24時のシンデレラ

= サンタクロース / 帰らないで、どうか、傍にいておくれ =








「1000回目のクリスマスイブかぁ……」

感慨深く感じながら、あかねは空から下界を眺めていた。
上を向けば、夜の闇に散らされた星の光。下を向けば、人が地上に飾り付けたクリスマスのイルミネーションが。
どちらもキラキラと輝いて美しい。
けれど、どちらかといえば、イルミネーションの方が、あかねは好きだった。色とりどり鮮やかで、不思議と生命を思わせる力強さと躍動を感じるからだ。
あかねがクリスマスを迎えるのは、正確には1000回目ではないかもしれない。数えだしてから1000回目、というだけで。
1000回……かれこれ1000年、あかねは幸せの種をプレゼントしてまわっている。人々の言うサンタクロースとして。

始めの頃は、この仕事に疑問を感じてはいなかった。
自分の配った幸せの種が芽吹いて、笑顔になる人達の表情がなによりも嬉しかったからだ。
けれど、ここ数年。
なぜか胸の中に小さなくすぶりがある。
純粋に、人々の笑顔を喜べない自分がいることに気付いてしまった。
時には訪れた幸福に感謝の祈りを捧げてくれる人もいる。時には「サンタさんありがとう」と嬉しそうに叫んでくれる子供もいる。
なのに、その笑顔も感謝の言葉も、自分をすり抜けていくのだ。
あかねが、目の前に居ても。他の人には見えない。
あかねが「喜んでくれてありがとう」と声をかけても、他の人には聞こえない。

今夜はクリスマスイブ。
人々からホワイトクリスマスを望む声もちらほら聞こえるが、雪は降らさない予定だ、と神様から聞いている。
今夜が終われば、幸せの種を配る仕事がひと段落つく。
そして明日からまた、世界中の人々に幸せを配ってまわる仕事が始まるのだ。
途切れることのない役目に、少し疲れているのかもしれない。

「誰かわたしに気がついて……」

小さく呟いてみても、神の使者に気がつく人なんて誰もいない。



*****




計算が狂った。

友雅は窓から見える夜景を見ながら、小さな溜息をついた。
ホテルの最上階スィートルームからの眺めは悪いものではなかったが、友雅の気分はあまり良くはなかった。
苦々しい思いを流し込む為に、手に持っているワインの入ったグラスを、何度か揺らし、香りたったワインを口に含む。
(今年の出来はあまり良くないようだね……)
最高級のワインすら、退屈な気分を紛らわせてくれない。
バスルームの方から僅かなシャワーの音が聞こえる。
じきに、女が出てくるだろう。
世界にも通用するモデルだが、珍しく身持ちが硬く、長年付き合っている恋人が居ると聞いていた。
クリスマスイブを一緒に過ごす為に12月の頭頃からモーションをかけ始めたのだが、15日には向こうからから連絡をしてきて、そのままベッドイン。
恋は成就するまでが楽しいのであって、それからは急速に色を失っていくばかりで。言葉は悪いが、ようするに一度寝てしまえば、興味が失せてしまう…ということだ。
計算通りの女であれば、もう少し楽しめたはずだった。明日には褪せてしまうとはいえ、今頃、良い夜を過ごせていただろうに。

つまらない。
何もかもが。

恋も仕事も、ほんの一瞬、この退屈を紛らわせてくれるだけ。

グラスに残るワインを喉に流し込み、もう一度、窓の外に視線を移した。

「……ん?」

袖や裾にフワフワとした白いファーがついた、赤いサンタクロースの衣装を身に着けた少女が、背に担いでいる大きな袋に、その細い腕を突っ込んで、ゴソゴソと何かを探している。
まるでプレゼントでも探しているように。

友雅は、何度が瞬きを繰り返した。
明らかに空に浮いている。
ここは何階だっただろう。
(たしか…43階だったような……)
きっちりとは覚えてはいないが、最上階には間違いない。
その証拠に、地上のイルミネーションが小さく瞬いている。
これはそう。
ホログラフか何かで。
今夜はクリスマスイブなのだから、客を驚かせるサプライズイベントに違いない。
なのに、なぜ、あれほどリアルなのか。
しかも。
(目が合った……)
少女は驚いたような顔をしている。
そして、一変して、心から嬉しそうに輝くような笑顔を見せた。
口元が動いている。
何かを話しかけてきているようだ。

「……ハ、ミ・エ・ル・ノ? ―――貴方には見えるの? あの娘は、そう言っているのか……」

発作的に立ち上がり、女を自分より先にシャワールームに行かせておてい良かったと思いながら、友雅はコートを掴むと、部屋を飛び出した。
何かが起こるような予感。
高揚する気分。
エレベーターで1Fまで降り、ロビーを突っ切って外へ出ると、さっきまで自分が居た部屋を見上げる。

「あ……」

しかし、そこには誰も居なかった。
冷静に考えてみれば、当然と言えば当然だ。
クリスマスイブの夜に、サンタクロースの姿をした少女が、中に浮かんでいた?
今時の小学生でも、そんなことを聞けば笑うだろう。
酔って、幻覚でもみたのだろうか。
酔うほどワインを飲んだ覚えはない。
それとも、何かを見間違えたのか。
そんなはずはない、確かにサンタは居たのだ!

