proof of love |
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= 爪の先にちゅー = |
初めて手作りをした、バレンタインチョコ。 甘いラムレーズンを、ビターチョコで包んだトリュフ。 少し強めに含ませた、ブランデーが高く香る。 形は…ちょっと歪だけれど、その代わりに「愛情」だけはたっぷり込めて。 今日のキスは、いつもよりもずっとずっと、甘いはず。だよね? ≡ proof of love ≡ 「ハッピーバレンタイン、と言うのだったかな。これを、使ってくれるかい?」 隣に座っていた友雅にそう言って渡されたのは、シンプルなガラス瓶のマニキュア。 細くて赤いリボンが、可愛らしく結ばれているだけのそれ。手作りトリュフと交換で渡されたもの。 「綺麗なピンク…」 「春には少し早いけれど、桜の色だよ。君の色だと思ってね」 窓から差し込む、冬の暖かい日差しに掲げるようにして瓶を覗き込むと、淡い桜色にパールを溶かし込んだような細かい輝きが満ちていた。 「嬉しい。でも…」 「うん?」 「バレンタインって、女の子が告白とチョコを贈る日じゃなかったっけ?」 彼にとって、初めてのこの日。 あかねにとっても、恋人と過ごす初めてのバレンタイン。 だからこそ、一ヶ月も前から詩紋に教わりつつ練習したトリュフ。失敗続きだったけれど、両手でも足りないくらいの練習を重ねて、ようやく大好きな人に渡せるだけの代物が出来た。 それでもやっぱり、形だけは歪で。だけど味と愛情だけは、自信がある。友雅も、驚いたように目を瞠って「美味しい」と言ってくれたのだから、間違いないはず。 けれどもちろん、詩紋に教わっていたことは内緒だ。 なぜなら、年齢や外見、それに物腰の大人らしさに反して、この男が非常に嫉妬深いことを知っているから。それはもう、身をもって教え込まれたと言っても過言ではない。 「外国では、恋人同士がプレゼントをし合うそうだよ」 「へえ、そうなんだ〜」 彼は、梳いていたあかねの髪を掬い上げ、そしてくちづける。 それを恥ずかしくもくすぐったく受け入れながら、プレゼントが出来上がるまでの秘密を思った。 とても聡くて、それ以上にあかねのことならば何でもお見通しの彼に、バレていないなどとは思わない。けれど、言わぬが花。明言しなければ、彼とて追求してくることはないだろう。 あかねは何気ない様子で、友雅の肩に頭を預けた。 「それにね」 肩に回され、引き寄せてくる力強い腕。 ゆったりと髪を梳く指の感触を楽しみながら、あかねはうっとりと双眸を細める。 「君は遠慮ばかりで、なかなかプレゼントを贈らせてはくれないからね。こういう日は最大限に活用しなくては」 「だって…友雅さんがくれる物って、ビックリするような物ばっかりなんだもん。私は、それに見合うような物なんて返せないし」 友雅と出逢い、そして共に過ごすようになってから贈られた数々の品物を思い出す。 上等すぎる絹織物。玉の髪飾り。侍従の香。他にも数え切れないほどに。 この世界に来てからは、プラチナの指輪にネックレスに、シルクのドレス。誕生日にはコートと手袋とマフラーで、正月にはカシミヤのストールまで。そのどれもこれも、触れたこともないような高級品ばかり。 かといって、拒もうものなら涙を浮かべんばかりに悲しんで、拗ねて…とにかく手が付けられない。 けれど簡単に受け取ってしまえるような物でもなくて、ついに「記念日でも何でもないときのプレゼントは、一切受け取りません」と一喝せざるを得ない状況にまで陥ったのは、つい最近のこと。 誰かに話せばきっと、贅沢すぎる悩みだと目を剥きそうな事だけど、あかねにとっては非常に大きな問題だった。貰いっぱなしに出来ないけれど、かといって一介の女子高生に見合うだけのお返しなど用意できるはずもない。 