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闇の吐息

= 悪魔とシスター =







「眠るのが怖いの」



年若きシスターの懺悔の声が、誰もいない礼拝堂に響く。


時刻は、もうじき日付変更線を越えようかという真夜中。

今宵は闇夜。

目をこらしてもこらしても、目の前に広がるのは暗闇ばかりの中、ピンッと張りつめた
空気を、まだ年若いシスターの声が柔らかくはじく。



「夢を見ます・・・とてもいけない夢を。」



まだ、あどけない少女の面影が宿る澄んだ声での懺悔は、シスターの痛々しさを、
肩の震えと相まって酷く煽る効果を生む。



『どのような夢?』



艶やかな声が頭の中に直接響く。

この声は、物心ついたときから事あるごとに、シスター・あかねに聞こえていた声。

子供の頃は気がつかなかった。
誰にでも、この声は聞こえるものだと思っていた。
ある日、両親にそのことを話したら酷く驚かれたことを思い出す。
誰にも聞こえない、私にしか聞こえない・・・・男性の声。
時には優しく、時には皮肉げにあかねに語りかけてくる。
聞こえない側からすれば、信じられない現象。
あかねの両親は娘を心配した。




 この子には何か悪魔的なものに取り憑かれているのではないか。



あかねの両親は娘を心配するあまり、悪魔的なものから一番遠い聖域、神に一番近い
場所・・・修道院にあずけることにした。
そして彼女の意志などお構いなしに強制的に洗礼を受けさせた。

ほどなく、あかねは親に「自分以外、誰も聞こえない声」が聞こえたという話をしなくなった。

両親や周りの者達は安心する。

だが、あかねは黙っていただけで、不思議な声は聞こえ続けていた。

いくら、あかねのためを思って修道院にあずけたと解っていても、幼心に親と離されたことは
辛く寂しく悲しい傷として残る。



私を守ってくれるというのなら、手元に置いて守ってくれたらいいのに。



聞こえない声が聞こえる少女ということで、修道院の中でも特別視されてしまうあかね。



彼女は孤独だった。



そんな彼女を支えていたのは、暗闇で一人きりの時、聞こえてくる「艶やかな男性の声」
この声が、いつもいつも彼女を慰める。




大丈夫、私がいるよ。
私だけが君を解ってあげられる。
私が守ってあげよう。




普通の少女ならば、これほどまでの暗闇の中、一人きりなど恐怖に耐えられないかも
しれないが、あかねにとって、暗闇=自分を慰める声が宿る場所の意識が強く、闇は
恐怖ではなくむしろ癒しですら感じるのだ。


あかねはその闇に…いや、自分の中に溶けるように存在する声に向かって、抱える
罪を告白する。



「・・・あの方に・・・触れられる夢を・・・」


『・・・あの方・・・とは?  誰のことだい?』



あかねは小さな声で答える。



「・・・1ヶ月ほど前に・・・この修道院にいらっしゃった人。」



この修道院にお客様がお見えになると聞いた私は、てっきり女性がいらっしゃるもの
だと思いこみ、歓迎するために中庭に咲く白薔薇をつみ、部屋に飾ろうとした。
美しく咲き誇る薔薇には鋭い棘があり、気を付けていたにもかかわらず指先に棘を
刺してしまった。



「いたっっ」



刺したところから、ぷっくりと深紅の血が盛り上がるように流れ出した。
慌てて軽く舌で流れ出た血を嘗めとり、作業を続ける。
一滴の血が、1輪の白薔薇の花弁を染めたことに気がつかず、つんだ薔薇を部屋に
いけた。






