□  ミルフィーユ  □

= ミルフィーユ =





甘いもの大好き。
甘いものを食べると幸せで満ち足りた気分になれる。
私にとってのお手軽な気力回復法。
ケーキなんかは最高。
だって味はもちろんのこと、見た目も可愛くて綺麗なものが多いしケーキの箱を開ける瞬間は宝石箱を開けるような気分になるもの。
けれど、どうやって食べていいか悩んでしまうケーキがある。



「おや?どうしたんだい?難しい顔をして。」



茜とは対照的に、それほど甘いものが得意ではない友雅が、休日訪ねてくる甘党の恋人のためにわざわざ買ってきたケーキの箱をのぞき込んでいる茜に声をかけた。



「んー・・・そ、そんなことはない・・・よ?」



なんだかハッキリしない返答に、今度は友雅の眉間にシワが寄る。
まだ学生の茜と、医者をなりわいとしている友雅とはなかなか休日が一緒にならない。
お互い時間をやりくりして・・・と、言うか・・時間の融通が比較的利く茜が友雅に合わせることが多いのだが、丸々一日ベッタリ一緒にいられるのはまれだ。
まだ年若く、大人しそうな割に活動的な茜は、一緒にいられるときこそ2人で外出したがる。
恋人との外でのデートに憧れる年頃でもある。
ある程度遊ぶことをやり尽くした感のある友雅は、朝から晩まで部屋に閉じこもり恋人との甘い2人だけの世界を作りたいのが正直な希望。
自分の思惑を通すためには、茜が部屋に閉じこもっている事に「退屈」を感じさせないことが大事。

ケーキなど、まったくもって興味ない友雅だが、これも部屋の中に甘党の恋人を閉じこめておく餌。

わざわざ友雅自ら出向いて、その目で吟味し購入したケーキを前に、肝心の恋人は何やら難しい表情。



「もしかして苦手なケーキだった?看護士の女の子達から最近評判のケーキ屋さんを教えてもらって買ってきたんだが・・・。」



そう茜を伺う友雅の手には、女性の身体の線を思い起こさせるような優美なフォルムが目を引くティーポットが握られている。



もともと友雅には趣向品に対して凝るところがある。
故に、紅茶をいれるということは、紅茶の葉を選ぶところから始まる。

部屋の一角に、紅茶の葉のコレクションがあり、そこからその時々に合わせて葉を選ぶ。
今回友雅が選んだのは『マリアージュフレールのダージリン・プリンストン』
春摘みのダージリンの葉だけをブレンドしたもので、フレッシュでフルーティーな香りは絶品。

