ブライトフレーム

= 新進気鋭のカメラマンとモデル =






ある雑誌で、女子高生フォトグラファーと男性モデルとのフォトセッション企画が
持ち上がった。

白羽の矢が立ったのは、女子高生ながら最近小さな写真集を出した元宮あかね。
自費出版ながら、子供の目線・大人の目線両方を持つ年代らしい、鋭さと繊細さが
垣間見れるポートレートは、世間に、業界に爽やかな風をもたらした。

この手の写真集にしては、かなりの部数を売り上げ、元宮あかねの名前は業界に
新しい風として受け入れられ始めていたのだ。






「え?私がですか?」


「そう、女子高生と、世界中のデザイナーから愛されオファーの絶えないモデル、
友雅とのフォトセッション。面白い企画だと思わない?」




話を持ってきた編集者の女性を前に、困惑の表情を浮かべるあかね。


目の前の応接用テーブルの上には、スーパーモデルの「友雅」のスチールが広げ
られている。



確かに美しい男だ。



けれど、こんな派手派手しい男、別に私が撮らなくても撮りたいと名乗り出る人間が
たくさんいるだろうに。





「あの、解っていらっしゃると思いますけど、私専門は風景とかで・・・もちろん人物も
撮りますけど、あくまでも日常の一コマだったり、何気ない一瞬って言うか、だから
この雑誌コンセプトにあうような写真なんて専門外もいいところです」





もう一つ、掲載雑誌の見本として、目の前のテーブルに広げられたのは有名女性
ファッション誌


しかも、今回のフォトセッションのテーマは「大人の男」



なんでそんな依頼、小娘の私に振ってくるかな?
そう困惑しているのが顔に出ていたのだろう、女性編集者はため息と共に種明かしを
してくれた。




「いえね、友雅氏側から出された条件に、『女性フォトグラファーでなければ
仕事は受けない』だそうよ」


「なんでですか!?」


「んー、ここしばらく男性カメラマンとの仕事ばかりだったから辟易してるんですって。
だから今回は女性じゃなきゃ仕事しないって条件を出してきたの。」


「はぁ」




呆れてものが言えない。





「でね、女性フォトグラファーに依頼・・・ってなったとき一つ問題があってね」


「なんですか?」





言いにくそうに女性編集者は続けた。




「友雅は自分を撮った女と必ず寝るって話」




なにそれ!?
まったく、さっきからこの言葉しか頭の中に出てこない。





「・・・・・・そんな相手を私に撮れと?」


「最後まで聞いて頂戴。さっきのはちょっと大げさに言っただけ。正確にはね、彼と
仕事をした女性フォトグラファーの方が夢中になってしまって仕事にならないのよ。
まあ、友雅も悪いんだけどね・・・自分の魅力を解っていて仕掛けてくるんです
もの。友雅自身ゲーム感覚なんでしょうけど、女からすればそうはとらない場合が
多くて。で、結局グダグダになって企画自体おじゃん・・・ってことが多々あるらしいの」


「へぇ〜」


「で、もう一つ友雅がうちに出してきた条件があるの」




嫌な予感がした




「私に溺れない女を用意して欲しいってね。女性と仕事はしたいけど、変に惚れられて
めんどくさい事になるパターンが多いからって事らしいんだけど、自分から仕掛けて
おいてそれはないわよ。」




段々話す口調が熱くなっているところを見ると、この女性編集者もかまをかけられた
クチかもしれない。





「で、私ですか」




なんだか自分には別世界の話しすぎて、呆れ半分やじうま気分半分で話の先を促す。





「そうそう、こっちとしても、友雅レベルのモデルを使える機会なんてそうないわけで
このチャンスを逃したくないのよ。で、考えたわけ。友雅が恋愛ゲームを仕掛ける
気を起こさせなければいいって訳。」




ようやく話が見えてきた。
別にカメラマンとしての腕を買われての抜擢な訳ではないのか。


ここは怒る所なんだろうけど、あかねとしても自分の実力がまだまだだって事も自覚している。


まだ、仕事として続けていく勇気がある訳じゃない。
カメラは、生きるための道具じゃない。
カメラは・・・自分の欲望を簡単に満たす道具であり、遊具としての感覚しかない私に一流の、
それも商売が絡む仕事はふさわしくないと思っている。