夕刻近く、日課になっている中庭の草木への水をやりに出た。
その時、咲き乱れる薔薇の庭にたたずむ一人の男性を見つける。
彼は白薔薇1輪を手にしていた。



あれは・・・今日私が部屋に飾った白薔薇?
お客様とは、この方のことだったんだ。



水やりの道具を手に、立ちつくすような形で男を見つめるあかね。
彼女に気がついた男性が視線を向ける。




あかねの鼓動が跳ねた。
心臓を鷲づかみにされる、とはこういう事を言うのかと思うくらい強い引力を男性に
感じる。


正直・・・あかねは男性をまじまじと見たことがない。
触れたこともない。

物心ついて早々、修道院に入れられてしまったあかねにとって男という存在は
未知のものだった。

あかねの知る男性とは・・・父であり、神父であり・・・
静かな関係を築ける距離の人間ばかりしか見たことはなかったのだ。




目の前の男性は、今まで自分とつながりがあったどの人間よりも…存在に力があった。




緩く波打つ長い髪。
均整の取れた立ち姿。
瞳は甘く笑み、それに伴い少し軽薄な感じもする薄い唇の端を上げている。




「美しい夕暮れだね」



その唇から漏れた声にあかねは再び心臓の鼓動を跳ね上げる。



「・・・・声・・・」



思わず驚きが単語としてあかねの唇からこぼれ落ちた。
自分だけが聞こえる『あの』声に似ていたのだ。

いつもは頭の中に直接響くが、空気を揺らせて耳の鼓膜を振るわせて届く声は…
胸に迫るものがあった。

初めて会う男性なのに、初めてこの男性の声を聞いたのに・・・
この人から漂う気配は、いつも自分の中に巣くっていた私だけの存在に酷似していた。

驚愕で身動きすら出来ないあかねを男は目を細めて見つめ、これまたあかねの心臓を
つかんだ。



「ああ・・・この夕暮れは、君の名前と同じ色だ。」


「どっ・・・どうして・・わたしの・・・」



名前を知ってるの?


そう尋ねたかったのに、男の仕草を見て何も言えなくなる。
持っていた白薔薇を口元に寄せ、直に花びらを唇ではさみ…一枚一枚花びらを外し始めた。
そして器用に中心部分のまだ開ききっていない、つぼみのような部分を残す。



「これは君・・・。白い薔薇に一滴君の血を注いだこれは、君の分身。」



歌うように男は話す。
あかねからは見えなかったが、男の手にしている白薔薇は、あかねが昼間摘んだ
薔薇であり、それらのなかで唯一、あかねの流した血を花弁で受け止めた薔薇だった。


意味深な言葉を吐く艶やかな男は、禍々しく美しい。
男の仕草一つ一つ目が離せない。


男の次の仕草があかねの身体を震わせた。

男があかねの分身だと評した白薔薇に、うやうやしく口づけを贈ったのだ。
口づけの間も男はあかねに視線を送り続けている。


挑戦的に。
あかねの心を舐るように。


一度唇を離して、もう一度薔薇に唇を寄せる。
今度は軽く花を噛む。
その瞬間、自分が目の前の男に肌に歯を当てられたような感覚に襲われた。
身体が溶けて沸騰するような…そう、甘く、とろみのついたジャムにでもなったような感じ。
あかねは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
そんなあかねを、見透かしたように男は笑う。
ゆったりとした歩調で近づいてくる。
目の前に立った男は、身をかがめるようにしてあかねの耳元で囁いた。



「この薔薇、ジャムにしたらさぞかし素晴らしいものが出来そうだね?いっそのこと…
ジャムにして差し上げようか?」


「!」



鼓膜が溶けそう。
何か得体の知れない・・・自分が自分じゃなくなる恐怖に襲われ、ぎゅっと目を閉じる。

次に瞼を上げたときには、男の姿はなかった。
ただ、むせかえるような薔薇の香りだけがあかねを包んでいた。
















その夜から、あかねは悪夢に悩まされる事になる。



目が覚めた時、全身に痺れるような気だるい重さが襲い、身体の奥でジクジクくすぶる
感覚に苛まれ・・・それが、酷く後ろめたい。
自分が仕える神への裏切りだという罪の意識に苛まれる。


修道女は神の花嫁。



『・・・そう・・・夫同然の神に対して罪の意識を感じる夢とは・・・いったどのような夢なのか、
教えてはくれまいか?』


「・・・身体に触れられる夢。・・・あの方の声で辱められ、あの方の唇で触れられ
・・・泣きながらも喜ぶ自分がいるの。とても罪深い。どうしよう・・・そんな夢を
見るなんて。そんな経験したことないのに、酷く夢はリアルで私を苦しめるの。」



深く柔らかく・・・闇を濡らすように響く声、私が生まれたときから側にあって、あの
咲き乱れる薔薇の中で出会った人と同じ声が笑う。



『罪ではないさ。君は知っているんだ。悦びの感覚をね』


「嘘!だって、触れたことも触れられたこともないもの。」


『魂の記憶だ。君がどんなに否定しようとも、君の魂は知っているんだよ。』




いつもはあかねを甘やかし、庇護し、包んでくれる『声』が、今日に限ってあかねを否定し
追いつめる。



『・・・知らないというならなぜ、夢で触れられた感触がリアルだなんて感じるんだい?』




『声』の言っていることが真実だと頭のどこかで解るような気がして、それを否定したくて
あかねは、緩く頭を振る。



『リアルを知らなければ、リアルのようだとは感じない・・・君は知っているんだ。快楽を。
ふふふ…いけない子だね。』



あかねは頭を横に振り続ける。


認めたくない、だって知らないもの!
あんなはしたなくていやらしいことなんて知らないもの。
あんなことされて、喜ぶ身体なんて持っていないもの。


アレこそ悪夢だ。




「なんで、今日はそんなに意地悪なの?」



なかば半べそかきながらあかねがなじる。

『声』は、小さく笑う。
酷く、うれしそうに。




『それは君が、『全て』を知る日だから』



「全てを知る日?」



「全て」とはなんの「全て」だろう?