なんか友雅さんが紅茶を入れるところを見るの好きだなぁ〜などと、茜が以前言ったことから、2人でのティータイムには必ず友雅がいれるようになった。

紅茶を入れるのは友雅の役割。
ケーキをお皿に盛りつけセッティングするのが茜の役割。

茜は、ケーキを慎重に箱から取り出し、お皿の上で倒してしまわないようにソロリと盛りつけしながら慌てて友雅に否定した。



「まさか、嫌いじゃないよ?むしろ大好き!」

「そう、それはよかった・・・けど、さっきの表情は好きなケーキを見た女の子の表情じゃなかったよ。私の選択が失敗したのかと思った。」

「ああ、ごめんなさい。なんていうのか・・・大好きなんだけど・・・」

「けど?」



会話しながら、友雅は紅茶をカップに注ぎ茜の前に差し出した。



「さあ、どうぞ。」

「ありがとう」



茜も、皿に取り分けたケーキを友雅の前と自分の前にセッティングする。



「じゃ、これ友雅さんの分ね?」

「ああ、ありがとう」



友雅的には別に食べなくてもいいのだが、茜1人だけだと彼女が遠慮するので、この時だけはケーキを口にするのだ。

早速、鮮やかな赤を思わせるほど見事な色合いの紅茶が入ったカップを手にして、まずは香りを楽しむ。
一口紅茶を含むと爽やかな渋みと香りが広がった。



「わぁ〜おいしいっっ」

「それはよかった。」



恋人の喜ぶ表情に友雅も満足げに微笑んでから、自分のカップに手を伸ばした。



「で、話の続きだけど・・・」



茜はフォークを手にして、ちょっとばつが悪そうに話し始めた。
お皿の上に、綺麗に乗せられたケーキは、苺のミルフィーユ。
サクサクとしたパイ生地を何層にも重ねて、間には濃厚なバニラビーンズがたくさん入ったカスタードクリームと瑞々しく糖度抜群の苺がぎっしりと。
そして、ケーキのトップにも、キラキラ艶々とした大振りの苺。
この絶妙な味のハーモニー!
口の中に入れれば、甘いカスタードと、サクサクパイ生地の歯触りと・・・見ても食べても大満足な一品。
けれど・・・たぶん、多くの人が思っていると思う・・・。



「いつもいつも食べるとき悩むの〜!」

「え?悩むって・・・何を。」



ケーキを食べる時悩むこと・・・んー、太ってしまうとか・・・


味ではなく、悩ませる要因として思い付くのはそのくらいだ。
けれどそれならば他のケーキやお菓子にだって当てはまることだ。

何を言っているのか解らないと、今度は友雅が軽くしかめっ面。
そんな友雅を前に茜は「見てて」と一言。
手にした銀色細身のフォークを、ミルフィーユに刺していった。
サクサクのパイ生地は表面が思ったより硬く、突き通すためには少し思い切りが必要。
グイッと力を込めて突き刺せば、幾層のパイ生地に挟まれたバニラビーンズたっぷりのカスタードが・・・・



「おやおや」



友雅は目の前のミルフィーユの惨状に、茜の言わんとしていることが解った。
フォークが上から刺さっていくのと同じく、上の方からパイ生地に挟まれたカスタードクリームがグニャリと
脇から漏れてくる。フォークが皿まで届き、一口大に切り分けられたときにはパイ生地の間のクリームは
脇に流れきり美しいパイの層はぺっしゃんこ。
サクサクのパイ生地の端っこはバラバラと屑状になり・・・見るも無惨。



「ね?せっかく可愛く綺麗にしてあってもグズグズのボロボロになっちゃうの。」

「はははは」



崩れてしまったミルフィーユに難しい顔をしながら茜は訪ねる。



「もう、どうやったら綺麗に食べてあげられるの?」



友雅は恋人がケーキに話しかけているという楽しい場面を見ることが出来ただけでも、ケーキを買ってきた価値があるなとご満悦。



「崩れてしまっても、多少見栄えが悪くても、味は変わらないだろう?」

「えー、だって行儀悪く見えちゃうし・・・それにせっかく綺麗で可愛いケーキを汚くして食べるなんて、
なんかやだよ。」

「ふ〜ん、ま、見てる方が不愉快にならない食事のマナーは基本だけどね」



そう言いながら、手にしたフォークの先でミルフィーユの端っこをツンツンつついている。
茜はと言うと、すでにぐったりぐっちゃりしてしまった自分のミルフィーユと、フォークを刺す前の綺麗な形をしている友雅のミルフィーユを見比べて溜息が出る。



「せっかくの美味しさも、見た目が悪くなっちゃうと味が半減しちゃう気がするのはなんでだろう?」



握ったフォークをくわえながら、くやしいという姿は、本来行儀が悪い仕草だというのに幼い感じがして友雅は笑いがこみ上げてしまう。
それを馬鹿にされた笑いだと思った茜は



「じゃあ、友雅さんは綺麗に食べられる?」と挑戦状を叩きつけた。



いくら友雅さんでも、フォークを刺して一口大に切り分けようとすれば崩れちゃうにきまってるもん。



「まあ、多少は崩れるかも知れないが・・・茜よりはましだと思うがね」



そう言ってニヤリと笑う。
じゃあ、さっさとやってみてよ!と視線で少女に促され友雅は涼しい顔をしてミルフィーユをフォークの先を使ってコテン・・・と横倒しにした。
そして一口大にフォークを使って切り出して、ポイッと自分の口に放り込む。



