命婦のつぶやき |
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= 子猫 = |
「みょ〜ぶぅ!」 呼んでる。 どうしようかな。 今日はマタタビもらえるかな。 行ってみよ。
夕まぐれ。しんと寒くなってきた簀子縁。 ひなたぼっこは気持ちよかった。 命婦ネコはうう〜んと伸びをして、女主人の部屋へ向かう。
にゃ〜んと一声。女主人の膝で丸くなる。 小さい手が優しく撫でる。 (気持ちいいな……) ごろごろとのどを鳴らしてすり寄る。
女主人の名は、あかね。
屋敷の門が急に賑やかになった。 あかねが急に立ち上がるから、振り落とされた。 ネコ返しでしゅたっと床に立ち上がる。
(もう。)
主人が帰ってきたのだ。 あかねは表の部屋まで迎えに出たらしい。 命婦ネコもとことこと後を追う。
「待たせたね、いとしい人。」
あかねをかき抱く主人の名は、
左近衛府少将 橘 友雅。
そもそも、命婦ネコがこの家にやってきたのが、この少将に連れられて、だった。 「この時期は御所も行事が多くて、留守がちになってしまうからね。これは私の白雪のつれづれの慰めに。」 真っ白の唐猫は、たちまちあかねのお気に入りになった。 夜も昼も懐に抱いて離さないほど。
「まったく、お気に召したのはうれしいが、少々妬けるね。」
少将のぼやき。 そんなことなど意にも介さないあかね。 ぬくぬくと懐に抱かれて、命婦ネコもぬくぬくと幸せだったのだが。
今、少将の懐に抱き取られたあかねは、まるで命婦ネコ。 すりすりと少将に頬をすり寄せ、ごろごろの代わりに……。
……私のことも、忘れないでください!
命婦ネコもすりすりと少将の足下に頬をすりよせてみる。 ごろごろとのどを鳴らしてみる。
「ああ、おちびちゃん、君もいたのかい?」
つまみ上げられて、直衣の懐に入れられた。 衣越しに聞こえる二人の声。 つかの間の別れがまるで永遠の時だったかのように、繰り返し繰り返し互いへの想いを伝え合い。
そして。
少将があかねを横抱きにして立ち上がった。 しゅっしゅっと歩くたびに鳴る衣擦れの音。 命婦ネコのいる直衣の懐も、少将の動きに連れて揺れる。
(気持ちいいな……)
御帳台の帳をくぐったらしい。 横抱きにしたあかねを下ろすときに、直衣の懐もぐうっと傾いた。 振り落とされないように爪をたてて踏ん張る。
少将が帯をほどいた。 ひゅーんと落下する感覚。
(もう、また!)
ネコ返しで床に着地して。
命婦ネコは外へ出た。 帳の中がささやき声に変わったから。
(今日もマタタビもらえなかった。)
あのささやきが終わらないと、マタタビはもらえない。 いつ終わるかは、あかねと少将しか知らない。
(アワビの中身を見てこようかな。)
命婦ネコは立ち上がり、厨へ向かった。
梅の香満ちる春の夜。 |
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遙かなる悠久の古典の中で / 美歩鈴様 |