「…………」

そう結論付けて、友雅は思わずプッと吹き出した。
(馬鹿らしい……)
どうかしている、と自分の考えを払拭すると、ホテルに戻るために踵を返した。

「…あの…こんばんは?」

気付かぬうちに音もなく背後にいたらしい―――さっき最上階の部屋の窓から見かけた少女が、不安げに瞳をゆらめかせながら、立っていた。地面から10cmほどその足は離れているので、正確には浮いている。
驚きは隠せない。

「君は……何者?」

その証拠に、そう問う自分の声が、僅かだが震えていた。

「サンタ」
「お嬢さん。イブに相応しい冗談だね」
「信じないの?」
「信じられるとでも?」
「貴方には、わたしが見えているのに?」
「目に見えるもの、そのすべてが、真実だと信じられる歳ではなくなってしまったよ」

非科学的なもの。
非現実的なもの。
歳を重ねるうちに、たとえそれが目の前にあっても、疑うようになってしまっている。

「うわぁ〜、歳って取りたくないですね」

一瞬、頬が引き攣ったが、少女は悪びれた様子もない。
おそらく、天然と言われる類なのだろう。
不快に思ってもいいはずなのに、この歯に衣着せぬ物言いに、僅かな苛立ちを感じるものの、どこか悲しい懐かしさがある。
胸の奥がざわめいて仕方がない。

「可愛いサンタさん」
「なんですか?」
「今夜はやっぱり忙しいのかな?」
「ううん。今年のお勤めは、もうほとんど終わっちゃってるから」
「では少しだけ、お付き合いいただけませんか? 私は君のことが知りたくなってしまったようだ……」

片膝を折り、まるでシンデレラにダンスを申し込む王子のように、手を差し出す。
少し戸惑いを見せたが、少女は友雅の手に自分のそれを重ねた。

そしてポツリポツリと話してくれた。
本来は人には見えない存在であること。
人々に幸せの種を配り続けていること。
それに少しだけ疲れてきていること。
今夜のことは、きっと、1000回目の記念のようなものなのかもしれない、と。
24時には、天へ…神様の元へ帰らなくてはならないことを。

「なぜだろうね……君を知っている気がするよ……」
「わたしも……。はじめは、わたしが見える人が居てくれたから嬉しいんだと思った。でも、違う気がする。きっと、貴方だから……他の誰でもなくて、貴方だから……どうして?」

最後の方は、自分に問うように、少女は自分の胸にそっと手を当てて、呟いていた。

「あぁ……でも、もう時間切れ。貴方に最後のプレゼントを渡して、神様のところに戻らなきゃ」

少女は夜空を見上げてそう言った。
(時間……)
友雅が腕時計を見ると、針は深夜の12時を指そうとしている。まるでシンデレラのようだ。
手に持っていた大きくて白い袋から、少女は掌ぐらいの光る玉を取り出した。

「それが幸せの種?」

少女はコクリと頷いた。

「貴方にも幸せが訪れますように……」

光の玉は、少女の手を離れると、すぅっと友雅の身体に沈み込む。
深い深い奥底に光が届く。
まるで、深海に沈んでいたパンドラの箱が開けられたような、そんな気分だった。
そしてそれはあながち間違いではないことに気付く。
かつて、平安の時代に、龍神の神子を助ける八葉のひとりであったこと。
そして、誰も本気で愛したことがなかった自分が、その神子に恋をしたこと。
―――それを、思い出した。

始めに少女を見て感じた苛立ちは、自分自身に対するものだ。
鬼と怨霊を祓う為に、神子は神にその身を捧げ、友雅はそれを止めさせることが出来なかったことを。
何が足りなかったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
神子が龍神と共に消えてから、生を終えるまで、繰り返し繰り返し自問自答を繰り返した。

想い合っていると思っていた。
言葉にはしていなかったが、きっとそれは間違ってはいない。

けれど、あの時、神子は友雅の制止を聞かず、その身を捧げ、龍神の御許から戻ってくることはなかった。
「行くな」と叫んだ、友雅と。
京の世界を救うこと、と。
そのふたつを神子が天秤にかけた時、負けたのは友雅だったのだ。

「はじめて……」

少女が困惑げに言った。

「幸せの種を貰って、そんなにつらそうになったのは、貴方がはじめて……どうして……皆、笑顔になるはずなのに……」
「私は、幸せだよ」
「嘘!」
「君への想いを思い出せた」
「なにを言って……わからない……」
「忘れてしまった? それとも、記憶そのものを失ってしまっているのかな…千年も昔のことだから」
「やめて……」

1000年前より昔のことは、覚えていない?
あかねは痛み始めた頭を抱えた。
―――本当に?