「ん、甘いねぇ・・・」



すかさずカップに手を伸ばし、薫り高い紅茶を一口。
口の中でベタリと広がっていたクリームを流し込んでフィニッシュ。



「どう?君よりは綺麗に食べただろう?」



少しの崩れはあるものの、茜の皿の上に広がる惨状に比べれば「行儀のいい」食べ跡だった。



「あーっっなんか狡い感じがするっっ」



ふふん、と、ちょっとだけ意地悪に笑ってみせる。



「倒して食べてはいけないってルールはないだろう?ねぇ?茜」



そりゃあ、倒した時点でお皿にクリームがついてしまうけど、上からフォークを差し込んで・・・
パイ層の横からべちゃっとクリームがはみ出してパイ生地もろともぐちゃぐちゃになるのとでは皿にクリームが広がりつく印象が違う。
そうか、こうやって食べればいいのか・・・。
これからミルフィーユを食べるときこうすることにしよう・・・。

けどけどなあに?まさかと思うけど食べ慣れてる?
・・・・・・・・・・・・・・・・・甘いものなんて得意じゃないクセに・・・・・。
きっと、友雅さんがケーキを食べる場面なんて、女の人と一緒って場面じゃなきゃ無いに決まってるわけで・・・。



「ふーん、誰に食べ方教わったの?こんなミルフィーユなんて友雅さんが食べるの・・・女の人と一緒じゃなきゃ食べる機会無いじゃない?」



ちろ〜ん・・・と嫌味ったらしい視線を投げかけ、形勢逆転を図ろうとしたにもかかわらず・・・

友雅は余裕の顔。



「なぜ、上手か・・・知りたい?」



余裕綽々な態度が気に入らなくて、まんまと友雅の思惑に乗ってしまう茜。



「もちろん知りたいわ!」



そうか・・・と、小さく声にしたかと思うと向かいのソファーから、茜の座っている3人がけのソファーにゆっくりとした動作で移ってきた。

ゆっくりとした・・・という表現よりも、焦らすような速度で・・・と言った方が正しい感じがするのは何故だろう。

なんだかヤな感じがする・・・。

窓の外は、冬にしては暖かな日差しが眩しく降り注いでいる。
部屋の中は、暖かくて、やさしい昼下がり・・・・なはずなのにっっっ。

ギシリッッと茜の隣側が、男の体重だけ沈んだ途端、うららかな日差しも昼下がりを告げる時計も無視し、夜の悩ましい空気が流れ始めたのは気のせいだと思いたい。



「教えてあげようか?」

「い・・・いや・・・別に・・・」



じりじりとソファーの端っこに逃げるも、遠慮しなくてもいいのに・・・などと笑顔で迫られてしまうと次の言葉が出てこない。友雅はと言うと、そんな茜は可愛いらしいが思い通りに懐かない子猫を、無理矢理捕まえるような気分だな・・と笑いがこみ上げてくる。

