiss SIDE-T |
= 生誕祝 = |
誰でも良いわけじゃないことを知ったのは、君に出会った時から。 そのぬくもりは、ただ一人からしか伝わって来ないこと。 触れる肌の暖かさだけではなくて、その奥から溢れてくる安らぎ。 君を抱きしめる時しか感じられないもの。 --------それは、幸せという言葉に似ている。 上質なシャンパンを味わって、滑らかなブランケットの中で抱き合ってから、数時間過ぎた。 日付は既に、新しい一日を刻んでいる。自分にとっては文字通り、新しい一年の始まり。だけど、まだ朝は明けていない。 隣には暖かい肌と、子供のように無邪気な寝顔があって…と思って目を開けてみると、そこには窓を見上げる横顔。 耳を澄ますと、遠くから雫の音がする。 雨が、夜の帳を濡らしている。 天気予報なんて、元々宛てになどならないものだと、経験上既に分かっている。 その証拠に、夕べのニュースでは夜半から回復とか言っていたような。 天気が気まぐれなのか、それとも予報がいい加減なのか分からないけれど、静かな夜の雨は嫌いじゃない。 まどろむには、心地良いBGMだ。 気付かれないように寝たふりをしながら、時々薄く目を開けて彼女の姿を確かめる。 白くて細い肩が、ぼんやりとライトに浮かんでいて、寝乱れた髪をそのままに窓を眺める瞳。 見つめ合ってしまえば、想いのまま求め合うことに夢中になってしまうから、時折こうしてゆっくり目を凝らす。 彼女が眠りについたあと。彼女が起きる前に。待ち合わせの場所に、わざと遅れてみたりしながら。 少し距離を置いて眺めて、その都度今まで気付かなかったことに気付く。 こんなにも近くにいるのに、まだ知らない彼女がそこにいる。 何を考えているのか。物思いにふけるように外を見る表情は、どこまでも無垢で美しい。 少女らしさが醸し出す輝きが、確かにそこにはあるけれど、一度腕の中に閉じ込めてしまえば姿は変わる。 重ねた唇から、相手を感じようとする仕草。触れる指先の下で早まる鼓動。甘い囁きに似た吐息と、素直に感情と通じ合いながら反応する身体。 愛せば愛するほど応える彼女のぬくもりに、いつしか溺れている自分に気付く。 まだ口の中に余韻を残す、シャンパンみたいに。 +++++ 「せっかく友雅さんのお誕生日なんだから、と思って…お財布と相談して限界ギリギリのプレゼントを、何とか選んできました!」 鮮やかなロイヤルブルーのリボンをあしらった箱は、その形状からしてワインか何かだと分かった。 二十歳を過ぎたばかりの彼女には、自由に使える予算なんてたかが知れているはずなのに。 しかも、アルコールには詳しくないからと言って、店員に相談したりしてやっと選んだのだ、とあかねは語った。 彼女の苦労の末に、手渡されたのはゴールドのシャンパンボトル。 あまり聞いたことのない銘柄だったが、見た目にもなかなか良い代物だと思った。 「ボトルも綺麗だし、こういうのを選ぶなんてセンスが良いね。」 「そうですか?じゃあ、グラスに注いであげますね」 友雅の言葉に、嬉しそうに微笑んだあかねは、オープナーを手ボトルのコルク栓に刺して、くるくると回しながら栓を開けようとした。 だが、密封された栓は意外にも硬くて、なかなか引き上げようとしても力が足りない。 「貸してごらん。あかねの力では、ちょっと無理なんじゃないのかい?」 「う、ううー…でも、ちょっと…もう少しで何とか……!」 息を堪えて、力いっぱいオープナーを引き上げて、ぐっと一気に………。 きゅうっという音がして、それまで込めていた力がするりとコルク栓と同時に抜けた。 「…あ、痛っ……」 慌ててあかねは、激痛の走った人差し指を口に持っていった。 「ちょっと見せなさい。今、傷が出来ただろう」 彼に言われて、あかねは手を差し出した。