「子供は守備範囲外なんですね?そのフェロモンモデルさん」




その言い方がツボだったのか、女性編集者は声を出して笑った。




「いいわね、その表現。確かにフェロモンの固まり。存在が甘い毒ね。」





手元にあったカップを手にして、すっかり冷え切ったコーヒーを一気に飲み干してから
編集の女性は話をしめにかかった。





「貴方しかいないのよ。適任者が。子供だけじゃダメ。それなりのカメラの腕も無いと!
なんせ、雑誌に載るのよ?そんじょそこらの子供に任せられるモノですか。」





・・・少しは腕も認めてくれているって事なのかな。




「でも・・・場違いですよ。一番苦手です、フェロモンな写真って」


「あれだけのモデルを撮れるなんて機会、超一流のカメラマンでもなかなかないわ。」


「でも・・・」




あかねにとってスーパーモデルだろうが、世紀の色男だろうが興味がない。
むしろそう言った肩書きは自分の世界を表現するのに邪魔だった。
いつまで経っても色よい返事をよこさないあかねに、編集側が最大の譲歩を見せた。




「フェロモンなんてどうでもいい、大人の男もどうでもいい、友雅を撮ってくれる
だけでいいから。なんなら、貴方の好きなように友雅をとっちゃえばいいわ。」




チラリとテーブルの上に広げている友雅のフォトを見る。
これだけ艶やかな男を、私の世界に引き寄せて撮る・・・か。
・・・それはちょっと魅力的な申し出かもしれない。


あかねは、しかたない、これも経験とばかり了承した。




「あ、言い忘れていたわ。もう一つ条件があったわ。」




まだあるのか?と言葉の続きを待つあかねに、突きつけられた条件とは・・・




「被写体である自分と、フォトグラファー二人きりでのフォトシューティング」




















都内某所某スタジオ。


私に溺れない、女性カメラマンとして送り込んできた少女を目の前にして友雅は
苛立っていた。


目の前に現れたのは、まだ女子高生だという少女。
凛とした印象の子で、この年代特有の大人の女にはない少女の色気がある子だと
いうのが第一印象。


とは言っても、まだまだ発展途上の子供だな。
なるほど、こういう手できたか・・・。


雑誌社に、気まぐれで出した条件が、こういう形になるとは友雅も予想できなかった。



ま、子供をどうこうしようという気はないけれど・・・少女は少女なりの媚びの売り方で
くるのだろうと馬鹿にしていたのは事実だが。
こうも、期待を裏切られると・・・いっそ清々しいというか・・・。


友雅は、媚びを見せるどころか、次々と自分に駄目出しし、普段なら自分のペースに
巻き込めるフォトシューティングが、たかだか女子高生の小娘に、ペースを乱され
駄目出しされることにジリジリとした気分を味わっていた。





「もう、何もしないで下さい。ただ、そこにいてもらえればいいです。」




そういって、小生意気な女子高生が『そこ』と示したのは、不思議な形をした椅子だった。


真っ白なスタジオの真ん中に、一つだけ置かれた椅子。


色は、白いスタジオ内に溶ける、これまた真っ白で繭のような形をした椅子だった。





「コレに座るのかい?」


「そうです。この椅子見つけたとき思ったの。きっとこの椅子に座った友雅さんはとても
興味深い表情を見せてくれるって。もう、確信に近いって感じで思ったの。」


「・・・・・」





繭型の椅子が、私の何を引き出すというのだろうか。


不振げにチラリと元宮あかねに視線を向ける





「私を意識しないで下さい。見られることを意識しないで。わざとらしい視線なんか
いらない」





わざとらしい?



