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幸福の花 |
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= お願いだから、黙って。ただ、君を愛したいんだ = |
「それで、ね。校門の所に、すっごい素敵な人が、誰か待ってるって大騒ぎになって…」 「へえ、それで品定めに?」 口元でモスキーピンクのニットが揺れる。 大きく上下するすべらかな腹部を尖らせた舌で辿りつつ、鼻先を使って柔らかい生地を押し上げた。 その行為を咎めるように、細い指が友雅の髪をくしゃりと握りつぶす。 「そうじゃ、ない、けど…。もしかしたら、って…」 「私だと思ったの?」 ふ、と笑いを漏らせば、小さく息を呑んで跳ねる痩躯。 たびたび肌を合わせても、未だ慣れることのないこの身体。 逃れようとどれほど身動いだところで、火照り始めた肌身から放たれるは、男を誘う蜜の香り。 「だって…友雅さんだったら、納得で、きるかもな、ってくらい…凄い騒ぎで…」 「ホントに?"いい男"がいたら、と期待したんじゃないのかな?」 はだけられた襟元から覗く首筋に、苛立たしく歯を立てる。 辺りに漂う艶めいた空気に戸惑い、気忙しく彷徨っていた瞳が瞼に隠れた。 つッ…と、小さな悲鳴が零れる。 「…怒って、るの?そんなんじゃ、ないのに…」 「ふうん?」 うっすらと色付いた歯の痕を、くすぐるように舌先で辿る。 あかねは浅い息を繰り返しながら、両足を擦るようにして身動いだ。その仕草は、自分の身体に熱が燻り始めたのだと白状しているだけだということに、気付いているだろうか。 その様に口端を引き上げて解顔する。 何と淫らに、美しく咲く花だろうか。 これがつい最近まで固く閉じていた蕾とは、とても思えなかった。 この女に恋を与え、恋う事を教え、そして奪うことを知らしめた。 結果、小さく愛らしい野の花は、艶を携え、男を誘い、そして悦び、悦ばせる。 全ては、この手で教え込んだこと。それが、どれほどの喜悦であるかなど、言葉にするのは不可能だ。 そう、友雅は思った。 常に数多の言の葉を操り、あかねを翻弄しては惹き付ける男の心とは思えない。 けれど、それは彼の本音であった。 どれほど愛しているのだと語って聞かせたところで、それが全てではない。 彼女のことを考えるだけで浮き立つ心。 その微笑みを、涙を、瞳を、声を。思い浮かべただけで跳ねる鼓動。 けれど、春色の髪を嬲れば己の裡でざわめく何かが、揺らめく何かが鎮まることもある。 恋は矛盾であり、狂気でもある。 猛り狂い、平静を取り戻させ、熱く燃え上がり、そして安寧を与える。 その全てを伝えることは不可能で、伝わらないそのもどかしささえも、恋の醍醐味。 「……ん、…ぁ…」 膝の上で揺らめく彼女の身体は、ゆっくりと…だが確実に熱を孕んでいく。 ツイードのスカートは捲れ上がり、白く瑞々しい太腿を晒していた。もじもじと擦り合わせる膝の動きが、大胆になってきている。 友雅のてのひらは、固く閉じようとする脚の、すべらかな肌の感触を楽しみ。 もう一方のてのひらは、柔らかい髪を梳き、現れたうなじを辿り、そして小さな背中を撫でる。 「…は、…教室の、窓から見たら…やっぱり、とも、まささ…んだと、思っ……ぁん…っ」 正気を保とうと、流されまいと放たれる言葉の端々に、極まりつつある証拠が混じる。 サラサラとこぼれ落ちる髪のまにまに見える耳朶を舐め上げれば、緊張に固まった小さな身体が跳ねた。 思わず零してしまった嬌声を恥じ、口元を押さえて俯く細い指先を掬い、それを優しく食んでやる。 「…っ……」 「駄目だよ。今日一日、私の自由にしていいと。それがバレンタインのプレゼントだと言ったのは、君だろう?」 耳朶を擽るように囁けば、ただ触れられ続けるだけの身体はふるり、震えた。 もっと、求めて。 堪えきれないほどに、高まって。 何も考えられないくらいに、乱れて。 その指を、瞳を、唇を、乳房を、そして心を、何もかも全て差し出して。 許しを請えばいい。 狂おしい想いと、熱く溶けていく身体を持て余して、泣き縋ればいい。 どうにかして欲しいと。 あなたが欲しいと。 求めて、求めて、求めて、求めて── そして、堕ちてしまえばいい。 「だ、って…こんな…」 「君に触れたいんだ。いつも慌ただしく抱き合って、そして家まで送って行かなくてはならない。分かってはいるのだけどね、やはりこの部屋にひとり残されるのは、遣りきれないよ」 薄い砦を指で手繰り、徐につぷりと差し込んだ蜜壺は熱く柔らかく。 