□ 1日24時間では収まらないような恋を □

= ガトーショコラ =





今年はどうしよう。
毎年この時期になると訪れる、幸せな悩み。
店はバレンタインを煽るようなディスプレイで溢れている。

ホント、今年はどんなチョコをあの人に贈ろうか。

相手は社会人だし、趣味がよくて目は肥えてる。
この時期にしか覗かない有名店のチョコレートを物色しても、なんだかピンとこない。

・・・なんだろう、どんなに高価なチョコも、有名ブランドのチョコも、
有名ショコラティエのチョコもたぶん・・・




「もらっても、感動薄いよね」




自分に置き換えるとそう思う。
いや、恋人からもらえるならば何でも嬉しいけれど、どうせなら少しお金を出せば
買えるものや、誰か有名な人が作ったものや、大量生産されているようなものより、
恋人自身からの言葉や態度、ぬくもりの方が感動度は高い。

うぬぼれかも知れないけれど、きっと友雅さんもそう感じてくれるはず・・・。

いつもは既製品で誤魔化してたけど、今年は手作りに挑戦してみよう。




「・・・とりあえず、本屋さんかな?」




茜は、思い立ったら・・・とばかり駆け足で書店に向かった。










 ***










バレンタイン・ディ当日
大きな荷物を持った茜が立っているのは、友雅のマンションのドアの前。
大きく深呼吸して、友雅からもらった合鍵で友雅の自宅に入った。


何を作るかたくさん考えた。
ありきたりの、湯煎で溶かして固めただけの子供だましのようなチョコはプライドが
許さない。かといって、あんまり本格的な技術の必要なものは無理だし・・・
チョコはチョコでも、チョコレートケーキはどうだろう?
で、書店で購入したチョコレート菓子のレシピからチョイスしたのは



【ガトーショコラ】



あまり難しいテクニックはいらないし、焼きっぱなしのケーキだからデコレーションも
凝らなくていい。なにより、見かけは素朴だけど、見た目を裏切る濃厚なチョコの
味を楽しめる。ビターな感じにすれば、甘いモノが苦手な友雅さんでも・・・多分大丈夫
な・・・はず。
前日家で作って、持ってくることも考えたけど、どうせなら作りたてを食べてもらった
方がうれしがるかな〜ということで友雅さんちで作ってしまえ作戦決行!なわけで
ある。どうせなら、渡す現場で作ってしまえば!!


ということで茜が友雅のマンションに持ち込んだ大荷物は、ガトーショコラの材料一式。


昨日、友雅とは電話で連絡を取り合い勝手にマンションで待っていると連絡済。
そして、友雅さんの帰宅時間も確認済。
つい、3日前にここのマンションに来たとき、なにげなくキッチンを確かめ、どの程度の
道具があるのか確かめたりもした。


・・・・・・作戦に怠りなし!


あとは・・・私の料理の腕次第ってところか・・・コレが一番の不安要素だけど。

室内に侵入して真っ先にキッチンに向かう。




「・・・・え?」




男の一人暮らしとは思えない綺麗さ。
実は全く使ってないんじゃないか?と思うくらいだ。
けれど、泊まった朝などに、簡単とはいえ朝食を作ってくれたりするので全く使って
いない・・・と言うことはないんだろう。


けど・・・けど・・・コレは何?


茜は目の前に広がる光景に呆然とした。


キッチンには、まるでこれからお菓子作りをします・・・と言わんばかりに、
ボールに撹拌機、はかりに計量スプーン等々が並べられている。
さすがに何を作るのかまではわからなかったのだろう材料は無かったが、道具一式は
完璧だった。




「・・・・・・・ばれてる・・・・・・・。」




お、驚かそうと思ったのにぃ・・・・。
がっくりと力が抜けてしまったところで、テーブルの上に置かれているメモ用紙に気が
付いた。




『キッチンにあるものは好きなように使ってくれてかまわない。期待しているよ。
なるべく早めに帰る。』




・・・本当に、バレバレだ。
はぁ・・・と溜息付き意気消沈の茜に、追い打ちをかける文面。




『・・・くれぐれも、無理はしないように。お姫様。』




なにそれ?はなっから無理とか思ってる?お料理するのがそんなに心配されること?