ついそんな苦悩の日々を思い出して、眉間に皺を寄せる。 すると友雅はあかねの思考を読んでか、小さく苦笑を漏らした。 「君がこうして私の傍にいてくれることが、何よりの贈り物なのだけどね。いつまで経っても分かってはくれないようだ」 「だって…」 ぷぅ、と膨らんだ頬を、ココアの香りを少しだけ纏った指が滑る。離れていくその冷たい指先を、名残惜しげに見送ってしまっていることに気づいて、物欲しげな仕草をしたのではないかと居たたまれなくなった。 友雅は本当に何でもお見通しだ。居住まいを正すように身動いだあかねの様子に、口元に浮かべた笑みを深くする。 「ねえ、あかね。それ、貸してごらん」 脈絡もなく、てのひらで転がしていたマニキュアを指されて、きょとんと首を傾げる。 「塗ってあげるよ」 「え…っ?」 「違うな、塗らせてくれるかい?やってみたいんだ」 ネイルサロンにも行ったことがない身としては、初めて他人に塗って貰うという行為。恥ずかしくないわけがない。それが恋人だというのは、羞恥を一層高める要因でしかないのだが。 けれど、嬉々として見下ろしてくるその瞳には、弱いのだ。決して勝てるはずもない。 あかねは頬を染めながらも、頷くしかなかった。 胡座の上に座らせられて、背後から抱きしめるようにして指を掬い取られる。 背中には、厚く温かい胸の感触。ゆっくりと規則的な強い鼓動。そんな物を感じことが出来るほどの密着具合は、否が応でも緊張と期待を高める。 彼の過去はどうかわからない。けれど、現在、たった今、こうして彼を感じることができるのは自分一人だという事実に、心が高揚していく。 頭の中に、歓喜のオーケストラが鳴り響いているような気さえしていた。 友雅の大きくて男らしい手が、小さなあかねの手を包み。けれども細く節張った長い指が、慎重に慎重に刷毛を操る。 最初はおそるおそるといった態で、整えられた爪に色を乗せていたが、次第にコツが掴めてきたのか大胆になっていく。それでもはみ出したり、乱れたりしないのはさすが友雅と言ったところか。 左手の親指、そして人差し指…と次々に色づいていく爪。一本を塗り終わると、緊張を解くように漏らされた吐息が、悪戯に耳元をくすぐる。 目だけをそっと動かして様子を窺えば、真剣な眼差しに楽しそうな微笑を浮かべる彼がいて。穏やかな表情をしているのに、その横顔がなぜか酷く扇情的に感じられ、慌てて視線を引き剥がした。 ドキドキする。 この男は、こんなにも艶めいた人だったろうか。 いや、もちろん妖しくも美しい、匂い立つような色香を備えた大人の男。意外と着やせするタイプで、服の中は均整の取れた筋肉質の身体が隠れている。 その腕に、胸に浮いた汗が滑り落ちていく瞬間は、気も狂わんばかりの熱を発していて。 掻き抱くしっとりと濡れた肌は妖しげに香り、指先は官能的に舞う。 それは、嫌と言うほど知っている。 けれども、あかねをベッドに引き込もうとするような、そんな状況ではないはずの今、なぜこれほど煽られているのかわからない。 なんだか自分がはしたない女のように思えて、僅かに青ざめた。 彼は左手の爪をすべて塗り終えて、フッと息を吹きかけ満足そうに笑う。 綺麗に塗れたことを自慢するように、矯めつ眇めつ、あかねの爪を掲げる様は子供のようなのに。どうしてこんなに、身体が熱くなってしまうのか。自身の心と身体が理解できずに、羞恥で眩暈がした。 指先は、ほんのりと薄付きの桜色。それだけで、少しだけ大人になったような気がする。けれど自己主張の濃い色合いでなく、可愛らしく淡い清々しい色は、密やかな情欲を期待してしまっているふしだらな自分には相応しくないような気がした。 小さな右手の小指を押さえ、爪の付け根をそっと撫でられる。 