クリスマス追想抄 |
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= もう、待たないよ / 強引でも卑怯でもなんでもいい。それで愛しい君が私の傍にいて、私と一緒にいてくれるなら。 = |
<4> 灯台の明かりが薄く揺らめく。 読経の声はまだ遠くに聞こえているが、西の対は相変わらずひっそりとしたままだった。 あかねが目を覚ましたのは、すっかり日も暮れて辺りが暗くなった頃だった。 友雅はあかねが目覚めるまで、その枕辺でまんじりともしない時間を過ごしていた。 あかねの顔をじっと見つめながら、瞳は暗く遠くを見据えているようでもあった。 やがて、灯火に照らされたあかねの睫毛がふるりと震えた。 「ん・・・・・・・・―――――あ、 友雅さん・・・」 「ああ、目が覚めたのだね。気分はどう?」 まだ気だるさが残る身体を起こして、優しく微笑む友雅を正面から見た。 ―――――いつもの優しい顔。でも、きっと私を心配して、そんな風に笑ってくれてるの。 瞳の奥が不安で揺れて見えるのは気のせいなどではない。 それにすごく疲れているはずなのに、優しい笑みを浮かべて、労わってくれる。 あかねは恥ずかしくて、申し訳なくて、どうして良いかわからなかった。 「ん・・・・・・。大丈夫。・・・すごく心配掛けちゃって本当にごめんなさい。あの―――今日、お仕事は?今夜は―――泊まって、いける?」 問いかけるように揺れる視線を受けて友雅は甘く苦い笑みを返す。 ・・・が、それだけ。応えは返らなかった。・・・・・・それが答えなのだろう。 堪らなく切なくなった―――が、しょうがないのだ。忙しい中、こんな時間までそばについていてくれただけでもよかったじゃないか、と喜ばなければいけない・・・のだろう。 「・・・・ごめんなさい。」 「どうして君が謝るの?謝らなければいけないのは私の方だよ?―――――寂しい思いをさせてすまなかったね。こんなことになっているなんて思ってもいなかったから・・・それに、こんな怪我までさせてしまった」 両手をそっと掬い上げ、暗紫色に変色してしまった手首の指痕にそっと口付けて。 あかねの顔を覗き込むその顔は後悔と苦痛で歪み、蒼ざめていた。 「ううん、こんなの怪我のうちにも入らないし・・・友雅さんのせいなんかじゃないでしょ?今日はホントに何もかもたまたまだったの。ホントに誰も悪くないのよ?あ・・・勝手に出歩いた私は、・・・やっぱりちょっと悪かったけど」 「いや・・・」 「だって・・・」 言い募ろうとする二人の視線が、同じ思いをのせて絡まる。 二人の優しさと、申し訳なさと、労わりと、いろんな感情と想いの熱が、視線と一緒に絡み合い・・・どちらからともなく、くすっ、と吹き出した。 「・・・おいで」 そういって、友雅は甘やかな笑みであかねを自分の膝の上に抱き上げた。 ふわり、と。そして顔中に軽く口付けを落とし、しっかりと胸に抱きしめた。 「・・・お帰りなさい、友雅さん。お疲れ様でした」 「ただいま、あかね。私の白雪。私だけの愛しい月の姫」 ふふ、と微笑みあって、それからいろんな話をした。 囁きあうようにひそやかに。そして、ゆっくりと、たくさん話をした。 ――――友雅の留守の時のこと。 ――――内裏での儀式のこと。そこにいた永泉と帝の様子、左近衛の退屈な仕事の話し。 ――――手習いの成果のこと。・・・頑張ってるけど、どれもまだまだ先は長いの、と半分拗ねながら、半分はにかみながら説明する。 ――――そして、あかねの言っていた“クリスマス” 友雅の腕の中で、語るクリスマスの思い出は、暖かい懐かしい思い出に彩られて、あかねの顔も一際穏やかで幸せそうな笑顔を見せた。 サンタさんが願い事を叶えてくれる、という話をいつまで信じていたか、とか。そして実はそれが両親だったと知ったときの驚きと嬉しさが忘れられない、とか。 大きくなったら、恋人と過ごすロマンティックなクリスマス・イブに憧れていた、とか。 揺れる灯火のもと、お互い思いつくまま、問われるまま。そして思い出すままに、ゆるゆると。 まるで寝物語のようにしっとりとした雰囲気に、あかねもすっかり酔いしれていた。 ――――では・・・“恋人たちのクリスマス”はここでもできるんじゃないかな? ――――二人でデート・・・逢瀬を楽しんだり、贈り物を贈りあったり、ね。ふふっ、実に素晴らしいお祭りだね。 ――――いつ?うん、24日・・・おや今日だったのかい?25日も? ――――ふふふっ・・・じゃあ、素敵なクリスマスを楽しもうじゃないか。ねぇ、神子殿・・・あかね。 ――――プレゼント?そうだね・・・じゃあ君はクリスマスのリース、というのを私に作って・・・贈ってくれないかい?・・・ん?ふふっ、見てみたくなったのだよ 睦言のような甘い友雅の声、言葉。 手のひらから背中から、全身で感じる熱が、身体の中、心の奥から温かくしてくれる。 本当にひそやかに、囁くように交わされる、二人だけの会話。 お互いの顔が近くて、吐息まで聞こえる近さが嬉しくて。 もっと近くに感じたいのに。 そんな時間もないのかと思うと、またぞろ寂しくなってきた。 せめて・・・・・と思う。 ――――せめて。 「早く春にならないかなぁ・・・そしたらもうずっと一緒にいられるのに・・・」 あかねのつぶやきが、ひくりとした波を起こした。 ――――友雅の声が、一層艶を帯び、近くなった。 