オープナーの先でかすった小さな傷だが、血はすうっと細く浮き上がっている。 「だから貸すように言ったんだよ。あかねが怪我しては、何にもならないだろう」 「…ごめんなさい」 申し訳なさそうに目を伏せる彼女の指を、友雅はそっと取り上げて傷を唇で吸う。 出血は、もう殆ど止まっているけれど。 「もらっておいて、こんなことを言うのは申し訳ないけれど…シャンパンは飲んでしまえば、それで終わるし、いざとなれば買い替えることだって出来る。でも、あかねには代わりがいないんだよ?。だから、傷や怪我なんてされたら本当に困ってしまうんだ。」 あかねを見上げて、友雅は少し微笑みながら言う。傷口に触れていた彼の唇の感触は、傷を労る仕草からキスへと変わっている。 「誰にも、あかねの代役は出来ないんだからね。少なくとも、私にとってはそうなんだから。それをちゃんと覚えておくように。」 そう言って、友雅は指先であかねの額を弾いた。 軽く、そして優しく。 「せっかく、私がグラスに注いであげようと思ったのに…」 三分の一程シャンパンを注いだグラスを、友雅から手渡されているのは、あかねの方だ。 今日の主賓は友雅なのだから、こちらがエスコートするのが当然だと思うのだが、怪我している人は静かにするようにと言いくるめられて、ただじっとしている。 怪我だなんて…もう、傷さえも見えないほどの、些細なものなのに…と考えているうちに、彼はシャンパンをくいっと飲み干した。 「うん…味も良いね」 「ホントですか?気に入ってくれました?」 「勿論。元々の味も良いし、それに…何よりあかねがくれたのが、余計に良い味に感じさせてくれるよ。」 もう一度、グラス同士を触れ合わせて、澄んだガラス音を響かせる。 グラスの中で、揺れるシャンパン。あかねの薄いルージュの痕が、縁をそっと彩っている。 「あかねには、少し辛目だったんじゃないかい?」 友雅は、彼女のグラスを指差す。中身は、なかなか減らない。 「正直ちょっと…。口に入れたときは凄く甘く感じるんですけど、喉を通ると…ピリピリしちゃって。」 一緒に飲む為に選ぶ時は、友雅が一歩退いて甘めのものを選ぶのだが、今回はあくまで友雅に、ということで選んだんだろう。 自分の嗜好などすべて無視して。 「でも、良いです。友雅さんが気に入ってくれたなら。だって、誕生日プレゼントですから!」 そうあかねは満面の笑みで答えると、グラスを両手で口へと持っていく。そして、少しずつ舐めるようにして、シャンパンを味わった。 静かに、彼女の背中に手を回す。その感触に、あかねは振り向いて顔を上げる。 その手からグラスを取り上げて、残っているシャンパンを口に含んだ友雅は、そのままあかねを引き寄せて唇を重ねた。 少しずつ、彼の唇から溢れるように流れてくるシャンパンの味。あかねは時間をかけて、ゆっくりと喉を通らせていく。 「こうして少しずつ味わえば、あまり辛く感じないだろう」 「……ん、でも…何か、それまでより度数が高く感じちゃう気が…」 14度未満と書いてあったから、それほど強いわけではないけれど。 多分、酔いが周りそうなのは…抱きかかえられている腕の存在と、長く続いた甘いキスのせい。 ほのかに頬の色が染まって、瞼がゆるく下がって指先が友雅の腕へと絡まっていく。 「さて、食前酒を味わうのはおしまい。そろそろ…メインのプレゼントを頂こうかな」 瞼から頬へと続いて、もう一度唇へと移動していく。そして白い彼女の首筋を、舌先がくすぐる。 どんなに高級なシャンパンでも敵わない、極上の味を楽しむ為に、ゆっくりと倒れたあかねの上へ、身体を沈めていく。 +++++ ぼうっとしている彼女を眺めながら、そんな甘い夜を思い出していた。 すると、彼女が急にこちらを向いたので、慌てて寝返りを打った振りをする。 