「・・・小さな子供じゃないんだから!!友雅さんの心配性!見てなさいよっっ」




意気消沈はどこへやら。
年上の恋人はフォローは完璧なのである。










  ***










思ったより早く帰れたな・・・・



マンション地下の駐車場に愛車を駐車して、自宅のある階へエレベータで向かった。
知らず知らず緩む口元。
手にしている車のキーについてあるキーホルダーが、男の心を表すようにチャラチャラと
上機嫌に音を奏でている。あの幼い恋人は、道具をこれ見よがしにそろえられたキッ
チンを見てどう思っただろうか。3日前にマンションに来たとき、滅多に入らないキッチ
ンでウロウロし、あちこち確認していれば怪しまれるのは当然で、なにか料理でもして
くれるのかと、ままごとめいた行為に嬉しく思う自分を感じ、まるで10代の少年の
ような青臭さに照れてしまう。


数日後にバレンタインを控えた時に、そんな可愛い行動に出られたら、
勘ぐってくださいと言ってるようなものだ。
悲しいことに今年のバレンタインは、平日にあたってしまい深夜勤務とは言わない
までも帰宅時間が10時頃になってしまう予定だった。
茜には前もってそのことを伝えてある。
エレベーターに乗り込み、腕時計で時間を確認。


針は9時を少し回ったところ。


予定時間より1時間早い。
この一時間は、友雅の努力と愛情によって捻出されたものだ。
過去関係した女達には向けられなかった時間捻出の努力を、ふと一人きりの
エレベーターで考える。




「まったく、今の私の姿を、彼女らに見られたくはないものだね。」




程なく自宅がある階へ到着。
放っておけば軽く早足になる歩調を、意識して遅くする。
自宅の玄関ドアは、艶やかな黒。
微かにドアから漏れる、甘い甘い・・・・カカオの香り。
こんな時間帯に、この絡みつくような甘いカカオの香りは、昔の私なら「うっとおしい」
としか感じなかっただろうが・・・折しも今日は、バレンタイン。
何のためのカカオの香りかは容易に想像がついて。
ドアを開けようと手を伸ばした時、黒光りするドアに映り込む自分の顔に苦笑。



・・・まるで恋の百面相だ。



なおいっそうの苦笑と共にドアノブを握った。










  ***










キッチンでは、茜がガトーショコラの出来映えに声を上げていた。




「・・・私ってお菓子作りの天才かもっっ」




茜の目の前には、焼き上がったばかりのガトーショコラ。
焼きっぱなしのケーキだから、表面がひび割れた不格好さもなんかいい感じ。
きれいすぎるケーキより、カジュアルな感じがして、なおさら手作り感がでる。
でも、これだけじゃあ盛りつけたとき寂しいからと、甘さ控えめにした生クリームを緩く
泡立てたものをそえる。そしてミントの葉を乗せて、ちょっとアクセント。




「うん、見た目はそんなに悪くない・・・けど・・・やっぱり一番肝心なのは、味だよねぇ」




まぁるく焼けたガトーショコラ。
・・・渡す前に味を確かめたい。
けど、せっかく綺麗に焼けたガトーショコラに包丁を入れるのもなぁ〜それに、
見るからに食べかけのを渡すわけにもいかない。
でも、でも、万が一不味かったら・・・そんなもの友雅さんに食べさせるの嫌だし。
とりあえず、失敗した時用に渡すチョコレートは準備してあったりする。既製品だけど。


・・・なにもホールで渡さなくてもいいじゃない?友雅さんだってそんなに甘いもの
たくさん食べられないよ!!カットしたのを渡しちゃえば
・・・・・・・・私がこっそり先に食べちゃったことはバレない♪


壁に掛けてある時計を見れば、9時になったばかり。
帰りは10時くらいになると恋人は言ってたから・・・間に合う!