「ふふ、可愛らしい指だね」 耳元で囁かれれば、ゾクリと震えが走った。 冷たい刷毛が滑り、優しく息を吹きかけられ、そして楽しげな笑いが耳朶を嬲る。 どうしてこの人は、こんなにも無意識に女を煽ることができるのだろう。 マニキュアを塗るという初めての作業が楽しいだけなのに、違った意味の悦びを連想させる。 大好きな人と過ごす、初めてのバレンタイン。 ドキドキして眠れなくて。 何度も何度も、クローゼットを引っかき回して。 鏡とにらめっこ。 思うように上手く纏まらないコーディネートに、いらいらして。 でもそんな時間さえ、愛しく思えた。 好きな人の前では、可愛くありたい。 大好きな人には、愛らしく思われたい。 愛する人の隣に、相応しく立ちたい。 それなのに── 「さあ、できたよ」 指先だけが、華やかに。 少しだけ、彼に近づけただろうか。それとも、彼が「君の色」と言ってくれたこの色に相応しくない、欲にまみれた女など、近づけると思う方が間違ってる? 可愛い。綺麗。 嬉しい。でも恥ずかしい。 そして少し、恐い。 友雅は黙り込んでしまったあかねを膝から掬い上げ、自分が腰を下ろしていたソファーに座らせると、その前に跪いた。 「?」 上目遣いに靴下をツン、と引っ張る。 「脱がして、いい?」 「──え?ええっ!?ダメっ」 これ以上の触れ合いは、キケン。 今日はなんだか、いつもの自分ではいられないような気がする。 「どうして?」 「だだだって…その…ほら、足なんて綺麗じゃないし!恥ずかしいよっ!」 「平気だよ。足の爪にも塗りたいんだ。許してくれる?」 「ヤダっダメっ!」 「ふぅ〜ん。君の嫌がることはしたくないけど…なら、これも愛の証だと思って。ね?」 情欲にまみれた、妖しい瞳をしてくれていれば、拒絶することだってできるのに。こんな時に限って、彼の瞳は無邪気に輝いている。 「どんな愛の証なんですか!?」 彼の戯れに怒ったフリで苦笑混じりに、けれど精一杯の反論をした。けれどそんなことでへこたれる男ではない。 「もちろん、愛する人の前では恥ずかしいことさえも許容できる、という証?ほら、ベッドの中と同じだよ」 人の気も知らないでさらっと際どいことを言い放ち、そして穏やかな瞳で微笑む。 あかねはドクリ、強く脈打った心臓を意識しつつ、息を飲むしかなかった。 「私のこと、愛していない?」 そんな、悲しそうな顔をしても、負けない。 「う…あ、アイシテマス、けどっ」 足になんか触れられたら、壊れてしまう。 「けど?」 意地悪そうな表情でもしててくれれば、逃げられるのに。 「あいして、マス…けど…」 不思議そうに見つめ、小首を傾げるなんて、そんなキャラじゃないはずなのに。 「なら、許してくれるね?」 ニコリ、清々しく笑った。そして有無を言わさず、さっさと靴下を脱がしにかかる。 「ちょっ…!やめっ」 器用に動く手を押しとどめようとするが、 「ほらほら、暴れるとせっかく綺麗に塗れたマニキュアが落ちてしまうよ?」 愉しそうに細められた双眸と、ニヤリと歪んだ口元を見て、絶句した。 ヤ ラ レ タ ── そうだ、彼があかねに触れていて、無邪気に微笑むなんて…あり得ない。 「ズルイっ!それを分かってて、先に手に塗ったんでしょ!?」 「さてね?」 先程までの子供っぽい、純粋そうな笑顔は掻き消えていて。至極楽しそうな顔。鼻歌でも零れてきそうな、意地悪な笑み。 悔しくて悔しくて、でも混じり合う期待と、そして大きな不安で涙が滲む。 彼はどこから罠を張っていたのだろう。チョコを渡したときから?このマニキュアを塗ってあげると言ったときから?まさか、購入したときから…なんてことは? もうそんなことはどうでも良い。とにかく逃げることが先決だった。 もしも今日、彼の肌に触れるようなことになれば…どんな醜態を晒すことになるかわからない。 