『違うんです。友雅さんがいらしてくださらない日が続いたのが初めてだったから…。私、寂しくて…。つい、”逢いたいなあ”って…。』
『おかしいねえ。先ほど私の耳に入った言葉とは違うようだ。
…うそを言ってはいけないよ、あかね。
本当のことを言ってごらん』
…本当は…。
『愛している。
私は君を…愛しているよ…』
桜が舞う中、友雅さんに告白されあかねはゆっくりと頷いた。
それからほどなくして、あかねは藤姫の館から友雅の邸へ移っていた。
友雅は毎日、あかねを抱きしめ、髪を撫で、口付けをして帰っていく。
ただ、それ以上のことをしないのは、あかねがまだ子供だからなのか。
それとも…。あかねは友雅の真意を図りかねていた。
もうすぐクリスマス…。
あかねがふと、呟く。
『二十四日はほわいと・くりすますになるといいですね』
『ほわいと・くりすます?何かね、それは』
友雅の問いに答えると、友雅はいつものように微笑しながらゆっくり話を聞いてくれる。
あかねにとって、こうして毎晩話を聞いてもらう日々は、とても楽しいものだった。
『初雪が二十三日や二十四日になってしまうと、内裏に呼ばれてしまうが…。
そうだね。
君にとっても私にとっても、忘れられない…特別な日にしたいものだ』
友雅はそういうと、あかねの部屋を後にした。
『…特別な日、ね』
自分の台詞を反芻しながら。
翌日、友雅は暫し帝の行幸についていくことになったのだと挨拶に来た。
二十四日の日には戻るようにするが、寂しければ藤姫を呼んではどうか。
友雅の提案に、あかねもまた頷き、その日は夜までは藤姫と過ごすことにした。
一緒に暮らすようになって初めての友雅の留守。
最初の日は、一人で見る庭の光景がどこか新鮮に思えた。
けれど。
二日、三日とすぎるうちに、友雅に逢いたくて仕方のない自分に気づく。
『いつもなら…このくらいの時間には、抱きしめながらお話してくれるのに…』
そうこうしてるうちに、五日目。二十四日が巡ってきた。
久々に逢った藤姫は相変わらずかわいくて。でも、しっかりしていて。
二人で互いに近況を報告しあう。
『神子様、友雅殿はよくしてくださってますか?』
『うん。とてもよくしてくれてるよ』
『それならようございました。
友雅殿はあの通りの方ですから心配してたんです
友雅殿は結婚には向いてないように想われてましたけど
そうでもなかったのですね』
『け、結婚…??』
そっか。この世界だと一緒にくらしていれば、結婚してることになるんだっけ。
友雅の愛の告白を受け入れて邸へと来たのは重々承知しているが、
実際問題、結婚というよりは恋人同士だと想っていたので驚く。
だが、驚いたのは寧ろ藤姫のほうだったらしい。
『あの、神子様?
三日夜の餅の儀はされたでしょう?』
説明を聞くと、確かに三日三晩友雅が添い寝して帰った日の翌朝。
なにやらお祝いごとがあったのを思い出す。
あの時、『これは何のお祝いですか?』と聞くあかねに、友雅は笑って『そのうちわかるよ、だから’ありがとう’とだけ言っておくれ』と答えていた。
(も、もう!友雅さんたらなんで教えてくれないのー?)
暫く談笑の後、藤姫は帰って行ったが、あかねは『結婚』という言葉を思い出しては赤くなり、また、友雅のいないガランとした部屋にわれに返っては寂しくなったりしていた。
そして、ふと気づけば
…今すぐ抱きしめてほしい、口付けてほしい
と思っている自分がいた。
友雅がたずねてきたのは夜も大分ふけてきてからだった。
この頃になると、あかねは結婚しているという事実や…今日までの寂しさにどうしていいかわからない状況になっていた。
『遅くなってしまってすまないね』
『抱きしめてほしいなあ…』そう、言葉が口をついて出た瞬間、
友雅が訪ねてきた。
そう言っていつもどおり、御簾を超えてあかねをうしろから抱っこするように、抱きしめる。
『どうしたのかな?君は。いつもと随分違うようだけれど』
『友雅さんがいらしてくださらない日が続いたのが初めてだったから…。私、寂しくて…。つい、”逢いたいなあ”って…。』
『おかしいねえ。先ほど私の耳に入った言葉とは違うようだ。
…うそを言ってはいけないよ、あかね。
本当のことを言ってごらん』
あかねは逢えなかった間のことを素直に話す。
友雅に逢えなくて寂しかったこと。
藤姫に『結婚している』と言われたこと。
『ねえ、友雅さん。私、友雅さんと結婚してるんですか?』
『ああ、そうだね。世間的には…ね。
ふふっ、梨壺の姫君には少将殿も骨抜きだと…そう言われているよ?』
『…そうじゃなくて、その…』
『ん?』
『友雅さん、私、友雅さんに会えない間、すごく寂しくて…。
抱きしめて欲しい、口付けをしてほしいってずっと思ってたんです…。
だから…』
『だから?』
『私、つい口から出てしまって…』
その瞬間、友雅があかねを強く抱きしめ、口付ける。
今までにないくらい、強く、そして深く。
『…友雅さん?』
『ふふっ、ようやく君の気持ちを垣間見ることが出来たね。
五日もの間、留守にした甲斐があったというものだ。
あかね。
やっと、君を抱く事が出来る。この時を待っていたよ。
これ以上は待たないよ。私は半年以上、君のこの言葉を待ち続けていたのだから。君はこれで名実ともに私の妻だよ。』
(毎日、口付け囁くだけで帰っていったのは、神子殿…
君を口付けで縛り、囁きで私の腕の中に閉じ込める為、だったのだからね)
あかねの『はい』という言葉と同時に…
あかねの白い肌を、友雅の口付けが桜色に染めていく。
まるで外に降り積もった新雪に跡をつけるかのように。
『愛している。誰よりも何よりも、君だけを愛しているよ』
繰り返し、そう囁きながら。
|