べそをかいていたのも忘れ、疑問を投げかけようと『声』に向かって言葉を発しようとした
ときだった。




『では、試してみようか?』



・・・何を・・・と口に出そうと思ったが、一瞬であかねは、「試す」事柄を察知出来てしまった。



『君が夢で感じた感触と、現実その肉体で感じる感覚と……どれほど同じか…ふふ、
教えてさしあげよう。』


「・・・そんな・・・そんなこと出来るわけないじゃない!!」



『声』という存在でしか無い貴方が、肉体を持つ私に何をどう出来るというのか。
今の今まで、私だけに聞こえる『声』の正体を「保護者」か「守護者」のように感じてきた。
けれど、今夜は違う。
まるで、私をそそのかす悪魔だ。
私を陥れようとしているみたいに感じる。




「できるよ」



頭の中に響いていた『声』が、急に鼓膜を振動させる『音』になる。

体中の産毛が逆立つような感覚。



「後ろをみてごらん、私の白雪」



たまらず振り返ると・・・



「・・・あ・・・」



驚きのあまり声が出ない。

暗闇の中、教会の教壇に飾られている十字架を背に薔薇の庭で会った男が立っていた。
背に波打つように流れる豊かな髪と、全身黒ずくめの衣装のせいで闇そのものに見える。



「わ・・私の夢に出てきた人の姿をわざと見せているの?」


「違うよ。あれは君の記憶だ。記憶を夢の中でループしているだけなのだよ。」



あかねはある事実に気がついて、心臓が止まるかと思った。



「夢じゃない、全部・・・本当のことだよ。愛しい私の白雪。」



男の背には、真っ黒い羽。
しかも6枚の羽。


両親が言っていたとおり・・・あの『声』は悪魔だったんだ・・・。

そして、なによりも驚愕させたのは


黒い羽は悪魔の証し。
6枚の羽は・・・大天使の証し


・・・最悪だ。
よりにもよって、悪魔は悪魔でも・・・神からの一番の信頼と寵愛を裏切り、大天使という
身の上から悪魔へ堕落した・・・伝説の堕天使。



なんで、どうして・・・私の前に・・・



「覚えていないかい?この姿、この声、この・・・感触。」



さっと間合いをつめたかと思うと、6枚羽の悪魔の腕の中へ閉じこめられた。



「抱きしめられるこの腕の感触を・・・よもや忘れたとは言わせないよ?今の君の身体は
知らなくても、君の魂は知っているはず・・・毎夜毎夜、手のひらの上に乗せ、指先で
唇で・・・この舌で真珠色の君を・・・無垢な白雪のような君の魂を愛でていたんだから。」



あかねは震えた・・・確かにこの腕を知っている私がいる。
この熱さも、息するリズムも知っている。
私は、この悪魔を知っている。



「・・・なんで・・・今更そんなこと言い出すの?私も悪魔の仲間なら・・・なぜ修道院に
入れられたとき黙っていたの?・・・もう、私は洗礼を受けて神様のものになったんだから!
貴方なんかに誘惑されないものっ!」



ヒステリックに暴れ出したあかねに、まるで子猫が爪を立てる様を愛でるような視線を向ける。



「何が『神のもの』か。何が『神の花嫁』だ。君の魂にその身体を与えたのは私だ。どんなに
君が否定しようが、残念だけど事実なんだよ。・・・よくお聞き・・・」



深く深くあかねを抱き込み、耳元で感電させて動け無くさせるように、濡れた声を吹き
込んでやる。



「君という魂を見つけたとき私の羽はまだ純白だったよ。神の身使いとして何の疑いもなく
過ごしてい時だった。君はね・・・とても美しい真珠色の魂だった。・・・私はどうしても欲しく
なってね。・・・・神にも渡したくなかった・・・。だからね、私のものにしたんだ、神様には
内緒でね。」



悪魔は、あかねを包むシスター特有の首もとまでも覆う、飾り気も何もないグレーの服を、
目を細めて眺める。
服を見ているようで、布地の下を透視されているよう。
いや、布地の下に包まれる身体すらも突き抜けて、もっと奥に息づいているあかねの魂の
色を確かめているのかもしれない。