茜は、大急ぎでナイフを探し始めた。










  ***










玄関を開ければ、予想以上に甘い香りが漂っている。


・・・プライベート空間に、こんなチョコレートの香りが充満するなんて初めてのことだ。


鼻から吸い込まれたカカオの香りが、胸へ、脳へ辿り着き、軽い酸欠をおこしそうだ。
余分な意識が痺れゆき、正常に働くのは一番強い欲望だけ。


思えば、カカオは昔、媚薬と呼ばれていたのだった。




香りに導かれるようにキッチンに向かえば、愛しい恋人の後ろ姿が見えた。





なにやら真剣な様子で、友雅が帰ってきたことに気が付いていないらしい。
驚かそうと思ってそっと近づいた友雅が見たものは、




「!なっ」




黒ずんでいる丸いケーキであろう物体。
包丁を握りしめ、その物体を思い詰めたように見つめる茜。


な・・・にを考えているんだ?茜は・・・まさか、あの思い詰めたような顔は・・・・


ケーキを焦がして失敗してしまい落ち込んでいるのか?




「茜っ!!」


「うわっっ」




急に大きな声で呼ばれ、ビックリしすぎて持っていた包丁を思わずザックリと
ガトーショコラの上、それも自分の思い描いていなかった場所に突き刺して
しまった。




「あああっっっ!もう、友雅さんっっ変なところに包丁刺しちゃったじゃないっ」




思わず突き刺した包丁を抜きながら、ご立腹の茜ちゃん。
友雅は友雅で、まさかそんなリアクションが返ってくるとは思わなかったので2重に
驚いている。




「え?失敗したから処分しようとしているのではないだろうね?私のために作られた
ものは作られた時点ですでに私のものだよ。食べるも食べないも、私の好きなように
させてもらうから勝手に処分なんかしてはいけないな」


「ちょっとちょっと、友雅さん。なに?はなっから失敗したみたいにっっ!」




持っていた包丁を、とりあえずテーブルに置いて、失礼極まりない恋人に真正面から
向き合った。




「え?だって君、その・・・焦げ・・・」


「ああ、もう、焦げてないですよ?こういう色なの!こんだけチョコの香りがしている
んだから、チョコケーキだってわかるでしょう?これは、チョコの色!!
もうぉーーーーー、私のことなんだと思ってるの!?」




しまったという風に、友雅は右手の平で顔を覆う。
よく考えればわかるものを・・・どうも、茜のこととなると冷静な判断力が鈍る。
これは、素直に謝るのが正解だ。




「すまない。その、こういったお菓子のようなものに疎くてね。」


「いいよ、もう。・・・・・・それに、完全に成功した・・・とはまだ言えないし。」


「どうして?」




さっきは慌ててしまったが、焦げたような匂いはしない。
焦げれば必ず匂いはするはず。
香ってくるのは、甘くほどよい酸味も混じったカカオの匂い。




「焦げてはいないようだし、失敗要素なんて・・・火が完全にとおってないとか?」




焼き上がったガトーショコラを前に、真面目な顔して立っている茜の後ろ側に周り、
そっと背後から抱きしめる。
抱きしめた茜自身からも、チョコレートの香り。
茜の作ったケーキもいいが、チョコレートの匂いのする茜が一番美味しそうだと、
にやけた思惑を隠しつつ茜と一緒に焼き上がっているガトーショコラを見つめた。




