※軽度の性的な表現があります。事後のシチュエーション等が苦手な方は、閲覧をお控えください |
Birthday Kiss SIDE-A |
= 生誕祝 = |
暖かくて、柔らかい感触に包まれた夜。 遠くから聞こえるかすかな音と、少し重い空気を感じて、ふと目が覚めた。 寝起きでぼうっとしている意識を、ゆっくりと起こし、枕から顔を上げてみる。 窓の外から音がする。レースのカーテンに透ける窓ガラス。張り付いている水しぶき。 ………雨が降っているみたいだ。 天気予報では"曇りのち時々晴れ"とか言っていたのに、晴れどころか雨だなんて。 "あてにならないなあ…"、と心の中でぼやいて、もう一度枕に顔を埋めた。 しとしと…しとしと……。 バルコニーのアスファルトの上に、滴る雫の音が聞こえている。 夜の雨は静かに闇をすり抜けていき、優しい音で心を休ませてくれるみたい。 その証拠に、隣で眠る彼は………安らかに瞳を閉じたまま。 薄暗い部屋の中で、ヘッドボードの小さなライトの明かりが、柔らかな光で枕元を照らす。 身体の向きを変えて、眠る彼の顔を眺めてみる。 唇から寝息。呼吸と同じリズムで動く肩は、意外にがっしりしていて安定感があって。 いつも抱きしめてくれる腕は、しなやかな指先とは全然違って力強い。 ここまで近づかなければ、分からないことがたくさんある。 ピアスの色とか、まつ毛の長さとか、肩にある小さな黒子とか。 …それと、ちょっと荒れた唇。 そういえば、ここ最近雨の日が多くてじめじめするから、エアコンをドライにして除湿していたとか話していたけれど。 もしかしたら、その乾燥でやられちゃったのかな…と、あかねは思った。 キスの最中は意識が飛んでしまってて、そんなことに気付く余裕なんてないけれど、こういう風に改めてじっと眺めると…やっぱり新しい発見がある。 生きているから、日々それぞれに変化がある。 昨日はなかった指先に、今日はちょっとした傷があったり……これは、シャンパンを開けようとしたとき、ついオープナーを引っ掛けてしまったドジの結果。 せっかく彼の誕生日だから、と思って「クリスタル・ブリュット」とかいう名前の、高級シャンパンをプレゼントに選んだ。 あまり行く事のないワイン専門店に出掛けて、予算内で一番良さそうなものを探してもらって。 綺麗なゴールドのボトルを、ちょっとスタイリッシュな感じで傾けて、彼のグラスに注いであげたりしたら様になるかも?と思っていたのに。 生憎と栓は硬くて、なかなか開かなくて。力いっぱいひねって、開いたのは良いけれど…引いた時に外れたオープナーの先で指にかすり傷が出来てしまって。 ……何だかもう…やっぱり決まらないなあ…ワタシ。 思い出しただけでも、溜息を付いて呆れてしまう。 二十歳も過ぎたんだから、もう少し女らしい立ち振る舞いが出来たら良いのに…と思うのだが、いつも空回りばかり。 ……友雅さんが、似合いすぎるんだってば。だから、私だってそれに釣り合うようにって、無理しちゃうんですよ。 簡単にキュッとシャンパンの栓を開けて、片手でグラスに注がれていく色合いはとても綺麗。それを、まるでお姫様に捧げるように差し出して…。 ……まるでソムリエみたいじゃないのよ。 そこんじょそこらのレストランの、専属ソムリエだって裸足で逃げ出しそうだ。 とか何とか、彼の寝顔を観察しながら色々考える。 お裾分けでもらったシャンパンの味は、とてもフルーティーだったけれど少し辛いかな、と感じたこと。 だけど、口移しでもらったら…すごく甘く感じたこと。 甘くて…そして、ものすごくアルコール度数が高く…感じたのは気のせいだろうか。 グラスから飲んだ時よりも、酔いが回ってくらりと目が回ったのは…アルコールのせいか、それとも…彼のせいだろうか。 衣擦れの音がして、仰向けに眠っていた友雅が寝返りをうった。 