かなりカチンとくる言葉だった。
自分はそれなりのキャリアと、この世界での評価を得ている。
自分から見れば素人同然の、しかも女子高生に「わざとらしい」などといわれる筋合い
はない。





「君がいないものと・・・存在しないように振る舞えばいいのだね?」




つまりは無視しろと・・・。


私を挑発しろと、迫ってこいと・・・誘惑してみろとファインダー越しに要求されるのが
常だった。中には、意識せずに自然体を撮りたいなどという者もいたが、最後には
自分だけを見つめる友雅が欲しくて、 誰も彼もが友雅の意識を要求する。
無視され続けることに、手に入れられない絶望感に、どのカメラマンも我慢できなく
なるのだ。



どうせこの少女もそんなところだろうと、友雅は考える。



ならば、根比べといこうじゃないか。



君の存在を私の意識から消してやる。


二人きりのスタジオに、奇妙な緊張感が広がった。





彼女から一番初めに出された指示は、スタジオの中央に置かれた椅子に座って
いろという指示だった。

繭のような形の椅子は、体だけを包むシェルターのような感じにも受け取れる。





あかねに指示されたとおりに友雅は椅子に座る。
白を基調としたスタジオは、四方を囲う壁も、床も白。
白であふれかえるスタジオ中央に置かれた、白い繭型の椅子。
座った瞬間、自分が白に溶けていくような気分になった。
繭型の椅子は、包み込むように友雅の頭部を、背を、腰を支える。
長い足は、繭の外に投げ出され、お世辞にもスタイリッシュな姿とは
言いづらい。無造作に投げ出された足が楽だと言っている。
体の全ての力を吸い取られるような感覚。
とにかく・・・取り巻くすべてが楽だった。


指示通り座ったにもかかわらず、シャッターを切る音がしない。



・・・この子は何が撮りたいのだろう。
そういえば、この子は風景が得意だと言っていた。
人物はどちらかと言えば専門外だと。



・・・私を風景の一部として扱うつもりか?



この私を、ただの置物同然に扱うというのか?



自分で言うのも何だが、置物として扱うにしろ、それはそれで私という被写体は
やっかいだと思うのだがね。



お手並み拝見といこうか。



プライドを傷つけられた仕返し半分、ガラにもなくワクワクする気分半分でこの
勝負を友雅なりに楽しみ始めた。





その時、カシャーーーッーーーーとシャッターを切る音がした。





始まったか・・・。




少女の方へ意識だけ向けた瞬間、シャッター音が止まる。


意識を向けたことに気がつかれたのだ。

なんだか少女の思惑に、まんまとはまったようで面白くない。





完全に・・・君を私の意識下から追い出してあげる。





友雅は、視線のピントをゆるめ自分の中にダイブした。








・・・この椅子の座り心地は完璧だ。


良すぎて・・・・・居心地が悪い。





すべて包み込まれる安心感は、友雅にとって違和感と不快感を感じさせる。



・・・不思議だな。


安心感と言うよりも・・・・・・・・際限なく包まれ墜ちる恐怖にさいなまれる。


瞼を閉じ、自分の意識を奥へ底へと向かわせる。




完全に一人きりになるために。






意識の遠くで、ファインダー越しにおくられる視線の気配と少女が切る
シャッター音がした。
















「はい、終わりです。お疲れさまでした。」





スタジオ内に響く少女の声は、柔らかく静かだ。
その声を受けて、友雅の意識は浮上する。
決して眠っていたわけでもないのに、寝過ぎて疲れたような感覚。
ゆっくりと椅子から身体を起こし、立ち上がる。
振り返る形で、今まで座っていた椅子を改めて見た。




・・・二度と座りたくない椅子だな。



一つ大きく息を吐いて、元宮あかねに向き直る。





「で、満足いく写真が撮れたかい?」





あかねは、頬を微かに染めて満足そうに頷いた。


被写体であった身としては、彼女がどのように自分を撮って満足したのかが
知りたかった。他のカメラマンならば、どのような出来になるのか粗方想像つくが、
彼女のスタイルで撮られた自分は全く想像できない。