静かに身体を起こし、彼女は近付いてきた。抱きしめていた肌の香りが、匂ってくるくらい近くで。 「…ふう」 小さな溜息とともに、自分の寝顔を眺めている彼女の視線を感じた。 不思議に、こちらが見守られているような気にさせる。彼女の瞳は、そんな力を持っている。 ずっと、彼女を守っていこうと誓ったけれど、もしかしたらそれは逆なんじゃないのか、と時々思う。 今まで出会った人にはなかった、安堵感を感じさせてくれる…彼女のそばにいると。 抱き合って愛し合うことも、それなりに必要な触れあいかもしれない。 でも、それだけではないものが、彼女にはあるから。 だから何度でも、愛したいと思う。すっと…一緒にいたいと思う。 こんなに居心地の良い夜をくれるのは、彼女しかいないから。 彼女が、顔を近づけて来た。 もしかして、狙っているのは…唇だろうか。 眠っている相手にキスだなんて、これじゃいつもと正反対だな、と笑うのをこらえる。 だけど、たまにはこんな体験も面白いかもしれない…。じっと彼女の様子を伺っていようか。 ……でも、残念ながらこの体勢では、彼女がキスをするのは難しい。残念だけれど、眠り姫体験は未遂で終わってしまいそうだ。 すると、彼女は上半身を起こして、上からそっと身体を近づけて来た。 苦肉の策で、頬で我慢ということだろうか。もう少し、寝た振りをしていてもいいかな。 でも、この体勢でじっとしているのは、ちょっと刺激が強すぎる。 唇を頬に近づけるために、目の前に迫る柔らかい二つの峰が、今にも触れそうなくらいに近付いていて。 「眠り姫を起こすためのキスは、唇に…というのが一般常識だと思うよ?」 「…う、うきゃっ!?」 耐えかねて、つい目を開けてしまった。すると、驚いて彼女はぱっと離れた。 少し残念なことをしたかな、という気もするけれど、びっくりしている彼女の顔も愛らしいから、まあ良いだろう。 「い、いつから起きてたんですかっ!!」 「それは秘密。ただ、せっかくキスで起こしてくれそうだったから、期待してたんだけれど。」 普段彼女に、自分がそうしてあげるように。 毛布にくるまって、目だけ出してこちらを覗く。そんな彼女を、毛布の中から引き寄せて、両腕でぎゅっと抱きしめて。 未遂に終わったキスを、彼女の肩に落として耳元を声でくすぐる。 「…続き、してくれないのかい?」 「だって…意味ないですもん。もう、ちゃんと目が覚めてるし!」 重なり合う肌は、直接相手のぬくもりを伝えてくれる。こうして戯れ合う時間の、彼女の笑い声が好きだ。 抱き合って絡み合う時の、艶やかな声も良いけれど、軽やかな笑う声は耳に優しい。 「目は覚めているけれど、甘い夢は全然醒めていないよ?」 「…じゃあ尚更ダメです。醒めちゃったら困ります…」 振り向いて、真正面から抱きしめて、キスを繰り返して、瞳に映る互いの姿を確認しては笑う。 他愛もない時間の、他愛もないひと時。 でも、一緒にいるだけで幸せになれる。 「大丈夫。何をしても…それはずっと醒めないから。あかねがそばにいれば、私はずっと良い夢を見続けられるよ。」 「だったら意味がないでしょ…」 そう言いながら、彼女は自分から唇を重ねて笑った。 雨音が強くなっているのに、気付かない振りをする。 そんなこと、二人には関係のない事だから。 「何度キスしても醒めないこと、証明してあげようか?」 柔らかな彼女を抱きしめて、もう一度ブランケットの中に潜り込む。 雨の雫が滴り落ちても、抱き合う身体は冷める事はない。 恋の夢が、醒めないのと同じように。 -----THE END----- |
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右近の桜・左近の橘 / 春日 恵 様 |