夜に抱かれて

= 吸血鬼とハンター =






 造られて何百年経つのかわからないこの古城の地下で、古めかしい棺を見つけたのは、仕事を受けてから1年を過ぎてからだった。
 そもそもこの仕事は依頼が来た時から、なぜか変な胸騒ぎがしたのだ。
 時間は吸血鬼が深い眠りについている日の高い昼間。もちろん気を緩めてはならないが、ようやくここまで辿り着いたと、ハンターである友雅がホッと安堵の溜息をついてしまったのは仕方がないだろう。

(こんなに長引くなんて、らしくないな。早くこの埃臭い城から、おさらばしたいものだね……)

 腰のベルトに差し込んであった銀の杭を手に持ち、慎重に棺を開ける。
 初老に差し掛かったと見える男が、静かに眠っていた。
 少なく見積もっても、この城と同じだけは生きているはずだ。

「私は別に、君に恨みがあるわけではないのだが、これも運命だと思って許しておくれ」

 小さくそう呟くように言って、友雅はその杭を眠ったままの男の胸に突き刺した。
 深紅の眼がカッと見開かれ、断末魔の悲鳴が上がる。
 男の最期の身悶えに、腕に抵抗を感じるが、それも徐々に弱まり、数秒の後、再び静寂が訪れた。

(これで片付いた)

 友雅は今日、二度目になる安堵の溜息をつこうと息を吸い込む。
 ひやり、としたような冷たい空気が首筋を撫でたのはその時だった。

「お父様を殺したの?」

 息を詰めたまま、その幼げな声に振り向くと、そこには小さな谷間を見せる胸元を軽やかなレースで縁取られたドレスを身に纏った少女が居た。
 外見の年の頃は15,6歳というところだろうか。
 実際に何年生きているかはわからないが、長年生き続けている吸血鬼独特の、冥い眼差しがないところを見ると、まだ若そうだ。
 吸血鬼は抜けるように肌が白い。

(娘が居たのか……)

 その少女もまた、まるで陶磁器のように白いそれを持ち、新緑を思わせる色の瞳をこちらに向け、小さく首を傾げていた。まるで造られた人形のように思えるほどだ。
 美しさと愛らしさを行き来するような危うさに目を奪われる。
 今までどんな妖艶な吸血鬼を目の前にしても、誘惑されなかったというのに。
 この時、初めて、これまで感じたことのない漠然とした不安が、ふっと胸のうちに浮かび上がった。

(まずいな)

それが正直な気持ちだった。

「酷いのね……」

 吸血鬼の少女は悲しげに、今は胸に杭を打たれ干からび灰へと変わり始めていた父親に視線を向けた。

「あなた達だって鳥や牛を食べるでしょう? わたし達には人間の血が必要なだけなのに」

 永久に思えるほどの長い時間を生きる吸血鬼は、その怠惰を埋める為に快楽や血に溺れ、まるで狩を楽しむように人間を殺す者も多い。そんな中、ここの領主である吸血鬼が、無意味な殺生をしていなかったのは知っていた。
 それでも、人にはとっては吸血鬼の存在は、恐怖でしかないのだ。次に襲われるのは自分かもしれない、と。常に死がじわじわと迫ってきているような感覚に陥ってしまう。

「私はハンターだからね。依頼があったからそれを受けただけだよ」

 平静を装ってみるものの、らしくなく緊張しているのか、トクトクトクと早鐘のように鼓動が鳴り始めていた。
 まるでそれが聴こえているかのように、少女の色づいた口唇が微笑みをかたどる。

「うん、そうね……人がわたし達を忌み嫌うのは仕方がないのかもしれない」

 だから……と、少女が続けた時、すっと風が動いて彼女が身に着けているドレスの裾のたっぷりとしたレースがふわと揺れた気がした瞬間―――その細い華奢な身体がすぐ目の前にあった。

「ッ!」

 首筋に少女の甘い吐息がかかる。

「わたし…あかね、という名なの。貴方をわたしの色に染めてあげる」

 刹那、皮膚を破られる鋭い痛みに、少女の言葉通り、目の前が紅く変わった。
 腕利きのハンターと称される友雅にしては珍しく、1年もかかった仕事だった。何度もこの城に入り込み、調査を重ねてきたはずだったのに、娘が居たことに気がつかなかった。
 それが敗因だな、と友雅は自嘲する。
 なぜこんな時まで冷めた自分でいられるのか。
 命を懸けたハンターの仕事ならば、もう少し自分の感情が動くだろうと思っていたのに、結局はこの最期の時になっても、願いが叶うことはなかった。
 本当は、思いきり泣き喚いてみたかった。
 けれどそうするには、友雅には何かが足りなかった。
 それは生に対する執着とか、情熱とか、熱い思いと呼ばれるものなのかもしれない。
 誰もが持っているそれを、感じることなく生に終わりを告げるのだ。

「永久の命をあげる。貴方は何かを欲しているのでしょう?」

 死ぬことも許されない長い時間を生き続けろというのか?
 悪い冗談はよしてくれ…と、言いかけるが、紅かった思考が今度は暗闇に堕ちていった。





「おはよう、姫君。今宵も月が綺麗だよ?」

 友雅の呼びかけに、少女の瞼が気だるそうに持ち上がる。
 眠りから覚めたばかりの少女はいつも以上に幼げに見えて、無防備なその様に、友雅の笑みが深くなった。

「いちご……食べたいな」

 ぼんやりとしたままの少女がそう口を開いた。
 ここ最近知ったことだが、吸血鬼とはいえ、人と同じ食物を全く食べないわけではないようで、少女はことさら果物がお気に入りだった。

「はいはい。そう言うだろうと思ってね、昼の間に街におりて、買って来ておいたよ」

 まだ寝ぼけながらも嬉しそうな少女のその表情に、友雅も満足だった。

 新しく始まった少女との生活は、友雅にとって予想外にも喜ばしい毎日になっている。
 初めて見た時に目を奪われ心惹かれていたからか、それとも吸血鬼である彼女に咬まれ、新たな命を得たからか。
 どちらが原因かはわからないが、この少女のコロコロと変わる表情に一喜一憂してしまう自分自身が楽しくて仕方がない。少々わがままな所もあるが、それもまた可愛いとすら感じてしまう。
 この気持ちは何なのか。
 吸血鬼に咬まれた下僕としての主人への感情か。
 それとも、初めて知る本物の恋か。
 今はまだわからない。
 けれど焦る必要はどこにもない。
 ゆっくりと確かめてゆけばいい。
 これからは長い長い時間があるのだから。

 身支度を手伝い、寝乱れた髪を整えてやり、今は日が沈み月だけが闇が照らす庭と誘う。

「お手をどうぞ、姫。せっかくの良い夜だから外で食べないかい?」

 戸惑いも無く差し出され、重ねられた小さな白い手を、友雅はそっと握った。






書くのが5ヶ月ぶりということで、リハビリ作。ひぇ〜
イマイチ感あふれててイヤンな感じですが、今はこれでいっぱいいっぱいなので気にしないv
イラストは吸血鬼友雅でしたが、お話は逆バージョンの吸血鬼あかね×ハンター友雅でした。
ルナてぃっく別館 / くみ 様