彼女の手に握られているカメラの中に納められているネガが気になる。

昨今、スタジオ撮影でもデジタルカメラを使用することが多いが、彼女のカメラは
従来のネガを用いるアナログ仕様のもの。


そんな友雅の心情を察知したのか、少女は意味ありげに笑む。





「気になります?」





何が・・・とはあえて言わないところが小憎らしい。



だが、相手は子供だ。
苛立つ心を無理矢理いつもの華やかな笑みで隠して、少女に花を持たせることにする。





「ああ、とても・・・気になるね。君が私という被写体をどうやってとらえ満足したのか。」





すると、あかねは背後あった小さな机の上から一枚のポラロイドをつまみ上げた。




・・・なんだ、試し撮りのポラがあったのか。




少女から渡されたポラロイドに撮された自分を確認し、やられた!と正直思った。





「とてもいい写真が撮れました。・・・友雅さんって、実は安らぎとか幸せとか
・・・苦手?」





繭の様なカプセルに包まれ、まどろみを装いながらも、薄く眉間に皺を寄せている
友雅は、微睡むような安心感を無意識に恐怖しているよう。



こんな自分を撮られるとは・・・。





この女・・・やってくれる。




自分の中に、この少女に対して妙な闘争心が沸いてきた。
誰にも見せたことのない自分を見られたこと悟られた事への恥ずかしさと、
だったら同じように、お前も私の前にそれだけのものを曝せと、高圧的な感情が
入り交じって胸が熱い。


無邪気に自分のプライドを傷つけ、スルリと自分の油断をついて入り込む少女に
お灸を据えてやらなくてはならない。



しかし、見事な手腕に・・・





「これを、計算無しにしているなら・・・気をつけなさい。悪い大人に目をつけられるよ?」


「え?何を言ってるんですか?」





なんでもないと、形だけ首を振り、『悪い大人』である友雅は「目をつけた」少女に
ある提案を伝える。





「現像はいつ?」


「自分でも早く見たいから、今夜にでも現像します。・・・どうしよう・・・こんなに出来が
楽しみなのは久しぶりです。」


「ふ〜ん・・・クライアントに見せる前に、私に見せてくれないか」


「・・・そんなに気になります?」


「・・・今まで私が撮られたことのない表情を撮られたんだ。気になるに決まってる。
少々ショックでね、自分がこんな表情浮かべてるなんて思っても見なかった。
自分でも知らない自分を知りたい。だから他の誰かに見せる前に、私に見せて」





自分の知らない自分・・・なんて嘘。

誰よりも知っている。

誰にも見せたくない自分の・・・弱く腐った闇だ。




友雅は、目の前にいる元宮あかねという少女に言いようのない敗北感を味あわせ
られたことへの怒りと、そしてささやかな喜びを感じていた。



久しぶりだ・・・熱くなるなんてね。



この女を、もっとよく知りたい。


女を知りたいと思ったのは、いつぶりだろうか。













彼女の家の一角に、小さな現像部屋があった。
小さなと言っても、高校生が使うにはかなりの本格的機材のそろった部屋。
まるで、それ専用にあつらえたようだった。




「・・・君のおうちは、写真家の家系なのか?」


「ううん、そんな大層なんじゃなくて、趣味でおじいちゃんがやってたの。アマチュア
カメラマンってやつ。私の先生でもあるの。カメラのことは全部おじいちゃんから
習ったわ。」


「そう」


「3年前に亡くなって、カメラ関係の全ての機材は私が引き継いだの。家族の誰も
カメラに興味なかったし。」





いそいそと現像に取りかかるあかねに寄り添いながら、友雅はあかねの様子をうかがう。





「君は、何故カメラを始めたの?やっぱりお祖父さんの影響かな」




あかねは作業する手を止めることなく質問に答える




「うーん・・・きっかけはね、やっぱりお爺ちゃんだと思う。けど、続けてきたのは
カメラの魅力が、自分の欲望を満たすのに最適だった・・・ってところかなぁ」





自分よりも随分と年下な女の子の口から「欲望」という単語が出たことに小さな
衝撃を受けた。





「その欲望って?」





あかねの視線は、現像液につけられたフィルムに注がれたまま。
質問に答えてはくれるが、決して友雅を見ない。
日本が世界に誇る男性スーパーモデルも形無しだ。


しかも暗室に二人きり。


暗く狭い部屋に友雅と二人きり、女性ならば友雅に注意を向けずにはいられないはず
なのに・・・まったく、私の魅力が通じないとはね。



じれる自分も楽しんでいる。

この少女の全部が知りたい。

すべて知って掌握したい欲望に駆られる。

本当に、こんな感覚は久しぶりなのだ。

そんな思惑に心躍らせている男が隣に立っていることなど、まったく気がつかない
あかねは、無邪気・・・とも取れるほどサラサラと自分の心を吐露してみせる。






「シャッターを切った瞬間、そしてその瞬間をネガに写し取って・・・そう、こうやって
浮かび上がってくる時、私だけのモノになる気がするでしょ?」





現像液に浸していたフィルムに、彼女がモノにしたと言い放つ友雅の顔が浮かび
上がる。



現像された友雅の顔は、不快感を無防備なほど表情に乗せていた。



心の底が透けてしまったともいうべき瞬間。




この瞬間の私は、君のもの・・・か・・・。



きっと彼女だけが引き出せた表情。
他のカメラマンでは、とうてい引き出せなかっただろう。
ここは、負けを認めてもいい。





「・・・画像を焼き付けるならば、カメラより8ミリとか・・・ショートムービーとか・・・
動くものでもよかったんじゃないかい?より独占できる表情が増えると思うんだが。」





