《梅・桃・桜》  梅 の 章

= 梅・桃・桜 =





 あかねの元に梅が枝一枝の届け物があった。

 枝に文が結ばれている。枝いっぱいに咲き誇る白梅に紛らすような白い薄様。うっかりすれば見落としそうに、小さく。

「たれにかみせむ」

(どういう意味?)

 あかねにも読める平易な書き方をしているから、あかねを知る人にちがいないが、筆跡でわかるほど、あかねはまだみんなの字を知らなかった。

(藤姫に聞いてみたらわかるかなあ。)

 

「いつもお文を下さるときの字と違うので、はっきりとはわかりかねますが、八葉のどなたかだとは思います。」

 と、藤姫は考え考え言った。

「まず、お文は、

 

    君ならで たれにかみせむ 梅の花 いろをも香をも知る人ぞ知る

 

 というお歌からとられたのだと思いますわ。神子様への特別の贈り物ですわね。」

 あかねがこの世界に来てからまだ日が浅い。いったい誰が想いを寄せているというのだろう。

「それから、」

 藤姫は紙に鼻を近づけて香りを確かめた。

「恋文には香をたきしめた紙を使うのだと女房たちがいいますし、その方の移り香というのもよくしみていたりするものですが。男の方は懐に紙を入れておいでですものね。でも、」

 判じるように何度も鼻に紙を押しあてる。

「梅の香と混ざってしまって、よくわかりません。何となく、侍従の香が薫るような気がするのですが。」

「侍従の香が好きな人というと?」

「友雅殿と、鷹通殿ですわ。あら、では、」

 二人は同時に声に出した。

「友雅さん?」「友雅殿?」

 

 

「もう、からかうのもいい加減にしてください!」

「おや、お気に召さなかったのかい? かわいい姫君。」

 相変わらずの友雅の態度。階にゆったりと腰をかけ、蝙蝠を優雅に使いながら、あかねに流し目をくれる。あかねの心臓はどきっと波だったが、これでは友雅の術数にはまるだけ。

「美しい梅だったろう? 名残の梅とでも言おうか……まもなく梅も終わってしまうからね。」

「でも、あの歌は?」

「ああ、あれかい? 美しい神子殿に、ご挨拶のつもりだったのだがねえ。恋の歌と読んでくださったのならうれしいね、姫君。」

 あかねは顔が火照るのを感じた。

「おやおや、花のかんばせが紅に染まったね。」

 ふわっと侍従の香りが広がったと思ったら、あかねは友雅の被衣にすっぽりと頭から包まれていた。

「端近はまだまだ冷えるよ。暖かくして部屋にいなさい。さもないと、」

 被衣の上から抱きしめられる感覚。

「こうして君を盗みに来る公達がいても困るからね。」

「友雅さん!?」

 ふふっと含み笑い。

 

「  香をとめて たれ折らざらむ梅の花 あやなし霞たちなかくしそ

 

 私のためにだけは、隠さずにおいてほしいものだがね、神子殿。」

 

 立ち去る足音がした。

 友雅の香りとぬくもりが残る被衣。

 いつまでも抱きしめられていたい? でも……。

 あかねは自分の感情に戸惑っていた……。




遙かなる悠久の古典の中で / 美歩鈴 様