本能のままに求めて、剥き出しの情欲を貪って、羞恥も何もかもをかなぐり捨てて、溺れてしまうだろう。彼の身体に。彼、自身に。 それだけは理解できた。 無意識だと思っていた触れ合いは、彼の意図するところで。手の指10本分、焦らされ続けたようなものだから。 彼が欲しくて欲しくて、その腕に抱かれたくて、けれどもそんな素振りのない男に悟られるのが嫌で、堪え続けた時間分。身体の中には熱が籠もっていて苦しいのだ。 そんな苦悩を知ってか知らずか、友雅は抵抗を示すあかねの手首を掴んで押さえると、耳元に唇を寄せた。 ねっとりと濃厚な仕草で耳朶を舐め、そしてくちづける。 「観念なさい?君の爪の先までも、私の物なのだから…ね?」 最高潮の、波が訪れた。 ぬりぬり くすぐったい中に、うずうずする感覚が交じる。 さっきまでは確かに冷たかったはずの友雅の指先が、少し熱を孕んできている。その温度が、嫌でもあかねの身体に灯をともす。 足の甲を押さえていた指先が、予期せず土踏まずを辿り。踵をさらっと掠めていく。 じわりじわりと沸き上がる感情。 彼の膝に乗せた足の裏が、汗ばんでいく気がする。それが羞恥を煽り、そしてまた身体の中心を疼かせる。 今度は意識的に掠められた指先。甲の指の付け根を戯れに行き来し、そしてくすぐるように撫でた。 「……っ…」 わだかまった欲が音となって鼻に抜けそうになるのを、全身に力を入れて堪えれば、爪先を弄ぶ男は可笑しそうに口元を歪める。 これは拷問? そう思わずにはいられない。 彼はただ、マニキュアを塗っているだけで。けれども確実に追い詰められていく自分がいる。 逃げ出したいのに、期待と欲望に膨らんだ胸がそれを許さない。だが、高鳴る鼓動に身を委ねてしまっては、もう決して引き返すことのできない、不知の場所へと押し上げられてしまうことは確実で。 友雅は再び、爪先にフッと息を吹きかけた。 冷たい風に、熱を持った身体が小さく跳ねる。 だがそれに気付かない素振りのまま、恭しく足の甲に手を添えて爪先に唇を寄せた。 チュ、音を立てて離れていく。 「……ゃ…!!」 上目遣いに見上げてくる瞳には、明らかな情欲の灯がともっていた。 ただでさえ不安定な格好で。短いスカートの裾は、脚を持ち上げたことでゆらゆらと揺れ。友雅の眼を楽しませていることだけは確かだった。 その瞳と視線を交わした瞬間、あかねの腰に電流が走る。じゅ、と期待の蜜が溢れ出す。 「感じた?」 「な…っ!?」 「これで髪の先から、爪先まで。全て私の物だよ。決して、余人に触れさせてはならない。わかるね?」 彼の熱を持ったてのひらが、ゆっくりと細く白い脛を這い上がる。 明らかに煽る手つきで撫でながら、見せつけるようにペディキュアに色づいた親指を銜えた。白い歯が甘噛みする様から目が離せない。 震える吐息が零れ、あかねは覚悟を決めた。 「わ、わかって…ます…」 もう、逃げられない。 この手からは。 この想いからは。 「よろしい。では、素直な良い子にはご褒美を差し上げなくてはね?」 満足そうに微笑った友雅は、桜色に光る手の爪にキスする。 「何がいい?」 そして、てのひらに。 くすぐったい。それ以上に、自分の小さなてのひらに顔を埋めるようにして唇を寄せるその姿に、くらりと眩暈がした。 「ホワイトデーは3倍返しとか言うんだったかな?」 「いら、な…」 声が出ない。 上目遣いの瞳に、射竦められる。 「そう?まあそうかな。既成概念に囚われず、私なりの君への愛情を示せば良いと言うことだね?」 肘の内側に。 服の上からなのに、触れられた所が燃えるように熱い。 「ん…」 零れたのは、返事なのか押し殺した嬌声なのか、自分でも分からない。 「では、君への愛情を表現したい時、したいように示せば良いと?」 鎖骨に。 もどかしい。唇に欲しいのに。 