こちらを振り返ったみたいで、向き合う格好に少しだけドキドキする。 でも、瞳は閉じたまま。寝息も、そのまま、 今までよりもずっと、近い距離。……自然に、肌が触れあうくらいの。 眠る前の、二人だけの甘いひとときが思い出されて…更に鼓動が早くなる。 広くて、厚くて、優しいぬくもりが感じられる胸の中に包まれて。そんな彼の腕の中でだけ、自由に生きることが出来る。 限られた人しか踏み込めない場所。 そこは、あかねだけが住める、彼女の居場所。 初めて一緒に過ごした夜から、もう何年も過ぎて。 お互いの誕生日も、何回も通り過ぎてきた。 そして、こうして寄り添って眠ることも当たり前になって。 何ら変わらない、平日みたいな夜。 彼への想いもまた、ずっとあの頃から変わらない。 ……ううん、変わった…よね。 思い返してから、あかねは首を横に振る。 未だに大人っぽくもなれないし、相変わらずどこか子供っぽさが抜けないけれど。 でも、気持ちだけは成長してる。 ……『好き』から、『愛してる』に変わってきてる。 貴方が気付いてくれているか、分からないけれど…気持ちは今も大きくなり続けている。 それもこれも、全部貴方が教えてくれたことなんだから。 恋する気持ちの先に、こんな想いがあるなんて知らなかった。 何もかも、貴方に出会ってしまったせい。 貴方に恋してしまったせい。 こうして一緒にいられるだけで、幸せだと感じられるのも…みんな……。 ……ぜーんぶ、友雅さんのせいですよ。 眠る彼を眺めながら、こっそりキスしてみようかな…なんて思い付いて、顔を近づけてみる。 だけど、なかなか角度が難しい。枕に片頬を埋めているから、覗き込んでも気付かれずに唇に触れるのは困難っぽい。 仕方ないから、せめて上に向いている左の頬へ、そっと唇を近づける。 時々、彼がじゃれながらしてくれるみたいな感じで。 もっとかすかに、音を立てずに…。 「眠り姫を起こすためのキスは、唇に…というのが一般常識だと思うよ?」 「…う、うきゃっ!?」 急に声がして、思わず変な声を上げて彼から離れた。 「い、いつから起きてたんですかっ!!」 「それは秘密。ただ、せっかくキスで起こしてくれそうだったから、期待してたんだけれど。」 こっそりと唇を狙っていたところも、ずっと見られていたなんて…。 「だったら、少し姿勢を変えてくれてくれても良かったのにっ」 あかねは毛布に潜り込んで、くるっと背を向けて枕に顔を埋めた。 そんな彼女の背中に、友雅は手を伸ばす。 「いつもは起こす王子様役だけど、起こされるお姫様の気分はどんなものなのかな…と思ってね。」 後ろから彼の重みが、ずっしりと乗りかかって。両腕がぎゅっと身体を抱きしめて、肌と肌を密着させる。 「…続き、してくれないのかい?」 「だって…意味ないですもん。もう、ちゃんと目が覚めてるし!」 くすぐるようなキスの感触を肩に感じながら、背を向けたままで笑いながら答える。 「目は覚めているけれど、甘い夢は全然醒めていないよ?」 強い腕が抱きしめてくれるから、顔を振り向かせて彼を見る。 そして、重なる彼を、今度はこちらから抱きしめる。 「…じゃあ尚更ダメです。醒めちゃったら困ります…」 二人だけの甘い夢。永遠に続く、それは恋の夢。 絡み合う指先と、ひとつになる心が生み出す特別な夢。 「大丈夫。何をしても…それはずっと醒めないから。あかねがそばにいれば、私はずっと良い夢を見続けられるよ。」 「だったら、それこそキスの意味がないでしょ…?」 互いに笑いながら、それでも唇は相手を求める。 キスなんかじゃ醒めない。 夜が明けても。 雨が上がっても。 -----THE END----- |
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右近の桜・左近の橘 /春日 恵 様 |