「焼き方も上手く行ったと思うの・・・あとは・・・あとは・・・味なの。」


「それは、肝心なところだねぇ・・・」




なんだかおかしくなってきて、喉の奥で笑いながら年下の恋人の頭をいい子いい子と
撫でて「大丈夫、美味しいよ。きっと。よくできました」と少しだけ適当に相づちを
打つ。手作りケーキもいいが、正直ケーキはどうでもよかった。


はやく『いいこと』がしたい。


優しい顔を見せながら、実は「いつもより乱暴にしたい」などと思っているなんて
少女は気が付かない。


チョコレートは媚薬。


食べる前から、香りだけで盛り上がっている自分に苦笑い。


さて、どうやってお姫様をその気にさせようか・・・。
後ろから顔を寄せるようにして、肝心なお姫様の表情を伺えば、フイッとのぞき
込んできた友雅に視線を向ける。




「ねぇ、友雅さん。お願い。友雅さんに渡す前に、私が先に食べていい?」


「え?・・・私にくれるものなのに、君が先に食べてしまうのかい?」


「ど、どんな風に出来上がったか知った上で、友雅さんに食べてもらいたいの
・・・ほら、心の準備が必要だし。」




ここまで食い下がってきた茜に、友雅は少し面白くない。


友雅のために作ったガトーショコラが、今現在、友雅のためとは言いながら、
茜の頭はその友雅のことより『ガトーショコラが美味くできたかどうか』
ということで頭がいっぱいだからだ。


恋人が自分のために作ってくれたものとはいえ、今現在、茜の中で完全に友雅は
ガトーショコラに負けている。


ガトーショコラの素朴さの象徴である、焼いたときに出来る表面のひび割れも、
とろりと緩く泡立てられた生クリームも
その上で気持ちよさそうに浮かんでいるミントの葉も・・・




「ちょっと!やだ!友雅さんっっ!!」




友雅は後ろだっこの体勢は変えずに、ひょいっと右手だけのばし・・・
ガトーショコラを素手で一部分を千切りとり口の中へポイッと入れた。




「あー!!食べちゃったっっっ」


「コレ私のだろう?」




軽く指先についている生クリームをペロリと舐め取る仕草をワザと見せつけながら
そう嘯いた。




「ま、まだあげるなんて言ってないもん!」




茜は、驚きと照れ隠しで赤くなりながら往生際の悪いことを言う。


けれど気になるのはやっぱり・・・・




「・・・どんな感じですか・・・」




美味しい?などと恥ずかしくて聞けない・・・照れ隠しで人ごとのような問い
しか出来なかった。




「ん、これはまた・・・」


「え?え?どーなの?これはまた・・・何??!!」




味は友雅的に文句の付けようが無かった。
甘いモノが得意ではない友雅に合わせて、ビターで大人な味に仕上がっていたし。
ビターチョコレートをたっぷり混ぜ込んだ生地は、しっとりとして濃厚な食感。




「驚いたよ。君、想像以上に美味しいよ。」




最上級の褒め言葉。
嬉しいけれどにわかに信用できない茜は、「ホントにホント?」としつこいほどに
友雅に確認。




「じゃあ、食べてみてご覧」




そう言って、友雅は自分の時と同じように素手で千切りとり添えてあったゆるめに
泡立ててあった生クリームを絡めて茜の口元にもってくる。




「はい、お姫様・・・あ〜んしてご覧?」


「ちょ・・・や・・だ・・・恥ずかしいです。」




相変わらず後ろから抱きしめられたまま、身動き取れない様にしてコレである。
すごーく恥ずかしかったが、後ろからのぞき込んでいる男は、恥ずかしがらせて
楽しんでいるのがありありとわかって・・・