「いつも、側に置き・・・こうやって・・・」



あかねの耳たぶを甘噛みしつつ舌を絡ませ、その柔らかさを味わう。



「触れて嘗めて愛でていた」



ぞくぞくする感覚がたまらなくて、首を反らして逃げる。
反らされた首筋は、まるでもっと触れて欲しいと差し出されたようにも見える。
悪魔は眩しそうに目を細める。



「そ・・・それは、さっき・・・聞きました・・」



ふふふ、そうだったね・・・と笑いながら、服の上からあかねの身体の線をたどるのに余念が
ない。



「しばらくはそれで満足していたんだがね、ただ美しくそこにあるだけの君が・・・どんなに
私が愛しく思っても、愛で撫でても、何一つ変化も反応もない君が憎らしくなった・・・
だから・・・」



教会の冷たい床に、悪魔はあかねを横たえた。
というか、気がつけば横たえられていた。
反抗らしい反抗が何一つ出来ない。
動けない訳じゃないのに・・・どうして?
あかねの瞳に映るのは、建物の天井ではなく、闇に溶けるように広がる悪魔の羽。
羽の中に閉じこめられてしまったような感覚。
底知れぬ恐怖と、それでも懐かしささえ感じる安心感という相反する感覚に、瞳が揺れる。
その様を愛おしそうに見つめながら、悪魔は言葉を紡ぎ続ける。。



「君に・・・肉体という檻を作って閉じこめてしまおうと思った。」



闇色の羽を持つ男は、楽しくて仕方がないと笑いながら少女の足首まで長さのある
スカートを、神経質そうな指でするするとまくり上げる。



「そして、君という魂を閉じこめた肉体と……交わることを夢見るようになったんだ。
可笑しいだろう?悪魔が夢を見たんだ…ふふふ」



かなりきわどい位置まで、スカートがまくり上げられた。
白い足が、闇に浮き上がる。



「やっ!なにする・・・んですか!!やめてよ!悪魔っっ!」


「悪魔じゃないよ、知ってるだろう?私の真名・・・君だけが知っている私の名前。」


「知るわけ無いじゃないっ」



ここに来て、ようやく反抗らしい反応として、じたばた足を動かせた。
サワサワと、感触を確かめるように触れてくる手を牽制するが、無駄に終わる。


少女の素足を堪能する右手はそのままで、空いている左指先で少女の唇を優しくたどる。
左から右端へたどり終えたとき、ある名前が音となって少女の唇から漏れた。



「・・・と・も・ま・さ・・さ・・・ん・・・?」


「良く、できました。」



ともまさ・・・友雅さん?

誰?それ。私知らない。
なのに知ってる。
知らないのに知ってる。
やだ・・・どうしよう・・・あたし、この悪魔に・・・友・・雅・・さんに触れられて・・・嬉しいと
感じてる。



じわじわと沸き上がってくる魂の記憶と、同じ速度で身体の官能も引き出される。



「さあ、観念おし・・・以前のように、存在全てを私に預けてご覧?私が私の純白の羽と
引き替えに、君に与えた肉体の感触を確かめさせておくれ」



膝から腿へ、そしてジリジリと上がり…下着に触れる。
薄い布越しに、奥にひっそりと息づく…秘部の形を確かめるようになぞり上げた。



「…い…イヤ……や…や、め…てぇっっっ」



バタバタと抵抗するあかねに、友雅はやれやれしょうがない子だねと苦笑一つ。

パチンッ


何か静電気でも起きたのか・・・そんなような音がした?と思った瞬間、身体の自由が
利かなくなる。


え?


友雅は、うっとりと場に不似合いなほど華やかに微笑んで見せた。



「君は何もしなくていい・・・ただ、私から与えられる感覚に酔えばいいんだよ。」



うっとうしそうに、豊かな髪を掻き上げながら上体を起こし、あかねから離れた際、髪を掻き
上げた時、麝香の香りが仄かに漂った。
強くもなく、かといって弱くもない、絶妙な香り。



「動いちゃ駄目だよ?怪我をするかもしれないから・・・、と言っても今の君は動けないはず
だけど。」



動くと怪我をする・・・って、何をするの?と問うために、唯一動かすことの出来る唇を開き
かけた時!

