パルカエ

= 悪魔と生贄 =







魔族と人間が混在する世界。
世界の地方によって、魔族が治めている地域と人間が優勢を保っている域とが
含まれていた。



友雅は魔族であり、多くの領地を持っていた先代の父が逝って間もない頃だった。
先代は魔族の女より、人間の女を好み、毎年自分が治める領地から一人、
人間の女性の贄(にえ)を求めていた。

友雅は父が亡くなり、そんな習慣はどうでもよかったが、
なんとなく贄を見てみたい気もして、最初の犠牲を求めた。







「ふうん、君が私の最初の贄?」

あかねはキュッと目を瞑った。
気丈にも命乞いなどせず、できるなら声をあげずに死んでいきたいと思っていた。
が、体はその思いに反して、カタカタと震えていた。

それをおもしろいと思ったのか、友雅は喉の奥で笑い、ドカリと椅子に腰掛けた。

「君、名前は?」

「・・・・・・。」

殺されるのだと思っていた少女は戸惑いの表情を隠しきれず、すぐに返答できなかった。


「私は友雅という。君は?」

「・・・・・・あ、あかね、です」

左右に目をうろたえさせながら、消え入りそうな声だった。


「そう。人間の女を見たことがないわけではないのだが、・・・変わってるね。
 魔族でも、ましてや人間ならなおさら、生贄として連れてこられれば、命乞いの
一つでもするかと思っていたのだが?」

「・・・自分をおとしめてまで、生きたいとは思いません」

「ふふ、おもしろいね。では、どういった待遇なら生きてもいいと思うんだい?
・・・ああ、もとの村に帰るという選択肢は、なしだよ。君は私の贄なのだから」

友雅は自分で言っておいて、その言葉の意味に満足していた。



――――この娘は、私のもの――――。



言い知れぬ高揚感を覚えた・・・。が、そこであかねが言い放つ。


「・・・・・・。心も体もあなたの言うなりにならない環境」


その返事に少し驚き、そして興味惹かれたのか、くっと笑う。


「おい、誰かいないか!姫君に部屋とドレス、他に望むものすべて用意しなさい!」



そうして、あかねは友雅と城で暮らすことになったのである。




























「あの、友雅さん。ブルーベリーチーズケーキ焼いたんです。
 よかったら、どうぞ」

やわらかい声が響いて、友雅は午睡の浅い夢から目を覚ました。


「おや、これはまた美味しそうだね。この間のレモンタルトも美味だったから
 このケーキも、期待してもよいのかな」

そういうと、あかねは少し頬を崩した。



あかねがこの城に来て、しばらく経った。
何もしないというのは、案外苦痛なもので、あかねは自ら仕事を買って出た。
友雅は何もしなくていいと言ったし、体も言いなりになりたくないと言ったのでは
なかったの?と笑って問うたが、あかねはそういう意味の体ではありませんと
恥ずかしそうに返した。

ふたりはまだぎこちない関係ではあるものの、互いに気になる存在であった。
友雅はあかねのことを事のほか気に入っていたし、あかねも友雅のことを
憎からず思っていた。


そして、時々だが見せるのだ、あかねの本来のかわいらしい表情を。
その顔が見たくて、友雅はあかねに甘い言葉をささやきつづける。











「あかねっ」

皿とグラスが乗っていた銀のトレイを下げ、友雅の前から去ろうとした。
と、その彼女を見て友雅は思わず腕を捕らえてしまった。


「・・・っ?」

「あ・・・、いや何でもない。引き止めて悪かった・・・」

友雅は苦しそうに視線をそらした。

・・・・・・友雅さん?

あかねは友雅のようすがいつもと少し違うような感じがしていた。














友雅は聞けなかった―――――、自分のことをどう思っているか、などと。












―――――本当は村に帰りたいのか、などと―――――。
























その晩のことだった。
あかねは昼間の友雅の顔が頭から離れず、ベッドで何度も寝返りをうっていると、
何か外が騒がしいようで、窓を開けた。

すると、パチパチという音とともに、煙が舞い上がってきていた。


火事?!


それとともに、声が聞こえる。どうやら、人間の村の反乱組織が城に攻め入って
来たようだった。

普段なら、友雅の魔力で滅多なことは起こらない城だが、ここのところ噂にまで
なっている泰明とかいう呪術者の力だろうか。
魔力の結界は解けかかっていた。

あかねはハンカチで煙にまかれないよう口をふさぎ、前庭に出た。












「あかね!!」


遠くから聞き覚えのある声、それは同じ村の青年・天真のものだった。


「天真くん!?」

「あかね!やっとみつけたぜ。泰明の占いに出てたんだよ、おまえはこの城で
 まだ生きてるって。それで俺、絶対助け出そうと思ってよ」


反乱組織に加わっていた、天真は走って息を切らしながらも、あかねとの再会に喜んだ。








すると、ちょうどそのとき、火にあおられて友雅が城から出てくる。


友雅は城の全貌を見渡し、術をほどこしている泰明を見つけると、自分の気を
集中させて、己も呪文を唱え始めた。
泰明の術は強く、それに対抗している友雅の詠唱の時間も長い。