するとあかねは、ようやくそこで友雅を視線でとらえた。





「止まってるからこそいいんじゃない。」


「え?」


「写真に撮られた表情が、どんな理由で浮かんだか、何故そんな表情なのか・・・
前後の課程を知っているのは、シャッターを切った人間だけでしょう?止まってる
からこそ被写体とカメラマン以外の人間にとっては、想像できる遊びの余白が
ある。撮った側と撮られた側にしか真相はわからない瞬間だなんて・・・意味深で
すべが筒抜けな動きの映像より、止まった映像の方がより自分のもの、な
欲望を満たしてくれるの」


「撮る側と撮られる側以外の人間は、蚊帳の外。ただ想像するだけで真実は
二人だけのモノ・・・ねぇ?」





あかねが手にしている自分の写真。


この表情が引き出された背景を知るのは君と私だけか。





「その写真を見た人間が、色々想像するのを君はほくそ笑んで見ているって
わけか。」


「ふふふっ。だからごめんね?この写真の友雅さんは、私のもの。なーんてね。」






よくない大人からすれば、今の発言はなかなか意味深でセクシャル的な挑発にも
聞こえるが、目の前にいる少女は本当に無邪気で、小さなイタズラをばらしたような
笑みを見せている。


無邪気な欲望は、自分のような大人には眩しく心躍る。


この表情の自分を、『ものにして』無邪気に喜ぶ彼女はとても魅力的だ。


無邪気な彼女を、自分の中に沸き起こった無邪気な欲望で虜にしたい。


今まで誰にも触れさせたくはなかった奥の奥まで、彼女のレンズでさらけ出して欲しい
と、らしくないことを願う。


チラリと彼女曰く『自分のもの』と言われた写真を見る。




不思議だな。


彼女に撮られて『もの』にされた瞬間から、自分の中で何かが生まれた。
写真に写される前と写された後では違う自分。




被写体とカメラマンだけの秘密。





「・・・なかなかいいじゃないか。」


「なにが?」





友雅の突然の発言に、友雅の思考過程をまったく理解しないあかねは、軽く
聞き返す。





「ん?いや、私は写される側の人間だからね。写す側が求めるものを表現する
のが仕事だろう?だから・・・常々思っていたんだ。・・・写す側の気持ちを知りた
いってね。」


「ふーん。そうなんですか。」


「これ、借りていいかい?」





部屋の隅に置かれたポラロイドカメラ。



あかねの使っているカメラは、露出からなにから手動のプロ仕様で、撮られるのは
プロでも撮る側は素人な自分が操れるような品ではない。
けれど、ポラロイドカメラならば自分にも操れると、あかねの了解を待たずに手に取った。



あかねにレンズを向ける。




「え?」




あかねが表情を作るヒマを与えない素早さでシャッターを切った。





カシャッッ・・・・・・・ウィーンーーー





吐き出されたフイルムを左手で受けて、友雅は笑う。





「ちょっと、今、私変な顔したっっ。もうっっ」





友雅は片眉をわざとらしく上げて、嘯いた。




「見られたくない表情を撮られた、お・か・え・し。・・・どれ、どんな顔に撮れたかな?」





ゆっくりゆっくり白いフイルムに浮かび上がる、無防備な少女の驚き顔。





「おやおや、かわいらしく撮れてるじゃないか。私の腕もなかなかだ。そう思わないかい?」


「・・・もう。」





二人で声に出して笑った。
ひとしきり笑ったところで、友雅がためらいがちな笑みを浮かべつつ切り出した。




「一つ提案があるんだ」


「なんでしょう?」


「私を君の専属にしてくれないか?」




この男は何を言い出すのだろう?