「君の言うとおりだよ。歳はとりたくないものだね。だからあの時、私は間違ってしまった。大人のふりをして、落ち着いた素振りで……君とあの戦いに出るのではなかった。失うぐらいなら、奪ってしまえば良かった。世界などどうでもいい。私さえ居ればそれで良いと、君が思うように。なりふり構わずに『愛してる』と、君をこの腕の中に閉じ込めてしまえばよかった……」
「友雅さん……」

そう。
この人は橘友雅。そして自分は元宮あかね。
1000年より、その前の記憶。後悔で潰れてしまいそうだったから、忘れたフリをしていた記憶。
かつて八葉で。
神子だった。

「悪いのはわたし……わたしが悪いの……」

恋に溺れてしまいそうな自分が怖かった。
恋心と彼だけ糧に京で生きて行く勇気がなかった。
だから、なんども言い聞かせた。
『わたしは龍神の神子。鬼と怨霊に汚された京を救う―――他の人にはない力を与えられている』と。
特別だと思ったつもりはないけれど、どこか、いつの間にか、自分だけがこの京を救えるのだと、そう思うようになったのかもしれない。
だから、彼の呼び止める声を聞こえなかったふりをした。『行くな』と、確かに彼はそう叫んでいたのに。
でも、自分がやらなければ、誰がこの京を救うの?
あの時はそう思った。
彼の想いを踏みにじって、自分の想いをなかったことにして。
皆の為に。
だから―――

「あぁ…そっか。だからわたし、サンタクロースなんだ……」

きっと神様は、そんな自分に相応しい勤めを与えた。
人々に幸せを配り続けるサンタクロース。
誰に姿を見られることもない、他の皆の笑顔だけが喜びの孤独なサンタクロース。

胸の中でシャランシャランと鈴が鳴る。

「神様が呼んでる……」

もうプレゼントを入れていた袋が空っぽになってしまったから。
また新しい幸せの種がいっぱい入った袋を渡されて。そしてまた、人々に幸せを届ける日々が始まる。

「行かせない」

広い胸に強く抱きしめられて、涙が溢れた。

「たとえ、神に楯突く事になったとしても、離さない」
「友雅さん……」
「愛している。今までも、これからも―――君だけを愛してる。だから帰らないで、どうか、傍にいておくれ……」

戸惑いながらも、あかねは友雅の背に腕を回した。

「皆を幸せにするだけじゃなくて、わたしも…幸せになりたいよ……こうして、話したり泣いたり、笑ったり……誰かと一緒に」

ひとりの女の子として。
もうそんな望みを持つことも許されないのだろうか。
今ならわかる。
あの時、自分の幸せも、犠牲にするべきではなかったのだと。

「その誰かは、私だと言ってくれるね?」

頬に添えられたあたたかな手と、真っ直ぐに見つめられ、ときめきに早なる鼓動。

「はい」

友雅の伏せがちな瞳が近づいてきて、あかねは慌ててギュッと目を閉じた。
初めて重ねた唇は、千年分の切なさと、それ以上の甘さで。

「幸せ……」

思わずそう呟いたあかねをギュッと抱きしめて、友雅はすぅと息を吸い込んで、天を仰いで叫んだ。

「あかねは返してもらうよ」

エントランス付近にいたホテルマンが驚いたように見ている。

「と、とと、友雅さん、恥ずかしいですケド……」
「では、逃げてしまおうか」

ふたりで微笑を交わし腕を組んで、小さくぶつかり合いキャーキャーとはしゃぎながら走る。
息が切れて、白い吐息とともに、ふっと気付く。

「あれ…雪?」
「おや、本当だね」
「今年は降らせないって言ってたのに」

そうなのかい?と尋ねてみると、あかねは小さく「うん」と頷く。

「ではきっと、先程の返事なのかもしれないね」
「返事?」
「そう。ほら、見てごらん」

天を見上げ、無数に落ちてくる小さな雪は、まるで白い花びらのようで。

「フラワーシャワーみたいだろう?」

それは、祝福に満ちた世界。




人々に幸せを配り続けたサンタクロースは、シンデレラとは違い、24時の鐘が鳴っても、帰りませんでした。
王子様はガラスの靴を握り締めてお姫様を探す必要もないのです。

シンデレラに足りなかったのは、王子様のところに留まる勇気。
王子様に足りなかったのは、引き止める力。

―――千年の時空を経て、ようやく……



Happy Merry Christmas☆















                                     おわり



ホテルの部屋にほったらかしの女はどうした!?とか、いろいろと突っ込みどころ満載ですが、気にしないでください(笑)
きっと、友雅さんがうまいことやるんだと思います。

サンタなあかねちゃんを書くんだ〜vv、と思ってたらこんな話になりました。
捏造ルートになるのかな?
ルナてぃっく別館/くみ