「っ…や、んぁ …あっ…」 ゆるゆるとかき混ぜる異物を、奥へ奥へといざなう。 脆薄な膜を剥くようにして親指で花芽を撫で上げれば、衣服が絡みついたしどけない痩躯が跳ね上がり、声なき初音が唇から零れた。 それを満足げに見下ろしながら、荒れ狂う欲を制御してゆるやかに蹂躙し続ける。 もう、彼女無しでは生きていけない。 けれど、彼女はひとりでも笑顔で生きていくのだろう。 だからこそ、この身体に。この心に。そして魂にさえ、友雅という男の存在を刻みつけてしまいたい。 決して消えぬ傷として、風化することのない痛みとして。 もしも、彼女が自分の元を離れてしまうことがあっても、必ず思い出せるように。 誰か他の男に身を委ねる時がこようとも、その最中でさえ友雅の存在を想うように。 そして、離れていこうなどと愚かしいことを考えぬように。 離れられなくしてしまえばいい。心を捕らえて。身体を捕らえて。 「だからね、ゆっくりできる時くらい、君の存在を強く確かめたい。触れていたい。…許してくれたろう?」 シャツを握りしめ、小刻みに震える指先が愛しい。 眦に涙を浮かべ、戸惑いと悦びに揺れる瞳がいじらしい。 けれど、憎らしい。 追い詰めて、絡め取って、揺すり上げて、抉り取って、打ち込んで、抱きしめて、 彼女の五感全てに、彼女の心の隅々にまで、 この存在を刻みつけてしまいたい。 いつか訪れるかもしれない、別離の時を恐れて。 与り知らぬ所で、彼女が他の男に幸せな笑みを送る日がくるくらいなら、生涯、自分のことだけを想って不幸になってくれればいい。 そう思わずにいられないから。 「ねぇ、あかね。許してくれるだろう?」 こんな愚かで、滑稽な男のことを。 「ねぇ、愛してくれるだろう?」 こんな愚かで、滑稽な男でも。 「あかね…」 焦れったい快感と、まだ慣れきれない接触と、抱き合う行為への恐怖と期待。 逃げ出したいのにそれを許さない男と、逃げることを望まない身体は、熱を燻らせるだけで何の解決法も示してはくれない。 あかねは食まれた指先を、淡く濡れた瞳でじっと見つめていた。 友雅はその儚げな眼差しを絡め取るために、細い指の形を舌で辿る。ねっとりと這わせ、付け根をくすぐり、そしてやんわり歯を立てた。 「ふ、…ぅ……」 逃げようとするいとけない手を引き留め、ちゅっと音を立てて吸い上げれば、欲を滲ませた瞳が彷徨う。見ていられないのに、逸らしてしまうことの出来ない葛藤が現れていて、逃さぬようにちろりと舌を見せながら丁寧に舐めてやる。 案の定あかねの視線は、友雅の舌先と伏せられた双眸を躊躇いがちに行き来し、身を固くしながら息を詰めていた。 ふと、彼女の瞳を捕らえる。 視線が合った。たったそれだけで跳ねる身体。 友雅は愛しさと、押しとどめることの出来ない程の情炎に眩暈を感じていた。 申し訳程度に細腰に引っかかっていたスカートの、止めるという役目をすでに放棄していたファスナーの隙間から手を入れ、柔らかい肌の上でてのひらを遊ばせる。 その刺激に耐えきれず縋ってきたあかねの旋毛にくちづけ、円を描きながらその温かい肌を堪能した。 「は、ぁ……だ、めぇ…」 今はまだ、意識を混濁させる訳にはいかない もっと、求めて。 もっともっと、乱れ狂って。 咲き誇る花弁を自ら散らすほどに、猛って高ぶって、求めて── 「窓から見て、私だとわかった?」 這い回る指の感触に集中し始めていた彼女は、問いの意味を理解できずに、焦点の合わない濡れた双眸で見つめ返してくる。 けれど、ゆるゆると瞳に戸惑いと羞恥が浮かび上がってくる様に、我知らず昏い笑いが零れた。 「…ぇ…?」 「教室の窓から、見たのだろう?私の姿を」 自分がどれほど、目の前の男に溺れているのか。 持て余す熱を解放するために、どんな言葉で強請るのか。 保ち続ける自我の中で、思い知ればいい。 「ぅん、みた…」 「それで?」 やがて辿り着いた胸の飾りを、指先で弾く。 固く尖った小さな果実は、その衝撃で小刻みに震えて友雅を誘った。 「んぁ…っ!…あ、あ、」 瞬時に快楽に引き摺り込まれていく、幼い身体。 さらなる刺激を強請るように、腰が小さくゆらめく。 ぐちゃぐちゃに掻き回したい。 深く穿って、内臓まで引きずり出し、喰らってやりたい。 なぜ、存在の全てを融け合わせて、ひとつになることができないのか。 あやふやな思考が、心を浸食する。 「ぁん、あ、は…… すご、い、絵に…なるな、って」 「絵、ね…」 「かっこ、よくて…ぁ……すてきすぎ、て…」 「へえ」 逃がさない。 