「ねぇ、あかね。一緒に暮らさないかい?」 「うん・・・・・・連れてって。友雅さんのお家・・・」 それは、ほろりと零れだした本心。 ずっと、思っていたそのままの心が素直に溢れ出た。 自分に回る友雅の腕を、きゅっと握り締めたその時。 ふわりと浮き上がった。 「――――その言葉を、待っていたよ」 友雅の優しげだった顔が、一瞬、ぎらりと光って見えたのは――――細い灯火のせいだろうか。 「でも・・・春、でしょ?まだ・・・・先・・・」 「残念ながら、私がもうそれまで待てないのだよ。今までも、君の気持ちを大事に、と思ってここでの暮らしを許していたけれどね。もう、待てない。このまま君を・・・攫って行こうね・・・あかね。私だけの姫君・・・・・・私だけの月の姫」 楽しげに、なんでもないことのように歌うように。耳元で囁く友雅の顔は、うっとりするほど晴れやかで艶やか。 そのままつい、頷きそうになるけれど、やっぱりそれはいけないことのような気がする。 ああ、でも、なんて甘い誘惑なんだろう。 「・・・・・・・藤姫に・・・ちゃんと言わなきゃ。こんな急にはダメだよ、やっぱり」 精いっぱいの理性の、つぶやき。 でも心は、もう友雅の胸に飛び込みたくて足踏みしてる。 「悪いのは、我慢ができなかった私だし、攫われたのだから、君は勝手に出て行ったことにはならない。そうだろう?」 ―――――でも。でも! 「いや。もう、待たないよ 。強引でも卑怯でもなんでもいい。それで愛しい君が私の傍にいて、私と一緒にいてくれるなら。このまま私に攫われてくれるかい?」 最後のためらいは、友雅の顔を見たら一気に霧散した。 代わりにこみ上げてきたのは喜びの涙。 嬉しさがとめどなくこみ上がってきてどうしようもなくて。 ただ、友雅の首にしがみついたまま、小さく、だけどしっかり頷いていた。 「―――――うん。うん・・・・・・・攫ってって。このまま・・・・一緒に、連れて行って・・・!」 あかねはそのまま、友雅に抱かれて土御門を後にした。 折りしも時はクリスマス・イブ。 ―――――友雅さん・・・サンタさんみたいね。本当に欲しいものをくれるの。 ―――――そうかい?ああ、でも私のところにもサンタとやらは来たようだよ?君をこうしてこの腕に抱いていられるのだからね。ふふふっ、もう・・・・・・離さないよ? それは、あかねにとっても最高のクリスマスプレゼント。 最高のクリスマス・イブ――――だった。 □□□ ―――――うふふ・・・・・・本当に、恋人がサンタクロースだったのよねぇ。 ゆるゆると友雅の髪を梳いていた手が止まった。 「・・・友雅さん、寝ちゃったの?」 ふと、あまりに静かな様子に小声で問いかけたが、応えはなく。 ――――疲れてるんだよね・・・・ずっと忙しかったんだもの。 膝枕で転寝した友雅に少しでも暖を、と自分の袿をかけようとホンの少し身体を捩った。 「・・・ねぇ、なにか歌っておくれ? 」 「・・・え?あ――――起こしちゃいました?ごめんなさい。・・・・・ね、このまま寝ちゃったら風邪引いちゃいますよ?」 「いや、充分暖かいよ。・・・少しゆっくりした歌がいいな。 ねぇ。もう二人きりのクリスマスは今年が最後だろう?どうか私だけのために、その天上の楽の音を聞かせておくれ?」 冗談とも本気ともつかない眼であかねを見上げながら、ゆるりと身体を返し、あかねの腰に腕を回す。そして、そっと優しくあかねのお腹に手を置いた。 この我が侭なおねだりをくすくすと笑いながらも、それを叶えるために、ゆっくりと歌い出した。 聖しこの夜 星はひかり 救いの御子は まぶねの中に 眠り給う いと安く Silent night, holy night All is calm, all is bright. Round yon Virgin, Mother and Child. Holy infant so tender and mild, Sleep in heavenly peace, Sleep in heavenly peace. 歌う間も、その手は友雅の額を、頬をゆっくりと滑る。 その心地良さは―――――まさに、神の祝福。 「ああ、いいものだね・・・・・・・・」 ふたりのこの静かな時間が・・・本当に何よりも愛しくて、嬉しい。 「友雅さん。私のサンタさん。今年も・・・お願い聞いてくれる?」 「おや?―――――ふふふっ、いい子のお願いはなんなんりと。なにがご所望かな?新しい絵巻物を取り寄せる?それとも新しく衣を作る?いや、ずっと籠もりきりだったからどこかへ出かけたいのかな?」 「ううん・・・・・・あのね」 ゆるゆると首を横に振りながら、一層笑みを深くして友雅の耳元にささやく。 「これからもずっと――――ずっと一緒にいてね?お仕事忙しいのはわかってるけど、お仕事以外はできるだけ一緒にいてね?・・・赤ちゃんばっかり可愛がらないで・・・ね?」 「ああ、君こそ。それに、それは私のお願いと同じだよ。まぁ、私の願いは今年だけ、じゃなく、これからもずっと、だけどね?」 ふふふ、と同じように幸せそうに笑みが零れる。 どちらともなく。 そっと唇を落とし。 髪を梳き。 頬を撫で。 優しくささやきあう・・・ 『Merry Xmas』 ―――――fin. |
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katura 様 |