「貴方みたいなお金のかかるモデルさんを雇うお金逆立ちしても出ませんよ?
私ただの学生ですってば。」


「・・・君は人間を撮ることを専門としていなかったよね?今後もそのスタイルで行く
つもり?」


「うーん・・・ホントはね、友雅さんを撮るのも断ろうと思ったの。でも、せっかく編集の
人が私を選んでくれたし、プロのモデルを撮るなんて機会もう無いと思ったし・・・
実際やってみたら、楽しかった。」


「それは・・・うれしいね。」


「だから、人物を撮る勉強もしていきたいなぁ・・・とは思ってるけど。」


「私を使って勉強してみないかい?」


「多忙で有名なスーパーモデルの友雅さん。小娘に構ってないで真面目に仕事したら
どーですか?」


「ふふ、つれないねぇ〜。君にとっていい提案だと思うのだけど。」


「・・・確かに、私には身に余る提案だわ。友雅さん撮っててすごく楽しかった。どうやって
貴方の中を撮ってやろうかしらって、考えるのは興奮した。美味しすぎる提案だから
即座に頷きたいところだけど、友雅さんにとっての利点が解らない。」





理解不能、とばかり緩く首を振ってみせるあかねに、友雅はうっとりと笑う。




「正直に言うとね、君と二人でだけのフォトシューティングがクセになったんだ。
見事に私の奥底を映し出して見せた君に興味がある。来る物拒まず、・・・仕事にしろ
長い物には巻かれろ、自ら動かずとも世界は回るって主義なんだが」




ゆっくりと思わせぶりに友雅は一度瞬きをしてみせる。




「自分でもちょっと驚いている。自ら自分を営業するなんてね。それほど君とのフォト
シューティングは、取り終わった今だからこそ分かる刺激が満載だった。
眠っていた私を起こした責任は取ってもらいたいな・・・。数多の写真家と呼ばれる
人間達の被写体になったが、撮られる苦々しさと面白さを教えてくれたのは、悔しい
かな素人の君だけだった。」





大きく息を吐いて、友雅はあかねを誑かす。




「・・・・・たった数枚のフォトに、私を焼き付けて自分のモノにしたと言うけれど
アレだけで君は満足できるのかい?私は、まだまだ『イイ』顔持っているんだけど?
まだ見せてない私・・・それも君のモノにして欲しいな。君に撮られたい。」




一度、間を作って、とどめの一言を放つ。





「・・・・・・・・・君に『イイ顔』晒したいんだよ。」





あかねの視線が揺れる。





「仕事・・じゃなく、私に撮られてくれるの?」


「・・・プライベートで。仕事じゃないから報酬はいらない。」





あかねにとってとても美味しい話。
いや、美味しすぎる。
男性のスーパーモデルをプライベートで撮り放題。





「・・・・ホントにいいの?タダでなんて・・・今時、素人モデルでもそんな人
いないよ。」





友雅は、右人差し指を顎に添え、なにやら考えるそぶりを見せ、勿体ぶりながら
告げた。





「タダがイヤなら・・・そうだな・・・。」





傍らのテーブルに起きっぱなしになっていた、ポラロイドカメラを友雅は手にする。
一連の流れを何とはなしに眺めていたあかねは、次の瞬間反応が遅れてしまった。


気が付いたときには・・・





「っっんんんっっ」




ほどよい弾力と甘い熱を持つ何かが、あかねの唇を塞いできたのだ。
目の前の男の唇だと認識できたのは、かなりの間、貪るようにあかねの唇を
堪能し離れていく男の唇を見たときだった。