許さない。 止まらない。 止められない。 愛することを── 「泣きたく、な、った…」 はたり、震え続ける眦から雫が滑り落ちた。 「泣きたく…?どうして?」 柔らかく張りのある若々しい胸を、やわやわと嬲っていた手を止める。 彼女の表情がくしゃりと崩れて、もう一粒、頬を伝って落ちる光。それがやけに綺麗で、ぼんやりと惚けたように見つめる。 「こんな、すてきな人なのに、私のこと好きって…言ってくれて。幸せだ、って。そう思った、ら…」 「幸せ…」 「ん、幸せ。好きな人に、こうして求められて…幸せじゃないわけないじゃない」 胸に押しつけられるだけの、役にも立たない男の手を取り上げて、彼女は微笑った。 清々しく、愛らしく、そして美しい笑顔だった。 穢しても、貶めても、蹂躙してさえ曇ることのないそれ。 どれほど愛液で汚れようと、どれほど抉り散らそうと、彼女は地に堕とされることがない。 「こんなに好きな人が、私を求めてくれる。私だけのモノでいてくれる。わたし、だけ…が、こうしてひとつに、なることを許されてる。そう思っただけで、震えるくらい…幸せ」 ちゅ、音を立てて、自分よりも二回りも大きなてのひらに頬を寄せ、くちづけた。 くすぐったいような、それでいて電流にも似た衝撃が友雅の全身を駆け巡る。 彼女の唇が触れた場所が、燃えるように熱い。 そっと離れていった唇は、ひとつ、太い手首に。 ひとつ、固い腕に。 ひとつ、肩の上に。 もうひとつ、唇の端に。 温もりを落とす。 伏せられた瞳が、そっともたげられた。 眼差しが、絡み合う。 羞恥と欲情に濡れた明眸。 驚愕と愛情に揺れた双眸。 引き寄せられるように近づき、重なり合った唇。 「……ねぇ、あかね」 「愛しているよ」 はぎ取った薄紗を捨て去り、重ねた身体をひといきに貫く。 「────っ! …ぅ、ぁああ…っ!!」 白い絹肌にザッと浮かび上がった玉雫を、恍惚と見やる。そのひとつひとつを舌で掬い上げ、口内で転がせば、甘露の味がした。 甘く馨しく、そして突き抜けるような愛しさ。 薄紅に染まった耳朶に見える、産毛が可愛らしいな、と思う。 背中を丸め、絶え間なく与えられる快感の波を堪える姿が、愛しいと。 眦を濡らし、解放してくれと、許してくれと懇願する瞳が、嬉しいと。 ──幸せ? 分からない。 そんな不確かで、朝露のように儚い物など、手に入れることなどできようはずもない。 掴み取ったところで、指の隙間を流れ落ちてしまうだろうささやかな物になど、興味はなかった。 ただ、愛しいこの女を、抱きしめ続けることさえできればいいと。そう、思っていた。 けれど、 もしも、 彼女を想って熱くなるこの胸や。 憎しみに近い程、愛しいと感じるこの想いや。 懇願にも似た、求められる事への渇望や。 唇をついて零れる、愛を語る言の葉や。 自分の存在を刻みつけたいと、嗜虐的な願いを抱いてもなお。 彼女の放った、たった一言で。たったひとつの仕草で。堪えきれなくなる想いを、受け入れてくれる瞬間。 ひどく充足した脱力感に襲われるのは、いわゆる「幸せ」という物なのだろうかと、思う。 「んぁ、あ…っああん…!」 例えば、頬を染め、眉間を寄せて翻弄に耐える様を見下ろしている時、とか。 気持ちが酷く高揚していくのが分かる。 「ふ、ぅん… やっ、やぁ…」 例えば、指先を噛みながら、左右に散らされる汗に濡れた髪、とか。 馨しい香りを胸一杯に吸い込みたいと思う。 「まっ、まって…!だ…ぁあ…っ」 例えば、弱々しい力で押し留める手の細さに、鼓動が跳ねてみたり、とか。 指の一本一本にくちづけたら、この震えは止まるだろうか。 「だ、め…っ!やん、だめ…もう、おかしく、なっ…んむ、むぅ…っ」 例えば、強引に掻き回した口腔から伸びる、細く頼りない銀糸に焦燥を感じたり、とか。 繋がっていたい。繋がってしまいたい。 「お願いだから、黙って。ただ、君を愛したいんだ」 結局、先に堕ちるのはいつだって彼女ではない。 ただそれもまた、心地良いと思ったりする。 これが、幸せ──? これも、幸せ…? ささやかだけれど、絶対的な幸福の種。 もっともっと繋がりあって、触れあって、確かめ合って。 そうしたら、いつか見たこともない、幸福の花が咲くのかもしれない。 「君を、愛してる」 「一緒に、いこう──?」 微笑みを浮かべた君が、確かに頷いた。 これが、 幸せ |
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さくらのさざめき/麻桜 |