バシンッッと、強めの静電気に触れてしまった感覚があかねを襲う。

何が起こったのか悟る前に、感じるはずのない場所が、礼拝堂の床の冷たさを感じていた。
友雅は眩しそうに、目を細めあかねを見つめる。



「ああ、思ったとおりだ。綺麗だねぇ。実に初々しい。本来は、このように無粋な力は使わず、
私の手で、指で、少しづつ脱がせてあげるのだが…今夜は、すまないね。余裕が、ない。」



あかねの肌を隠していた布という布が、全て粉々になり…唯一あかねの身体に巻き付いて
いるのは・・・。



「・・・ふぅ〜ん・・・。しぶといね。」



首に下げられていた、ロザリオだけだった。


あかねは、自分の肌の上で、唯一守るように存在するロザリオを、痺れる手で握りしめる。


神様・・・どうかお願いです。
私を、この悪魔からお守り下さい。
この、誘惑に飲み込まれることの無いように・・・私を、お守り下さい。

その様子に、いささかムッとしたように、ふんっと鼻で笑って



「…好きなだけ、足掻けばいい。…それはそれで素敵な媚薬だ。ふふ、興奮するよ。」



と嘯き、ロザリオを握りしめたままの少女に、悪魔がキスをする。



「っん・・」



深く舌を絡められて、鼻から甘えたような声が、不本意にも漏れてしまう。



「……ふっんぅ…ん…・」



深い口づけから解放され漏れた声も、まるでねだるように甘くなる。

こんなの、望んでいないのに。



「ああ、可哀想に寒いのだね?」



横たえられていた床の冷たさに、まろみを帯びた肩が、小さく震えているのを見つけ
なだめるように、肩先へ軽いキスを落とす。

友雅は一度あかねから身体を離し、近くにあるテーブルの上に、自分が羽織っていた
マントを敷き、簡易ベットを作った。

それはまるで、悪魔へ捧げる祭壇のよう。



「本当は、待ちに待ったこの時のために、相応しいベッドを用意してあるのだが…
君をその場所へ連れて行く時間が惜しい。……もう、私は我慢したくないのだよ。」



頬に、神経質そうな指先をそっと這わされ、ぞくりと震えた。


知らないけれど、知っている。
これからこの悪魔が、私にしようとしていることを。
そして……、悪魔に触れられるとわき起こる甘い感覚も…。



「堅く冷たい場所で抱くことを許しておくれ。…無粋だとわかっていても、君の肌を目の前に
して、我慢が効かない…。」



切々と語る友雅の目には、暗く青く燻るような炎が見えた気がした。

ゆっくりと抱き上げられて、悪魔の祭壇に乗せられる。
背中がテーブルに敷かれたマントに触れた感触に、ビクリと過敏に反応してしまった。
思わず握りしめていたロザリオを、放してしまう。



「あ…」



思わずこぼれた声。

友雅は、うっとりと微笑む。

それでいいんだよと。



「…もう、ロザリオを握る必要はない。君の手は、私に縋るためにあるのだから…。」



反論しようとして口を開いた瞬間、再び覆い被さってきた友雅から、存在を確かめるような
キスをされた。何度も何度も、角度を変え、深さを変え、数え切れないほど繰り返される
口づけは、それまで信仰してきた神の存在よりも確かなもので。

その合間、あかねを求めるように、白い足の奥を暴こうと忍ばせる友雅の指先は、神が与えて
くれる心の充足への喜びよりも、強烈な悦びを引き出していく。

繰り返される口づけは、流れるように、あかねの身体を確かな意志を持って、滑り探り
始めていた。

友雅は、『魂が経験している快楽だ』と言っていたが、やはりあかねの肉体にとっては、
初めて経験する直接的な快楽。

過ぎた快感は、どうしようもない恐怖になる。



こわい、
こわい、
自分の中に沸き上がってきた感覚に、押しつぶされて流されてしまう。
自分を保っていられないことが、怖い。



「やだ、や…、こわい…、やめて…も、も…あああ…」



震える声で、甘く拒絶の声をあげるあかねを、可愛らしくてたまらないと悪魔は笑う。
あかねのやわらかな胸のふくらみに、舌を這わせ、頂の堅さを舌先で絡めて楽しみながら
慰めにならない言葉を吐く。



「……ああ、ごめんごめん。中途半端な快感は、君にとっては恐れの感情が先立って
しまうのかな?怖い思いを早く無くしてあげないとねぇ…。」



楽しそうにあかねの様子をうかがう友雅に、自分との感情の温度差を改めて突きつけられた
気がして、絶望感に襲われた。



「大丈夫、怖いよりも快楽が大きくなってきたはずだ。素直におなり?君の身体は、
…ほら、とても正直だ。私の指先にこんなに答えてくれて…可愛らしくて愛しくて、
ああ、どうしてあげようか。」