「・・・」




怒鳴りつけてやりたかった。
なのに、混乱する頭に浮かぶのは雑誌の女性編集者が言っていた・・・


『存在が甘い毒ね』という言葉。


あかねは身をもって体験してしまった。
甘い毒に触れてしまったのだ。


だから・・・身体が痺れて・・・反応が出来ない。


その場にヘナヘナと座り込んでしまう。



床に、ベタンと着地したとたん、友雅は手にしたポラロイドカメラのシャッターを切る。







パシャッッッ・・・・・・・・・ウィーーーーン




カメラから吐き出されたポラロイドを、左手で受けた友雅は得意満面だ。





「私への報酬は、フォトシューティングが終わった後にご褒美のキスと、キスした後の
表情を撮らせてくれること。」





左手で受け止めたポラロイドのフィルムを、パタパタ振りながら提案する。





「・・・何それっっ。もう、酷いっ!ファーストキスだったのに!!」





おやおやご馳走様と、悪びれもせず上機嫌で友雅は続ける。





「君のキス一つで、私はどんな姿でも君に見せてあげよう。どう?私を丸裸にして
みたくはない?」





あかねは痺れる頭で考える。



甘い毒のようなキスは嫌ではなかった。
未知のことを知っていく興味もある。

その相手に、目の前の男を指名するのは・・・危険だけど。





「誓うよ。君専属になれるなら・・・今後女性カメラマンとの仕事は一切しない。
私を撮ることが出来る女は君だけだ。・・・それくらい、君とのフォトシューティングは
たまらなく興奮できる。」





友雅が手にしていたポラロイドフィルムに、画像が浮かび上がってきた。

映る少女は、甘い毒に触れた余韻を表情にのせている。

そしてもう一枚、キスの前に撮った驚き顔のあかねのポラフィルム。

友雅の薄い唇にまったりとした笑みが浮かぶ。





「この2枚のポラの間に起こった出来事は、君と私しか知らない・・・か。いいね、
撮る側の楽しみまで君は私に教えてくれるのだね。・・・ふふ、だから気を
付けなさいと言ったんだ。」


「・・・」


「悪い大人に目を付けられるよ?ってね。」





大人の男のふてくされた表情を上手く引き出して、自分のカメラに納めることが
出来たと喜んでいたのは甘かった。



好奇心だけで触っちゃいけなかった人かも・・・。


けれど、後悔しても遅い。





「・・・じゃあ、ホントに丸裸になる気ある?友雅さん自身が見せたくない表情も
たくさんしてもらうことになるかもよ?」





あかねは両手の人差し指と親指を使って、カメラのフレームを作って友雅に向ける。



男は少女の細い指先で作られたフレームの中で艶やかな笑みを浮かべて見せた。





「君になら、ヌードを撮られてもいいね。なんなら今ここで脱いで見せようか?
女性には・・・割と好評なんだ。私の、は・だ・か。お望みなら、直接触れて
被写体を確かめてみるのも手だよ?」





もちろん、触れた後の君の表情は、私が撮らせてもらう。


ああ、その時君はどんな表情を見せてくれるだろうか。





「もうっ!ヌードになれって言う意味の丸裸じゃありませんっっ。」





あかねはそう叫びながらも、ヌードか・・・ちょっと興味あるかも・・・などと
好奇心がうずうずしてしまったのは、ナイショだ。












あとがき


「新進気鋭のカメラマンとモデル」 というシチュでございます。
いつも私が書くあかねちゃんよりちょっと気が強そうな感じに仕上がっちゃいました。
ちなみに、自分でシチュ投稿して自己処理するという独りよがり創作です(笑)
当初は、友雅がフォトグラファーであかねちゃんが被写体の予定でした。
「さぁ、脱いでみようか?」なんて、言いながらどんな清純アイドルでも脱がせて
しまう、脱がせ上手な写真家なんて構想もありましたが、たまには男も脱がせられる
立場にあってもいいんじゃね?むしろ剥いてしまった方が萌えるんじゃね?ってことで
制作開始(笑)一話完結型ではひんむいてやれませんでしたが、いつか続き書いて
丸裸にしてやろうかと画策しております。友雅さんのヌード撮ったら楽しいだろうな〜。
ヌード撮影までの課程を書きたいなぁ。もちろん友雅も脱げば、その分あかねちゃんも
代償払わなければならなそうですけど(笑)
友あか祭だというのに、この話友雅さんとあかねちゃんが完全に両思いになっていない
ところが敗北です。やっぱり出会いから書いたのがまずかったですね。
ちなみに、タイトルのブライトフレームは、カメラのファインダーを覗いたとき、写真に写る
範囲を示した枠が見えますよね?あの枠のことを言うらしいです。(たぶん・・・あれ?ちがう?)
あれって、ロックオン!みたいな感じしません?
この話は、友雅があかねちゃんをロックオンするまでの話なので、このタイトルにしてみました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
青の王様 / ちか 様