「あ〜ん・・・」




などと、声を出しながら友雅の指先をくわえ込むために口を開けた。




これは、予想以上にくるね。
指先を茜の唇がくわえ込むのをウットリとした目で見ていた友雅は実際、

指先に恋人の

唇が触れる、

舌が触れる

その濡れた生々しい感触に不覚にも喉が鳴ってしまった。

指に挟んでいたケーキをもぎ取り、離れていく唇と濡れた熱に溜息。




「あ、本当、私には苦いけど・・・美味しい。よかった。」




瞳をキラキラ輝かせて、まるでイタズラが成功した子供のような表情を見せる茜を
思いっきり甘やかしたくなるのと、思いっきり意地悪して泣かせなくなる思いが同時に
沸き上がってきて、正直・・・・・・・・困る。




「で、お味の方は安心しましたか?姫。」


「え・・・あ、うん。・・・と、友雅さんはコレで大丈夫?」


「大丈夫も何も・・・」




友雅はワザと拗ねた振り。




「まだ、茜の口からこのケーキを正式に『あげる』と言われてないんだが・・・ねぇ。」


「あ!・・・それは・・・」


「うん、私が勝手にちょっかい出して勝手に食べてしまったからタイミングが
なかったんだね。悪かった。今さらだが・・・茜の口から『お許し』をおくれ?」


「解りました。じゃ、その前に・・・この腕どけて私を自由にして?」




相変わらず後ろから抱きしめられている状態。
渡すときくらい、ちゃんと目を見て渡したい。




「いいよ。はい、どうぞ。」




くるっと回転させられた。
確かにこれで友雅の顔を見ることが出来る。
でも・・・




「ねぇ、友雅さん。私を自由にして?ってお願いしたんだけど、これじゃあ身動き
取れないままだよ。」




振り向いたとき、友雅との距離が思った以上に近くて照れてしまった。
本当は、照れた勢いで腕の中から逃げてしまいたいけれど、真後ろにはテーブルが
あるから逃げようにも逃げられない。
友雅は解っていて余裕の接近戦を仕掛けてくる。




「このままでいいじゃないか。ね、ちゃんと君の口から教えて欲しい。この甘くて苦い
ケーキは誰のもの?」




辺りに漂うカカオの香りは、目の前の男が自分に仕掛けてくる甘い罠と相乗効果を
もたらしてそれこそ媚薬の役割をきっちり果たしている。


こうなれば、もはや茜に残されたのは敗北宣言のみ。




「大好きです。友雅さん。私からのバレンタインチョコレートケーキ受け取ってくれます
か?」


「よろこんで」




吐息と吐息、睫毛と睫毛が触れあうような至近距離で甘く答える。
近づけば近づくほど、少女の身体からはカカオの香り。
お互いの腰にお互いの両腕を絡めてお互いを拘束。

その体勢で軽くキス。

ついばむような、じゃれ合うようなキスは大好きだ。
特に今日は、お互い先ほど食べたガトーショコラの味がキスをするたび微かにして
尚更、




「甘くて苦くて美味しいキスだね?」


「そうかい?私にとっては甘いばかりだが・・・ねぇ、知ってるかい?」


「何を?」




会話の合間合間に駆け引きのキス。




「甘さを引き立てさせる方法」


「?」




男は少女の耳元に唇をよせて、ひそひそと悪戯な提案を打ち明けた。




「一摘みの塩分」


「え?お塩?」




そう・・・と男は笑む。




「君にとって甘くて苦いこのキスが、酷く甘く感じられるように・・・」




怖いほど綺麗に男が笑う時は、要注意だ。
解っているのに、見とれて身動きが取れない。




「泣かせてあげる」


「・・・・・・・・・・え?」




ウットリと見とれすぎて反応が遅れる。
この人は何を言っているんだろう?
甘い声と甘い香りに隠されて、言葉本来の罪を見えなくする。




「大丈夫だよ。痛いことはしないから・・・よすぎて泣けてしまうだけ。ただ、いつもより
ちょっとだけ・・・・・・・・乱暴にしてしまうけど・・・・許しておくれ。愛してる。」