絶え間なく、あかねの奥を探り続けていた友雅の右手指先には、与えられる快楽にあかねの身体が
負けていた証しが、からみついていた。



「…ねぇ?身体はわかっているけれど、頭は追いついていけないだけのようだよ?身体は
こんなに柔らかいのに、頭は固いねぇ、ふふふ、でも、覚えておおき?その意地を張る様は、
私を喜ばせるだけだとね。拒まれれば拒まれるほど、君が墜ちた時の悦びは大きい。
ま、君は、墜ちる運命なんだよ。私の腕にね…。」



巧みな愛撫を注ぎながら、機嫌良く雄弁に語る悪魔は、恐ろしいほど美しく妖艶だ。
それこそ、魂を持って行かれそうなほど。
けれど、今のあかねに妖艶な悪魔を堪能する余裕はない。
絶え間なく、注がれる快楽の波をどうにかやり過ごそうと、ギュッと目を閉じているあかね。

不意に、閉じた瞼の向こう側で、のしかかっていた男が退いた気配がした。

肌を確かめるように動いていた、男の唇の熱も、いやらしい舌の暖かい湿り気も、
すべてから解放される。



「…え?」



急に訪れた物足りなさに、無意識にこぼれる不服の音。
慌てて唇を閉ざすも、友雅が聞き逃すわけはない。



「安心おし。……期待には、ちゃんと応えて差し上げるから…」



初めの頃は、固く閉ざされていたあかねの両足は、愛撫を施す指先の進入を、許す程度まで
ゆるめられていた。
あかねは認めたがらないだろうが、それが答え。
肉体は、初めての刺激に怯えはしても、拒みはしない。
拒み続けているのは、少女の中に息づく頑ななシスターとしての、思いこみのような信仰。

そう、君の信仰なんて思いこみだ。

そんなものより、私の君への執着と、君と私をつなぐ運命の方が断然強いのだよ



「そろそろ自覚して欲しいな?…君は私のものだって。私の執着からは逃れられないとね。
認めると…わかったと言うまで…少しばかり手加減無しに、ふふ、喜ばせてあげる」


「…あああああ……っっ。」



少しばかり緩みだしていたあかねの両足を、一度スッっと一撫でしてから力をかけ大きく
開かせた。



「いやぁぁぁああっっっ」



あかねの足の間に身体を割り込ませ、閉じられないようにしてから、片方の足を高く上げ
させる。

あかねは、怯えるように、高く上げさせられた自分の足先に目をやると、友雅はこれ見よがしに
舌全体をベタリと付けるようにして、ふくらはぎからつま先にかけて嘗めあげた。



「ひゃっ」



ゾクゾクとする感覚に、声が出てしまう。



「ん…ん…っっ」



こぼれる声が嫌で、両手で口を押さえるも、こもるように漏れる音が、いやらしさを増幅させる。
舌を這わせている間も、友雅はあかねの表情から目をそらさず楽しんでいる。
足の指先を口に含む愛撫に、溶けるような心地になりながらも、一番欲しいのはそこでは
ないと、心の奥で焦れ始める。



そんなのは駄目。
そんなことは思っては駄目。
快楽に溺れるなんて、この悪魔の思うつぼ…わかっているの…でも、でも…。


疼くのはどうしようもなくて…。


ハラハラと涙がこぼれる。


口に出したくない、あんなところに触れて欲しいなんて…。

中途半端な愛撫と、理性の狭間で、食いしばるように沈黙するあかねを察した友雅は、
うっとりと笑んで、悪魔らしい慈悲を与えた。




「…期待には、答えてあげなくては、ね?」



ゆっくりとあかねの下肢に、顔を沈める。



「…もっと、開いて私を受け入れなさい。」



あかねは、ハラハラとこぼれる涙そのままに、ギュッと瞼を閉じて下肢に力をかける。
友雅の身体を挟むように開かれていたあかねの足が、自らの意志でよりいっそう開かれた。
悪魔は、眩しそうに、これから口づける場所を見つめ、感嘆の声をあげた。



「ああ、私を受け入れてくれるのだね…?…その涙、悦びの涙に変えてあげるから、ね。」



うかされるように、友雅は囁く。
追いつめたのは自分のくせに…、とあかねは心の中で叫ぶが、快楽の雫で湿る秘部に、
友雅の舌先が触れた瞬間から、もう何も考えられなくなった。



