※死にネタ お気をつけ下さい
逢いみての

= 死神とそれに魅入られた人間 =






逢いみての                     〜死神とそれに魅入られた人間〜











月のない漆黒の闇夜に友雅は目を覚ます。

床に伏せるようになって、長い年月を重ねたような気もするし、

ほんの瞬きをするくらい短い時間だったような気もするが、

今の友雅にとっては、どうでもいい事だった。

大切な存在を、自ら手離した瞬間から友雅の時は止まり、二度と月を見上げることもなくなった。



「私の白雪・・・・・・風のように軽やかに走り抜けていってしまった・・・」



深く溜息を吐くと、その日以来、友雅は邸より出ることはなくなった。









もう二度と何かに夢中になることなどない・・・情熱など自分の中にないと思っていた友雅だったが、

白龍の神子と呼ばれる少女あかねと出逢い、その八葉となって戦っているうちに

友雅の中に熱いものがこみ上げてきて、気がついたら白龍の神子の傍らにあって、

常にその身を護りながら戦いつづける自分がいることに気がつく。

友雅自身、とても驚いていた。


(情熱は・・・桃源郷に輝く月・・・・・・)


暗闇の中を彷徨い、もう情熱の欠片も残されていないと思っていた友雅を神子の若い命の輝きが照らし出す。

その光に照らし出されて、友雅は心地良い闇より明るい世界へと引きずり出され、たまらない不安を感じていた。

だが、その反面、友雅の中に温かな希望の火を灯す。


あかねという光を得て友雅は、充足感と幸福感を味わっていた。

長らく忘れていた感情に、くすぐったいような気恥ずかしさを感じ、戸惑っていたが、

それでもあかねと共に生きていきたいと思う。







それなのに・・・全てが終わった日に友雅は、あかねに冷たく言い放っていた。



「全ては終わった。

これで私も子守りの任を解かれるわけだ。」



友雅の冷たい言葉に、あかねは涙を零す。

そして、自分の世界に戻っていった。











(そう・・・これで良いんだ・・・・・・)


友雅は、一人呟く。

あかねへの気持ちに気がついた頃、自分の中に巣食う魔物の存在にも気がついていた。


それは、死に至る病・・・・・・


(何故、こんな時に・・・・・・)


友雅は慟哭する。





衰弱していく自分を見せたくなかった・・・

嘆き悲しむ愛しい人を見たくなかった・・・

そして、自分が逝った後、あかねに寄りそうであろう人物を見たくなかった・・・


だから、あかねとの別れを選んだ。











夜中にふと目を覚ますと、落としてあったはずの蔀戸が開いていて、

そこから、月の明かりが部屋の中に差し込んでいる。

久しく月明かりを見ることのなかった友雅は、目を細めて見ると、

月明かりの中に愛しい人の姿を認めていた。



「・・・・・・あかね・・・・・・・・・来てくれたんだね。」



月明かりを背にしていたので愛しい人の表情を見ることは出来なかったが、

辺りの空気が和んだのを感じて、微笑んでいるのが解る。

疑うことも忘れて、友雅は喜びの涙を流していたが、その涙を見られたくなくて横を向いて呟いた。



「・・・嬉しいよ。」



友雅が視線を戻すと、その姿はなかった。



「行ってしまったか・・・私の白雪・・・・・・」



あんなに拒絶してた月明かりが差し込んでいるところに、友雅は力を振り絞って手を伸ばす。

もう自力では起き上がることも出来ないほど衰弱しているというのに・・・

月明かりに触れた友雅は、幸せな気持ちに包まれて眠りに落ちていった。









次の日も、夜中に目を覚ますと、月明かりの中に愛しい人に姿があった。



「今宵も・・・逢いに来てくれたのだね。

ああ、もう少しこちらへ・・・君の顔を見せてはくれまいか。

もう、そんなに見えないのだよ。」



愛しい人は、友雅に近寄ると優しく微笑み、友雅の頬に掛かる髪をよける。

その時、友雅の頬に触れた愛しい人の指の冷たさに友雅は、死の影を感じる。



「・・・そうか・・・・・・あかねが来てくれて・・・本当に嬉しいよ。」



「友雅さん・・・?」



「ああ・・・その笑顔に・・・・・・逢いたかったのだよ。

離れていても、君のことを忘れた日は・・・一日もなかった・・・あかね・・・・・・」



「私も・・・逢えて嬉しい・・・・・・です。」



「・・・君は・・・・・・いや・・・さあ、最後の口づけを・・・くれまいか・・・」



愛しい人は、友雅の唇に口づけを落とした。



「・・・・・・ありが・・・と・・・う・・・・・・優しい・・・嘘・・・を・・・・・・」



そう呟くと、友雅は目を閉じ、二度と目覚めることのない眠りについた。











友雅の身体を抱きしめたまま、“あかね”は涙を零す。

月は雲間にその姿を隠し、辺りは漆黒の闇に覆われていた。 その時、闇の中から声がした。


(心を渡してはいけない・・・お前が消えてしまう。)


それでも“あかね”は、友雅の身体を抱きしめたまま、涙を零し続ける。





友雅が“あかね”と呼んだ少女は、『魂を刈るもの』死神と呼ばれる存在だった。

死神は、大鎌を持っている禍々しいしゃれこうべと思われているが、

本来は若々しい乙女の姿をしていて、時に幻想的な恋人の姿で現れることがあると言われている。

死に瀕した人間の許に行き、魂を運ぶ役目を持っているので、死神が魂を刈り取る対象に

心を留めることはない・・・はずだった。


でも、“あかね”は友雅の心を感じ取ってしまい、そして、恋をした。


恋をした死神は、消滅する運命にある。

もう二度と魂を刈り取ることが出来なくなるから・・・



闇から、また声がした。


(心を渡すのを止めよ。)


“あかね”は、闇に向かって叫ぶ。



「私は、この人を愛してしまいました。

この人の心が“あかね”という人への愛で一杯であることを知ってしまいました。

人とはなんと自愛に満ちたものなのだろうと、そして、なんと悲しい存在なのだろう・・・ということも・・・・・・

それは、温かくて心地良いものです。」



(そうか・・・・・・ならば・・・・・・)


その瞬間、“あかね”の姿は消え果ていた。











次の日、邸の者が冷たくなった友雅を見つけると、その顔は、幸せそうに微笑を浮かべていた。













end







Angel Tears / sanzou 様