そこを狙ったが速いか、反乱組織の弓兵が術のついた矢を友雅に放った。









それはまるで、スローモーションのようだった。







あかね自身、どうしてそう体が動いたのか、分からなかった。

友雅が撃たれる。
それに気付くなり、ただ、ただ、友雅に駆け寄って、それを止めたかった。


本当に、それだけだった。



あかねの背中に深々と刺さった、矢。
なんとか、急所は外していそうだが、傷が深いのは誰が見ても明らかだった。


「あかねっ!!」


友雅は自分のそばで倒れているあかねを抱きかかえ、必死に呼んだ。

天真もあかねのもとに走り寄ろうとしたが、あかねの矢の件で怒気をはらんだ友雅の呪は
波動のように一瞬にして広がり放ち、周りのものどもを一気に吹き飛ばし、叩きつけた。

それを感じた泰明はこれ以上の攻略は無理だと判じ、反乱組織に移動呪文をかけた。





静かになった、辺り・・・。


「あかねっ・・・!なぜ、私などを助けた・・・?」



揺さぶるように、我を忘れ呼びかける友雅に対し、あかねは力なく微笑み、
そしてゆっくりと意識を手放した・・・。


























友雅は治癒の術は得意なほうではなかったが、それでも人間の医術よりも
はるかに速く、あかねの傷は回復していった。
友雅くらいの魔族の力になると、遠隔も可能で、友雅はあかねの部屋には入らず、
術をかけ続けていた。

あの日から、友雅とあかねは一度も顔を合わせていなかった。
あかねは傷で動くことが出来なかったのだから仕方ないが、友雅も会いには行かなかった。


そして、あかねが動くことが出来るようになって数日後、友雅はあかねを呼び出した。

暗い友雅の部屋、彼は扉と反対の方向を向いて、座っていた。






「友雅さん、あの・・・」

「そこで、聞きなさい」


部屋に踏み込もうとするあかねに、友雅はぴしゃりと言った。






「君、・・・村に帰りたまえ」

「え・・・?」




「反乱組織の目的の半分は君の奪還にあったようだ。こんなことが、
また繰り返されるのではたまったものではない。君は私の代わりに傷を負った。
その代償に“贄”から解放してやろう。」



あかねのことを君としか呼ばない。



「今後、私の領地で“贄”は取らない。それで反乱組織も満足するだろう。
 煩わしいんだよ、・・・私の前から、消えてくれ。」



後ろ姿しか見えない状態だが、あかねはその姿をしばらく凝視し、
そして、うつむいて部屋を出て行った。


パタンと扉が閉まり、あかねが出て行ったのを察すると、友雅は片手で顔を覆った。
そして、自分に言い聞かせた。





―――――これで、よかったのだ、と―――――





















あかねがいなくなってから、数週間。
友雅は元の生活に戻っているといえば、戻っていた。
それは、何に対してもうつろな気分。惰性のような毎日。

今日も友雅は中庭で、浅い眠りをむさぼっていた。
夢に出てきているのは、あの少女だとは・・・。
我ながら、未練がましいものだなと、苦笑いしているとふと気配を感じた。
そして、甘い匂いも・・・。


目を開けると、友雅の瞳は手作りのケーキを手にしている少女の像を結んだ。












「な・・・、あ、あかね・・・?」

「お久しぶりです、友雅さん」




「なぜ、ここに・・・。なぜ、来た?」

「・・・殺されに、きました」

「・・・・・・」

「消えろって言われましたから。だから、友雅さんに殺されようって」




手に持ったブルーベリーチーズケーキを近くのミニテーブルに置いて、
あかねは友雅の瞳をまっすぐ見た。




「村に帰って、私は望んで友雅さんの意思に従うことを伝えてきました。
 だから、もう暴動も起こりません」






「・・・・・・」



「殺してください」








友雅は揺れる瞳であかねを見つめ、そして一瞬間を詰めたかと思うと
あかねを抱き寄せ、折れよとばかりに抱きしめた。





「・・・君に言った言葉を訂正したい。許してもらえるだろうか・・・、正反対の言葉だ」

「・・・・・・」

「どうか、私の傍にいてはくれないだろうか・・・」

「友雅さん・・・」





「君を愛している・・・。どうか・・・」




女の耳元で、女神に愛を懇願するように友雅はささやいた。





「明日はチョコレートシフォンを焼きますね。
 明後日はりんごのクランブル。
 その次は・・・、何がいいですか?・・・友雅さん」



驚き、目を離すことができない友雅に向かってそう言うと、、あかねは花のように微笑んだ。








<ザ・こそこそ話>
いかがでしたか?私にしては、シリアスも込めたつもりだったんですけど、やっぱり最後は
あかねちゃんと友雅さんには幸せになってほしくて・・・。
ご感想とか、聞けたら嬉しいです。
月待講 / 湖乃ほとり 様