「あっ、あっ、あ……あんっ…あ・あ……やぁっ…ふっ‥ん‥っっ」



ただ、わかるのは、快楽に追いつめられるというのは、こういう事なんだということ。


くちゅ…くちゅ……と、悪魔が嬲る音が、不必要なほど闇に響く。
友雅は、ワザと音を立てるように愛撫を施し、あかねの羞恥心を煽る。
だが、成功したとは言えない。
あかねは、あまりの刺激に、泣くように、ただ声をあげ乱れるしか出来ず、羞恥に気を回す
余裕さえない。




「あんっ、あ……あん…あ…っ…や、やぁあああ」



追いつめられる…いや、突き飛ばされるような感覚に、手が届く…というところで、
友雅の舌が、動きを止める。



「ああ、あ……ど、して……。」



友雅は、酷くゆったりとした動作で起きあがり、見せつけるように前をくつろげながら



「…だめだよ、一人きりでイクのは…。私も連れて行っておくれ。」


「どこ…へ……?」



婉然と悪魔は笑う。



「さて、君の言うところの天国か…それとも、私の住む魔の国か…。君の中にあるのは
さて…どちらだろう…ね?・・・んっ」



言い終わる前に、溶けた少女の中へ自身をねじこんだ。



「やっっぁあああああっっっっっ!!」


「くっっ、……ああ、…なんと……初々しいことだねっ・・・・んっっ」


「いっったぁっっい・・・・・っっ」



自分の下で、初めての衝撃と痛みに顔をしかめる少女を、恍惚とした表情で見つめる。


ようやく願いが叶った。
あかねと肉体をつなげ、ともに快楽を与え与えられ…墜ちること。
ねじこんだ自身から伝わる、まだ堅く青い肉体を征服した喜びと、これから溶かしていく
喜びに気が触れそうになる。

いや、もう触れている。

痛みにしかめる表情に、視覚的快楽を刺激され喜ぶ私は、とうに気が触れているのだ。
この表情を、自分だけのものにするために投げ捨てた、白い羽。
私にとって、神の寵愛よりも、白く輝く羽よりも…価値のある、あかねの表情だった。




「白い羽も、神の寵愛も君のために捨てた私を…受け入れておくれ。……すまない、
もう少しだけ痛みをこらえて。最高によくしてあげるから…」



気休めほどの落ち着きを取り戻したあかねを確認すると、ゆるり…ゆるり、と友雅は腰を
動かし始めた。

壊れそうな衝撃を受けて、もうやめて欲しいと思うそばから、あかねの体の奥で何か違う
感覚が生まれ始めた。




「…ん…ん……あっん……あ………」



少しずつ、でも確かに生まれてくる快楽の灯火は、じきに大きな炎に成長する。



「あんっ、あん、あ、、、あ、、、っっん…だめ、だめなの…これ以上、私を…だめに
しないでっっ」



友雅の腰の動きにあわせて、声がこぼれる。
捻り込められれば甘い声が漏れ、引き抜かれれば喘ぐように酸素を求める。



「ダメにしているんじゃ……な、いよ……っ……共に……溶けて……っ……ドロドロに
溶けて……一つになる錯覚を楽しむ……っ……だけだよ。私はね、……っ……君と、
一つになる夢を……っ……純白の羽を無くしても達成させたかった…っ…」



動く合間合間に、執着を表す言葉を、呪いのように吐きながら、友雅はむさぼり続ける。


何も知らなかった少女は、すでに快楽の虜となり、友雅の下で甘い声を上げ続ける。



「…あん…あ…ああ…はっ…ん…んぅ……い…い…とけ…ちゃぅっっ」



ロザリオを握っていた手は、友雅の予言どおり、悪魔に縋る手に変わる。



「とけ…とけ、ちゃうっっ…、も、ダメ……っっっ…ああああああああ」



繋がる場所が、快楽を乱暴に注ぐものを、自分の中に取り込むように蠢いた。



「あ、かねっっ。……っ…愛しくて…たまらない…さあ、私のいる場所へ、墜ちて
おいでっっ」



縋る少女の手を、突き飛ばすように床へ縫いつけ、悪魔は叩きつけるように腰を打ち
付けた。



「あっあっあっ…っ……っっっあぁあぁぁああああっっんっっ」


「…っっんっっ…」



満足気な熱いため息を漏らした男の乱れた髪が、少女に降り注いだ。

悪魔が、愛おしそうに少女を抱きしめる。


穏やかな神に祈るような、心の平安よりも……
私が欲しかったのは、誰よりも強く抱きしめてくれる腕。
私自身さえも壊すほどの強さで、抱きしめてくれる…確かな腕。
この熱く淫らな腕なしで、これから過ごすことは出来ない。

