(いったいどうしたらいいのかなあ……。)
あかねは戸惑っていた。
まもなくホワイト・デー。チョコの返礼をしなくてはならない。
友雅がもらってきたバレンタイン・プレゼントの量は半端じゃなかった。
(あれ、全部に返すのかなあ……)
お返しの相場は倍返し? 三倍がえし? 友雅の乏しい給料からやりくりしているあかねにとって、あのバレンタインの量は脅威だった。
(だから、自分の分はみんな手作りチョコで配ったのに。)
友雅用のチョコレート・リキュールは、父親用に作ったチョコの中身。天真や詩紋たち未成年組には、コーンフレークとライスパフでチョコクランチを作った。3個ずつ小さなビニールに入れて、モールでしばって。手がチョコだらけになったけど、楽しかったし、喜んでもらえたし。キッチンがチョコの甘いにおいで充満するから、友雅さんが帰ってくる前にちょっとでもにおいが抜けるように窓を開けたのが寒かったけど。
「何を悩んでいるの、あかね。」
部屋の隅でパソコンに向かっていた友雅が声をかけた。
「君が暗いと、家中の光が消えたようだよ。いったい、どうしたの。どこか、痛いのかい?」
財布が痛い……とは、友雅の前では言いたくない。
「……もうすぐ、ホワイト・デーだなぁと思って。」
ホワイト・デーについて、友雅はどれくらい知っているのだろう?
「そうだね。」
あっさりと返事が返ってきたので、あかねはびっくりした。
「知ってたんですか?」
友雅はふふっと笑って、あかねの方へ向き直った。
「これだけ、世間が騒いでいればね、私だって気が付くよ。見てご覧。」
友雅はパソコンの画面をさした。
「ホワイト・デーのお返しにおすすめの商品だそうだ。あかね、何かほしいものはあるかい?」
友雅はいつの間にかインターネットを始めていたのだ。
「ブログというのはおもしろいねえ。いろんな人が私の書いたことに反応してコメントしてくれるのだよ。」
ブログまで始めていたのか。
「これを、学生たちに公開しようかと思ってね。お返しをしなくてはならないねえ、と今日言ってみたら、橘先生のことをいろいろ教えてくれたら、それがお返しですだって。かわいいね。」
答えの中には、「キスして!」とか「ハグして!」とか「結婚して!」とかもあったが、それはあかねには言わないでおこう。
「それで、いいんですか?」
あかねは拍子抜けした気分だった。
「学生たちがそれでいいというのだから、いいのではないかね? さあ、あかねのほしいものを教えておくれ。」
何もないわ。あなたがいてくれれば。あかねは友雅の目を見つめた。友雅はすべてわかったという風にあかねの唇に軽くキスして、また、パソコンに向かった。
ホワイト・デー当日。
詩紋から、手作りの大きなホールケーキが届いた。
「あかねちゃんの好きなフルーツをたくさん乗せたよ。生クリームもたっぷり。」
イチゴ・桃・甘く煮たリンゴ。マスカット。ラズベリー。色とりどりのフルーツが、ゼリーの衣をまとってケーキの中央にいる。周りをふわふわのホイップクリームが華麗に取り巻いている。
「おいしそう! ありがとう、詩紋くん!」
天真と蘭も、蘭が作ったホワイトチョコのクランチを持ってきた。
あかねも蘭からもらっているから、アーモンドのドラジェで返した。
友雅も、研究室の助手にはお返しがいるよ、と、あかね手作りのドラジェを持っていった。
(助手さんは私のこと知ってるから、平気よね。)
友雅に妻がいることは公になっているが、それがまだ高校生だというのは内緒なのだ。
ぴんぽ〜ん。
玄関チャイムが鳴って、友雅が帰ってきた。
両腕に抱えきれないほどの、薔薇!
「どうしたんですか? その、薔薇!」
「大学のバラ園で咲いたのだよ。あかねのために少しもらえまいかと頼んだら、もうすぐ花が終わるから、ほしいだけ持っていっていいと管理人が言ってくれたのでね。新しくのびた新しい枝からでないと、薔薇は花咲かぬのだそうだ。」
シンクに水をはって薔薇を入れながら、友雅は、遠い目で、窓の外を見た。
(新しい枝にしか花咲かぬ、か。京の橘の家も、枝が古くなったのだろう……。)
あかねは、友雅を見つめていた。京のあれこれを想う遠い目。友雅さんにとって、こちらへ来たことは、意味があったのだろうか?
「こちらという新しい枝に芽を出したのだ。今、私が幸せなのは、君のおかげだね。ありがとう、あかね。」
あかねは黙って後ろから友雅を抱きしめた。友雅は振り返り、あかねを抱き返した。
薔薇の香りみちるキッチンで、二人は長い間、じっと抱き合って動かなかった……。
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