キュッと身体を硬くしている茜の耳たぶをクイッと引っ張って、その耳元でミルフィーユの甘さに負けないくらいの甘やかな声で囁いた。



「食べ慣れているわけではないよ。けれど、・・・ま、日頃やっている応用だね。」



ゾクゾクするような甘い声で興味深い答え。
ギュッと閉じていた瞼を開けて、ついつい聞き返してしまう。



「似たようなこと?」



ニコニコと人のよい笑顔で友雅は続ける。



「そう、・・・立たせたままでは食べにくいのならば・・・・」



トンッ・・・と油断しきっている茜の肩を押してソファーの上に倒してしまう。



「え?え?え?」



ニッコリ上機嫌な微笑みで覆い被さった形の友雅は種明かし。



「ほ〜ら、横にした方が食べやすい。」

「ともっっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・んんっっっっ」」



なに馬鹿なことを言っているんですか!と、反論しようにも、茜の行動などお見通しな友雅は
罵声が口からこぼれる前に、自分の唇で押さえ込んでしまう。

こうなってしまえば友雅の思うつぼ。
無理矢理にでも足掻らえば、男がもっと喜ぶことも知っていて・・・さらに自分が不利になることは
過去のことから知っていて・・・。

そして、嫌じゃない自分もいて・・・。


しょうがないなと口づけを受け入れる体勢を示した。
そんな茜にますます気をよくした友雅は、ネットリとした口づけを仕掛け直す。
キスを通して、先ほど友雅が飲んだダージリンの残り香がした。
濃厚なキスとは正反対な春摘みダージリンのフレッシュでフルーティーな味と微かな渋み。
そのアンバランスさで意識が混乱。
最終的に導き出される答えは、



「今のキス・・・すごく美味しいキスかも・・・」



ゆっくりと男の唇が離れたとき、掠れる声で小さくつぶやく。



「・・・かもって・・・凄く美味しいキスに決まってるじゃないか。」



そう言って、少女に確信が持てるまで何度も何度もキスを男は仕掛け続けた。
軽く笑いながら、キスの味を正式に認める茜に唇同志が触れるか触れない際どい距離で
さらに2人甘くなる提案を男が告げる。



「・・・・・・・ここで、しよう・・・?」



なにが?なんて無粋なことは聞かないで。



「ベットまで我慢できないから・・・いい、ね?」



優しく意見を聞く振りをして、本当は意見なんて求めていないクセに。
その証拠に男の指先は、危うい辺りを行ったり来たり。

チラリとテーブルを見れば、今の自分と同じようにグズグズに崩れてしまったミルフィーユ。
その隣には、人肌ほどにぬるくなった紅茶が飲まれるのを諦めたようにひっそりと置いてある。



「あーあ、まだケーキ食べてないのに・・・友雅さんがいれてくれた紅茶も、一口も飲んでないのに」



拗ねた声で、でも奥に甘えた色をのせて抗議すれば



「君は甘いものが大好きだろう?・・・あんなケーキよりも、もっとこれから2人がすることの方が
甘くてクセになると思うけど?それに、あの紅茶よりも熱くて・・・」



友雅は、甘く甘く囁いて茜を陥落させようとする。
これ以上は聞いてられないとばかりに、今度は茜から言葉よりも、もっと甘い行為を促すために
目を閉じて、崩れたミルフィーユのように格好はどうでもいいから甘いキスをと無言でねだるのだった。。












2人ソファーの上で甘く解け合って、場所を変えてじっくり確かめ合った。
気がつけば、あれだけ日が高かったのに・・・



「これはまた、見事な夕焼けだね。」



ベットには、溶けきって疲れ果てた少女が、満腹の仔猫のように満足げに眠っている。
目の端でチラリと見て、男も満足げに微笑んだ。

少女の前ではなるべく吸わないようにしているタバコをくわえて、リビングに戻れば
2人流されるまま脱いでいった衣服が、床に散らかっている。

その惨状は、茜が皿の上で崩してしまったパイ生地のようで・・・・




「・・・食べ散らかし具合は、茜と変わらないねぇ。」





友雅は、幸せな苦笑を漏らした。










                                                       終



いくつかあった、甘いお題の中から「ミルフィーユ」を選択させてもらいました。
この話の茜ちゃんのように、ミルフィーユって綺麗に食べようとすればするほど
崩れてしまって、いつも敗北感を感じてしまいます。
そのジレンマと、崩れるというキーワードは考えによっては色っぽいし、
崩れる歓びと変換すると、これまた色っぽい(笑)
それを軸に、甘くなれ〜甘くなれ〜と念じながら書いてみました。
少しでもお気に召していただければ幸いです。
青の王様 / ちか 様