体を突き抜けるような、快楽を知ってしまった今は…もう……。

快楽の頂点を極めたとき、あかねは……今まで生きてきた中で、一番の精神の充足を
得たことを認めていた。

もう、神に祈りを捧げて満足できる日々には戻れない。

あかねの意識はそこで、いったん途切れる。






















意識が戻り、一番最初に見たものは、あかねを映した深い深い悪魔の瞳。



「君が修道女になるように仕向けたのは私なんだ」


「え?」



事が全て終わって、あかねの中に理性が戻って来たころを見計らって友雅は告げる。



「君の両親の不安感を煽り、修道院に入れさせたのはね、・・・ふふ、君の純潔を
他の男どもから守るためさ。せっかく君に肉体を与えて・・・食べ頃を見定めている
間に、横から取られるのは我慢ならないからね。まさか、神の名の下に悪魔が宝物を
隠しているなんて・・・神すらも思うまい。しかもその宝を神の花嫁にする、だなんてね。
面白い、趣向だろう?」


「・・・・・・・・・・」


「勘念おし。そして、素直に・・・私に愛されなさい。君も思い知っただろう?その身体は、
私に愛されるためだけに私が作ったものだと。・・・怯えも必要ない。ただ、悦びだけが
君と私を支配するんだ。愛を説く神の御前で・・・今度は、私が身体で愛を交わすことを
教えて差し上げよう・・・さぁ・・・おいで?」




神が説く、博愛よりも・・・自分が欲しかったのは・・・・壊されるほどのきつく甘い束縛。
あかねは胸に下げていたロザリオを無言で外した。
その様子に満足の笑みを浮かべて、再びあかねに覆い被さる。



「これで君の魂も肉体も私のものだ。君を闇ばかりの世界へ連れて行って差し上げよう。
夜明けなど来ない、永遠に睦み合える世界だ。そうだ・・・その前に、式を挙げよう。」



うっとりと笑みを浮かべ、



「もう一度前夫である神の前で、君を抱こう。ふふ、神様に諦めてもらえるように、
どれだけ私たちの相性がいいのか、運命なのか・・・たっぷり見てもらおうじゃないか。
神の御前で悪魔の結婚式だ。・・・さあ、誓いの口づけを。」



あかねは両腕を伸ばし、悪魔の首に回す。
友雅を引き寄せるため、或いは友雅に縋り付くために。

その際、チラリと床に置いたロザリオに視線を向け小さく震えるような息を吐いた。
直ぐさま友雅から、噛みつくような、魂を吸い出されるような、荒い口づけに意識を
持って行かれ、あかねの頭からロザリオの存在は消える。



後に続くのは、辺りを覆う闇に溶けるように響く、ジャムのようにトロリとした吐息だけ。



















あとがき


魂の重さは35グラム!人によって1グラムから2グラムの差がある!って、昔、故丹波さんが
言っていたなぁ〜そんなことを思い出しながら…友雅版?なんちゃって「悪●の花嫁」書いて
みたんですが…。おかしいな…「悪●の花嫁」ってこんな話じゃなかったよな。何処で間違えたの
でしょうか。今となっては謎です。(多分『魂の重さ35c〜とか考えている時点で間違っている)
思いっきり、趣味に走った感ありの駄文になってしまいました。やらかしちゃいましたかね?私。
調子扱いて、企画内で浮きまくっていないことを祈ります。
  (きっと…大丈夫、これくらいヌルイに決まってる。ここはエロマスターな方々の集う場所…)
書いている本人、かなり楽しかったのですが…果たしてこれ友あかって言えますかね?
二人の名を語る別人ですよ?これ。しかも友雅さん、羽、生えてるし。悪魔っぽいコウモリの
ような羽を生やさせて、「デビル友雅」とかやって笑いを取ろうと思いましたが、それ以上に、
この話自体がお笑いじゃん?と、色んな意味で申し訳なくなり、天使の羽の黒バージョンにして、
乙女の夢を残してみました(笑)(しかもてんこ盛り感満載の6枚羽。無駄なサービス…これまた
要反省。)話の内容もいつも以上に独りよがりなので、雰囲気で読んで頂けると助かります。
細かいこと考えて、読まないで下さい。
え…いつも隠しページにてエロ文(笑)晒しているんですが、こういったある意味、大舞台(笑)で
エロ文晒したことが無いので非常に緊張しております。甘味マスター及びエロマスターな方々が
集う(笑)企画に参加できて幸せでございました。
あ、シチュ萌えですっかり忘れてましたが、友雅さんお誕生日おめでとう。
ナイスミドルと表現するには、ちと若い気がしますが、ネオロマ界の永遠のフェロモン31歳で
いてください。
青の王様 / ちか 様