まるでダンスフロアーへエスコートされるような気取り調子で、少女の腰に左手を
添え・・・




「さぁ、こちらへ。私にチョコレートの媚薬を渡した勇気ある女性には、それ相当の
お返しを」




ほぼ、これから行われる甘い責め苦が予想できたが、カカオの媚薬は少女にも
有効だった模様。


茜は、自ら足をベットルームへ進めた。










  ***










甘い怠さが身体を包む。
昨晩は、久々に満足するまで貪ったように思う
自分はとても満足したが、そこまで付き合わされた少女は、今現在となりで
涙のあとが痛々しいのに、妙に満足げな表情で眠っている。
そこに、昨晩の自分が彼女に施した仕事の出来を確信し、充実感が男を包む。


ふと紫煙が恋しくなった。


乱れた髪を手ぐしで乱暴に梳き流し、男は軽い動作でベットからガウンを肩引っか
けるだけで腰ひもを結ぶこともせず、ほぼ裸のまま下り、ベットサイドの机の引きだし
からタバコとライターを取り出した。
眠っている少女の隣で吸うわけにもいかず、場所を変えるためキッチンへ向かう。


一本取り出し、口にくわえて火をつける。
程なく、細い紫煙が立ち昇る。
ゆっくりと吸い込んで吐く。
半分吸い終わったところで、ダイニングテーブルに置かれたままになっている
ガトーショコラが目に入った。
手元に引き寄せてあった薄手のクリスタルで出来た灰皿でもみ消し、ダイニング
テーブルにそっと手を伸ばして、一つまみだけ食べて放っておかれたままの
ガトーショコラを千切りとり口に運ぶ。




「・・・甘い・・・」




1日経って冷えたガトーショコラは、焼きたてのものより密度が濃く重く感じる。
甘さも苦さも焼きたてのモノよりきつく感じるのは何故だろう。


友雅にとっては重い甘さを感じるが、茜にとっては甘さより微かに苦さが勝って
いたこのガトーショコラ。


一画、千切りとっただけで放置されているガトーショコラに、自分と茜の感覚の違いを
見た気がして妙な焦燥感に苛まれる。


もう一本タバコを取り出し、少しだけゆっくり紫煙を楽しみながら思いを馳せる。
自分は茜に合わせて甘い関係でいるつもりでも、茜にとってはまだ苦さを含む関係
なのかも知れない。


ベットの中で、少しだけいつもより乱暴に愛して最終的には泣かせてしまったことを
思い出す。


少しずつ、少しずつ・・・自分の愛し方に慣れてくれるように甘さの中に苦さも
苦痛も混ぜて。


ゆっくりゆっくり馴染ませているつもりだが・・・・・・・・。


時には、そのじれったさが愛しくて。
時には、そのじれったさに焦りを覚えて急ぎすぎる。


時間がいくらあっても足りない。
年齢が近ければ、同じ学生同士ならば、もっと時間を共有できるのかもしれない。
だが、仕事を持っている自分と、まだ学生である少女が共に過ごせる時間は少ない。


もっと時間が共有できれば、時々襲ってくるじれったさなど感じることは無くなるの
だろうか。


1日24時間しかない今の現状では、一緒にいられる時間が足りないのだ。この恋は。


だからといって、昨晩は少し泣かせすぎた。
後半、「もう許して欲しい」と泣き出した少女の泣き顔を思い出す。
泣かしているときはサディスティックな喜びが支配するが、時間が経てば泣かせた
罪悪感で、言いようのない苦さが胸を襲う。


甘やかしたいといいながら、泣かせて喜ぶ自分がいる。
その涙が甘いことも自分は知っていて・・・その甘くも苦い感情を少女と共有した
かったのだが・・・まだ、早かったのかも知れない。