「…ぅん…っ」 「私も同感だよ。ならばお返しは、ホワイトデーまで待つこともないね?」 首筋に。 やんわりと吸われて、微かな痛みが走る。 「ん…っ………え?」 「賛同してくれて嬉しいよ、あかね。君への愛は、3倍くらいでは表現しきれないからね、困っていたんだ。では来年のバレンタインまで、今年の分のお返しをし続けるとしようか」 「え?あの?」 「ああ、大丈夫。きちんと分割にしてあげるから。君の負担になるようなことはしないよ」 「えっと…え?」 「だってそうだろう?君の髪の先から爪の先まで、こんなに綺麗にラッピングされた…私へのプレゼントなのだから。既成概念に囚われたプレゼントでは、ちっともお返しになどならないよ」 「あの…ちょっ…」 「ああ、安心なさい?今夜は帰らなくて良いのだからね」 ふふ、と笑う。 むしろ、「舌なめずりをして」という形容がピッタリする。 嫌な予感と、期待と恐怖と。複数の感情が綯い交ぜになって混乱していく。 「どう、いう…?」 「君の母君が、父君を温泉旅行に連れ出して下さったのだよ。だからね、一人家に置いていくのは心配だから、預かって欲しいと言われていてね」 「聞いてないっ!」 「そう?おかしいね」 官能の波に押し流されそうになっていた意識が、急激に戻ってきた。もちろん、騙されていたという怒りと共に。 「……二人して、黙ってたんですね!?」 「てっきり聞いているものだと思っていたのだけど」 「嘘っ!」 しれっと答えた彼に、叫ぶように言い返す。 が、友雅は気に止めることもなくあかねの手を取って、桜色に光る指先をパクリと食んだ。 単体の生き物のような、温かくてざらついた舌が這う。あかねを高みへと追い立てる動きに、泣きそうになった。 もう、限界が近い── 「嬉しく、ない?」 「そうじゃ、ないけどっ…」 イヤイヤをするように、頭を左右に振った。 パサパサと乾いた音を立てて散る髪に頬を打たれると、ただそれだけでも極みに上れる気がする。 「君を愛しては、いけない?」 「そうじゃ…ない、けど…っ」 ただ、悔しかっただけ。 自分に内緒の話が、彼と母の間で成されていて。それに気付かずにまんまと罠にはまって。はまったことさえ知らずに足掻いて、足掻いて…それでも結局逃げることも出来ずに陥落する。 抱き合う行為は嫌いではないけれど、いつも以上に上り詰めたその先にあるだろう、未知の場所への恐怖は拭うことができない。 それを体験してしまったら、駄目になるまで溺れてしまいそうで。 「では、お許し頂けますか?姫」 「なに、を…?」 胸が震えたのは、期待?それとも恐怖? 「もちろん、すべてを。今夜は、眠れないと思いなさい?」 新しい領域へ。 彼の手で踏み越えるならば、恐くないと思えるだろうか。 ただ、あかねがその場所に捕らわれるならば、友雅も一緒に捕らわれてくれるはずだ。それだけは確信できる。 それ以上堕ちることのない何処かがその場所ならば、あとは二人で手に手を取り合って這い上がれば良いのだろう。 「眠れない?そんなの…友雅さんを好きになって、いつもですっ」 涙を湛えた瞳で、強く睨む。 こんな風に自分を変えてしまった男への、憎しみと愛情を込めて。 「おやおや、それほど私のことを恋しいと思ってくれてるのかな?嬉しいね」 「ベッドに入って、私を思い出す?君の中にある私の存在を、意識する?」 「私の声を、私の指先を、私の肌を?」 「どんなふうに君を愛しているか、も? 私の、熱も?」 「も、はやく…っ!!」 悲鳴が、零れた。 「君はちっともわかっていないよ。私の想いがどれほどのものか…」 「一緒に、溺れてくれるね?」 fin. |
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さくらのさざめき/麻桜 |