お姫様が目覚めたら、お怒りの言葉を頂く覚悟を固める。



冷蔵庫からよく冷えたミネラルウォーターを出してグラスに注ぐ。



酷く喉が渇いていた。


一気に流し込むと、胃のあたりまで冷たい刺激が通っていくのが解った。


一息ついて、まだ眠ったままの少女の元へ戻ろうと踵を返そうとしたが、少女が
起きたとき喉の渇きを訴えるだろうと思い当たり、自分の飲んだグラスにミネラル
ウォーターを注ぎ直した。



ベットルームに戻り、ベットを揺らさないよう少女の横に滑り込んだ瞬間、ボンヤリと
瞼を開いて空を見つめている少女がいた。
まだ意識が完全に覚醒していないのだろう。
酷くあどけない。




「・・・・のど・・・乾いた。」




そうだ、まだまだこの子は子供なのだ。
それなのに、昨晩は、はやりやりすぎたか・・・と泣いて掠れた声を聞き改めて反省。




「水、飲むかい?」


「うん。」




幼子のようなフワフワした声での返答に、男は笑みを浮かべる。
今日は思いっきり少女を甘やかそうと、心に決めた。
結露したグラスを持って濡れてしまった指先で、少女の唇をなぞる。


その冷たさに、茜の覚醒速度が速まる。




「あ、お水持ってきてくれたんだ・・・」




少女の掠れた声に思わぬ色気をうっかり嗅ぎ取ってしまい、胸の奥が疼いたが、
それと同時に食べ散らかされて放って置かれたガトーショコラが脳裏を横切る。


なんともいえない妙な苦々しい気持ちが沸いてきたことを意識的に無視して
持っていたグラスから一口、口に含み、冷えていたのにも関わらずあえて一度
自分の体温で暖め直した液体を少女に口移しで与えた。




「ん・・」




ゆっくりと、すべて流し込んで離れる。
離れる前に、そっと下唇を唇で挟んで愛撫することも忘れない。


そんな相変わらずな友雅に、安心する茜。


なんでこんなことで安心するんだろう。

そして・・




「・・・友雅さん、タバコ吸ったでしょ?」


「ああ、ばれてしまった?ごめん。美味しくなかったか・・・今のキス」




茜は、クスクス笑う。
何がそんなにおかしいのだろう。
不思議そうに見つめ返す友雅に茜は告げた。




「・・・苦かった。今のキス。・・・・・・・・でも、好き。苦いのもくせになっちゃうの。」





少女は子供で、そして想像よりも大人だと気が付かせられる瞬間は、
友雅に幸せな苦さを与え、つくづくこうして2人過ごす時間の少なさを嘆くのだった。






                                              終



HPを開設してから、バレンタインを意識した友あか創作は、「ビタースウィート」を
キーワードにしているんですが、今年は丁度良い季節にこちらの友雅祭があるという
ことで、じゃあ毎回バレンタイン創作でキーワードにしている「ビタースィート」を意識で
きるお題を選ぼうと思い、選択したのが「ガトーショコラ」でした。
なんだか1人盛り上がって迷惑な友雅が出来上がりましたが、こんなんで大丈夫
ですかね?盛り上がって茜ちゃんを泣かせてしまうところも書き込もうかと思いましたが、
さすがに自粛しました。(笑)ただでさえ、この友雅は・・・と怒られそうなのに(苦)
タイトル「1日24時間では収まらないような恋を」ですが、長すぎ!と笑われるかな〜
と、思いつつも・・・最近聞いた曲で、ちょっとグッときた一節だったので・・・。
そんな風な恋愛をしている2人を書きたかったんですが、出来上がった今思えば、
ちっとも絡んでなかったかも・・・と反省。でも、目標は「1日24時間では収まらないよ
うな恋を」だったんです・・・。ちなみに、この一節の出てくる曲の内容と、この話の内容は、
まったくリンクしておりません。この一節のニュアンスだけを目標とさせて頂きました。
少しでもお気に召して頂けると嬉しいのですが。
スウィート企画に参加できて楽しく嬉しかったです。ありがとうございました。
青の王様 / ちか 様